第１０話
7の月聖地、クーガは神殿の外にいるクジャク達を眺めていた。色鮮やかなクジャクのジャックはメスに卵を生ませていた。茶色い毛のクジャクの雛は５匹いたが、その中の２羽は茶色い毛に赤やオレンジ、青色がちょこちょこ入っている。その２匹はオスなので、将来どんな色のクジャクになるのか、皆楽しみにしているのだ。
クーガの元にスペードがやってきた。
「お、ジャックに雛が生まれたんですね」
「何か用ですか？」
とクーガが聞いた。
「実はお願いがありまして、近々蛇の国の王妃様に会う予定はあります？ 手紙を渡してほしいんですよ」
「手紙？」
「目が違う王妃様に渡してほしいんで、普通に送れないんですよ」
「え？ なぜです？」
「ちょっと事情がありまして、別に色っぽい事情じゃないですよ」
スペードは先に言っていた。クーガはじーとスペードを見ている。
「黒目の王妃様が読んだらまずいんですか？」
「ちょっとまずいです」
「……あれから王妃様に会いました？」
「あれから？」
「あなたの家にいたでしょ」
「ああ、会いましたよ。夢で何度か会って、それだけですよ」
「どうして夢で会えるんです。もしかして、リアンさんの仕業ですか？」
「えーと、まあ、そんな感じです」
スペードも説明するのが面倒だったのかそう言っていた。スペードはクーガに封筒を渡していた。宛先人の名前も何もない。
「私が蛇の国に行くのは来月ですが」
「急がないからいいですよ。気になるなら一緒に読んでもいいですよ」
「はあ……」
「じゃあお願いします」
スペードは去って行った。
（目が違う王妃様にだけねえ……）
クーガに手紙の内容はまったく予想できなかった。
城では、ゆりはハロルドに「悔いがないように生きろ」というようなことを言われたので、そのことをゆりは気にしていた。確かに人間いつ死ぬかなんてだれにも分からない。今のうちにみんなに感謝しておこう、と
ゆりは恋人達みんなに「私を好きになってくれてありがとう」だの「あなたに会えてよかった」というようなことを言っていたら、みんなに「遺言みたいなのでやめてください」と言われていた。
「そういう意味で言ってるんじゃないけど」
「何も言わなくてもわかってますよ。私の方こそ、王妃に会えたおかげでとても楽しい日々ですよ。ありがとうございます」
とミルキダスはゆりに返していた。
「ミルキダス……」
「王妃……」
二人で見つめ合って瞳をうるうるさせていたら、たまたま側で見ていたラギは、「二人死ぬみたいだからやめてよ」と言っていた。
「お母さんどうしちゃったのさ、変だよ」
「実はハロルド様にね、悔いがないように生きろ、やりたいことは全部今やっとけって言われて、みんなに感謝しまくっているの」
「えーどうしてハロルド様はそんなことを言ったの？」
「人間は寿命が短いからそう思ったみたいよ。ねえ、ミルキダスだったら、これはやっておきたいってことある？」
「え、えーと……大体私の望みはかなってますけど、私は王妃の笑顔がずっと見ることが出来ればそれで満足ですよ。私が恋人じゃなくてもかまわないですから、無理しないでくださいね」
ミルキダスはちょっとせつない表情で言っていた。
「無理してないよ」
「王妃は情が深いから、好きじゃなくなっても別れることができないと思って……」
「無理してないよ」
二人はひっついていちゃいちゃしていたのでラギは去って行った。
ソファで二人は並んで座り、ゆりはついでにミルキダスから気ももらっていた。
「最近街でなにか変わったこととかないの？ 流行ってることとか、子供達の様子はどう？」
ゆりが聞いた。
「そうですねえ。子供達は瞬間移動でかなりの距離が飛べるようになりましたよ。最近ムサカ様がたまに学校に来てくださるんですけど、子供達にも指導してくださるんです。それが、すごくためになることばかりで、
本当にムサカ様はすごい方だって、子供達も尊敬してますよ。力の使い方とか、すごく勉強になるって」
「ムサカ様すごいよね。ロイもめきめき成長してるし、ミシェイラもすごくなってるんだよ」
「私も指導してほしいくらいですよ。街では星祭りが近いので、みんなちょっとうきうきしてる感じです」
「星祭り、流星群が見られるんだよね。8月5日から8日くらいまで。子供達から聞いたよ」
今年は夏のメインイベントとして星祭りがあるようだ。その間、夜は流星をたくさん見ることが出来るらしい。ゆりも楽しみにしている。
「そうですよ。どうして流星が見られるって予想できるのかがわからないですが、聖地がそう言ってるんでそうなんでしょうね」
「楽しみだな」
星祭りの間の三日間、街でも夜は賑やかに広場で屋台が出たりして、みな酒を飲んで楽しむようである。ゆりは庭園の東屋で子供達と星を眺めるつもりである。
「街の裏通りには最近占い屋ができてましたよ。占いはたまにしかやらないみたいなんですが、子供達が行ってみたようで、最近どこにでも行くようになってしまって困ったもんですよ」
「占いの店、表通りにもあるよね。裏通りにもできたんだ。裏通りって行ったことないわ。危険なの？」
「戦士達も結構行き来してるんで、そんなに危険はないですよ。でも、表通りほど人通りがないので、子供が行って楽しい店もあまりないですし」
「ちょっと危険なことがしたくなる年齢になったんだね。あ、そうだ。私、すっごく食べたい物があったんだ。これを食べなかったら心残りだわ。ミルキダス、お願い聞いてくれる？」
「はい、なんなりと」
夕方、ミルキダスが城に木箱を持ってきた。中に入っていたのはでかい両手鍋と、料理が乗っている深い皿である。
「ミルキダスありがとう！」
「寮の方喜んでましたよ」
「本当？ 請求書もらってきてくれた？」
ゆりは鍋のふたをとりながら聞いていた。でかい鍋には白い液体に野菜や肉が入っている。良い匂いである。
「シチューだ」
「それがタダでいいっていうんですが。それより王妃様の感想を聞いてきてほしいって言われました」
「わかった。じゃあ夕食後に来てくれる？ 代金はちゃんと払わなきゃ。侍女に相談するわ。食堂に持っていってくれる？」
「はい」
ゆりはカールやエルバートが毎晩食べている寮の食事を食べてみたかったのだった。かなりおいしいらしいのだ。
シチューはみんなで食べられるくらいの量があったので、ゆりは子供達と一緒にいただいた。
「おいしい！」
「うまっ」
「うまっ！」
ナナミ、ミシェイラに続きロイが声を上げていた。
「うまっ！」
とゆり。
「前にも言った気がするけど、王族がうまうま言っていいのかな」
とラギはついぼそりと言っていた。
「おかわり」
ロイは皿を空にしていた。
「もうないの」
「ちぇー寮に食べに行こうかなー」
「ずるい」
「評判通りだね」
とシス。皿にあったナスと青菜を炒めた料理、ポテトサラダもおいしかった。
「いつもの料理だっておいしいけど、たまに違う人の料理もいいよね」
とゆりは城の料理人のことを気にして言っていた。城の料理がまずいわけではない。長年食べていると、違う人の料理も食べたくなるものである。
「城でやとっちゃえば」
とナナミ。
「寮の人が困るでしょ。寮のみんなのためにおいしいご飯を毎日作ってくれて、ありがとうって気持ち。王様からも一筆書いてもらったんだ。きっと喜ぶよね。寮母さん」
「それは喜ぶよね。食って大事だもんね」
とシス。
「そうよ。健康な体は食事からだもんね」
夕食後ミルキダスがやってきたので、ゆりは料理の感想と、ゆりとラクシュミからの手紙、料理の代金を渡して持っていってもらった。
ゆりが絶賛していたとミルキダスが伝えると、寮母は涙を流して喜んだようである。
その夜は、フリットがゆりの体調の見張り役だったので、ゆりは寮のご飯を食べた話をフリットにした。さすがにフリットもゆりの寝室で夜を共にする勇気がなく、ここは儀式部屋である。
「ヴィクター将軍もあの寮母さんの料理のファンですよ。たまに食べに行ってますよ」
「そうなんだ。お母さんの料理って感じでいいよね。城の料理人って男の人しかいないんだよね。たまに女の人もくればいいと思うけど」
「城の料理人は城に泊まり込んだりもするので、人選が難しいんですよ」
「そっかあ。私も最近料理してないから料理がしたくなっちゃったなあ。今度作ろうかな」
ゆりは猛烈に眠くなってきた。
「ねむい……お休みー」
「おやすみなさい。良い夢を」
ゆりは速攻で寝てしまった。
フリットは優しくゆりを見守っていた。
つんつんと頬を何かでつつかれてゆりは目を開けた。目を開けると、側に金髪青い瞳の少年が立っていた。
「あ、ジュリアンだ」
ジュリアンは手に青い花を持っている。それで頬をつんつんされたようだ。
「お母さん」
（しゃべったー！）
優しい声が聞えてきてゆりは驚いて体を起こした。ここはガーベラの神殿のようだ。
「もっとしゃべってジュリアン」
ゆりはジュリアンの手を握りしめていた。ジュリアンはどこからみてもかわいい少年である。クーリーフンほどはっとする美少年ではないが、ジュリアンもなかなかの美男子なので、連れて帰って女の子達に見せたくてたまらない。
なにせジュリアンには生まれたての初々しさがある。ジュリアンはゆりの横に座った。
「お母さん、僕、お母さんにお願いがあるんだ」
「なあに？」
「すごい神獣を生んでほしい」
「すごい神獣？ ハンターみたいな？」
「うん。ハンターはもうバリアスになついてるから、違うのがいいんだ」
「ハンター二号みたいな」
「うん、別に違うのでもいいし」
「ジュリアンは動物が好きなの？」
「すごいのがいないと僕の力が発揮できないんだよ。僕は……」
ジュリアンはゆりの耳元でぼそぼそ言った。
「えーそうなんだ。それはすごいのがいないとだめよね」
「うん」
「わかった。すごいのができるようにがんばる」
「ありがとう」
ジュリアンは去って行った。
「ハンター二号かあ……同じ獣じゃ芸がないわねえ。違うすごいのを産みたい」
神獣が産まれてもゆりの木箱の花は増えないが、かわいい息子の頼みなら全力でかなえたいものである。
（やっぱり蛇はどこかにからめたいわねえ。蛇蛇……蛇の頭いっぱい……八岐大蛇みたいな？ それじゃ悪役みたいでだめか。すごい獣……熊、空は飛ばせたいわねえ。空飛ぶ熊？ ちょっとやだな。とりあえず、ジュリアンはサラディンの息子だからサラディンにも相談してみましょう）
ゆりは火の神殿に飛んだ。
（そーだ、ついでに）
ゆりはサラディンに会い、「こんにちは、ねえサラディン、私サラディンの手型がほしいの。ちょうだい」と言っていた。最近サラディンとは結構仲良くなっているので、ゆりは気軽に頼んでいる。
「手型？ どうするんだ？」
広間にいたサラディンは目をぱちくりさせている。
「知り合いの女の子に頼まれちゃったの。簡単なのでいいから欲しいな。何かに手型を押すとかすぐできないかしら」
「簡単なのでいいのなら……ちょっと木の板を一枚もってこい」
サラディンは広間の外にいた妖精に頼み、妖精が手頃な大きさの木の板を持ってきた。
ゆりは何をするんだろうと見守っている。サラディンは妖精が持っていた木の板に右手を押しつけた。板に煙があがり、一気に板が貫通して穴が空いたのでゆりは目をまん丸くして驚いていた。
「手型、これでいいか？」
「すごい」
板にはサラディンの手の穴が空いていた。
「てっきりちょっと焼いて終わりかと思ったわ」
「中途半端にするとだめなんだ。板が全部焼けてしまうんでな」
「やった、ありがとう！」
ゆりは板をもらおうとしたが、「冷めるまで置いといた方がいい」と言われて、広間にしばらく置いておくことにした。
「それからね、私達の息子のジュリアンが、すごい神獣が欲しいっていうの。頑張って作りましょ」
「神獣？」
「そう、神獣」
「結局ジュリアンは何の神なんだ？」
ゆりはサラディンに近づいて耳元でこそこそ言った。
「なんだ、そうだったのか。そりゃ神獣が欲しいだろうが、神獣ってのはいつできるかわからんし、大体が神単体でできるものだぞ」
「でも、ハンターは恋人との間にできたのよ」
「その方が珍しい。神獣といえば、昔、私の連れから生まれた神獣はどこかに行ったっきり帰ってこないな。まだ生きているんだろうか」
サラディンは顎をなでながら言っていた。
「連れって？ 女性？ 何が産まれたの？」
「真っ赤なでかい鳥、一回みたきりだ。死んでるのか生きてるのかもわからない。連れ……今はいないんだ、ちなみに女ではない」
「そうなの。神獣って死ぬの？」
「死ぬこともあるかもな。産まれたのは大昔だから、死んでるだろうな」
「そうなの。残念ね。とりあえず、今から仲良くしましょう」
ゆりはサラディンの手を握っていた。
「今からか？」
「息子のためにすごい神獣を作りましょう」
「火を吐く龍とか？」
「龍？」
（個人的には龍はちょっと無理だけど、産まれたら産まれたでしょうがない。でもどうせなら龍以外ですごいのを産みたい）
二人は寝室に移動して仲良くなったのだが、何もできなかった。
「まあそう簡単にはできないだろう」
とサラディン。
「サラディンありがとう。次行ってくるね」
ゆりはサラディンの頬にちゅっとキスして服を着ていた。
「次？」
（ここは組み合わせを狙う。ラーズかハロルドか、迷うわね。意表をついてオルガとか。すごさを求めるなら……ハロルドでいってみるかな）
サラディンとガーベラの神気はゆりの頭の上でうずまいていたので、ゆりはまだいけるかもしれないと思っていた。
「じゃあね」
とゆりはサラディンと別れた。移動先はカサンドラの神殿だった。中に入ると、ハロルドとカサンドラが真面目な顔で話し合っていた。
「こんにちは、悪いけど、ハロルドに早急な用事があるの」
ゆりは部屋の中に入って行った。
「やあガーベラ、すごく良い匂いだな」
とカサンドラ。
「誰かと仲良くしてたろ」
ハロルドが指摘した。
「そうなの。続けてハロルドとも仲良くなりたいの。今すぐ」
「すぐ？」
「そう、だから早く、早く」
ゆりはハロルドの手をひっぱっていた。
「これが消えないうちに早く」
「これってどれだ？」
「これ、なんか渦巻いてるでしょ？」
ゆりは自分の頭上を指している。カサンドラとハロルドはゆりの頭上を見ていたがきょとんとした顔付きだった。
ゆりが思うに、神様は、他の神の神気には疎いようである。気にするのは神気が弱いか強いかだけである。
「ガーベラは面白いことを気にするんだな」
カサンドラが言った。
「まあとりあえず、じゃあな、カサンドラ」
ハロルドが席を立った。
「ああ、またな」
ゆりがせかすので、ハロルドはすぐにペガサスを呼んで、ガーベラの神殿に移動していた。
「ハロルド、がんばってすごい神獣を産みましょう！」
ゆりは神殿の中でハロルドに抱きついた。
「神獣？ 子供のほうがいいな」
「いいから早く早く」
ゆりはハロルドの手をひっぱって寝室に行った。ハロルドの上ですぐにでもまたがる勢いである。
「相変わらず変な女だなあ。まあいいか」
ハロルドもその気になり、ゆりを抱いた。3人の神気が部屋の中を漂っている。
（よし、良い具合に3人の神気が交わってきた、何か来い！）
ゆりはそれを期待しまくっている。
（こい、こい、何か、何かこーい！）
「うん？」
女神の体の周りに神気の渦が降りてきた。
「来い！ 神獣来い！」
ゆりは声に出している。
「そう簡単にはできないだろう」
ハロルドはやれやれと思いながら言っていたが、女神の体の前に神気の渦が渦巻き、やがてその中に赤ん坊のようなものが見えて、ハロルドは「おおっ」と顔を近づけていた。
「あれ？」
「お、何か産まれるぞ！ いいぞ！ 来い！」
ハロルドは目を輝かせて拳を握りしめている。赤ん坊は徐々に大きくなり子供から大人に変化していったので、ゆりは後ろに下がり、目を見開き口を大きく開けていた。
「いいぞいいぞ！」
ハロルドは大盛り上がりである。
「女の妖精だ」
「妖精？」
赤い髪、少し日に焼けた肌の妖精は、大人まで成長するとベッドの上にすとんと落ちてきた。
「おお、おおおおー！！！！！ すごい、でかしたぞ。これは戦う妖精だ！」
ハロルドは大興奮している。
ゆりはとりあえず妖精の体に布団をかけている。女性は瞳と髪は赤く、背が高く、鍛えられた体つきだった。ガーベラよりも背が高いくらいである。目つきは鋭く、勇ましい美女といった感じである。
「確かに戦えそうだね」
ゆりはかなり成長した女性が産まれたのでちょっと面食らっていた。こんなにでかい子供が産まれたのは初めてである。しかも、ガーベラとはタイプが違うが魅力的な女性である。
「ガーベラと関係ない妖精だからガーベラくらいの年なんだ？」
「妖精だからだろう。とりあえず、ガーベラの服でも着せとくか」
「もってくるね」
ゆりは適当にガーベラの服を持ってきて妖精に着せた。妖精の胸はガーベラほどはないが、全体的に引き締まった筋肉質な体つきである。こういう服は全く似合わない。ゆりは妖精の顔をじーと眺めていた。
赤い髪はラフな感じで肩まで、よくみると右肩に炎のマークが見えた。鋭い瞳は二人の父譲りか。
「なんだか、意表をついたすごい妖精ができたわねえ。火にも強いんだね」
「名前を決めよう。何がいいかな」
ハロルドはうきうき顔である。
「サラディンの力も混じってるけど、ハロルドが決めちゃっていいの？」
「いいだろ。マチルダ、マチルダにしよう」
「マチルダ、良い名前ね」
マチルダはちょっと微笑んでいた。
「笑うとかわいい。やばい。妖精が生まれてめでたいのに、大人の女性のせいか嫉妬も感じる」
ゆりはショックを受けている。
「嫉妬？ なんでだ？」
「だって……すごく魅力的じゃない。人間にとってはこういうタイプの女性が美人でしょ？」
この世界は強い女性は好まれるので、人間ならば、ガーベラタイプよりもこのマチルダのような女性を男は選ぶものである。
（絶対スペード様の好みだわ）
とゆりは思った。勇ましい女が好きだと言っていたのである。
「まあそうだな。まさにライオネルの好みだな。私だってこういう女は好きだ。自分の娘じゃなかったら手を出したいくらいだ。マチルダに似合う服をもらってこよう」
「サラディンにも見せてあげてね」
「ああ、わかった。じゃあな」
ハロルドはマチルダを連れて出て行った。
「ごめんジュリアン、神獣は次に期待だね。妖精が生まれてめでたいけど、いきなり大人が生まれちゃったからなんか素直に喜べない。私ってだめだあ。娘に嫉妬するなんて最低だわ」
ゆりは自己嫌悪に陥りつつ、そのまま人間界に戻ったのだった。
（しまった、サラディンの手型忘れた！）
ゆりは目を覚ますなりがっかりしていたのだった。
さて、マチルダはハロルドの予想通り戦える妖精だった。剣を持たせてみれば、他の戦う妖精並に剣も扱っている。剣技に関しては剣を習いたての火の妖精であるバロイとプータローの上をいっている。
「マチルダさんはすごいな」
と二人も感心している。
サラディンもマチルダを見て目をまん丸くしたくらいである。しかもハロルドとサラディンが父と聞いて、さらに口まで開けていた。サラディンにもついに父が二人いる娘ができてしまったのだ。
ハロルドはアシュランにマチルダを会わせて何の妖精か聞いてみた。
「戦う乙女か、美人じゃないか、いいなあ」
アシュランは何の妖精かよりも、マチルダを見て違う方に興味を抱いていたので、ハロルドは頬を引きつらせていた。
「こら」
「しいていえば、剣の妖精かな。鋭い瞳がいいな。ガーベラは喜んでなかっただろ」
「え？ そんなことはないが」
「自分と反対の大人の女が産まれて、嫉妬してるんじゃないか？」
アシュランはずばり的中させていた。
そして予想通り、マチルダを見たライオネルは目を輝かせていた。
「兄貴、マチルダ俺にくれ」
「火の妖精に妬かれてもいいのか？」
「え？ 恋人が二人いても別に……」
寒気がする、と思ってライオネルが後ろを見ると、いつの間にか恋人である火の妖精メプカがライオネルの後ろに立っていた。
「うわっいつからいるんだ？」
「ライオネル様好みの妖精が生まれたって聞いて……やっぱり好みなんですね」
「いや、その……」
「いいんです。私は、今までの思い出を胸に生きていきますから。さようなら」
メプカは走って行ってしまったので、「ちょ、ちょっと待ってくれー」とライオネルは追いかけていった。あの様子じゃ浮気も難しそうだ。
草原にて、ジェイクがマチルダと剣を合わせて戦っていたが、マチルダは途中で剣を捨てていた。
「？」
ハロルドもジェイクも不思議に思っていると、マチルダは右手から光り輝く剣を出していた。刀身は赤く輝いている。
「おお、剣の妖精、なるほど」
ハロルドは納得している。マチルダは自分が出した剣でジェイクに向かって行った。
「ジェイク、手を抜かなくていい。本気でやれ」
「はい」
ジェイクが本気で戦うとマチルダは押され気味になったが、それでもよく相手をしている。マチルダはかなりの怪力の持ち主でもあるようだ。ハロルドにとっては心底ありがたい妖精である。
（いいな。マチルダみたいなのが、あと10人欲しい！）
ハロルドは切実にそう思っていた。
戦える女の妖精が生まれたのでハロルドの元にいた妖精達はちょっとうきうきという感じである。人間界には勇ましい女性は多いのだが、神の国にはあまりいないので皆珍しがっている。
そして数日後、噂を聞いたスペードもマチルダの顔を見に来ていた。
「妖精誕生おめでとうございます。噂を聞いてどうしても顔が見たくなってきてしまいました。美人ですね」
スペードはハロルドにお祝いの言葉を述べていた。
「お前の好みだろ」
「え、はあ……」
スペードは返答に困ったように頭をかいていた。
「マチルダ様はもうかなり強いぞ。スペードの上を行くかもな」
とハートが言った。
「もうそんなに？ 戦ってもいいですか？」
スペードは目を輝かせている。
「ああ、好きにしろ」
とハロルドが言って、スペードはマチルダと剣を合わせていた。
「…………」
ハロルドはゆりのことを考えたのか、ちょっと悩み顔である。そこにクーリーフンが通りがかり、ハロルドの側に降りてきた。
クーリーフンも戦っている二人を見ている。
「何を持ってるんだ？」
クーリーフンは木の板のようなものを持っていた。
「これ？ 彼女が持って帰るの忘れたみたいで、届けてあげようと思って」
木の板には、手型のような穴が空いていた。
「だれの手だ？」
「サラディン」
「まだ集めてるのか」
「すごい妖精が生まれたね」
「ガーベラは何か言ってたか？」
「喜ばしいけど、大人すぎて微妙に思っちゃうわねって言ってた。マチルダにはお母さんとは違う魅力があるでしょ」
「ガーベラも嫉妬するんだな」
「彼、うれしそうだね」
クーリーフンは戦ってる二人を見て言っていた。スペードはうれしそうに戦っている。
「あいつは強い相手にはああだ。相手が男でも」
「ふーん、まあいいや、じゃあね」
「ああ。女ってのは難しいな。だが突然立派な男が産まれたら……男でも微妙な気持ちになるのかな」
ハロルドはそういう想像をしてみたのだった。
その夜は、ゆりはハインリヒの寝室で寝ていたのだが、翌日自分の部屋に戻ると、寝室に木の板が置いてあった。
「あ！ 持ってきてくれたんだ！」
ゆりは喜んで木の板を手に持っていた。そして綺麗にくりぬかれた手型に自分の手を入れてみている。
ゆりの手はすっぽり中に入った。
「サラディンの手、大きいな。街の皆さん、喜ぶかなあ」
ゆりは木の板をなでなでしていた。
「こんなに綺麗に手型の穴が空いちゃうなんてすごいよね」
ハロルド、ウィル、ラーズ、オルガ、カサンドラ、ガーベラ、グレン、ジンラに続き、サラディンの手型が集まった。これだけ神様の手がある国もそうないだろう。
「もう一人で10人かあ。もう無理かな。それともあと一人いけるかなあ。ああ、神獣、ガーベラ、お願いすごい神獣を産んであげて」
ゆりはしまいにはガーベラに頼んでいたのだった。
さて、神の国ではマチルダが産まれて5日後、草原にて、他の妖精達の中にマチルダの姿はなかった。昼頃になりジェイクが気にしてハロルドに伝えて、ハロルドがたまたま通りかかったグレンにマチルダを探すように伝えて、
グレンは鳥達を使ってマチルダを探したが、どこにもいなかった。
「神の国にはいないようですよ。どこかに隠れてるなら別ですが」
グレンがハロルドに伝えた。
「変だな。どこに行ったんだろう？ 神の国にいないなら、もしかして聖地とか？」
「聖地？ どうして聖地に行くんですか？ まだ彼女は産まれたばかりでしょう？」
グレンが言った。
「そうだがなあ」
そこでハロルドははっと思った。
（もしかして、スペードに会いに行ったとか。あの時剣を合わせて好きになってしまったとか？ それはまずい。今あの二人がくっつくのは困る）
スペードは数日前マチルダと戦っていたが、「マチルダ様、強いですね。素晴らしいです」と言ってスペードは去って行った。マチルダの方は、別段スペードにたいしてどうこうという感じでもなかったのだが。
（二人がどうにかなったら、あの女、絶対ふてくされそうだ）
ハロルドは今ゆりの機嫌を損ねたくなかった。というのも、今はハロルドにとっては平常時ではなかったからである。不穏な気配が漂っている今、神の増員ほどありがたいものはないのである。しかも、自分を助けてくれる存在が増えることはなお喜ばしい。だが、ガーベラにもゆりにもそのことを伝えるのもちょっと問題だった。子作りが義務のようになってしまったら、逆に子供が出来なくなってしまうかもしれない。ゆりが自分でその気になり、偶然子供ができる方がいいような気もするので、ハロルドはそれについては何も言わなかった。今は良い具合に子供が続けてできているので、この流れを遮りたくはない。
（女の機嫌に左右されるのも情けないが、戦いのことはガーベラに伝えるわけにもいかないし、本人にその気になってもらえなくなるのは困る。あ、今なら蛇の国の王と語らって酒が飲めるかもしれない）
ハロルドはちょっとばかな想像をしてしまった。
（王の気持ちがすごくよくわかる気がしてきた。夫か……やっぱり立ち位置は一緒だな。まあとりあえず、マチルダが聖地にいるかどうか確かめよう）
ハロルドは雲の上の神殿にある対話の間にスペードを呼び出した。人間界は夕方のようだ。
『マチルダ様ですか？ いらしてないですが、少なくとも私は会ってませんよ』
ハロルドが聞くと、スペードはそう返答した。
「そうか、神の国にいないのでそっちかと思ったんだが」
ハロルドはちょっとほっとしていた。
『探すの手伝いましょうか？』
「いや、いいんだ。ところでついでに聞くが、マチルダを見てどう思った？ 自分の女にしようとかそういう気はわいたか？」
ハロルドはやんわり聞いてみた。
『はい？ ハロルド様のお嬢さんにそんなことはしませんよ。それに彼女はまだ産まれたばかりの赤ちゃんのようなものですし』
スペードはちょっと困ったように答えていた。
「そうか」
『戦う仲間が増えてうれしいです』
「そうだな」
ハロルドはそれでスペードとの対話を終えた。
「じゃあマチルダはどこに行ったんだろう？ どこかの建物の中かな？」
妖精というものは元来自由であまり束縛されないものである。ハロルドは必死になって探すようなことはしなかった。
神の国から離れた海の神殿側、そちらの海岸にマチルダがいた。連れてきたのはルチアである。
ルチアはいつものごとく海に入って泳いでいたが、マチルダは珍しげにずっと波を見つめ、ザバーンと寄せてくる波から逃げたり、追いかけたりして遊んでいた。
外見上ルチアはまだ子供だがマチルダは立派な大人なので、海の妖精達は遠巻きにマチルダを見ていた。
「いやー彼女いいなあ。俺筋肉質な女性好き」
「俺はガーベラ様がいい」
「怖そうだが美人だよな」
などと妖精達は噂している。
「名前はなんていうんだろう？」
なにせルチアもマチルダも話せないので、名前がわからなかった。
「ほんと、あなたたちって両方話せないんだからつまらないわ。早く話せるようになってよ」
と文句を言っているのは、海の女神セスティナである。ルチアはこのセスティナが好きらしく、海に来るとセスティナを見つけて強引に海に連れて行くのだった。それも、海の神マリナールに、「海に行く時は、必ず誰かと行くように」と言われたからである。
セスティナは最初の頃は「なんで私が子供と遊ばなきゃならないのよ」とルチアが来るたびブーブー言っていたが、今ではルチアになつかれて悪い気はしていないようだ。文句を言いながらも一緒に海に入っている。おかげで最近セスティナも活動的になり、マリナール達は喜んでいるくらいである。
「あなた火のマークがあるけど火の妖精じゃないの？ 火の妖精って水は大丈夫なの？」
セスティナはマチルダの肩のマークを見て言った。マチルダは今、両手は出してスカートも太ももまででの服を着ている。海に入ってもいいように神殿で着替えさせてもらったのだが、怖いのか海には入っていない。マチルダはセスティナに何かジェスチャーをしていた。
「火の妖精じゃないの。じゃあ何の妖精？」
マチルダは剣を振っているようなジェスチャーをした。
「戦う妖精か何か？ 私すっかり身振り手振りで会話ができるようになってるじゃない。もー」
ルチアは海の中に潜っていろいろな生き物を持ってきてマチルダに見せていた。
「それはカニよ」
とセスティナが説明している。
「こっちがタコ、これは貝、これはウツボ」
マチルダは帰りたがることもなく波と遊んでいたので、ハロルドの神殿に帰ってきたのは日が落ちてからだった。
「父様ーマチルダが帰ってきたよー」
キュリアがハロルドを呼んで、ハロルドが出て来た。
「一体どこに行ってたんだ？」
ルチアはジェスチャーで波のような仕草をしている。
「海か？ 海に行っていたのか？」
と聞くとうなずいた。
「どうやって海に……もしかして、ルチアか？ ルチアと行ったのか？」
マチルダはうなずいた。
「そうなんだ。よかったねえ。私も海に行きたい」
キュリアが言って、ハロルドは「だめ」と言った。
「どうして？ 私もタコとかカニとかみたいー」
タコやカニはルチアがお土産にラーズの神殿に持ってきて、ラーズはそれをラクアの元に持っていき、ラクアが海に返していた。
「生きてるお土産はいいから」
とラーズはやんわりとルチアに言っているようだ。
「お前じゃルチアの遊び相手にはらならんぞ」
「ちぇ」
「まあ、とりあえず無事でよかった」
「マチルダに何かあるって本気で思ってた？」
キュリアが聞いて、「いや、思ってなかった」とハロルドは答えた。マチルダなら危ない目にあっても自力でなんとかしそうである。
さて、ゆりがもらったサラディンの手型だが、せっかくなので、博物館にそのまま飾り、みんながサラディンの手の穴に自分の手を入れることができるようにした。神様の手と比べることができるというのも楽しいだろうとゆりが提案したのである。
「サラディン様の手に行列ができてますよ。みんな自分の手を入れてみたいようで」
ゆりの元に来たジュノーが教えてくれた。
「ジュノーも入れてみた？」
「はい、つい入れたくなりますよね。サラディン様の手私より大きいですよ」
「そう」
「いろんな手型があって楽しいですね。ところで、教会造りに参加しているフウガ君なんですが、王妃にすごく会いたがってるんですよね。クーガ様について王妃と語り合いたいとかいって」
「えー私も語り合いたい」
「彼に会うのは絶対無理なんですが、彼の方が、『俺信用されてないのかなあ』なんて言っちゃってまして、お手紙でも書いてあげてくれます？」
「まあどっちかというと、私がやばいからだよね。会わずに話せないかなあ。あ、糸電話とかどうだろう」
「糸でんわ？」
もちろんこの世界には電話はない。
「糸電話なら離れた所からでも話せるかも。でも想像したら笑っちゃうな。王妃様が糸電話って……でも糸電話って糸と紙コップがあればいいんだから、できないことはないか。ちょっと作ってみようっと」
ゆりは厚めの紙でコップを作り、長い紐をくっつけて糸電話を作ってみた。
「やった、できたできた。そうだ。記念すべき最初の糸電話は、ハザーク様と試そう！」
ゆりは完成した糸電話を持ってハザークの塔に行き、ハザークに片方のコップを渡した。
「これはなんだ？」
ハザークは不思議そうにコップを眺めている。
「この糸をピンと張って、話をするんですよ」
糸は三メートルほどあるので、ゆりはコップを持ったまま部屋の端まで移動した。
「ハザーク様、耳にコップをあててください」
「こうか？」
ハザークは耳にコップをあてた。ゆりは小声でコップにぼそぼそつぶやいた。
「聞えますか？」
「聞えるが、別にこれがなくても聞えるが？」
ゆりはもっと小さい声で言ってみた。
「聞えますかー」
「聞こえる」
「ハザーク様も小さい声で話してみてください」
今度はゆりが耳にコップをあてた。
「これはなんだ？」
「糸電話です」
「糸デンワ？」
ハザークは普通に話してる。
「コップに話してください」
「デンワってなんだ？」
ハザークはコップに話していた。コップを口にあてたり耳にあてたりするタイミングがなかなか難しい。
「デンワっていうのは、二人で話をする道具ですよ」
「ふーん」
「これで会話ができるの不思議じゃないですか？」
ゆりはコップに小さい声で話した。
「不思議かな？」
この一族には思念で会話をする力があるので、すごいとも思わないようだ。
ゆりは子供達とも糸電話で話してみたが、糸電話の楽しさはあまり理解されなかった。魔法が使える子供はこれだから困ったものである。
「フウガ君と糸電話作戦、無理かあ。しょうがない。お手紙を書こう。そうだ。クーガ様の絵の感想も書こう」
ゆりはフウガの美術的才能をほめたたえ、クーガをヨイショしまくった手紙を書いてフウガに渡してもらった。すると、次の日には返事が返ってきた。手紙にはびっしりクーガのことが書かれていた。フウガは相当クーガのことが好きらしい。
「へーフウガ君がクーガ様に会ったのは子供の頃だったんだ。憧れの人がいるっていいよね。大勢に憧れられてるんだから、クーガ様もそりゃ、あのイメージを崩したくないよね」
クーガは結構周りの評判というのを気にしているようなので、ゆりはそう思った。自分のファン達のこともちょっとは考えているのかもしれない。
「早くファンクラブに入りたい。会費はどうやって渡そう。今度クーガ様がくる時に持っていってもらおうかな。クーガ様本人に預けるって、笑える」
ゆりはクーガの反応を想像して笑っていた。フウガの手紙には、フウガが大工になったいきさつは、クーガに勧められたからだと書いてあった。
「なるほど、フウガ君の進路もクーガ様の影響なんだ。フウガ君絵が上手だから画家にもなれそう。あ、そうだ。フウガ君の自画像を描いて送ってもらおうかな。どうしてもフウガ君の顔がみたいもんね」
ゆりは返信にそう頼んでみた。すると次の日にはまた手紙が来た。簡単な手紙と、違う便せんには人の顔が描いてあった。
「あ……おー！ えーフウガ君ってすっごくいい男じゃない。確かにこれは会えないかあ……」
ゆりは便せんを眺めて声を上げている。精悍な顔立ちで、耳がある。なかなかいい男でもある。
ゆりは部屋に来たヴィラにその絵を見せた。
「フウガ君ってすっごくいい男だったんだね。侍女に聞いたら、ごつくてかわいい顔立ちって言ってたんだけど、こんなにいい男だったとは」
ヴィラは便せんの絵を見て、「これだれですか？」と聞いた。
「フウガ君よ。本人に自画像を描いてって頼んだの」
「本人が描いたんですか？ ……ぷっ」
ヴィラはつい笑っていた。フウガ本人とこの絵にはかなりの違いがある。フウガは眉もこんなにキリッとしてないし目つきもこんなに鋭くはない。顔の形もこんなにしゅっとはしてない。
「似てるんでしょ？」
「えーまあ、そうですね。はい」
ゆりはフウガに会うことはないので、ヴィラはあえて違うとは言わなかった。フウガはゆりにはこう思われたいのだろう。
「誰かに似てると思ったら、ハロルドに似てるかも？ ハロルドの頭に耳をつけて髪型を変えたら似てるかも」
ゆりは便せんの絵を見て言っていた。
ヴィラは横を向いてくっくと笑っていたのだった。
つづく
13部
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