第１５話
神の国、アリアスの光り輝く神殿近くに、小屋が建設中だった。小屋といってももちろん粗末なものではない。人間界ならば、人が普通に住めそうな立派な木造の建物になるはずだ。
ジェラルド工房にいる建物造りが得意な妖精達がせっせと木を運んで建設中である。ちなみに彼らは普段は神殿の修理などを請け負っている。
「もうすぐお前達の家ができるからな」
アリアスが言うと、近くにいた鳥のような動物たちが「キュイ〜」と鳴いていた。アリアスの神殿には大きなリスのような神獣達がいたが、最近その中の数匹が変化してしまった。しかも全く違う生き物になってしまったのだ。ワシのような顔に翼、鳥のようだが手足が４本あり、胴体は四つん這いの動物のようでもある。長い尻尾の先には金色のふわふわしたものがついていた。体長は一メートルほどだが翼を広げるとかなり大きい。数匹神殿にいると手狭になるので、彼ら用の家を建てることにしたのだった。
元の姿も愛らしいが、金色の毛並みなのでこの姿もこれはこれで高貴な姿にも見える。アリアスは「私の神獣にふさわしいじゃないか」と結構喜んでいた。アシュランに見せると、「もっと大きくなるかもな」と言っていた。
「すごいな。さすが私の神獣」
「そればっかりだな」
緑の神ジュライが言った。
「うらやましいだろ。お前はたいした神獣いないからな」
「それがだな、つい昨日神獣が生まれたんだが……」
「そうなのか？ 見せろ」
とアリアス。
「絵的にちょっと見せにくい。ダーナにもちょっと見せられない」
「なんだ？ 何ができたんだ？」
「虫だ」
「虫？ かまきりとか？」
「それが……」
ジュライがごにょごにょ言っていると、アリアスの神殿からアリアスの娘が飛び出してきた。
「お父さん！ すごいこと発見した！」
「なんだ？」
「ちょっと来て！」
二人はアリアスの神殿に入っていった。
「あのね、この子達をこうやって並べるとね」
娘達は、進化した神獣達を、三角の形にならべていた。すると、三匹が光りの筋でつながり、結界のようなものができていた。
「おお！」
「すごい。結界？ この中はどうなるんだ？」
二人は驚いている。
「わからないけど、四匹でもできるよ。でも二匹じゃだめなの」
「へーすごいな。さすが私の神獣」
「それ聞き飽きたぞ」
ジュライが言った。
「うるさい。お前のカマキリを見せろ」
「カマキリじゃない。今はサントスのところにいる」
「見に行こう」
アリアスが言って聞かなかったので、ジュライは昨日産まれた神獣を見せることにした。
カサンドラの神殿の外にそれはいたのだが、それを見るなりアリアスの目は点になっていた。
「これが神獣？ ただの虫だろ？」
「失礼な。私の神気から出て来たんだ。神獣だ」
ジュライは言い張っている。それはどこからどうみてもイモムシだった。しかしでかい。三〇センチはありそうだ。全身緑色である。
「しかしでかくなったなあ。昨日はこの半分くらいだったんだが」
ジュライも驚いていた。真緑のイモムシの側には、りんごやもも、いろいろな果物が置かれていて、イモムシはむしゃむしゃ果物を食べまくっていた。ジュライとダーナの妖精リーフと、ぶどうの木の妖精ライラは果物をイモムシの側に寄せている。
「神獣って言うか、神虫？」
とアリアス。確かにどう見ても獣ではない。
「昨日の朝、真横にこれがいたんだからな。まったく驚いた」
「そりゃ驚くだろうな」
「成長するとどうなるか楽しみじゃないか。きっとすごいチョウチョになるよ」
サントスはほほえましげにイモムシを見ていた。
「そうだ。今はこうでも、いずれ綺麗なチョウチョになるはず」
とジュライ。
「昨日からずっと食べてるね。いつまで食べるんだろう？」
ネルも不思議がっていた。
「もうすごい量を食べたよね」
「そうだね。リンゴも二〇個は食べたしモモも二〇個、ぶどうは一〇房」
「チョウチョになっても、神虫じゃないのか？」
とアリアス。
「うるさい」
イモムシがまったく動かなくなった。
「ほら、お前のせいで傷ついてる」
「え？ 虫が？ まさか」
「どうしたの？」
ネルがつんつんイモムシをつついてみたが、死んだように動かなくなってしまった。
ライラがぐすぐす泣きだしてしまった。
「大丈夫だよ。アリアスのバカなからかいくらいで死んだりしないよ。きっと、もう食べるのは十分なのかも。次の段階に入るんだよ」
サントスがライラをなでながら言った。
そこにジュリアンがやってきた。
「随分大きくなりましたね」
ジュリアンがイモムシを見て驚いていた。ジュリアンはすでにこのイモムシを知っていたようである。
「動かなくなってしまった」
ジュライが言った。
「きっとサナギになるんでしょう。どんな姿になるか楽しみですね」
「そうだよな」
「ジュリアンはどんな姿になると思う？」
サントスが聞いてみた。
「さー、僕にもわかりません」
「本当に神獣なのか？」
とアリアス。
「わかりませんが、ジュライ様のためになる生き物ということは確かだと思いますよ」
とジュリアンが答えた。ジュリアンにもよくわからないようだ。
ジュリアンは去って行った。
「この子どうする？ 神殿にいれておく？」
サントスがジュライに聞いた。
「私の神殿に連れて帰るか」
ジュライは大きなイモムシを抱っこしていた。
「一日で随分重くなったな」
「よくそれを抱っこできるな」
アリアスが言っている。
サントスはじろりとアリアスを見ていた。
「だって外見的にだな……」
「顔は結構かわいいですけどね」
とネル。
小さい妖精二人はアリアスにべーと舌を出してジュライについて行った。
「だってなあ……」
「緑色のチョウチョになるのかな？」
ネルはサナギの次の段階を想像していた。
「あれだけの大きさだからすごいチョウチョになりそうだね」
二人はアリアスを無視して去って行き、アリアスは頭をかきながら自分の神殿に戻ったのだった。
蛇の国では、若返ったムサカに一族中興味津々である。やはり女達の興味は凄まじい。
フリットの屋敷でもロアンナが目を輝かせていた。
「ねえ、どんな感じ？ やっぱり王様に似てる？」
「うーん、似てないですかね」
とフリット。
「でも貫禄はあるんでしょ？ ちょっと城に行こうかしら」
「来なくていいですよ」
フリットは間髪入れずに言っていた。
「いけずー」
「わけがあって老人姿でいたんですから、あまり周りでがやがや言わないでくださいよ」
「だってえ気になるじゃない」
「気にしないでください」
ロアンナでさえこんな調子だったので、女達のざわめきのすごさも想像できるというものである。フリット達はハインリヒからざっと事情を聞いていた。やはり赤い月が無理らしいと。
イシュタールは、「王妃の力で復活するかもしれないですよ」などと言っていたが、たとえ復活しても、ムサカの魔法力はラクシュミより上である。こちらで誰かと赤い月を過ごしたとしても、ムサカの子供を産むことができる女はいないだろう。子供を作るには過去に戻るしかないのである。「女を抱けるようになったので過去に戻りたい」などと言われる可能性もある。
「それはそれでこっちはがっかりなんだが……」
とラクシュミなどは言っている。ラクシュミとしては、もうしばらくムサカにいてほしいわけである。
「ゆり、ムサカ殿をあまり刺激しないようにな」
ラクシュミはやんわりゆりに言っていた。
「ムサカ殿が過去に戻りたくなってしまったら困るぞ」
「それはそれでしょうがないじゃない」
とゆり。
「いやだー」
「王様ったら。ムサカさんにあまり頼っちゃ、いずれ帰る時に辛くなっちゃうわよ」
「１０年くらいは頼りたい」
「王も苦労しましたからなあ」
ザメハは涙ぐんでいた。
「しょうがないですよ。王にとっては、遠い親戚がひょっこり遊びにいらしているようなものなんですから」
「顔を見るだけで癒やされる。今死んでも大丈夫だなって」
「こらこら。私はムサカさんタイプだけど、あっちは中年好みじゃないからなあ」
今出ていたのは蛇の目のゆりだった。
「そっとしといてくれ。そっとな」
「まあわからないけど」
というと、ラクシュミは横目でゆりを見ていた。
ザクート王が入ってぐったりしていたムサカは、四日で回復していた。元々の魔法力の違いか、ミカエル達よりはかなり早い。変化できなくなってしまったのはもう仕方ないのでムサカは諦めていた。
ザクート王に怒られたことだし、変化するのも諦めるしかない。ザクート王には、老人姿は逃げと思われたようだ。
いつまでも部屋でこもっていられないのでムサカは部屋から外に出ることにしたが、城の中の使用人達にはじろじろ見られてきゃーきゃー言われている。
「ムサカ様ーそろそろ修行しようよー」
ロイがやってきた。
「いいですよ。ところで星の石は見つかったんですか？」
「全然見つからなかったよ」
「残念ですね」
「うん。ところで、おじいちゃんがいなくなったみたいで寂しくもあるね。代わりにおじちゃんが来てくれたけど」
「ははは」
ムサカは笑っていた。
今日は朝から暑かった。ミシェイラとレーヌは「お兄ちゃんコーリつくって♪」とハザークの部屋でカーライルに甘えている。
蛇の目のゆりは「お風呂で遊ぼう〜〜」とカールとお風呂でいちゃいちゃしていた。
ハザークの部屋にて子供達が去った後、カーライルはディーンの子供を産んだまだら模様の蛇が亡くなったことを悲しんでいた。
女性の出産については昔カーライルも悲しい思いをしたことがある。それでいろいろ勉強したのだが、回復魔法が発達した過去の時代でも、出産が原因で亡くなる女性も多かった。なかなかやりきれないものである。
「だが、よくディーンの卵を産むことができたな。がんばったんだな」
「ああ」
「ハザークの親戚になるんだもんな」
「そうだな。無事に生まれてほしい」
もしかしたら、その中の一匹でも長生きして人化できる力を得る可能性もある。ハザークはそういう期待もしていた。少し前まで、ハザークの孤独を癒やすのは侍女たちだけだった。それが今や、こんなにもいるのである。これからも増えるとすれば、こんなにうれしいことはない。
「ところで話は変わるが、実は頼みがある。一日だけでいい。お前の体を貸してほしい」
カーライルは真面目な顔付きで言った。
「何をするんだ？」
「聞かないで欲しい」
「……怪しい」
「一度でいいから王妃と仲良くなりたい」
「はー？」
「最近そういう気になってきた。カールは王妃と最後までしてないというし、お前しかいないだろ」
「……一度でいいからというが、一度ですまなかったらどうするんだ」
「え？ 王妃の体、そんなにいいのか？」
カーライルはちょっどきどきしている。
「抱かない方がいいぞ。はまって抜けられなくなったらどうする」
「おおー気になる」
「気にするな。カールに乗りうつって儀式に参加すれば？」
「儀式？ 男がいっぱいいるのはいやだ。それに最後までしてないんだろう？ 王妃の恋人達は、よく耐えてるな」
「それはいえてる。しかし最近の王妃はすごすぎるからな。抱かない方がいいかもな」
ハザークはぼそっと言っていた。
（気になりすぎる！）
ゆりの体がどれほどすごいのか、確かめたくて仕方がないカーライルだった。
その頃、ハザークの侍女の部屋にはへびっちがやってきていた。へびっちは、まだらの蛇が産んだ3つの卵を眺めている。
産まれてくる蛇は一体何色の蛇なのか。
「楽しみですね」
横にいた侍女が言った。へびっちはうなずいた。
「私も、子供を産んでみたい……」
侍女は消えそうな声で言っていた。へびっちは侍女の頭をなでなでしたのだった。
その夜、初めてラクシュミは中年姿のムサカと酒を飲んでいた。
「長年、ザクート王にお会いしたいとは思っていましたが、まさか私の中に入られることになるとは思いませんでした」
ムサカが苦笑しながら言うと、ラクシュミは笑っていた。ムサカは姿が変わると、話し方も変わるようだ。ラクシュミにとっては、まるっきり別人のような感覚である。
「しかし何も老人になってることはないと私も思いましたが」
とラクシュミ。
「女性にいちいち説明するのが面倒になりましてね。あの姿なら女性も寄ってこないだろうと思ったんですよ。もうすっかりあの姿が定着していたのに、まさか今になってこうなるとは」
「あの変化はすごいですよ。逆に若くなったりもできるんですか？」
「できますよ。今はもうできませんが。逃げてるつもりはなかったんですがね。私は私なりに、楽しみを見つけていましたよ。悪ガキ達の教育とか」
二人は酒を飲みながら苦笑していた。
「……実は今日呼んだのは、話を聞いてほしかったからなんです。ザクート王がいらした時、ゆりのことで気になることをおっしゃっていたんですよ」
ラクシュミが表情を変えて言った。
「はい」
「ゆりが今回の出産では苦労するかもしれないと。ゆりは出産では毎回苦労はしていたんですが、なんとか乗り切ってきたんです。ロイとナナミの二人には男達の子蛇がついてましたが、あの時の出産も大変でしたが無事やりとげた。今回は、赤ん坊についている子蛇は男達全員の気が混じった子蛇なんですよ。その子蛇が二匹ついている、そのせいか、気が多すぎて、苦労するかもしれないと」
「なるほど。王妃様に関してはすべてが異例ですから。予想しようがありませんな」
「そうなんです。すいません、こんな話をしてしまって。だれにも話せなくて」
「いいのですよ。今まで辛いこともたくさんおありだったでしょう。私は本当に陛下を尊敬していますよ。出産に関しては、王妃様は大ベテランですから、必ず今回も無事出産されますよ」
「私もそう思ってはいるんですが」
「王妃様にもたびたび驚かされますが、男達全員の気が混じった子蛇とは、王妃様の愛は計り知れませんね」
「そうですね」
「その愛がなければへびっちもいなかったのですから、世の中不思議なものです」
「本当に……」
それから様々な話をして二人は別れた。ラクシュミはゆりの話をムサカに聞いてもらったので、幾分気は楽にはなっていたが、だからといって油断もできない。
（お前は強い、今までなんだって乗り越えてきたんだ。今回だって乗り越えるはずだ）
そう思いながら不安がよぎる。
（そういえば、あの時の私がゆりに怒った原因は、結局なんだったんだろう？ 今まで考えないようにしていたが）
ラクシュミは今になりそのことを気にしだしていた。
そして部屋に戻ったムサカも先ほどの話を考えていた。ザクート王の言葉ならば無視はできない。
「病気と出産だけはどうにもならん」
魔法に長けた者が言った台詞だったが、それは今もそうである。
腕を切った、折った、という傷ならば回復魔法で回復できるが、心臓の病だったり、流行病だったりは、回復魔法でも回復しきれない。過去の時代で流感が流行ったときも、皆が回復魔法を使ったのだが、まるで効果はなかった。だからあの時ムサカは、自分の身にヴィラルージュの病気を移したのである。
ヴィラルージュが出産する時にも周りで回復魔法を使っていたが、あれは女性の体力を完全回復させることができるわけではない。体の治癒を早める魔法であり、一定の値しか回復することはできないのだ。それだけ女性は出産で気力も体力も使い果たしてしまうのである。それは強い子供を産むほどにそうなのである。回復魔法を使っても、体力と気力の消耗の方が勝ると、女性が亡くなってしまうこともある。それは今までの歴史を見ても明らかだ。出産で亡くなる王妃も結構いるのである。
（究極の回復魔法、あの時陛下の子供に使おうとしたらへびっちに先を越されてしまったが、今回はアレを使うことになるかもしれん。使ったところで助けになるかどうかはわからんが。しかし、この時代でアレが使えるか？ この一族の力が薄い時代では私の魔法力もかなり下がっている。どれだけの魔法が使えるか、私も試してみる必要があるな。王妃様に万が一のことがあってはおめおめと過去に帰ることもできん。御子様達の教育だけのつもりだったが、結構大変なことになってきたな……）
ムサカはそう思っていた。
翌日、ムサカはハインリヒとカールに、「魔法の相手をしろ」と言って誘ったのだった。３人が来たのは、戦で使われるだだっ広い北の平原である。
「反撃は自由、どんな攻撃も自由にしていいぞ」
「はあ、どうしていきなり張り切りだしたんですか？」
ハインリヒが聞いた。
「うるさい」
「ムサカ様は剣は使わないんですか？」
カールが聞いた。ハインリヒの方は仕方がないといった顔付きだが、カールの方はわくわくといった表情である。
「私は右手がちょっと不自由でな。生活に支障はないが、だから武器は使わんのだ。御子様方はそこから動かないようにお願いしますよ」
「はーい」
子供達が返事をした。４人の子供たちは、ムサカからかなり離れた崖の上にいるので、ムサカは思念で子供達に言っていた。話を聞いたゆりもこっそりついて来ていた。せっかくザクートに護法をかけてもらったのだから、外出許可をもらったのである
「ムサカさんの魔法、どきどきするわ」
ゆりはシス達の後ろに隠れながら言っていた。
「僕もどきどき」
子供達もドキドキしている。
「ではいくぞ」
ムサカの前に炎の渦が現われて、それは凄まじい速さで二人に向かって行った。
「わお、いきなり全開！」
二人は魔法防御でそれを防いだ。
「すごっ二人大丈夫かな？」
ゆりは目をまん丸にしている。
「反撃がんばっ！」
「がんばってー」
ロイとシスは二人を応援していた。
二人はまずは剣を抜いてムサカに向かって行った。
「ん？」
ムサカが目をこらしている。
なんと二人が持っていたのは聖剣イレイザとダ・ムーである。
「剣からなんかオーラが上がってない？」
ゆりが聞いた。
「聖剣だよ。貸したんだ」
ラギが説明した。
「そうなんだ」
剣で向かった二人を、ムサカは風魔法でふせいでいた。かまいたちがあちこちに出現し、魔法防御していた二人だったが、ムサカの魔法が強力すぎるのか、防御しきれず二人の服が切れている。
「ああ！」
さらにムサカは二人の魔法を封じる魔法を放ち、二人は魔法から瞬間移動で逃げることもできなくなっていた。
「くそっ！ じじいめ、やはり強い！」
ハインリヒは悪態をついている。
「まだまだだな。坊主」
ムサカの方は余裕の笑みを浮かべている。
「さすがムサカ様」
カールはムサカの強さに感動していた。
「ほめてる場合じゃないぞー」
とハインリヒ。
「間合いが詰められないと勝てないです」
「うーん」
二人は風から逃げ惑っている。さらに火の玉がボンボン飛んできて、二人はせっかくの聖剣も使う間もない。武器よりも盾になってしまっている。
「あ、あの聖剣って魔法よけにもなるんだ」
ラギがそこに気がついた。
「さすが聖剣だね。知らなかった」
とシス。
「ムサカ様の魔法すごすぎる。相手が二人じゃなかったら死んでるね」
ナナミが言った。
「そうだね。即死ぬね」
とロイ。
「ハインリヒがあんなになるなんて……ムサカ様やっぱり強いんだね」
ゆりは目の前で見て改めて思っていた。
「やっぱり生粋の王族ってすごいんだね」
とラギ。子供達はラクシュミが戦う所を見たことはない。実際に戦う王族を見るのは初めてである。
カールとハインリヒの魔法防御が復活し、ハインリヒはその瞬間、瞬間移動でムサカのすぐ側まで飛び、聖剣を振るった。のだが、聖剣がムサカの防御魔法にはじかれた。ハインリヒはすぐに次の一太刀を浴びせたが、それもはじかれている。
「くそっ！」
カールも素早くムサカの後ろに回り込み剣を振るったがそれもはじかれた。ムサカが何かの呪文を唱えると、二人の動きはかなりのろくなっていた。
「くっそー！」
ハインリヒは悔しがっている。魔法が強力すぎて、どうにも防ぎきれないようだ。
ムサカが右手を胸の辺りまであげると、二人の体はそれぞれぼーんと後ろに飛んでいた。ムサカがまた何か呪文を唱えている。
「やっばっ」
ムサカの周りに蛇のように炎が起こり、その炎はぐるぐる円を描きながら同時に二人に向かって行った。それも、すごい速さである。最初の炎魔法よりもさらにすごい炎である。
「すごっ」
「すっげー」
子供達とゆりは口を開けっぱなしである。炎はまるで生きているかのように二人に向かい、やがてその炎は上に昇っていき、消えた。
「ここにいても熱くなってきたよ」
シスが言った。凄まじい炎の勢いだった。イシュタールが近くにやってきていた。
「呼ばれちゃったの？」
ラギが聞いた。
「あらかじめ聞いてたんですが、つい炎に引かれて来ちゃいましたよ。すごい力でしたね」
「うん」
さらに光の球が二〇個ほど宙にあがり、その光が一気に地上へと落ちてきた。
「うおー！！」
叫んでいたのは子供達である。カールとハインリヒはなんとか逃げ延びていた。
「なんつー魔法だ」
ハインリヒの顔は青くなっている。
「さすがムサカ様」
カールはひたすら感嘆している。ムサカは頭をかいていた。
（魔力の減り具合から換算すると、過去の時代の４割ほどか……）
ムサカが子供達の方を見た。ゆりはさっとシスの後ろに隠れたが、ムサカにはすっかりばれていた。
「ねえ、戦、ムサカ様がいたら勝てるんじゃない？」
ナナミが言っていた。
「そうだよね。ムサカ様がいるだけで勝てそうだよね」
とロイ。
「一人だけ強くてもしょうがないんだろうね」
「全体的に強くならないとね」
シスとラギが言っていた。
ハインリヒとカールがムサカに近づいた。二人はあちこち服が切れていたが、小さな切り傷くらいで大きな怪我がないのはさすがである。
「ムサカ様むちゃくちゃすぎですよ。過去だったらもっとすごかったってことですよね。あの時代なら私だってもっとすごいから、力量の差は一緒ってことか。なんかがっくりきた」
とハインリヒ。ムサカの魔法力にはハインリヒはまったく対応できなかった。悔しくてしょうがない。
「普通はたて続けざまにあんな高度な魔法は使えないですよ」
「ムサカ様は王様になれるほどですから、そりゃすごくて当然ですよ。対等じゃ逆にがっかりじゃないですか」
カールがもっともなことを言った。
「そりゃそうだがな」
「大体の目安はわかった。ハインリヒの剣技は衰えておるんじゃないか？ カールに相手をしてもらえ」
ムサカはハインリヒを横目で見ていった。
「ぐっ、やっぱりくそじじいですね」
「ほっほっほ。大怪我をしなかったことはほめてやろう」
「ありがとうございます」
ハインリヒは肩をすくめている。
ムサカは子供達の元に飛んだ。
「王妃様、城に戻りましょう」
「二人は大丈夫ですか？」
「大丈夫ですよ。王様が心配していますよ」
「私は今護法をかけてもらってるから大丈夫なんですよ。ムサカさん、すごかったですね」
「血筋のせいですよ。帰りましょう」
「はい」
ゆりの目は突然蛇の目に変わり、ムサカの手を握っていた。
「みんな帰りましょ」
「はーい」
子供達とゆりはムサカに連れられて、城に戻ったのだった。
「せっかくの聖剣が活躍できなかった。くやしー」
ムサカが去った後、ハインリヒが悔しげに言っていた。
「そうですね。ところでこの聖剣すごいですよね。聖剣にも感動してるんですが」
カールは感動しまくった一日だった。
ゆりと子供達は城に戻ると、興奮した様子でラクシュミに会いに行った。ラクシュミは休憩室にいた。ヴィラも一緒である。
「ヴィラも暇だったら見に来ればよかったのに。ムサカさんすごかったよ」
ゆりが言った。
「そうですか。残念ですねえ」
とヴィラ。子供達の報告が始まり、ヴィラは去って行った。
ヴィラは今まで、ラクシュミに赤い月のいざこざの話を詳しく話せと言われて困っていたのだった。
（どうして今になって）と思ったが、落ち着いた所で聞きたくなったようである。ヴィラも困ったが、聞かれた以上話さないわけにはいかなかった。
「ゆりはその男のことをそんなに好きになってしまったのか」
とラクシュミも驚いていた。
「元の王妃の体質にぴったりあってしまっただけですよ。もう一人の王妃の方は違いますし、王妃はもう彼には会わないようですから、今更気にすることもないと思います」
「そうか。ゆりもかわいそうにな」
ここでヴィラは疑問に思った。王妃は王を一番に愛さなければならないのだから、当然のことだ、と言うと思ったのだが。
「王妃なのですから」
「ゆりは元は我が一族ではないのに、一族の者以上によくやってくれている。それに元々私だけでなくていいというのもこちら側の要求のようなものだしな」
「それは一族内の話ですから」
「ゆりの世界はいろいろ広がってしまったからなあ」
「どうかされたんですか？」
「何がだ？」
「王の反応がおかしいですよ」
「そうか？」
「王妃は王を一番好きでいなければ」
「ゆりがガーベラに近くなってしまったのは私やお前達のせいでもあるじゃないか。相手は妖精なんだろう？ 神様と付き合うようにその男とも付き合えればよかったのになあ」
「はあ……」
（やはり変だ。どこが変だかわからないが、王がいつもと違う気がする）
とヴィラは感じた。そこにゆりと子供達がやってきたのだった。
（王はどうしたんだろう？ 王妃の様子に変化はないようだが？）
ヴィラにはラクシュミの変化がさっぱりわからなかった。
（王妃に同情しているような感じだったが……）
どこが変かはわからないまま、ヴィラは休憩室を出たのだった。
今日は一五日である。ゆりはシスに「一緒に寝て」と言って寝てもらっていた。シスは昼間ムサカの魔法を見て興奮しているので、すぐ眠れそうにない。
ゆりはベッドの上で何かを持っていたので、シスが「何をもってるの？」と聞いた。
「実は夢でクーガ様に会うの。クーガ様に渡したいものがあってね」
「へー母様は器用でいいなあ」
シスはあまりに気にせずに言っていた。
ゆりは目を閉じて、心は速攻で聖地に飛んでいた。手にちゃんと封筒を持っている。クーガはシャツとズボンのラフな格好で待っていた。
「クーガ様こんばんは。なんだか久しぶりって気分ですね」
「そうですね。元気でしたか？」
「はい。そういう服のクーガ様も素敵ですね。実は今回も渡してほしいものがありまして」
ゆりは封筒を持っていたが、前回よりは小さかった。
「また神様ですか？」
「違いますよ。住所を書いてあるんで、郵便で出してください。直接持って行っていただいたら相手も喜ぶと思いますが」
「はあ」
クーガは封筒に書かれている住所を見た。聖地の一般居住区住所である。名前はイネスと書いてある。
「この人は……」
「やっぱり知ってます？」
「知ってますよ。どうして彼女を知ってるんですか」
「まあいいじゃないですか」
「言わないと出しません」
「クーガ様のファンクラブに入りたいんです」
ゆりはガーベラの顔でうれしそうな顔で言っていた。このイネスという女性、クーガのファンクラブ現会長なのである。
「フウガ君に教えてもらったんですよ。聖地からうちまでだと送料とか高そうじゃないですか。だから、お金も先に払おうと思って」
封筒はちょっと盛り上がっていた。触ってみると硬い。
「何が入ってるんですか？」
「宝石です。面倒なので、会費一〇年分くらい前払いで」
「１０年？」
クーガは目を丸くしている。
「何考えてるんですか。入らなくて良いですよ」
「入りたいです。会報が読みたいんです。子供達も読みたいって」
「読まなくていいですよ」
「やです。読みたいですもん。私の知らないクーガ様を知りたいです。昔の会報は結構高値で取引されてるって聞きましたよ。すごいですね」
「はあ……」
クーガは頭に手を当てていた。
「クーガ様がイメージを壊したくないのって、ファンのためでしょ？ 結構大事にしてるんじゃないんですか？」
「大事にはしてないですよ。ところで、フウガに会ったんですか？」
「周りに絶対だめって言われたんで会えてないです。仕方ないので文通してます。彼、クーガ様のこと大好きなんですね。良い子ですよね。すっごくハンサムのようだし、なんか中身と外見がちぐはぐというか、あまり想像出来ない感じです」
「はあ」
ゆりはまだフウガが描いた自画像を本人だと信じていた。
「やれやれ、ここでは静かになってよかったと思ったら全く……」
クーガはぶつぶつ言っている。
「大工仲間にクーガ様のすごい所をいいまくってるらしいですよ」
「私のことを言ってどうするんだか」
「じゃあ封筒お願いします。直接持って行っちゃいます？」
「彼女なら大体月に五回は顔を見てます」
「そうなんですか。若い女性なんですか？」
「５年前に会長になったばかりで、今年１００歳です。100歳の誕生日に手を握りました。神官の娘で、今は博物館で働いてますよ」
「じゃあもしかしたら会っていたかもしれないですね。クーガ様は会報も読んでるんですか？」
「最初の頃はもらってましたが、しばらくもらってないんで読んでないです」
「読むの楽しみだなあ」
ゆりは本当に楽しそうだったので、クーガはファンクラブのことはそれきり何も言わなかった。
「ところで、聞きたい事があるんですが、あなたって普段二人いるじゃないですか。入れ替わりってどうやってるんですか？」
「自然にやってます。子供達が呼びかけたら代わったりしてますよ」
「そうなんですか。念のため聞きますが、あれから神の国で何かしました？」
「えーと、何をしたかなあ。たくましい女性ができましたよ。すごい美人なんで、ちょっとショックでした」
「どうしてショックなんですか？」
「勇ましい美女なんで、ガーベラとはタイプが違うんです。人気が出そうだから」
「相変わらずすごい出産率ですね。鐘が鳴ったかな？」
「彼女は妖精ですよ。クーガ様は美女は別に好きってわけじゃないんですよね。勇ましい系好きなんじゃないですか？」
「嫌いではないですが、神の国では珍しいですね」
「そうなんです。じゃあそろそろ、クーガ様〜〜」
ゆりはクーガに抱きついていた。
「次はいつこっちに来るんですか？」
「あさってには行きますよ」
「じゃああさってにも会えますね。うれしいです」
「私もうれしいですよ」
クーガは女神の髪をなでなでしていた。クーガとはもう何度も仲良くしたので、ゆりとしては完全に恋人認識である。今夜は結構素直に仲良くなっていた。
そしてその後、クーガは、
「本当にファンクラブに入るんですか？」
とゆりに聞いていた。
「はい」
「ファンクラブの会報よりも、聖地新聞を読んで欲しいんですが」
「その新聞、クーガ様のコラムがあったりするんですか？」
「ないです」
「じゃ、いいです」
ゆりはあっさり断っていたのだった。
神の国では、ジュライの神気から産まれたイモムシがサナギになり、そのサナギが羽化しそうだったので、ジュライにダーナ、リーフにライラが見守っていた。
どんな綺麗なチョウチョが出てくるんだろうと皆思っている。
サナギに亀裂が入り、光がもれた、と思ったら、そこからなんとシュルシュルと緑の蔓が伸びてきた。その蔓はリーフめがけてのびている。
「？？？」
ジュライもダーナも不思議そうだ。
「リーフ……」
緑の蔓はリーフの体にまとわりついた。リーフはどうしたものかと戸惑っている様子である。ダーナとジュライも対応に困っている。緑の蔓はまだまだ伸びている。蔓がリーフの首から下を覆ったとき、
蔓は光り輝いて、リーフの体がみるみるうちに大きくなってきた。
「えー」
ダーナとジュライが声をあげた。
リーフは成長し、幼い子供から少年の姿になった。しかも神気がかなり増えている。
「リーフ……イモムシは神獣じゃなかったのか」
ジュライが驚いている。
「こんなことが起こるなんて……」
リーフの額に緑の葉がついた蔓が巻き付いていた。ライラはびっくりして目を見開いていたが、リーフが突然大きくなってしまったので、ショックを受けたように走って去ってしまった。
「ライラ！ あ！」
リーフは声が出るようになっていた。
「驚いたわねえ。突然大きくなるなんて。一体どういうことかしら？」
ダーナは首をかしげている。
「ダーナ、見ろ、蝶だ」
サナギの殻から光り輝くチョウチョが飛んで行った。
「あれは……精霊だ。神獣じゃなかった。精霊だったんだ」
「精霊？」
「リーフを成長させるために現われたのかもしれない」
「そうなのかしら」
成長したリーフは、あまりうれしそうではなかった。ダーナはリーフの背中をなでた。人間でいえば５歳くらいから一気に30歳くらいまで成長したようなものである。今やリーフの背はダーナより頭一つ低いくらいだった。緑の短髪の利発そうな少年である。
「突然こんなに大きくなって驚いたでしょう。ライラだってそのうち大きくなるわよ。また仲良く遊べるから」
ダーナが慰めるように言った。
「服をください」
「あ、ああ」
ジュライはリーフが着られそうな服を持ってきた。リーフはその服を着ると、神殿を飛び出して行った。
ジンラの神殿に戻ってきたライラは、しょんぼりした様子だった。ライラを見たアマンザが、「どうしたの？」と聞いた。ライラはアマンザに近寄って、抱きついている。
「珍しいね。よしよし」
しばらくすると成長したリーフがやってきて、アマンザは驚きながらもライラがショックを受けている理由を知ったのだった。
「ライラ、僕はライラが大好きだから。また一緒に遊ぼうね」
ライラはアマンザにひっついたままうなずいていたが、リーフに寄っていこうとはしなかった。リーフは寂しそうに去って行った。今の二人じゃちょっと差がありすぎる。
アマンザに話を聞いたガーベラがライラの元にやってきていた。ライラは寂しそうに一人で木の枝に乗っていた。
「ライラ、あなただってすぐ成長するわよ。そうしたらまたお似合いの二人で遊べるわよ」
ガーベラは木の下でライラに話しかけている。
「リーフが突然あんなに大きくなっちゃうなんて驚いたよ」
ガーベラの横にいたアマンザが言った。
「不思議ねえ。ま、ライラが成長すれば問題ないじゃない。いずれは大きくなるでしょうよ。それまでリーフも待ってるわよ。きっと」
「そうだよね。あんなにお似合いの二人だったんだもんね」
リーフは産まれてから毎日のようにライラと遊んでいた。だれが見てもかわいらしいカップルだった。一人でいるライラを見ると、こっちまで寂しくなる。
ジンラもライラのことをかわいそうに思っていたのだが、翌朝驚くことが起こった。ジンラの横に、なんと紫色の何かがいたのである。ジンラは驚き過ぎてベッドから落ちそうになっていた。
「な、なんだこれ。虫？ 虫か？」
それは、体長一五センチほどのイモムシのような生き物である。あまりかわいいとはいえず、しかもみたことはないでかさだった。ジンラはしばらくぼけーとその虫を見ていた。
「なんだか不思議な生き物だな」
「どうかしたんですか？」
アマンザがやってきた。
「アマンザ、起きたら変な虫がいた」
「え？ あ……イモムシですね」
「でかいな。しかし色からして、私に関係があるような気も……」
「あ。昨日ジュライ様に話を聞いたんですが、ジュライ様の寝床にいたイモムシが成長して、それが原因でリーフが成長したらしいんですよ」
「え？ そうなのか？」
ジンラはその話は知らなかった。
「このイモムシも関係があるんじゃないですか？」
「そ、そうなのか？」
アマンザはライラを探しに行き、連れてきた。
「ライラ、このイモムシ、君に関係があるのかもしれないよ」
ライラはイモムシを見て、あわてて外に出ていき、ブドウを採ってきた。ライラがブドウをイモムシの側に置くと、イモムシはブドウを食いまくっている。腹ぺこだったのか、すごい勢いである。
「え？ どういうことだ？ ライラも、せ、成長？」
ジンラは戸惑いつつアマンザを見ている。
「同じならそうなりますよ。ライラも成長しちゃうかも？」
「えー大変じゃないか。このかわいいライラは後わずかなのか？ しっかり目に焼き付けておかなければ。ガーベラにも知らせなきゃ」
ジンラはあわてたように神殿を出て行った。ライラは一杯ブドウをもってきてイモムシにあげていた。シーツは紫色になってしまっている。ライラは手振りでアマンザに何かを伝えていた。
「他の食べ物？ わかった。もらってくるよ」
ジンラが戻ってきた時には、ベッドの上には大量のリンゴやブドウ、モモが置かれていた。一緒にガーベラが来て、ライラを抱っこしていた。
「大きくなっちゃうなんて寂しい。だけどうれしくもあるわ。ライラよーく顔を見せて」
ガーベラはライラのかわいい顔を近くでじっくり眺めていた。
そして頬擦りしている。
「リーフは呼ぶ？」
アマンザが聞いた。
「大きくなってからでいいんじゃない？」
とガーベラ。
「そう？ このイモムシがどうなるんだろう？ 楽しみだな」
大量の食べ物を与えたせいか、イモムシはどんどんでかくなり、その夜にはサナギになっていた。
「どきどきしちゃうわねえ。いつ羽化するのかしら？」
「すぐにはしないんじゃないかなあ。どうだろう？ とにかく今夜は寝ようよ」
アマンザが言った。
「そうだな。私は違う部屋で寝なきゃな」
とジンラ。寝床はイモムシに占領されている。
「アマンザのベッドで４人で寝る？」
「えー？」
ライラはサナギの側にいたいようだったので、ガーベラとジンラは隣のアマンザの部屋で、アマンザはソファで寝ることにしたのだった。
そして翌朝、ジンラの寝室に来た３人はびっくり仰天していた。なんとすでにライラは大きくなっていたのである。ライラはベッドで眠り、サナギはもう殻だけになっていた。
「決定的瞬間を見逃しちゃったわね」
ガーベラは残念そうだった。
「ライラ……」
ジンラが呼びかけるとライラは目を開けた。緑のくるくるとした巻き毛は首まで、大きな目で活発そうな女の子だった。
しかも神気もかなり増えている。ライラの首にはブドウの蔓が巻き付き、アクセサリーのようにぶどうの葉っぱが一枚ついていた。
「やばい。泣けてきちゃった」
ガーベラはうるうるしていた。
「私もだ。ライラがこんなに大きくなって……」
ジンラも涙ぐんでいる。
ライラは「服をちょうだい」と言っていた。
「しゃべったー！」
ガーベラはさらに感動していた。女の子の服がないのでとりあえずライラはアマンザの服を着て、神殿を飛び出して行った。
ジュライの神殿の近くにいたリーフは、走ってくるライラを見て驚いていた。
「ライラだ！」
「リーフ！」
「君も成長したんだね」
「うん、これで一緒に遊べるね」
「うん！」
二人はうれしそうに手をつないでいた。やっぱり二人は木に登ったりするのが好きらしい。さっそく二人で木に登って遊んでいた。
ダーナとガーベラはそんな二人を微笑ましげに見上げていた。クーリーフンも成長した二人を見に来ている。
「成長してもかわいいなあ」
「でもどういうことかしら。二人が同じような経緯で大きくなるなんて。二人が似たような感じで産まれたからかしらねえ」
ダーナは首をかしげている。
「さあねえ、まあ二人は、運命の恋人同士なのかもね。大きくなってもかわいらしいわね」
「ほんとね」
側にはジンラとジュライもいた。
「ジンラ、あの子、今はぶどうの木の妖精じゃなくて、葉の妖精だ。悪いが私よりの妖精だ」
ジュライが申し訳なさそうに言った。
「え？ そうなのか？ ぶどうは関係ないのか？ ライラの首にあるのはぶどうの葉だが」
「たまたまぶどうの葉だったのかも。リーフも今は葉の妖精。つまり、二人とも同じ妖精なんだ」
「へー驚いたな」
「珍しいことだな」
自分よりの妖精じゃなくても、ライラがかわいいことに変わりはない。ぶどうが育たないとお酒ができないので、ライラが全く関係ないともいえない。
木の上にいた二人が「みてみて」といいながら同じ方角を指していた。5人はそちらを見た。金色のチョウチョが二匹、ひらひらと飛んでいた。
「あれは精霊が具現化した姿。精霊に祝福された二人というわけだ」
ジュライが言った。
「そうか。だれも邪魔はできないというわけだな」
とジンラ。
チョウチョは遠くに飛んで行き、やがて見えなくなったのだった。
つづく
目次
一三部