第１３話
祭り三日目、昨日はあちこちの街で小さい事件などは起きていたが、城にいるゆりの耳に入ることはなかった。この日の午前中、シスとロイはドルイドを誘って星の石探しをしてみたが、一個も見つからなかったようだ。
「星はあんなに流れていたのにねえ」
「みんなどこに落ちたんだろう？」
と二人は残念そうだった。
ゆりは城に来ていたドルイドに、「付き合ってくれてありがとう」とお礼を言っていた。
「いえ、僕も楽しかったです」
ドルイドはちょっと照れて返している。今のドルイドは髪は短くしているので、昔のドルイドの面影のようなものはなかった。誠実そうで優しそうな顔立ちをした少年である。
「祭りは楽しんでる？ 子供も楽しめるようなものはあるの？」
「夕方までは広場で遊べるような場所もありますよ」
「そうなんだ。そーだ、お小遣いをあげるね。ラギ、お金ちょうだい」
「うん、ちょっと待ってて」
ゆりは部屋にいたラギに頼み、ラギは自分の部屋に戻った。
「私小銭とか持ってなくて、ラギがお金を持ってるから必要な時はラギからもらってるの」
とゆり。
「はあ」
「カトリセンコウが売れてるからね。ラギはお金持ちなんだよ」
シスが言った。
ラギがお金を持って戻ってきた。金貨を一枚渡そうとしたらドルイドは、「そんなにはいいですよ」と遠慮していたので、ラギは銀貨をゆりに渡し、ゆりがドルイドに渡した。
「ありがとうございます」
ドルイドはうれしそうに言って去って行った。
「ああ、他の子供達にもお小遣いをあげたい。みんなお金はあるだろうけどあげたいー、せっかくだから祭りが始まる前にあげればよかったなあ。そうだ。秋の酒祭りの前に配ろう」
今から全員に配るのも遅いので、ゆりは次の酒祭りにしようと思った。
「星の石、実際に見たかったなあ。あんなに流星はあったのにい。一個くらい近くに落ちてもいいじゃん」
ロイはぶつぶつ言いながら去って行った。
ミラが部屋にやってきた。
「なんだか風が出て来ましたよ」
「そう？」
「……あ、ウィル様が庭園にいるみたいだよ。ミシェイラが会ったって」
シスがミシェイラから思念を受けたようだ。
「え？」
「え？ ウィル様？ ササラも呼んであげなくちゃ！」
ミラはあわてて部屋を出て行き、ゆりはラギ、シスと庭園に瞬間移動した。
庭園の木々は風でゆれている。そして水色の髪の神が宙を漂っていた。髪は肩に掛からずに風になびくように斜め上を向いている。整った眉に目尻が細まった瞳、確かに風の神ウィルである。
「やあ、お嬢さん、元気だった？」
ウィルは微笑んでゆりを見た。
「ウィル様！」
「ウィル様だ！」
シスとラギは喜んでいた。庭園にはレーヌとミシェイラもいた。ミシェイラは、「クー元気？ 会いたいって言っておいてね」とウィルに言っていた。
「うん、言っとくよ」
「こんにちは、会えてすごくうれしいです。通りすがりですか？」
ゆりが聞いた。
「そうなんだよ。捜し物をしていてね。そういや君元気かなあと思って来てみたんだ。子供達大きくなったね」
レーヌが両手をあげていたので、ウィルはレーヌの両手を握って上にあげていた。レーヌは足をぶらぶらさせて喜んでいる。ラギとシスはじろじろとウィルを眺めている。ラーズほどではないが、ウィルも結構人気がある神である。それも気さくな性格のせいだろう。
ウィルは軽薄そうに見えるが、根は真面目な神様だとゆりは思っている。上半身の布はちょっと透けていたので、なかなかセクシーな感じでもある。青系のズボンをはいていたが、裾になるほどに濃いグラデーションになっていた。
「綺麗なズボンですね」
ゆりは思わず言った。
「綺麗だろ。最近こういうのがあっちで流行ってるんだ」
「よくお似合いですよ」
「捜し物ってなんですか？」
ラギが聞いてみた。
「鉱石だよ。星の鉱石」
「え？ それって星の石のことですか？」
シスが聞いた。
「そうだよ。流星群があると大抵探してるよ。人間にも貴重な物だろ？ 心配しなくても私達が探してるのは国の外だから」
「神様にも貴重なものなんですね。星の石で武器を作るんですか？」
ゆりが聞いた。
「そうだよ。良い武器ができるんだってさ。でもなかなか見つからなくてさ。海に落ちるのが多いらしいんだよね。海じゃお手上げ」
ウィルは両手を上にあげていた。
「じゃあ行こうかな」
「あ、ちょっと待ってください。うちの侍女がウィル様の熱烈なファンなので会ってあげてください」
ゆりがあわててウィルを引き留めていると、ミラとゆりの侍女が一人走ってきた。
「ウィル様ー！」
「おおー君が私の熱烈な信者か」
ウィルはゆりの侍女ササラに近づいて、両手を握ってあげていた。ササラは１０年ほど前にゆりの侍女になった水色の髪の若い女性である。ゆりの侍女には他にはラーズ大好き侍女もいるが、侍女に選ばれる審査では、神様の熱烈な信者は逆に信頼されやすいようである。
「手だけではなく実物にも会えるなんて……」
ササラは喜んでいる。
「ずっと私の信者でいておくれ」
「もちろんです！！」
「私も握手してください」
ミラが手を出し、ウィルはミラの手も握っていた。二人とも頬を赤く染めている。
「ウィル様の手、やっぱりステキですね」
「一番ウィル様の手が好きです」
ササラも言っている。
ウィルが不思議そうだったので、ゆりは、「実は、ウィル様の手の型がうちの博物館にあるんです。ハロルド様やラーズ様の手と一緒に飾られてるんですよ」と説明した。
「手？ ……あれ？ ハロルドやラーズと一緒に作ったやつ？」
「そうですよ」
「へーどこにあるの？ 君案内して。ちょっとこの子借りるよ」
「どーぞどーぞ」
ウィルはササラを抱っこして空を飛んだ。つむじ風が起こり、二人はそのまま飛んで行ってしまった。
「おー」
とシスとラギは空を見上げて感嘆の声をあげている。
「ササラ、一気に願いがかなっちゃいましたね」
ミラが言った。
「そうだね。ウィルって素敵な神様よね」
とゆり。
「そうだよね。親切な神様だよね」
ラギが言った。
「ついに自分の手を見に来る神様が現われたね」
シスが笑いながら言っていた。
「そうね。博物館は大変かも？」
ミシェイラはゆりの手を引っ張っていた。
「マー、クーの手はいつくるの？」
「え。そういやクーの手はまだだっけ。頼めたら頼むね」
「絶対よ」
ミシェイラはレーヌを連れて消えた。
「それにしても、神様も星の石を探してるなんてびっくりだね」
ラギが言った。
「そうだね。世界的に貴重な石なのかもね」
とシス。
「自分の手を眺めるウィル様、じかに見たかった。後でササラに話を聞こう」
ゆりはミラと歩いて部屋に戻ったのだった。
街の博物館では、ウィルが現われたので人々は当然ざわめき、館長も遠巻きにウィルを見ていた。
ウィルは飾られている自分の手を眺め、「へー」と言ったり、オルガの手を見て「色がついてるの怖くないかな？」とササラに聞いたりもしていた。
「いろんなのがあって面白いね。ダーナの手がないからダーナのも欲しいな」
ウィルはダーナの手を加えたくなったようだ。
「しかし、よくこれだけ集めたね。どうやって集めたんだろう？」
「王妃様が、仲が良い神様に頼んだみたいです」
ササラは正直に答えていた。
手の型も様々なので、全部ハロルドが集めたわけではないようだ、とウィルも気がついた。
「まあいいか。ダーナの手は絶対加えなきゃな」
ウィルは遠巻きに見ている人達に愛想を振りまいたり、握手をしたりして博物館を出て行き、風と共に去って行ったのだった。
城に戻ってきたササラは、「今日は本当に素晴らしい日でした。ありがとうございます」と泣きながらゆりにお礼を言っていた。
「私が呼んだんじゃないけどね、よかったね」
「はい！」
昼間はこんなハプニングがありつつ、日が暮れて、また星がまたたき、いくつか星が流れ出した。
ゆりは今夜も東屋で子供達といる。
ミルキダスやカール、シャナーンがやってきてゆりとちょっと話して去って行った。
「今夜もみんな忙しいみたいね」
「そうだね」
昨晩は街ではいろいろあったようだ、とシスとラギは聞いたが、ゆりの耳には入れていなかった。
今晩も、戦士達はあちこち飛び回っていそうである。
キースとカーラの間に生まれた女の子の名前は「ケイリー」に決まったようだ。
「ウィル様の一件、明日の新聞に載るみたいだよ」
ラギが言った。
「そうなんだ。明日の新聞は読まなきゃ」
とゆり。
「私もウィル様に会いたかったなあ」
ナナミは残念そうだった。
「神様も石探しするんだね。僕も明日探そうかな」
ロイは星の石を気にしていた。
ゆりが東屋で一時間ほど経った頃、ハザークは自分の部屋にいた。星の石を神様も探していたと聞いて、石のことを考えていた。
これほどの流星群は、ハザークの生でも何度もあったわけではない。星の石があまり有名ではなかったのは、そんなに頻繁に見つからなかったからだろう。
（当時はよく１２本も聖剣が作れたもんだ。たまたま石が一杯みつかったのかもな）
などと思いながら座って酒を飲んでいたら、部屋の中にすっと現われた人物がいた。その人物は透けている。霊である。
「あ、なんか久々だな」
その霊を見たハザークが言った。あまりにも麗しい銀髪の男、いにしえの王ザクートである。
「やあ、前回から１００年ほど経ったかな？ あの子は美しく成長したんだろうなあ」
ザクートが言っているのはミシェイラのことのようだ。ザクートが前回来たのは、妊娠中のカーラが魔法にかけられていた頃のことである。ザクートは、赤ん坊をカーラからセリアに移す魔法に成功したのである。
「前回から１０年も経ってないぞ。みんなお前に聞きたいことがたくさんあるって言ってたぞ」
「聞きたいこと？ 私はそんなことのために出て来たわけじゃない。あの子を連れてこい」
ザクートはソファに座って足を組んだ。
「ミシェイラより先に見て欲しい蛇がいる」
「蛇？」
ハザークはザクートを侍女達がいる部屋に連れて行った。そこでは、まだら模様の大きめのメス蛇がいる。ザクートはその蛇を見下ろして、「お！」と驚き、しゃがんでいた。
「お前の子か？」
「いや……」といいかけたハザークは、「そうだ。我の子だ」と言い直した。
「まさかまた蛇の彼女を作るとは意外だな。王妃とはもう仲良くないのか？」
「王妃との仲はかわらんがつい……それはともかく、この蛇、なかなか卵が生まれないし、危ない状態なんだ。ちょっとどうにかしてくれ」
ハザークは、自分の子だ、と言ったほうがザクートがなんとかしてくれるだろうと思ったのだった。部屋にいた侍女達は、ザクートを見たりハザークをみたりしていたが、皆口を閉ざしている。
ザクートは蛇の腹をなでながら、侍女達に微笑んでいた。
「こっちはみんな元気そうだが、なんだか雰囲気が変わったか？」
「ああ、ディオネが子蛇を産んだ」
「え？ 男ができたのか？ それもびっくりだ」
「お前がちょっといない間にいろいろあったんだ。とりあえず、この蛇をどうにかしてくれ」
「うーん、妊娠してどのくらいになる？」
「今年の赤い月からだから、五ヶ月ほどだな」
「普通の蛇なら卵を生んでもいい頃だな。卵は一〇個くらい入っていそうだ。母親は結構弱ってるな。どうだ？ 産めそうか？」
ザクートが蛇に聞いてみたが、蛇はちょっと舌を出したくらいだった。
「うーん。卵をもう出すか？ もう産卵してもいいころだろうから、出しても大丈夫だろうと思うが」
「その方がいいならそうしてくれ」
「とりあえず体が欲しい。城になんだか変わった者がいるな。その男の体を借りよう」
その頃ムサカはラクシュミと休憩室で酒を飲んでいる所だった。そこにふいにザクートが現われて、二人ともびっくり仰天している。
「ザクート王！」
「え？」
ムサカはザクートを実際に見るのは初めてだった。
「ん？ なぜその姿なんだ？ ちょっと姿を貸してくれ」
「え？」
ムサカが了解する間もなく、ザクートはムサカに近づいて体に入っていた。ラクシュミは口をちょっと開けたままである。
ムサカの体を乗っ取ったザクートは、ぱっと姿を変えていた。ムサカ本来の姿である。
「これでよし、と。なんでわざわざ老人になっているんだ？」
ザクートがラクシュミに聞いた。
「さあ、私にもわかりません」
ラクシュミはザクートに驚き、ムサカの若い姿を見ても驚いていた。
「じゃあちょっと借りる」
ザクートは去って行き、ハザークの塔に戻った。
東屋にいたシスが、ハザークの塔から煙が上がっているのに気がついた。
「あれ？ ディーンさんを呼んでるのかな？」
「本当だ。もしかして、彼女に何かあったのかな？」
シスに続いてラギが言った。
「え？ そんな。ちょっとシス様子を見てきて」
「わかった」
シスは瞬間移動で飛んで行った。
そして若いムサカに出会っていた。若いといっても中年姿であるが、老人ムサカよりは随分若い。ムサカは元々金色の瞳だったので、シスはザクートが来ていることに気がつかなかった。
ハザークはシスに思念を送り、ざっと伝えていた。シスはうなずいて去って行った。
シスは東屋に戻った。
「どうだった？」
ゆりが聞いた。
「ディーンさんの彼女が産卵しそうだから、ディーンさんを呼んだんだって」
「そうなんだ」
ハザークは思念で、（今ザクートが来ているんだが、この蛇がどうにかなるまで内緒にしてくれ）と言われたのだった。
「無事産まれればいいわね。がんばって、蛇さん！」
ゆりは星に祈るように両手を組んでいる。
「みんなも祈りましょう」
「彼女がんばれ！」
「蛇さんがんばれ！」
子供達も応援した。
塔では、ザクートがメス蛇の産卵を促すか、魔法で卵を取り出すか、悩んでいた。もうかなりメス蛇は体力を消耗している。
ザクートはとりあえずメス蛇に回復魔法をかけていた。だが出産に関しては、その回復魔法が助けになるかどうかはわからない。
「一〇個も卵を産む体力はないかもしれないな。魔法で出すか」
侍女がカゴにタオルを敷いて持ってきた。
「よし、出そう。がんばれ。死ぬんじゃないぞ」
「がんばれ」
ハザークも本当の彼のようにメス蛇を心配している。
ザクートはメス蛇のお腹に手をあてて、慎重に一個卵を取り出した。一〇センチほどの楕円の白い卵が出て来て、ザクートはそれをカゴに乗せた。
ザクートは次々と卵を取り出した。そしてすべての卵を取り出したとき、メス蛇はがっくり力をなくしてしまった。
「あ……」
侍女が声をあげた。
「がんばったな。卵が産まれるまではとがんばったんだな」
ザクートが優しく言った。
「死んだのか？」
ハザークが寂しげに聞いた。メス蛇はまったく動かなくなっていた。
「すまんな。出産の際はなかなか難しいんだ。体にかなりの負荷がかかっていたようだからな。だが、卵は無事だ。全部は……無理だったか。この中の三個は無事そうだ。後はだめだな」
ザクートは卵を取り分けていた。侍女達は悲しげにうなだれている。その時ようやくディーンがやってきた。ディーンはすでに息絶えていたメス蛇に気がついた。
「死んでしまったのか？」
「すまん。卵は、三個は無事だった」
ハザークが答えた。
「そうか。がんばったんだな。ありがとう」
ディーンは優しくメス蛇の頭をなでた。ザクートはぽかんとしてディーンを見ている。
「実は、この子はこのディーンの彼女なんだ。我の彼女だと言った方が親身になってくれると思ったんでな。彼はディーン、ディラネイラの弟だ」
「……なんだって？」
さすがのザクートも驚いていた。ハザークはざっとディーンのことを説明した。
「ディラネイラに弟がいたのも初めて知った。まさか生きているとは……それもすごいな」
ザクートも、ここまでの予知はできていなかったようである。
「昔、アヴィールの遺跡の地下に我を連れて入ったことがあったろう？ その時のことを覚えているか？」
ハザークが聞いた。
「遺跡？ ああ、よく覚えているな」
「あの時の呪文は覚えているか？」
「呪文？ ああ、遺跡に入る呪文か？ 忘れた」
「ちょっとは覚えてるだろ？」
「まったく覚えてない。どこかにメモったような気がするが……あの遺跡がどうかしたのか？」
「地下のさらの地下にすごいものがありそうなんだ」
「昔いろいろ聞いたような気がする。まあ必要になればそのうち明らかになるんじゃないか？」
「ヒントも何もないんじゃ明らかになりようがないだろう」
「そう言われても知らんものは知らんし、彼女、鱗に変えてやろうか？」
ザクートがディーンに言った。
「鱗？」
「ああ」
ザクートはメス蛇に呪文をかけた。メス蛇は姿を変えて、一枚の緑の鱗になった。
ザクートはその鱗をディーンに渡した。ディーンはその鱗を手の平に乗せていた。
「我を連れて遺跡に入ったとき、星の石を持って出たろ？」
ハザークがザクートに聞いた。
「よく覚えてるな。星の石……そうそう聖剣を作るのにちょうど欲しかったんだ。あそこにあったからもらった」
「やっぱりそうか」
「あの子に会わせてくれ」
「わかった。そうだ、王妃に護法をかけてやってくれ。今妊娠中なんだ」
「またか？ いつも妊娠中だな」
ザクートは驚いていた。
ハザークはシスに思念を送った。メス蛇が亡くなったばかりだったので、ゆりとミシェイラだけ連れてきてくれと頼んでいた。
「ミシェイラ、母様と一緒にハザーク様の塔に行ってくれる？」
シスはミシェイラに頼んだ。
「わかったあ」
ミシェイラはゆりを連れて瞬間移動した。
シスの表情が曇っていたので、ラギが思念で（どうしたの？）と聞いていた。
―卵は三個産まれたけれど、彼女は亡くなってしまったんだって
―え？
ロイとナナミも思念に加わり、４人が知る所となった。レーヌは「どうしたの？」と姉と兄に聞いている。
「ディーンさんの卵が三個生れたんだよ。何色の蛇が産まれるか楽しみだね」
「三匹産まれるんだ？ 楽しみだね」
レーヌは喜んだ。
ゆりとミシェイラはハザークの部屋でムサカに入ったザクートと、ハザークに会っていた。ディーンがカゴに乗せた卵をゆりに見せた。
「わあ、三匹産まれるんですね」
ゆりは喜んでいる。
「彼女は元気ですか？」
「彼女は卵を産んで元気に森に帰ったよ」
ディーンが微笑んで言った。
「本当ですか？ 会わなかったけど、よかった」
「じゃ、俺はこれでね」
ディーンは去って行った。ミシェイラはザクートを見て目をぱちくりさせている。
「おおー大きくなったな。かわいらしいなあ」
ザクートがミシェイラを抱っこしようとして、ミシェイラはハザークの後ろに逃げていた。
「おっちゃん、だあれ？」
「ムサカ様……じゃないみたい？」
とゆりが気がついた。
「私だ。王妃、また妊娠したんだってな。王妃もがんばるな」
「ザクート様！？」
ゆりの左目が瞬間的に蛇の目になっていた。
「とりあえず、だっこさせてくれ。ミシェイラ」
「やだ」
「ミシェイラったら、抱っこさせてあげなさいよ」
ゆりが苦笑している。
「やだ」
ミシェイラはハザークの足にひっついたままである。
「まあ元気そうだからいいか。王妃に護法をかけてやろう」
「ありがとうございます！」
ザクートはゆりのお腹に手をあてて、何かが気になったのかお腹をじーと見ていた。
「どうかしたんですか？」
「……いや……この子、王の子だよな？」
「そうですよ」
「まあいいか。それじゃ護法をほどこす」
ザクートは魔法をかけた。
「ありがとうございます」
「ミシェイラ、せめて握手しよう」
ザクートがしゃがんで手を出すと、ミシェイラはおずおずと右手だけ出していた。ザクートはその手を軽く握りしめた。
「次に会う時まで元気でいるんだぞ」
「あの、みんながザクート様に聞きたいことがあるって言ってましたが」
ゆりが言った。
「そのことはもう聞いたから大丈夫だ」
とハザーク。
「そうですか。ザクート様、せめて抱きつかせてください！」
蛇の目のゆりはザクートに抱きつき、ザクートもゆりを抱きしめていた。ハザークはやれやれと思いつつ見ている。蛇の目のゆりはすぐ引っ込んでいた。
「さてと、私はちょっと王に挨拶してこよう。それで今夜はもう帰るからな。王妃、達者でな」
「はい、また来てくださいね」
ムサカ姿のザクートは消えた。
「ムサカ様に入ると、瞳が金色だからわからないですね」
「そうだな」
「なんだか元気がないですね」
「そんなことはないぞ」
あのまだらのメス蛇は、一度ゆりの中に入ってしまい、ゆりが勘違いをして儀式をしてしまった蛇だった。
ゆりと関わりがあった蛇ともいえる。ディーンは彼女の鱗をなくしたくないからとハザークの部屋に残していた。
「マー、レーちゃんもう寝るって」
ミシェイラが言った。
「そうだね。もう寝よう」
「送ってやろう」
ハザークは二人を瞬間移動させた。
ザクートは、王の休憩室にやってきた。
ラクシュミは緊張した様子で立ち上がっている。
「王妃がまた妊娠してるな。なんだか、今回はちょっと違うような気がするんだが、心当たりはあるか？」
ザクートは椅子に座り、真面目な顔でラクシュミに聞いていた。ラクシュミは腰を下ろした。
「はい？ ……あ、子蛇ですか。ややこしい話なんですが、ゆりの恋人達の肌の蛇と、ゆりの蛇紋が交わって、その子蛇が赤ん坊に二匹くっついているんです」
「ん？」
さすがのザクートも、理解するのに時間がかかった。
「……王妃は相変わらず、独自の世界を独走してるな。それはいいんだが、赤ん坊の気があまりまとまってないのが気になる。あまりにいろいろな気が主張しすぎているというか、何が言いたいかというと、
出産の時は苦労するかもしれない」
「え？」
「普通に王の子供を産むのも今まで大変だったはずだが、さらに大変かもしれない。出産の時は気をつけてやってくれ」
「はい」
「……何千年経っても女の苦労も変わらんな。私の魔法力をしても、一匹の蛇も助けられんとは」
ザクートはため息をついていた。
「？」
「この体の男のことだが、人生は一度きりだというのに、しょうもないことで無駄にするなと言っておけ。あ、そうだ。ディオネの子供に会うのを忘れてた。じゃあな。王」
ザクートはムサカから離れて去って行った。
「ムサカ殿、大丈夫ですか？」
ラクシュミはムサカに近づいた。ミカエル達はザクートが出て行った後は、ぐったりしていたのを思い出したのだ。
目が覚めたムサカは、がくりと横に倒れていた。
「ムサカ殿！」
そしてディーンは、見晴らしのいい丘の上で夜空を眺めていた。星はまだちらほら流れている。
「彼女の死を悼んでいるのか。俺にもこんな優しい感情があったんだな……」
悲しい気持ちでいたディーンは、自分でも驚いていた。
「俺の子を産むのは大変だったよな。ごめんな。そして、ありがとうな」
ディーンは夜空を見上げながら、メス蛇にお礼を言っていたのだった。
夜中になり、ラクシュミがハザークの元を訪れた。ハザークはちょっと沈んでいる。
「何かあったのか？ 王も沈んだ様子だったが」
「ディーンの彼女がなくなったんだ。卵は三個産まれたが」
「なくなったのか」
「彼女はよくここに遊びに来た蛇だったからな。だががんばった。よく卵を産むまで持ちこたえてくれた」
「王でもやはり助けられないものなのか」
「病気と出産は回復魔法でも難しいらしい。さすがのザクートも万能ではないんだろう。王妃には、彼女が亡くなったことは言わなかった。元気で森に帰ったことになっている」
「そうか」
ラクシュミは、ザクートが言ったゆりのことをハザークに言うかどうか迷っていた。だが今言ってどうなるものではないし、出産まで気をもむだけだ。
「ムサカは大丈夫だったか？」
ハザークが聞いた。
「部屋で寝ている。髪がふさふさだったから驚いた」
「そうだな。せっかくだからあのままでいればいいのに」
「みんなそう思っているんだがな」
翌日、一〇時頃になりハインリヒがムサカの部屋にやってきた。ムサカの世話は侍女がしているのだが、ちょっと困ったことになっていた。
「ムサカ様、大丈夫ですか？」
「大丈夫じゃが、困ったことになった。変身できない」
ムサカはベッドに寝転んでいたが、死にそうなほどぐったりではなかった。ただ、中年姿のままである。
「もうしなくていいじゃないですか」
「えー」
「何がえーですか」
「体が弱っているせいと思っていたが、もしかしたら、王に封印されてしまったのかも」
「わざわざ老人になってるから怒られたんですよ。いにしえの王に怒られたんだから、もう自分を偽らずに生きましょう」
「わしはあの姿が好きなんだ」
「もう変身できないんだからしょうがないですよ」
「……ところで遺跡の謎は何かわかったのか？ 誰か王に聞けたか？」
「ハザーク様が聞いてくださったんですが、ザクート王は呪文に関しては覚えてないそうです」
「そうか」
「遺跡の謎はなかなか進まないですよ。ところで、ドルイドが若いムサカ様に会いたがってるんで、後で連れてきますね」
「連れてこんでいい」
ゆりが訪ねてきた。
「会いたくない」
ムサカはあわてていたが、ハインリヒはゆりを部屋に入れていた。
「ムサカ様、大丈夫ですか？」
「ムサカ様、老人姿になれないみたいなんですよ」
「そうなんですか？ もうこのままでいましょうよ」
とゆり。
「今更この姿をさらすのも恥ずかしいではないですか」
ムサカは布団をひっかぶっていた。
「ムサカ様ったら、子供みたいですね」
ハインリヒは笑っている。
「大丈夫ですよ。ちょっと女性達に騒がれるくらいですから」
とゆり。
「はあ……」
ムサカは布団をかぶったまま大きなため息をついていた。
その後、ゆりが自分の部屋に戻ると新聞が届いていたのでゆりは喜んだが、その新聞は穴だらけだった。
「なあにこれ」
新聞を広げると穴がいっぱいである。
「王妃様に読ませたくない記事がたくさんあったようで」
と侍女が説明している。
ウィルの記事は読むことができた。
「とうとう博物館に神様がやってきた。風の神ウィル様は自分の手が飾られているのを眺めて、楽しまれたようである。ウィル様は気さくに博物館にいた者達に声をかけてくださった。その優しさに筆者もいたく感激した。だって。ウィル様の信者も増えたに違いないわね」
ゆりは微笑んでいた。
そして神の国では、風の神ウィルが、ダーナに人間界で神の手が並んでいた話をした。
「どうしてそんなに神様の手がそろってるの？」
「さあ、わからないけど、ダーナの手も飾ろうよ」
「手？ 手だけなんてやだわあ。全身がいいわあ」
「全身？」
「でも、新しく作ってもらおうにも、今工房は忙しいみたいよ」
「そうみたいだね」
「あ、そうだ。聖地にあるやつ、一個移動させちゃったら？」
ダーナが言い出した。
「私のいっぱいあるし、一個くらいいんじゃない？」
「そうだね。じゃあ手が強調されたやつを一個もらって運んじゃおうかな」
「そうして」
祭りから五日後の早朝、蛇の国の博物館の前に、ダーナの石像が置かれていた。右手は胸元にあてて微笑んでいる素晴らしい石像で、等身大の大きさが石の台座に乗っていた。
ラクシュミはゆりと子供達にその話を伝えた。
「えーダーナ様が来たの？ 見たい！ 見たい見たい！」
ラギが騒ぎ出し、ラギとシス、ナナミ、ロイは、すぐに石像を見に行った。
「あ、ウィルがダーナの手もほしいって言ってたそうだから、もしかしてウィルが持ってきてくれたのかも？」
とゆりは推理した。
「あったのは全身だぞ」
とラクシュミ。
「きっとダーナが、手だけなんて嫌よ。とか言ったんじゃない？ ダーナ様ならいいそう。あ、私の石像の横に並べるのやめてって言っておいてよ！」
ゆりはあわててラクシュミに頼んだのだった。
「本当にダーナ様だ！」
「綺麗だね！」
「キレイ！」
ダーナの石像を見に来た子供達は喜んでいる。
ダーナの石像は、ウィルの手の側に置かれていた。
「母様の横に置いたらいいのに」
とロイ。
「母様がかわいそうでしょ」
ナナミが言っていた。
こうして、博物館にはまた一つ、目玉が増えたのだった。
つづく
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