第12話
「いろいろな国でお祭りがあるんだよ。人間界は賑やかだよ」
神の国で昼間からはしゃいでいたのは星の神ティラである。流星群は人間界の世界各地でみられるようで、この期間はどこでもお祭りがあるらしい。ティラは昼間でも寝ていられないようだ。
「星の神が産まれて初めての流星群かあ。楽しんでね」
クーリーフンが言った。ここはガーベラの神殿である。ティラは産まれたばかりの神獣を見に来たのだった。神獣の話をしつつ、夜の流星の話もしていた。
「うん。たまに星が流れることはあるけど、こんなにたくさん流れるなんてことはあまりないからねえ。上から人間界を眺めるだけでも楽しいよ。ところでルチアは相変わらず毎日出かけまくってるね。7匹のコウモリ達も最近じゃルチアについていくのを諦めて、ラーズ様のところに入り浸ってるみたいだよ。ルチアはしょっちゅう海に行っちゃうからだろうけど」
「そうなんだ。神獣も結構増えたね」
「そうだよね。お母さん最近すごいよね」
「ブー」とラッパの音が聞えてきた。
「おっと、騒音の主が来た。それじゃね。クーリーフン」
「うん。ばいばい」
神殿にやってきたのはヴァルである。「ブー」という楽器の音だけでもそう予想できた。ヴァルを連れてきたのはジェイクだった。ヴァルはまだ一人でスタスタ歩いたりはできない。
「ちょっとヴァルを預かってもらおうと思ったんだけど、お母さんはいないのか」
「置いていってもいいよ」
「そう？ じゃお願いね」
ジェイクはヴァルをソファの上に置いた。
「あのさ、ジェイク」
「なあに？」
「えーと……あーやっぱりいいや」
「そう？」
ジェイクはにこっと笑って去って行った。
（最近なんだかおかしな感じだよね。何か起きるのかな。なんて、聞いても仕方ないよね。僕はただ見守るだけ、ジェイクは、何かあると前戦に出ていくことになるんだもんな。いくらそういう神だからって不安もあるだろう）
クーリーフンにすれば、ジェイクはまだ産まれたばかりといってもいいくらいである。いくらハロルドの息子だからといっても、恐怖も感じているはずだ。
「ブー」
ヴァルがラッパを吹いていた。今はラッパからは騒音しか発せられていないが、ヴァルが成長すれば、ハロルドやジェイクを助けることができる存在になるはずである。近い戦いには無理かもしれないが。そう思うと、うるさいラッパの音もありがたく思えてくる。
「ヴァル、産まれてきてくれてありがとう」
クーリーフンはヴァルの頭をなでなでしていた。
人間界蛇の国では、星祭り二日目である。
そしてとうとう待ちに待った時がやってきた。
「産まれたぞ。女の子だ！」
王の間にて、思念を受けたラクシュミが喜びの声をあげて、王の間で報告を待っていたゆりやザメハ、ラギも「やった！」と喜びの声を発していた。カーラが無事出産したのである。
「カーラも無事のようだぞ。ここに来るほどではないようだ。念のためカールが待機していてくれてるから安心だな」
「カール、めちゃくちゃ役に立ってくれてるねえ」
ゆりはうれしそうである。
「本当ですな。回復魔法が使えるとは本当にありがたい」
ザメハが言った。
この時代では回復の魔法は王族以外が使うのは難しい魔法なのである。
「女の子かあ。セルジュも喜んでるんだろうね」
「キース将軍達も泣いてそうだね」
ゆりに続いてラギが言った。
街の病院にて、高齢出産をしたカーラは、自分でも驚くほど元気だった。ぐったりはしているが、死にそうなほどではない。
「まさか人生で3人も産めるなんてねえ。二人目は自分で産んでないけど、よかったわあ」
ベッドの上で、カーラはうれしそうである。なんと話す余裕があるとは、と自分でも驚いているほどだ。病室にはフレイとカールがいて、カールはすでに魔法を発動させていた。体力回復を助ける魔法である。カーラの体は淡い光に包まれている。
「ありがとう。なんだかすっごく気持ちいいわ」
「そうですか。一時間ほどはじっとしていてくださいね」
「ええ。こんな魔法が使えるなんてすごいわねえ」
「万能の魔法ではないんですが、助けになればうれしいです」
カールもうれしそうだ。
病室の外では、ミカエルやセリア、セルジュにキース将軍などがうろうろして、赤ん坊を見たり、カーラの様子をみたりしている。
「信じられないほど元気だ。よかった」
ミカエルは心底ほっとしていた。
「お父さん、名前決まった？ まだだったら僕が決めていい？」
とセルジュ。
「名前、いろいろ候補は考えていたんだが、悩むな」
とキースは頭を悩ませている。
「六〇歳違いの妹かあ」
セリアはしみじみと言っていた。数年でセリアの子供が産まれるので、そっちの方が兄弟っぽい関係になりそうだ。
「ミカエル様、新聞社の取材がもう来てますが」
戦士が一人やってきた。
「女の子が産まれたって言っておいてくれ。元気な赤ちゃんだって」
「分かりました」
「お母さんが元気すぎて怖い。また妊娠したりして」
セリアが怖いことを言い出して、ミカエルとキースが「え」と反応していた。
「さすがに次は……」
とキース。
「さらに年を重ねますからね」
とミカエルは苦笑していた。
街では新聞社の外で発表が行われ、カーラの出産は街のみんなが知る所となった。
「カーラさんおめでとう！」
「乾杯しよう！」
「お祝いだ！」
街の皆さんも酒を飲んで出産を祝ったようである。
夜になり、ゆりは子供達と一緒に庭園の東屋にいた。ゆりは念のためにラギが作った虫除けの薬を肌につけ、東屋の周りではカトリセンコウが煙をあげていた。
「この匂いをかぐと、一瞬元の世界に戻るのよねえ。懐かしいわ」
とゆりはカトリセンコウの匂いをかいで思っている。元の時代のカトリセンコウと匂いが似ているのである。
昨日はゆりはベランダで流星を眺めた。昨晩も結構流星が見えたが、今日と明日は東屋で子供達と星を眺める予定である。天気は三日とも晴れそうだ。
恋人達は街の警備もあるのでここにはちょっと顔を出す程度になりそうである。先ほどフリットがカーラの子供のことを知らせに来てくれた。かわいい赤ちゃんだったそうだ。
東屋の近くにはジロウとモモもいた。動物たちは流星を見て何を思っているのか、聞いてみたいくらいである。
「流星って世界中で見られるんだよね？」
ゆりがラギに聞いた。
「きっとそうだよ」
「聖地でも見られるのかな。クーガ様も夜空を眺めてるのかしらねえ」
「夜の神殿はお祭りなんじゃない？」
ラギが言った。
「そうかもね。オルガやティラがやってきてるかもね」
「母様、まずは乾杯しようよ。カーラの子供が無事産まれた乾杯！」
ナナミがせかした。
「そうね。乾杯しよう！」
ゆりはぶどうジュースの杯を持ち、子供達と乾杯した。そして、次々と流れる星を眺めて楽しんだ。途中ハザークがディーンと一緒にやってきた。
「ハザーク様、チューしましょ。来世でも会えるように」
蛇の目のゆりはみんなの前でもかまわずに、ハザークにキスしていた。
「流星かあ……流れた星はどこに行くと思う？」
ディーンは夜空を見上げながら子供達に聞いていた。
「落ちてくるの？ 頭にあたったりする？」
ミシェイラが聞いた。
「こわーい」
レーヌが言っている。
「大丈夫よ。めったに落ちないわよ」
と黒目のゆりは言ったが、子供達に「なんで？」と聞かれて、ちょっと答えられなかった。
「うーん、隕石が落ちることもあるから、落ちてくることもあるのかなあ」
「インセキって何？」
ラギが聞いた。
「隕石ってのは空から落ちてくる石のこと」
「へー」
「落ちてきたら幸運だよ。星の剣ができる」
ディーンが言った。
「星の剣って？」
ロイが一番に反応していた。
「空から降ってきた石でできた剣。今はない？ 俺昔みたことあるよ。昔こんな流星群の時に石が何個か落ちてきてさ、それで作ったんだよ。実は俺、その時一個石を拾ってさ、あ、思い出した！ 例の遺跡に宝石と一緒に入れたんだよ」
「えー！」
ゆりと子供達は同時に驚いていた。
「石ってどのくらいの大きさなんですか？」
ゆりが聞いた。
「モモちゃんの顔くらいかな」
「結構でかいですね」
「そう、剣の一本はできそうだよね。でかいから持ち歩くわけにもいかないし、貴重な石だったからあそこにいれたんだ。確か」
「へー見てみたいなあ」
「どんな石なんだろうね」
ラギとシスはわくわくしている。
「星の剣かあ、かっこいいなあ」
とロイ。
「結構いい剣ができたみたいだよ。星の石って魔力を帯びててさ、当時の名工がすごい魔法の聖剣を何本か作ったんだよ。それが星の剣」
「「あ」」
ラギとシスが同時に声を発していた。
「もしかして、ダ・ムーとイレイザは、星の剣だったりして？」
ラギが言った。
「ん？ 有名な職人さんは、ザクート王の時代の人じゃないの？ ディーンさんっていつ蛇にされたんでしたっけ？」
ゆりが聞いた。
「ディーンが蛇にされたのはザクートの先代の王の時だ。その職人は……名前はなんだっけ？」
ハザークがディーンに聞いた。
「名前は、確かラッセル」
「ラッセルはその時すでに活躍していたんだろう。彼は魔法の剣は結構作ってたが、その中でもすごい剣が12本ほどあったんだ。それが伝説の聖剣ってわけだ。星の石からできたのは知らなかった」
ハザークが言った。
「なるほど」
とゆり。
「ラッセルさんが魔法を帯びた剣を作れたんじゃなくて、石自体に魔法力が入ってたってことですか？」
シスが聞いた。
「いや、普通の職人が剣を作ったら、ちょっと魔法力がついた剣程度にしかならないよ。すごい聖剣を作ったのは職人の技だよ」
とディーン。
「そうですよね。だって、流星群も今まで何度かあっただろうけど、聖剣ってその頃のしか聞かないもんね。やっぱりそれほどの技術を持った者は現われなかったんだ」
とシスは納得した。
「えーじゃあイレイザとダ・ムーは星の剣なの？ ディーンさんは見たら分かります？」
ゆりが聞いた。
「多分わかるよ。ラッセルが作った星の剣、どうして今あるの？」
ディーンが逆に聞いた。
「大昔の宝箱に封印されていたんだ」
ハザークが答えた。
「へーすごいね。よかったね」
ハザークはそこで何かを思い出しかけていた。昔、ハザークが子供の頃、ザクートに抱っこされて遺跡に入ったことがある。その時のことである。
（そういえば、あいつは宝石には見向きもしないで、石の塊を持って出てたような……結構でかい石を持っていたような。あれが星の石だったのかも？）
「ディーン、お前が入れた星の石は、もう遺跡にはないかもしれない」
ハザークがディーンに言った。
「え？ なんで？」
「ザクートが持って出ていたかもしれない。もしかしたら、お前達がもらった剣は、その石で作らせたのかも？」
「えええええー？」
ゆりと子供達は同時に驚いていた。
「すごい。巡り巡って……すごい話だわ」
ゆりは感動していた。
「えーあの二本はディーンさんが拾った石からできたってこと？」
とロイ。
「そうだとしたらすごいよね」
「ディーンさんありがとう」
「ありがとう」
子供達はディーンにお礼を言っていた。
「いやー俺もびっくりだけど、この時代でおれが拾った石が活躍してるなんて、なんかすごいな。あれから二本も剣ができたのかな？ よかったね」
ディーンも感動していた。
「今回も石が降ってくるかなあ。そんなに価値がある石なら、戦士達に石が落ちたのを発見したら拾って集めとくように言っといたほうがいいんじゃない。すごい職人さんはいないけど、良い剣は欲しいもんね」
ラギがシスに言った。
「そうだよね。ちょっとフリットに言っておくよ」
シスはフリットに思念を送った。
「あ、そうだ。ディーンさんの子供はどうなりました？ 卵は産まれました？」
ゆりが聞いた。ディーンの恋人の大蛇がメメントを食べていたのである。
「それが、彼女今弱っててさ、卵もまだ産まれないんだ。心配してるんだよ」
「侍女が面倒を見ているんだ」
ディーンに続いてハザークが言った。
「俺は特殊な蛇だからなあ」
「そうなんですか。蛇のことならカーライル様が詳しそうですが」
とゆり。
「うん。いろいろ親身になってくれてるよ。カーライル、いいやつだよな。そうだ、噂のカーラさん、無事出産したんだってな。よかったな」
「そうなんです。女の子が産まれたんですよ。カーラも元気そうで」
「どんな生き物も、母は大変だな」
ハザークがぼそりと言っていた。
ハザークの母も出産で体が弱り亡くなったようなものだが、ハザークの恋人だった白蛇も、卵を産んで亡くなってしまったのだった。
「こればかりは男は何もできないんだからなあ」
「側にいるだけでうれしいものですよ」
とゆりが言った。
城の北にある街では、広場にテーブルや椅子が設置されて、屋台がでて、酒も提供されている。街の人々は流星を見ながら酒を飲んでいる。子供達も祭りの間は夜更かしを許されているのだろう。いつもよりも通りに子供が多かった。
商店街の裏通り、占い屋のミケも、店の外に出て夜空を眺めていた。
その先の診療所から医者の先生が出て来て両手を伸ばしていた。ミケは近寄って行って声をかけた。
「先生はまだ診療ですか？」
「こういうときは患者が増えるんでね。もうしばらく開けてます」
「そうですか」
「ミケさんも酒の飲み過ぎで倒れないようにしてくださいよ」
「はい」
医者は首をゴキゴキ鳴らして診療所内に戻った。
「人を助けるんだもんなあ。医者ってすごいよな」
ミケは感心するように言っている。
「さて、今夜はどうなるかな」
ミケは黒いローブを肩にかけた。昨晩から夜の街は賑やかであるが、裏通りの宿屋に、ちょっと怪しげな連中が泊っていた。怪しげとみたのはミケの主観であるが、昨晩は何事も起きなかった。
ミケは王妃様を守る仕事をもらったのだが、王妃様を守るといっても、王妃様がしょっちゅう城の外をうろついているわけでもない。戦士達もいるし、普段はわざわざミケが守る必要もないのである。だからといって金だけもらって何もしないというのも気持ちが悪い。第一暇である。
（こういう祭りは悪党には狙いめなんだがなあ。何か起きねえかな）
ミケは暇だったのか、むしろ何かが起きることを期待していた。すると通りの宿屋から3人組が出てくるのが見えた。男の3人組で、一人は丸坊主の大男である。顔を隠しているわけでもないし、3人ともむしろニコニコしながら歩いているくらいだったが、3人が通り過ぎた後、ミケは素知らぬ顔で少し離れて後をつけた。
（男3人で旅でもないだろう。商売人って感じでもないしな）
大男は若めだったが、後の二人は中年くらいの年である。
3人組は、途中で別々に別れてしまった。
（とりあえず、大男についていってみるか）
大男は広場の祭り会場に行き、敷物に座って酒を注文していた。広場にはステージが設置されて、着飾った若い女性が3人踊り、隅っこではリュートや笛の演奏もされていた。結構賑わっている。
ざっと見て100人ほどの客はいそうである。
テーブルや椅子もあるがそちらは満席で、回りには座れない者達のために敷物が置かれているのだ。肉を焼いたようないい匂いも漂っていた。皆空を見上げて、星が流れると歓声をあげている。
あちこちにランプの灯りが置かれていたが、月明かりだけでも結構明るかった。
ミケは大男から離れた敷物に座って酒を飲んでいたが、大男は一時間ほど経っても座って酒を飲んでいるだけだった。
（ただ酒を飲みに来ただけか。つまんねえ。後の二人はどこに行ったんだろう？）
人々は陽気に飲んでいたが、話題は星の話か、カーラの出産の話だった。無事産まれてよかった、と皆言っている。ミケも新聞でカーラのことを知った。
（ついに産まれたのか。そりゃめでたい。すごい高齢だって話だが、何歳なんだろう？）
カーラを見たことがない人達は、カーラのことを結構な年齢だと思っていた。
一時間半ほどが経過して、大男がふらふらと立ち上がったと思ったら、ばたんと倒れてしまった。
「ちょっとあなた大丈夫？」
「大丈夫ですか？」
周りにいた者達が声をかけている。
会場にいた戦士が男に近づいてしゃがもうとした時、男の体の周りを風の渦のようなものが取り囲んだ。
「やべえ！ 離れろ！」
魔法の発動を感じてミケが叫んだ。と同時に男の体に何かの魔法がかかり、風は即座に止まった。
「みんな離れてください！」
戦士が声をあげて、人々が慌てて男から離れる。ステージの音楽も踊りも止まっていた。
男の近くにいた戦士が剣を抜いた。大男は素早く起き上がり、逃げようとした所に他の戦士による魔法の攻撃があった。大男は大きく跳んで魔法をかわした。見た目の割りには素早い動きである。そこにさらに光の筋が男の体に打ち込まれた。と思ったら、男はそれもかわし、逃げて行った。
二人の戦士が追って行った。
残りの戦士は、「皆さんもう大丈夫ですよ」と人々に声をかけている。
「怖かったわー」
「あー何もなくてよかった」
などと人々は安堵の声をあげた。
最初に男の魔法を封じたのは子供だった。ミケはその子供を見た。濃い青色の髪の子供だが、しっかりしていそうだ。何より素早い判断だった。
（あの子やるな。さて、あの大男、なぜこんな目立つことをしたんだろうな。これがおとりだとすると、目的は別か？）
とミケは考えた。
祭りを妨害する理由は、人々の恐怖をあおることにある。ここで何人かが死ねば人々の不安はかなり増す。こういうことが何度も続くと、人々の一族に対する不信感が増すのである。
（さて考えろ。あの男がおとりだった場合、次の狙い目は……）
城に手を出すということは考えにくい。今狙い目といえばどこか、ミケは考えた。
ミケはふらふらした足取りで、戦士の一人に近づいて行った。
「ちょっとすいません。よっぱらっちまって」
「なんだ？ 近づくな」
事件があったばかりなので戦士は警戒しているようだ。
「私はただの町民ですよ。ちょっと私の目を見てください」
「は？」
戦士は反射的にミケの目を見てしまった。
広場での一件は、上の方の戦士達には一斉に思念が回っている。こういう場合でも、上級の戦士達は一つの街に集中したりはしない。他の街の警備に当たっている者はその街の警備を続けている。
―ドルイド、一撃で仕留めろよ
ハインリヒは敵を逃がしてしまった息子のドルイドに悪態をついていた。広場で敵の魔法を封じたのはドルイドである。あの素早い行動がなければ、何人か死人が出ていたかもしれない。しかも、中級戦士には難しい魔法である。
―僕まだ子供だからねえ
とドルイドが返した。
―何が子供だ。全く
―あいつはおとりの可能性が高いよ
―わかってる
大男の追跡は他の者に任せて、ハインリヒは他の場所を警戒していた。今はまだ城の北の街でしか騒ぎは起きていない。城にはムサカがいたので皆城の方は安心していた。
逃げた大男はなんとも素早い動きで通りを逃げて、建物の周りをあちこち回り、大きな酒場に逃げ込んでいた。今夜はどこも人が賑わっている。
途中からヴィラが酒場に合流していた。
「はげた大男ですから見ればすぐにわかります」
とヴィラは聞いていたが、酒場の中にそれらしい男はいなかった。客は30人ほどがいる。ほとんど中年の男である。
「逃げたか？」
「くそっ」
他の戦士二人はあわてて酒場を出て行った。
（はげた大男、あまりに目立つ風貌だが？）
ヴィラは満員の酒場の中を眺めている。この中に一族の者はいない。みな普通の街の人々である。
「ヴィラ様、どうかしたんですか？」
酒場のマスターが声をかけてきた。
「いや、なんでも……」
ヴィラも外に出ようかと思ったとき、そこにドルイドがやってきた。
「やあドルイド君、活躍したみたいだね」
ドルイドの魔法力は結構減っている。結構な魔力をすでに使ったことがヴィラには分かった。
ドルイドはヴィラの挨拶には返さずにきょろきょろと酒場の中を見回した。そして酒場の右端の席に座っていた中年の細身の男の背後に瞬間移動すると、首の後ろから素早く鋭い針のようなものを突き刺していた。
「うげ」
男は机に突っ伏した。周りにいた客が驚いている。
「さっき広場にいたのはこいつだ」
ドルイドが言った。男を殺したドルイドは眉一つ動かさなかった。
「ハゲの大男だったんだろう？ 変わり身か何かかな？」
ヴィラが近づいて聞いた。
「多分ね。気は変えようがなかったようだね」
一族以外の者の気は似たり寄ったりである。気で判別するのは難しい。ヴィラにすれば、さすがドルイドといったところである。男の足下に大きめのバッグがあった。中を探ると、大きなズボンとシャツが出て来た。
こいつで間違いないようである。追われながらもよく着替えられたものだ。
「誰かこいつの知り合いはいる？」
ヴィラは周りの客に聞いた。客達は首をひねっている。
「だれもいないようだ。しかし、こんなにも素早く姿を変えることができるとは。ドルイド君ありがとう」
「いいえ、では僕は帰ります」
ドルイドは去って行った。
「マスター悪いけど、ここ掃除しといてくれる？」
ヴィラは死んだ男をかついで言った。
「へい」
ヴィラは男と男のバッグを持って酒場を出て行った。
―お父さん、さっきの男は殺したよ
ドルイドはハインリヒに思念を送っていた。
―そうか、ご苦労。今度褒美にケーキを買ってやる
―じゃあね、僕は帰る
ドルイドは家に帰り、ハインリヒは敵が狙いそうな所を探した。
その少し前、北の街の病院の外で流星を見ていたミカエルの元に、戦士が一人やってきた。
「ミカエル様、広場の騒ぎはおとりですよ。今話題の病院が狙われるかも」
戦士はミカエルの側でぼそぼそと言った。
「え？ 病院？」
戦士は言い終えた後、きょとんとした顔できょろきょろ周りを見ていた。
「あれ？ 俺なんでここにいるんでしょう？」
「？」
「戻らなきゃ、失礼します」
戦士はあわてて消えた。
「……話題の病院ねえ」
ミカエルは病院の建物を見上げていた。今は建物の周りに人はいない。昼間とは違って静かなものである。
さて北の街にある戦士達の寮は、今日は戦士達は全員祭りの警備などで出払っている。
寮母であり、寮のみんなのご飯を作っている中年の女性は、厨房の後始末を終えて、夕飯のメニューの材料の発注書を書いていた。
「一三日分はこれでよし、一四日分は……」
そこに男が一人やってきた。
「あのーすいません。水をわけてもらっていいですか？」
男は戦士達がよく着ているような服装だった。寮の戦士ではなかったが、寮母は反射的に立ち上がり、コップに水を入れて男に渡していた。寮母は一族の人間ではないので、相手の気などは見ることはできない。
「どうもありがとうございます」
「あんた初めて見る顔だね」
「力がない、役場で働いてる者ですからね。どうもありがとうございます。ところで……ちょっと眠ってください」
「？」
男は寮母の近くで右手を開いた。何かの匂いが漂い、寮母はふらふらと体の力をなくし、男は寮母を椅子に座らせてそのまま寝かせた。
「さて、あれはあるかな？」
男はテーブルの上にあったランプを持って厨房の奥の部屋へ行った。そこは食物の貯蔵庫であるが、男はそこで目当てのものを発見した。
「あった！」
そこにあったのは大きな酒の樽である。男はランプを置いて、懐から大きめのペンチのようなものを取り出した。
「蓋に傷がつかねえように、これが難しい」
木の樽は横に置かれているが、その上部分にはワインを注ぎ入れたときの穴があり、がっちり蓋がされている。男は道具でその蓋を取ろうとしていたのである。
蓋に布をあてて、男は両手でペンチを持った。その時、「何をしているんだ？」と声がかかり、男はぎょっとして振り向いた。
「え、あ……」
「酒に細工をしようなんざ、ジンラ様への冒涜だぞ」
そこにいたのはハインリヒである。
「くっ！」
男は腰のポケットに手を入れようとしたが、ハインリヒは素早く男の首に手刀を入れていた。
「ぐげっ」
男は床に崩れ、ハインリヒは生け捕りにして男を北の砦に運んだ。
「おばちゃん、おばちゃん」
寮母は体を揺らされて目を覚ました。横には寮の戦士が二人いる。
「あれ？ 寝ちゃったかね」
寮母は記憶が定かではないのか、首をかしげている。
「寝るなら部屋に行きなよ」
「そうだよ。こんな所で寝ちゃだめだよ」
「そうだね。疲れてるのかね。もう寝るよ」
寮母は何事もなかったかのように部屋に行き、戦士達はほっとしていた。
城の庭園にはミカエルがやってきていた。すでにハザークとディーンはいなくなっている。ミシェイラとレーヌも眠くなったので城に戻っていた。
「王妃、チューしましょう♪」
ミカエルはゆりにちゅっとキスしていた。
「今日は他にはだれもこないのかな？」
ゆりが聞いた。
「みんな今日はあちこち散ってますからね。私は明日は来られないんで、今日いっぱいチューしましょう」
「言い伝えのチューは一度でいいんじゃない？」
ゆりが言った。
「何度してもいいですよ」
ミカエルはゆりにチュッチュしている。
「ねえ、僕星の石を探しに行きたい！」
ロイはさっきからそればかり言っていた。
「だめ。みんな今日は忙しいから」
シスが言った。
「僕もう結構強いよ」
「だめー」
「暗いから明日にしなさいよ」
ゆりが言った。
「わかった。昼間に探すね」
「一人で行動しないでください」
とミカエル。
「わかった。明日修行は休みじゃん。シスニー一緒に探そうよ」
祭りなので子供達は一日休日をもらっていた。
「あてもなく探すのかい？ じゃあドルイドも誘おう。ナナミは来る？」
「興味ない」
「ドルイド君がいるならいいですが、単独行動はしないでくださいね」
とミカエル。
「「はーい」」
シスとラギは同時に返事をした。
「星の祭り、街の方でも賑わってるの？」
ゆりがミカエルに聞いた。
「ええ、賑わってますよ」
「カーラの様子はどう？」
ゆりはカーラと赤ちゃんの話をミカエルから聞いた。
広場での祭りもそろそろお開きの時間になっていた。
そんな時刻、北の街にある大きな博物館に侵入した者がいた。
男はこっそりと博物館の一階奥に行き、王妃の石像の近くまで行くと、懐からハンマーを取り出していた。
男が石像の台座に乗ろうとしたとき、トントンと肩がたたかれた。
「！？」
男は持っていたハンマーでその者を攻撃しようとしたが、その者は素早く男の首にカードを刺していた。
「う……げ……」
男の体は横に倒れた。後ろにいたのは占い屋のミケである。
「ここは確率的に低いとは思ったがなあ。俺ついてるじゃん。初めて王妃様を守ったぜ。まあ石像だけどな」
王妃様の石像の顔をつぶすだけでも不安をあおる効果はある。他の場所はほっといても戦士達が行くだろうから、ミケはここで見張ってみたのだった。不埒者が本当に来るとは自分でも驚いている。
「あ、やべえ、血がついちゃった」
ミケはあわてて男の死体を横にどけていた。石像の台座と足下に血がべたっとついていた。
「げっ、早く掃除してもらわねえと」
ミケはあわてて裏口に向かった。ちなみにここには通りすがりの下っ端の戦士に催眠術をかけて瞬間移動で入れてもらっている。
「ん？ あいつはどうやってここに入ったんだろう？」
ミケは足を止めて男の元に戻り、懐を探った。男は鍵を持っていた。
「合鍵か？いつの間に作ったんだか、これはもらっとこう」
ミケは鍵を持って博物館から外に出ていったのだった。
（これで二人目か？ あとの一人は何かしたのかね？ まあいいか）
ミケは博物館近くの酒場に入り、「博物館から悲鳴のようなものが聞えたんですよ。戦士か誰かに知らせてくれません？」と言付けて自分の店に戻ったのだった。
夜中、日付が変わる時刻、北の街の病院はしんと静まりかえっていた。カーラの見舞客はすでに皆帰っている。
ランプを持って廊下を歩いていたのは看護婦である。その看護婦は、カーラの赤ん坊の姿を定期的に見に来ていたのであるが、眠っている赤ん坊を見て、ポケットからナイフを取り出していた。
「ごめんね赤ちゃん。一日も生きられないなんて、悪く思わないで」
赤ん坊にかかっていたタオルケットをはぐと、看護婦はナイフを振り上げた。だが、ナイフを振り下げることはできなかった。その瞬間、看護婦の首は風の太刀によりすっぱり切れて、体と離ればなれになっていたのである。
その場にいたのはキースだった。キースは赤ん坊を抱っこした。赤ん坊はすやすや眠っている。
―ミカエル、敵は看護婦だった。この女、2年も前からここで働いている女だったんだが……赤ちゃんもカーラも無事だ
―看護婦だったんですか？ 二人が無事でよかったです
屋敷にいたミカエルは思念を返していた。キースに「カーラさんか赤ちゃんが狙われるかもしれない」と話した所、キース自身がここを守ると言ったので、ミカエルはキースに任せたのだった。
（この街では一晩で４件事件が起こったか。まあ全部未然で済んだのはよかった）
北の砦ではハインリヒがつかまえた男の尋問が行われたが、男は自殺してしまった。しかも魔法で自分の体ごと凄まじい炎を起こして誰かを道連れにしようとしたようである。ハインリヒが男の周りに魔法の膜を張ったが、イシュタールが瞬時に跳んできて炎を鎮火していた。
翌日、ミケが店を開けてすぐくらいにミカエルがやってきた。
「やあ占い屋、差し入れだ」
ミカエルは酒を一本ミケに渡した。
「これはこれは、ありがとうございます」
ミケは素直に酒を受け取っている。
「何かいいことでもあったんですか？」
「ああ、今話題のカーラさんは私の親戚なんだ」
「そうなんですか。無事産まれてよかったですね」
「ああ、本当にうれしい」
ミカエルはミケに右手を出していた。何か出せとばかりに手の平を上に向けている。
「なんですか？」
「博物館の鍵、持ってないか？」
「博物館の鍵？ なんで私が持ってるんですか？」
「昨晩怪しいヤツが博物館の中で死んでたんだ。 実は先月、博物館の裏口の鍵が盗まれたことがあったんだよ。鍵は別の場所にあってすぐ戻ってきたんだが、もしかしたら合鍵が作られた可能性があったかもと思って。合鍵で入ったのなら
先月のことにつながると思ってな。瞬間移動できるやつはそうはいないからな」
「はあ、それで、なんで私が持ってるんです？」
「昨晩その怪しいヤツを倒したのはお前だから。戦士はだれもやってない。病院に伝言をよこしたのもお前だろ？」
ミカエルは微笑んで言っている。ミケは降参とばかりに両手をあげて、店の奥に行き、合鍵を持ってきてミカエルに渡した。
「これでどうする気だったんだ？」
「別にどうも。王妃様に会いたくなったら行こうかなあと」
「昼間正面から入れよ。夜は結構一族の者が入ってるぞ」
ミカエルは合鍵をポケットにしまって言った。
「結局、病院は何かありました？」
ミケはこの際と思って聞いた。
「ああ、あったよ。２年も前から働いていた看護婦が、赤ちゃんを殺そうとした」
「看護婦？ 俺が思ってたのと違った。男は３人組だったから、その一人かと思ったんですが」
「偶然にせよ、とにかく事件は起こったからな。なんで病院が危ないと思ったんだ？」
「今話題の場所だからですよ。何かあった時のショックもでかいでしょう」
「そうか、まあ忠告してくれたことは素直にうれしい。ありがとう」
ミケは驚いた顔付きだった。生粋の一族の者はプライドが高いと思っていたので、逆に余計なお世話だと言われると思っていたのだが。
「それから王妃の石像を守ってくれたんだな。我が国王に代わりお礼を言う、ありがとう」
ミカエルがとどめとばかりに言うと、ミケは顔をぽりぽりかいていた。
「やめてください。こそばゆくなってきた」
「ははは、じゃあな」
ミカエルは去って行った。
「……なかなか柔軟な人だな。まさかお礼を言われるとは。ここは一族が少ないからかなあ。そういや、広場で暴れようとした男はどうなったんだろう？」
裏通りの宿の主人にそれとなく話を聞いてみると、３人組の男はだれも宿に戻ってこなかったようだ。すでに戦士達が調べに来たと言っていた。
（どこかで悪さをしてもう捕まったのかもな）
ミケはそう思った。
（俺としては王妃様の石像が守れたことが大きなことだったが……それにしても、お礼なんて言われたことねえから、なんか変な気分だな」
ミケは苦笑しながら腕をぽりぽりとかいていた。
その日の朝、城にいて目覚めたゆりは窓のカーテンを開けて、ベランダに何かが置いてあるのに気がついた。木で編まれたバスケットに紙の袋がいくつか入っている。
「あれ？ なんだろう？」
ゆりはためらいなくそのバスケットを手に取っていた。紙袋を開けてみると中には星の形のクッキーが入っていた。そしてバスケットの中にカードが一枚入っている。そのカードには夜空のイラストが描かれていた。
「あ、オルガ様？ オルガ様の贈り物だわ。昨晩オルガ様がいらっしゃったんだ。夜の神殿で配っていたのかも？ ジロウ君は気がついた？」
「くうん？」
ジロウは首をかしげている。どうやら気がつかなかったようだ。
「昨晩はこれを置いてすぐ行っちゃったのかな」
ゆりはバスケットを持ってレーヌの部屋に向かったのだった。
そして北の街の博物館は、何事もなかったかのように開館したのだった。
つづく
１３部
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