第１７話
八の月一七日、クーガが蛇の国にやってきた。今回クーガは結構な荷物を持って移動してきている。
100枚以上ものステンドグラスである。教会の祭壇の後ろにはめ込まれるものである。ステンドグラスがある教会はこの国では初めてである。
教会の外観は大体完成していたので、クーガはそれを見て「素晴らしいですね」と喜んでいた。クーガが来るとフウガがすぐにやってきて、「いい出来ですよね」とうれしそうに言っていた。
「美しいですね」
「そうですよね。小さい教会だけど、結構凝ってますよ」
教会入り口の上が丸みを帯びた扉の上には円の中に光のマークが木で表現されている。その周りには蛇の装飾もされていた。蛇が光のマークの周りをぐるりと囲んでいるのである。前から見ると三角屋根がついていたが横から見ると、建物自体は長方形の形をしていた。天井に絵を入れるために天井は平にしたのである。教会の中に入ると、大きな足場が組まれていた。天井部分には真っ白な丸い部分があり、そこに絵が入る予定である。壁には上が丸みを帯びたガラス窓がいくつもはめ込まれている。よくみると、木の壁のあちこちに自然をモチーフにした装飾がほどこされていた。今も職人が作業中である。
「こんにちは、素晴らしいですね」
フリットとジュノーがやってきた。
「毎日つい見に来てしまいますよ。ほんと楽しみなんです」
とジュノー。
「ステンドグラスをもってきましたので、それが入るとかなり豪華になりますよ」
クーガが言うと、二人は「おー」と喜んでいる。
「すごい。楽しみだな」
ジュノーはわくわく顔である。祭壇の奥の壁は、まだ穴が空いている。ステンドグラスが入ったらどう変わるのか、楽しみである。
「天井は本当に画家の人がここで描くんですか？」
ジュノーが聞いた。
「いいえ、聖地で描いたのをここに持ってきてはめ込むんですよ。「もうすでに絵も７割はできていましたよ。完成したら運んで来ます。結構な大きさなので運ぶの大変そうですが」
「楽しみですねえ」
「フウガ、約束の期日が来ましたが、どうします？」
クーガは横にいるフウガに聞いた。
「俺今教会の中に入れる机とか椅子を作ってるんですよ。やっぱり完成するまでいたいですよ。もうしばらくお願いします」
「わかりました。では続行してください」
「やった！」
「梅雨までにできますかね」
フリットが聞いた。
「目標はそこです。きっとできますよ。落ち着いた所で話がしたいんですが」
「では城に行きましょう」
とフリット。
「ではフウガがんばってくださいね」
「はい」
クーガとフリットは城に移動し、客間でフリットはクーガから様々な報告を聞いたのだった。フリットはステンドグラスの代金を一応聞いてみたが、やはり結構な金額だった。それは聖地が負担してくれるのだが、その上天井に絵も入るとなると、小さいながらもものすごく高い教会になりそうだ。完成したら他の街から教会見学ツアーが組まれる予定である。
「あの、シス様かラギ様に会いたいんですが」
報告が終わった後、クーガが言った。
「はい、呼びますね」
フリットが呼ぶとラギとシス両方やってきて、フリットは去って行った。
「クーガ様だー」
「こんにちは」
「僕たち昨日教会を見てきたんですよ。隠れ蛇がいるんですよ。蛇を探しました」
「隠れ蛇なんているんですか？」
「はい、いろんなところにいるんですよ。楽しいです」
「そうですか」
教会の外部や内部には目立たない所に蛇の彫刻がされていたりするのだった。子供達はそれに気がついて、蛇を数えて遊んだのだった。遊び心がある教会である。
「実はお願いがあるんですが……」
クーガがこどもたちに頼み事をし、シスがゆりを連れてきた。
「あ、クーガ様」
ゆりは喜んでクーガの手を握っている。
「こんにちは」
「もう一人のお母さん」
ラギが呼びかけて、ゆりの左目が蛇の目になった。
「クーガ様」
蛇の目のゆりはそのままクーガに抱きついている。
「それじゃ僕たち失礼しますね」
シスとラギは去って行った。
「実はあなたに手紙を預かったんですよ」
クーガは手紙を取り出して蛇の目のゆりに渡していた。
「私？」
「スペードさんが目が違う王妃様に渡してほしいと言って」
「スペードさんが？ なんでしょうかね」
ゆりは封筒を開けて手紙を読んだ。手紙は一枚きりである。
「クーガ様座ってください」
「はい」
クーガは手紙を気にしながらもゆりの向かいに座っていた。
「ぷっ……なんだそうだったのか。スペードさんにわかったって言っといてください。それから犬は普通の犬だから心配ないって」
「はあ」
「これももってるのはやばいかな。クーガ様どっかで捨ててください」
ゆりは手紙をクーガに渡した。
「捨てていいんですか？」
「はい」
「…………」
ゆりは頬をぽりぽりかいている。クーガに説明しようにもどう説明すればいいやら難しい。
「実は、アシュラン様が狼と虎を紹介しようかって言ってきたことがあって、あっちの私は動物好きなんでちょっとその気になってたんですけど、スペードさんが聞いた話では、狼と虎は魔法がかかった元人みたいなんで、
話に乗らない方がいいって。それでうちにいる犬もそうじゃないかと思ったみたいなんですが、犬は普通の犬なんで心配ないです」
「はあ……話がさっぱり見えないですが、どうして大神は狼と虎を紹介しようと言ってきたんですか？」
「あっちの私が動物好きなんで。犬も好きだし」
「どうしてスペードさんがそれを知ってるんですか？」
「アシュラン様に聞いたんじゃないんですか？」
「一番の疑問ですが、どうしてあなたの方に手紙を出したんですか？」
「黒目の私は動揺しちゃうからでしょう。前に激しく落ち込んでることがあったじゃないですか。あれはスペードさんともう会えなくなったからなんです。だから」
「どうして会えなくなったんです」
「うーん、詳しく知りたいですか？」
「知りたいような、知りたくないような……ですが、好意があるから知りたいと思うのでしょうしねえ」
クーガも迷っているようだ。
「簡単に言うと、黒目の私は元々蛇の一族じゃないです。肉食獣系の一族だと思ってください」
「はあ」
「どうしてここの王妃になったかというと、黒目の私には、どんな一族の気も帯びることができるという能力があるからなんですよ。その能力のおかげで今は蛇の一族になって、王様の子供が産めてるわけです」
「なるほど」
「それで、私は途中から目覚めたもう一人のゆりで、私は一族の女としてのゆりなんです。黒目の私は元肉食獣系なもんで、スペードさんに会って、つい強く惹かれちゃったんですよ。つまり本能の部分が強く出ちゃったみたいな。それで、もう会わないことにしたんです。だって、王妃ですから王様より誰かを好きになるのはまずいわけですし」
「はあ……」
「神様とはわりと平気で付き合ってるんですが、スペードさんは本能的に来るものがあるみたいで、だめみたいです。だからクーガ様は肉食獣系じゃないってことですよね」
「まあ違いますね」
「好きすぎてだめってのもかわいそうですが、まあ今はしょうがないです」
「そうですか……」
「クーガ様は、同じ一族の女性に会ったことはないんですか？ 本能的に惹かれたりってなかったんですか？」
蛇の目のゆりはつい気になって聞いた。
「聖地に来るのはほとんど巡礼者ですからね。あの国に行くことはありませんし」
「禁止されてるとか？」
「まあそういう感じです」
「クーガ様も辛いですね。じゃああっちに代わりますね」
「はい」
ゆりの左目が黒目に戻った。
「フウガさんはどうなりました？」
「教会ができるまでいたいそうです」
「そうですか。楽しみだなあ。実は私今、強力な魔法で守られているので、外に出ることも可能なんです。教会ができたら行っちゃおうかなー。あ、そうだ。ファンクラブの会長さんに渡してくれました？」
「まだです」
「お願いしますよ。最近聖地で何か面白いことありました？」
「最近は、大きなイカが話題ですね。いいイカで、人を助けたりしてるみたいです」
「えーいいイカなんているんですか」
「いるみたいですよ」
「イカと聞いてイカが食べたくなりましたが……」
以前もらったイカは悪いイカだったのかな、とゆりは思ったのだった。
「クーガ様はイカとか食べるんですか？」
「食べることもありますよ。最近神殿の周りに七色のクジャクのジャックがいるんですが、ジャックの子供ができましてね。ジャックに似た子が３羽生まれたんです。将来が楽しみで」
「ジャック知ってますよ。へー子供が産まれたんですね。かわいいだろうなあ」
「ジャックの抜けた羽は土産として売られていたんですが、すぐ売り切れたそうですよ」
「そうなんですか。七色のクジャクがいっぱいできたら楽しいですね」
「そうですね」
話はそれくらいで、せっかくの個室だったので、ゆりはクーガにチュッとキスして庭園で見送った。
「次に会えるのを楽しみにしていますね」
「はい。それでは」
クーガは瞬間移動で去って行った。
クーガは聖地に帰ってからすぐにハロルド神殿に飛んでいた。聖地は今雨が降っていた。出かける時は晴れていたのだが。
スペードはハロルド神殿にいたので、クーガは手紙を渡したことを報告していた。
「ありがとうございます」
「犬は普通の犬だから心配ないそうです」
「そうなんですか。犬って一族以外の人になついたりするんですかね」
「あの犬はそこらにいる犬じゃないですからね。金色の毛並みの綺麗な犬ですよ」
「へーそうなんですか。しかし大神も彼女のことを結構気に入ってるようですね」
「気に入るのはいいですが、いろいろやらせたがってるので困ったもんです。逆に気にいられるとやっかいですよ」
「そうですか」
スペードはゆりのことをどう思っているのやら、クーガは聞いてみたい気はしたのだが、何も聞かずにそれで去って行った。そして次にクーガは聖地にある工房に飛んでいる。そこでは蛇の国の教会に入れる絵画を制作中だった。
直径三メートルもの大きな絵画なので、職人は４人がかりでそれを描いている。絵画は４つに分かれるようになっているのだが、クーガが一人で運ぶのは大変だろう。
（大神に持っていってもらおう。うん、そうしよう）
絵画のメインは自分なので、アシュランも嫌とはいわないはずである。
クーガはその後自分の神殿に戻ったが、客が訪ねてきていた。ねぼすけである。
「やあクーガ君、もう一〇〇〇歳の誕生日とっくに過ぎちゃったんだって？ すっかり忘れてたよ。これ贈り物」
ねぼすけは、机の上に小瓶を一〇個も置いていた。クーガを「君」づけで呼ぶのはねぼすけくらいである。
「ねぼすけさん……突然どうしたんですか？」
「だから誕生日の贈り物さ。故郷の夢だよ。寝る前にこれを飲むと、故郷の夢を見ることができるよ」
「…………」
「君のお母さんを出すこともできたけど、今更会っても君も喜ばないだろうと思ってね」
「小さい頃、母親に会った夢を何度か見ましたが、あれはあなたがやったんですか？」
「大神に頼まれてね。僕は君のお母さんにも会ったことがあるよ。とてもキレイで、気丈な人だった。君を産んだことを誇りに思っていたよ」
「……そうでしょうね。どうして突然そんな暴露話を？」
ねぼすけは、今までちらりともクーガの故郷の話などしたことはなかった。
「なんとなく話しておきたかった。実は３日前君の故郷に行ったんだよ。僕あての手紙をもらってきたよ」
「え」
ねぼすけはクーガに手紙を渡していた。
「読んでもいいんですか？」
「僕あてだけどいいよ」
クーガは封を開けて手紙を開いた。それはクーガの故郷の長老がかいた手紙だった。
クーガのことを覚えているのは、故郷ではもう彼だけである。手紙の内容は、クーガのことを気遣うものだった。クーガは故郷の誰かとの手紙のやりとりは禁じられている。だからねぼすけは自分あてだと言い張っているのだった。
「彼にも薬を渡してきた。今夜、夢がつながれば彼に会えるよ」
「え？ しかし……」
クーガはひどく驚いていた。
「大丈夫だよ。僕はヒルデリア様にはとっくに嫌われてるし。もう僕以上の能力を持った者は出てこないだろう。大神が言うんだから間違いない。僕にもこの先何があるかわからないから、今の内なんだよ」
「どういうことですか」
「君は知らないか。近いうちに大きな戦いが起こりそうなんだ。僕はもしかしたら死ぬかもしれない。戦が本決まりになったらもうこういうの作ってる暇もないだろうからさ」
「大きな戦……」
クーガはアシュランが言っていたことを思い出した。
「近いうちって、いつになりそうなんですか？」
「さあ、来年か再来年かは知らない」
「ねぼすけさんは戦があっても関係ないといって平気で寝てそうですが」
「ははは、僕らが妖精になったのって、その戦のためだよ。戦う妖精が少ないからその穴埋めなんだよ」
「え……そうだったんですか？」
「そうだよ。だから出るのがいやってわけにはいかないだろう。僕の危惧は、僕が死んだら僕のガーベラ様コレクションをどうしようかってことなんだよね。クーガ君いる？」
「いえ、私は別に……」
「遺言を書くのもいやだしなあ……」
ねぼすけはぶつぶつ言っている。
「あの……長老様に、会ってもいいんでしょうか」
「いいじゃん。長老様も元気そうだったけど、年だし、また次なんていったらどうなってるかわからない。会える時に会っておこうよ」
「はあ……」
「今晩だけだからね。じゃあね」
ねぼすけは部屋を去って行き、クーガは小瓶を一つ手でもってしばらく眺めていた。
（会ってもいいのか？ 確かに、今会わなければ後悔することになるかもしれない）
クーガは思い切って、その夜、小瓶の中の液体を飲んで眠りについたのだった。
神の国では、ヒルデリアが胸騒ぎを感じて雲の上の神殿を出て行こうとしていたが、そこにアシュランがやってきていた。
「ヒルデリア、今から愛し合おう」
「え？ どうしたのですか？」
「どうもしない。さあ」
ねぼすけから（今晩だけはヒルデリア様の気をそらしまくってください）と頼まれたアシュランはヒルデリアの腕をつかんで連れて行き、しばらくは寝室にこもったのだった。
クーガは目の前の景色にしばし声を失っていた。連なる山々、大きな湖、子供の頃に見て忘れかけていた景色である。自分がいるのは塔の上部のようだった。四方を高い塔に囲まれた美しい城。城の周りの庭園には、いつも麒麟たちが遊びにやってきていた。ここは麒麟の国なのだ。
「クーガ様」
男の声が聞えた。はっと振り向くと、そこには枝分かれした二本の角がある老人がいた。真っ白なあごひげ、カールがかった髪は腰まである。
「ご立派になられましたな」
老人は目に涙を浮かべていた。
「アズラハーン様……」
クーガの目にも涙が浮かんでいた。二人は近づいて手を握り合っていた。
クーガの母親は王族だった。クーガが聖地に連れて行かれたのは五歳の頃である。それまでは、この城で平和に暮らしていた。いずれ離れることになると母親は分かっていたのだろう。クーガに「お前の父は世界で一番立派な方です。あなたもそれを誇りに生きてね」などと難しいことを言っていた。幼いクーガは父には会いたいとは思ったが、側にいる母親が一番大事だった。
「辛かったでしょう。私もあなたのことはいつも気にかけてましたよ。ミレーヌも」
ミレーヌとはクーガの母親の名前である。
「こちらは大丈夫でしたか？ しばらく出産率が下がったと、後に知りましたが」
「ここだけではなく世界的にそうだったようですよ。ヒルデリア様がしばらく神の国から離れてしまったせいでしょう」
「世界的にそうだったんですか」
「ミレーヌの部屋に行きましょう。クーガ様がいつか来るかも知れないと思って、部屋をそのまま残しているんですよ」
「そうなんですか？」
クーガは案内されて、母がかつて住んでいた部屋に行った。部屋の様子はもう何も覚えてはいないが、冬は大きな暖炉の前で暖まったものだった。多分この暖炉だろうとクーガは暖炉を眺めていた。
「実際にこの国に来ることは、やはりできませんか」
「難しいでしょうね。アズラハーン様がお元気でよかった。いつかお会いしたいとずっと思っていました」
「私も大人になったクーガ様に会いたかったですよ。実はアリアス様から、何度かクーガ様の様子は聞いておったんです。それで想像しておりました」
「そうなんですか」
「ミレーヌの面影がありますな」
「そうですか？」
「寝室にミレーヌの絵を飾っていますよ」
二人は寝室の方に移動した。金髪の美しい女性が笑っている。クーガは忘れかけていた母の顔を、ようやく思い出すことができた。
翌朝、自分の部屋で目覚めたクーガは、夢を思い出してしばしぼんやりしていた。
麒麟の長老に国の中のいろいろな話を聞いた。いろいろ話して明確にわかったことがあった。
（自分の居場所は、やはりここなのだろうな。長老に会えて、逆に吹っ切れた気分でもあるな。ねぼすけさんの力もすごいが……私は昔、寝てばかりの妖精がいると聞いてねぼすけさんをばかにしていたことがあったな。小さい頃そんなにお世話になっていたと知ったらばかにしなかったのに）
ねぼすけがそんなにも自分のことを気にしていたとはクーガも全く気がついていなかった。
（ヒルデリア様に嫌われても私のためにいろいろしてくれてたんだな。だから大神は、彼のことを信頼しているのか）
ねぼすけは、近々あるかもしれない戦いのことをかなり気にかけていた。
（戦か、本当にあるのなら、私も出たい。直接言っても出してもらえないだろう。私は神の国に行くこともできないし、どうすれば出られる？）
クーガの興味は、大きな戦へと移ったのだった。
つづく
一三部
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