第18話
8の月最終日、蛇の国の北の街、裏通りにある占い屋にシャナーンがやってきていた。
「こんにちは、お酒を持ってきました。よかったら飲んでください」
「あ、こりゃどうも」
ミケは恐縮した様子で酒をもらっていた。王妃の石像をミケが守ったという話をシャナーンはミカエルから聞き、ミケのことをとってもいい人だと感謝しまくっていた。前回来た時は店の商品を結構買っている。
なにせシャナーンは王妃の石像をかなり大切にしていた。あの石像がもし壊れていたら、シャナーンも相当のショックを受けていたはずである。
「ちょうど良いところに来てくれました。実は昨晩強盗が入りましてね。あいつらを連れて行ってくれます？」
占い屋のミケが後ろを指した。シャナーンが店の奥をのぞいた。
店の奥の部屋からくぐもった声が聞えてきた。昨晩入った強盗は二人、手足をしばられて、口には布をかませられて転ばされている。
「それは大変でしたね」
「よかった。こいつらどうしようかと思ってたんですよ。あいつら王妃様の悪口とか言ってたかなあ」
ミケが言うと、シャナーンの目つきが変わっていた。
「王妃の悪口を？」
強盗二人はぶるぶると首を横に振っている。
「連れていきますね」
「お願いします」
シャナーンは二人を連れて瞬間移動した。ミケは舌を出している。
「ほんとばかなやつらだよ」
とんだところに強盗に入ってしまったものである。
「できたー！」
城で喜びの声をあげていたのはハインリヒである。初めて魔法石が完成したのだった。
「本当に使えるのかどうか試したい」
ハインリヒはカールに思念を送ったが、「今日は用事があります」と断られてしまった。
「ちぇっ、とりあえずムサカ様に見せよう」
ハインリヒは満点を取った子供のようにうれしそうにムサカの部屋を訪れて魔法石を見せた。ムサカはそれを指でつまんでみていたが、石をぽんと上に放った。石は炎に包まれたがその周りには光で覆われて、やがて消えてしまった。
「あー……」
とハインリヒは声を出している。
「この程度じゃ子供を驚かすくらいにしか使えんぞ」
「えーそうですかあ？ とりあえず初めて完成したんでほめてくださいよ」
ムサカは鼻でふんと笑っている。
「ひどい」
「コツをつかめば上手に作れるようになるかもしれんな」
「面倒くさいんで、直接魔法を使う方がいい気がしてきました」
「自分が使うためではないだろう」
「そうなんですが、戦で役に立つくらいとなると、相当の魔力を込めないといけないですしねえ。気が遠くなりそうです.。しかもそれだけの魔法石をもし下級戦士が使った場合どうなるのか、反動がきそうな気がするんですが」
「確かにそうなるだろうのう。上級戦士が予備で持つくらいになるかもしれんな。どちらにせよ、あって損はない。もっと短期間で作れるようになればよいのだがなあ……それも研究中だ」
「もっと楽にできるようによろしくお願いします」
「どっちみちハインリヒとカールにしか作れないんじゃ将来的に意味がないからのう」
ムサカはあごをなでながら言っていた。今は中年姿なのであごひげはない。
「ひげが懐かしいです？」
「まあな。あの姿も気に入っていたのだが」
「あれだけ長い間同じ姿でいられるなんて、すごいですよ」
ムサカが変身する魔法を使っているのも気がつかなかったのだから、そこは素直に感心しているハインリヒだった。
ゆりはこの日、外出許可をもらって、カールに城の外に連れて行ってもらっていた。ジロウも一緒である。
街中ではなく、大きな湖のほとりを探索したり、山頂に連れて行ってもらい珍しい花を眺めたりして、最後に森の中の川の側で遊んでいた。ロイがたまに泳いでいる川で、五メートルほどの川幅がある。
ゆりは裸足になって足を水につけたりしていたが、ジロウは川の中に入って泳いでいた。
「犬かき上手だね」
ジロウはちゃんと泳いでいる。気持ち良さそうな顔をしている。
「カールは泳げる？」
ゆりがカールに聞いた。
「実は泳いだことがないんですよ」
「そうなの」
綺麗な羽のトンボが飛んでいた。羽が虹色に光って見える。
「綺麗なトンボねー」
「虹色トンボですね。川の近くによくいるんですよ」
「魚もいっぱいいる。釣りたいー。穏やかな川って癒やされるよね」
「そうですね」
「こんにちは」
シャナーンがやってきた。手にはバスケットを持っている。
「あらシャナーン」
「楽しんでますか？」
「うん」
「じゃあ私はそろそろ交代しますね」
カールが言って「あれ？」と川を見た。先ほどまで泳いでいた犬のジロウの姿が見えない。
「ジロウさんがいないですが」
「え？」
ゆりとシャナーンは川を見た。
「えーどこに行ったんだろう？ ジロウくーん」
水面にジャバっとジロウの顔が出て来た。
「びっくりしたー溺れないでよ」
ジロウはまた水面にもぐってしまった。
「あそこ結構深いのかな」
「川は深さがマチマチですからね」
とシャナーン。ジロウはもう一度水面に顔を出すとこちらに泳いできて川からあがった。ジロウは口に石か何かをくわえていたようだ。それを地面に落とすと、ぶるぶるっと体をふるって毛を乾かしている。
「石を拾ってきたの？」
ゆりがその石を拾い上げた。
「「ん？」」
シャナーンとカールが同時に声を出した。
「王妃ちょっといいですか？」
シャナーンがゆりから石をもらった。ごつごつした石だが、不思議な力を感じる。
「なんだろう。魔力を感じるんだが」
「本当ですね。もしかして、星の石じゃないですか？」
カールが言った。
「えー星の石なの？ ジロウ君お利口さん」
ゆりはジロウの頭をなでなでした。ジロウは尻尾を振っている。
「これが星の石……」
カールとシャナーンは石を眺めている。一五センチほどのごつごつした灰色の石なのだが、確かに魔力を帯びているのが二人には分かった。
「それで剣を作るには小さすぎるかな？」
とゆり。
「剣は作れなくても何かに使えるかもしれないですね。じゃあ私は行きますね」
「ついでに石を城に持っていってくれる？」
「はい」
カールは石を持って消えた。シャナーンは平らな大きな石を見つけてそこに布を広げた。
「お昼にしましょう」
「うん」
ゆりはピクニック気分でシャナーンとサンドイッチなどを食べた。ジロウも卵が入ったサンドイッチを食べている。
「ジロウ君に石を拾ったご褒美をあげないとね。シャナーン、今度骨を持ってきてくれる？」
「はい」
ジロウはサンドイッチを食べるとまた川に入っていった。
「星の石まだあったりして。ロイが悔しがりそう」
「そうですね」
二人は微笑んで手をつないでいた。
星の石はそれきり見つからなかった。川の他の場所にはまだあるかもしれない。
城では、ラクシュミが休憩室で星の石を眺めていた。ムサカも来ている。
「確かに魔力を感じるな。何かに使えそうだ」
「……星の石から作られた聖剣には魔力が宿っていましたな。回復効果の付与。稀代の名工は回復魔法も使えたのでしょうか。自分の魔力を石に反映させたとしたら、この石自体、魔石のような役割をするのかもしれませんな」
「ほお」
「しかも一回限りの魔法石とは違い、持続性がある。ちょっと預かってもいいですか？」
「どうぞどうぞ」
「世の中まだまだ謎が多いですな」
今の時代、こういう石が伝わっていないということは、石自体あまり発見されなかったのだろうか。ムサカはいけないとは思いつつも、つい歴史書を読んでしまった。自分がいた時代から今の時代までの歴史である。大きな災害なども結構あったが、一番の分岐点ともいえる地点は、今から5千年ほど前の時点である。その時世界各地で災害が起こったようだ。この国だけではなく他の国でも。その頃世の中はかなり荒れていたようだが、ハザークに聞いてもあまり覚えていないようだ。
（その頃失われた古代叙事詩に古代語、これらは重要なものだと代々伝えられたはずだが、それでも失われてしまった。どう抗っても、変えられないこともあるのかもしれんな……）
そんなことを思いながら、ムサカは自室に戻ったのだった。
夕方、ゆりは城に戻っていたが、ラクシュミがジロウの頭をなでに来た。
「お前は賢い犬だな」
「ワン」
しかもラクシュミは骨を用意していた。
「ワンワン！」
「あらーよかったね。ジロウ君」
ジロウは激しく尻尾を振りながら骨を寝床に持っていった。一方話を聞いたロイは、「僕も石を見つけたい！」と悔しそうだった。
その夜は、ラクシュミが来いと言ってくれたので、ゆりは王の寝室で寝た。
「王様ジロウ君ずっと骨をかじってたよ」
「賢い犬だな。ジロウはそこらにいる犬とはかなり違うようだ」
「そうみたいね。この世界の犬は犬の一族以外にはあまりなつかないんでしょ？ 私がいたところでは、犬は人気だったよ」
「そうか。ところで、お腹の子供は最近おとなしいな」
「確かにおとなしいかも。落ち着いてるのかな」
ゆりはお腹をなでた。蛇の催促をされないのはゆりにとってはありがたい。
「産まれるのは来年だよね」
「多分な」
「クロスの背中の蛇を実際に見るのが楽しみだな」
「そうだな」
ラクシュミは多少不安そうな顔付きだった。ザクートの忠告があってからは、クロスが産まれるのが楽しみではあるが、逆に怖い気もしているのだろう。
ゆりはそのまま目を閉じて、気がつけば神の国である。膝の上に豹の子供が乗っていた。豹紋柄の豹だが、金色の毛並みでかわいらしい。
「あの時産まれた子ね。お父さん豹はまだいるのかな？」
ゆりは周りを見た。ガーベラは大木に寄り添って座っていたようだ。大きい豹は見当たらない。
「もう一頭はいるのかな？」
尻尾に蛇がいる方の姿が見えない。目の前にぴょんと女の子が降りてきてゆりはびっくりした。くりくりの短めの髪の活発そうなかわいい女の子である。
「え……」
女の子はゆりを見るとにっこり微笑んで、豹の子供をなでなでして去って行った。
「あれ？ 誰かに似てる？ え……もしかして、あの感じ、ぶどうちゃん？ 成長した！？」
ゆりはショックを受けていた。少し離れた所をアマンザが通り過ぎるのが見えたので、ゆりはアマンザに声をかけた。ここはジンラの神殿の側だったようだ。アマンザはゆりの側にやってきた。
「あのね、今、ライラちゃんみたいな子がね」
「ああ、知らなかったっけ？ リーフと一緒に成長したんだよ。随分大きくなったでしょ」
アマンザが微笑んで言った。どうやらもう一人のガーベラだと気がついたようである。
「えー！ やっぱりそうなんだ？ ぶどうの葉っぱをつけてるのがかわいかったのに……」
さっきのライラは普通の服を着ていた。
「かわいかったよね。こんなに早く成長しちゃうなんてね、まあまだまだ子供だけどね」
「そうなんだ……もうぶどうの葉っぱはつけないのか」
「成長したらつかないみたいだね。前はぶどうの木の妖精だったけど、今は葉の妖精なんだって。そのせいかな。でもぶどうの木は好きみたいだよ」
「そっかあ……こんなに早く大きくなっちゃうなんてなあ……」
小さい子猿のようなライラがあまりにかわいらしかったので、ゆりは幾分ショックを受けているようだ。
「今もかわいいけどね。まあ成長したのはめでたいことかあ。ところで、この子のお父さん豹知ってる？」
ゆりは側にいる豹を指して聞いた。
「ああ、森に帰ったみたいだよ」
「そうなの。帰っちゃったんだ」
アマンザはクーリーフンからその豹の話を聞いたが、もう一人のガーベラには、森に帰ったことにしておこうということになったのだった。
ジンラは今は神殿にはいないようなので、ゆりはオルガに会いに行くことにした。
「あなたも一緒に来る？」
ゆりは側にいる豹の子供に聞いた。
「この子はレオ、尻尾に蛇があるのはリリーだよ」
アマンザが名前を教えてくれた。
「へーレオか。かっこいい名前をつけてもらったわね。じゃあね、アマンザ」
「さようなら」
ゆりは豹の子供をだっこしてオルガの元に移動した。そして神殿にそっと入り、寝ているオルガの横にレオを乗せたのだった。レオはオルガに顔を近づけてみていた。オルガは目を開けてびっくりしている。
「うふふ。びっくりした？」
「ガーベラ」
「星祭りの夜、お菓子をもってきてくれたでしょう。どうもありがとう」
ゆりはそのお礼が言いたかったのだった。
「ああ、君の方だったのか。あの夜はどの国も賑やかだった」
「流星キレイだったわね」
「ああ」
「ティラ飛び回ってた？」
「ああ。楽しそうだった」
「主役だものね」
オルガが座り、ゆりもベッドに腰を下ろした。レオはゆりにひっついてきている。よっぽどガーベラが好きらしい。頭をなでなですると気持ち良さそうに目を細めている
「ルチアは今日はどこにいるか知ってる？」
「また海じゃないか？ 最近海によく行ってる。そしていろいろ事件があったりしてるようだ。私は居合わせていないが。海の連中にはすっかりなじんでいるようだ」
「ルチア元気よねー」
「マチルダも一緒に行動してるらしい」
「そうなの。楽しそう。私も一緒に海に行きたい」
「ルチアはすっかり泳ぎの達人らしいぞ」
「すごい。マチルダも泳ぐの？ 海とか大丈夫なのかしら」
「マチルダは泳がないらしい」
「泳がないんだ」
二人でどうやって遊んでいるのか、気になるところである。
オルガがゆりを抱き寄せようとすると、レオがオルガの腕に手をかけていた。
邪魔するように二人の間に陣取っている。
「かわいい」
ゆりはレオの頭をなでなでした。
「ガーベラはどの動物が一番好きなんだ？」
オルガが聞いたが、蛇の国の王妃様としては、「蛇」と言わない訳にはいかないだろう。
「一番は蛇だけど、毛のある動物も好きなの。犬とか」
「そうかコウモリも一応毛はあるが」
「コウモリもかわいいわよね。あの7色のコウモリ達とか」
コウモリは夕方になると城の外でもよく飛んでいるが、「かわいい！」と思うことはあまりない。だが、顔をじっくりみると、かわいい所もある。あまり好意を示すと大コウモリをプレゼントされかねないので、ゆりはちょっとだけ同意していた。
ちなみにコウモリのぬいぐるみはいまだに抱っこして寝ている。
「あ、そうだ。大コウモリのぬいぐるみ、コウモリの国で買ったんですよね。個人的に買っちゃおうかな。毎日抱っこしてたらへたりそうだから、予備が欲しくて」
「そんなに気に入ったのか？」
「はい。たまにコウモリの国の人がやってきてるみたいなので、頼むことも可能かなって思って。良い匂いがするやつが欲しいんです」
「今度夜に買って持っていこう」
「えーオルガがコウモリの国で買い物するの？ その場面、見たい」
オルガが買い物をしている場面を想像するだけでちょっとにやけてしまいそうである。
「前回はねぼすけ君が買いに行ったんですよね。彼も瞬間移動で他国に移動したりできるんですか？」
オルガがゆりを意識していたので、ゆりのしゃべり方もガーベラらしくなったりゆりらしくなったりしている。
「ああ、マキシミリアンはあの国には結構行ってるからな。あいつもコウモリが好きなんだ。私の神獣に大コウモリがいるんで、必然的にあそこでは結構崇拝されている」
「コウモリの人達ってぶら下がって寝てるって噂を聞きましたが本当なんですか？」
「中にはそういう者もいるらしいぞ」
「やっぱりそうなんだ……」
レオが真ん中にいたのであまりラブラブモードにはならず、二人は並んで話を続けていた。
「ところでルチアは結構すごい女神らしいぞ。大人になったら上位の女神の序列が変わりそうなくらい」
「えーそんなに？」
「今女神の序列は、ヒルデリア、カサンドラ、ディアメラ、ダーナ、イザベラ、アデリーヌ、ガーベラとなってるがヒルデリア以外の女神の神気の強さはそう変わらない。ルチアは将来10位以内にくい込むかもな。ってことは、ガーベラと同じくらいの神気が宿るってことになる。すごいことだ」
「すごいね。海で気に入られてるみたいだから、珍しいわよね」
「珍しい。あのマリナールに気に入られて神器をもらったからな。私も鼻が高い」
「すごい」
（さすが元気いっぱい女神ちゃん！）とゆりはルチアに感心していたのだった。
その噂のルチアは、今日も飽きずに海である。すっかり泳ぎの達人である。海の中の様子は毎日違うのが面白いのかセスティナには謎だが、ルチアに慕われるのもまんざらでもない。剣の妖精マチルダは、こちらも毎回同じ、海岸にいて、海の妖精達がちょっかいを出している。
セスティナは、（たまには違う所で遊びたい。そーだ、いいことを考えたわ！）と閃いていた。
「ルチア、私達ってお友達よね、たまには私がそっちの方に遊びに行きたいわ。ね。いいでしょ！」
セスティナが閃いたのはこんなことだった。ちなみに、ちょっと前にセスティナはルチア、マチルダと共に聖地に行って、この前生まれた聖なるイカに会いに行っている。聖なるイカは人間界側で漂っているらしい。
セスティナはさっそくマリナールに「今度は、ルチアの方に遊びに行きたい」とつげ、マリナールからは、「だめじゃ」と即答されていた。
「ルチアが、どうしても私とあっちで遊びたいって言ってるの」
「いわんだろう」
「本当に言ってるんだってば、身振り手振りで。たまにはいいじゃない。ねーおじいさま」
「ルチア、本当か？」
マリナールは、セスティナの横にいたルチアに聞いている。ルチアはうなずいていた。セスティナに頼まれたのかもしれない。
「うーん」
マリナールはあごひげをなでている。
「たまにはいいでしょ。迷惑はかけないから」
「うーん、しょうがないのう……」
マリナールは今回も渋々承知し、翌日はセスティナがルチアに会いに行くことにしたのだった。
そして翌日、セスティナはラクアの神殿にやってきた。
「やあ、今日はどこに行くつもりなんだい？」
ラクアが出迎えた。
「おはよう。どこがいいかしら。ジェラルド工房には行ってみたいのよね。どこかここすごいってところある？」
セスティナはキレイに着飾ってきていた。首に真珠のネックレスもしている。
「すごいところ？ 雲の上の神殿とか？」
「アシュランに会う気はないわよ。素敵な独身の男がいっぱいいるところとか」
「うーん、ないかな。それで着飾ってきてるの？」
ラクアは苦笑している。
「大人の身だしなみよ」
「そう。まあ楽しんで」
「ええ」
ほどなくしてルチアとマチルダがやってきた。
「こっちでも一緒に行動してるのね。とりあえずどうやって移動しようかしら」
「せっかくなんで、ペガサスを二頭連れてきてって頼んでおいたよ」
ラクアが言った。
「ペガサス？ 乗るの久しぶりだわ。私一人じゃ乗れないけど」
「大丈夫だよ。あ、きた」
空からペガサスが二頭飛来してくるのが見えた。一頭にはジュリアンが乗っている。ペガサスは湖のほとりで降りた。
「おはようございます」
ジュリアンがペガサスから降りて言った。
「おはよう。この子かわいい。だあれ？」
セスティナがラクアに聞いた。
「彼はジュリアン、ガーベラとサラディンの息子だよ。彼がペガサスに乗せてくれるよ」
「すごくかわいいわねえ。子供なのが残念」
本人の前でセスティナは残念がっている。
「どこに行きますか？」
ジュリアンが聞いた。
「ジェラルド工房に行きたい」
「わかりました」
一頭にはマチルダとルチアが乗り、もう一頭にセスティナとジュリアンが乗り、ペガサスは空を舞った。
今日はジュリアンはセスティナの後ろに座って乗っている。
セスティナは久しぶりのペガサスに最初こわごわしていたが、次第に下の風景を見る余裕が出てきた。
「あ！」
セスティナは空を飛んでくるクーリーフンに気がついて手を振っていた。
クーリーフンも通り過ぎる時に手を振って返している。
「クーリーフンだわ。やっぱり美男子よねえ」
セスティナはクーリーフンが飛んで行くのをつい目で追っていた。
一方のクーリーフンは、（あれ？ 彼女海の女神かな？）と気がついていた。
クーリーフンはラクアに事情を聞いて、ガーベラに報告していた。
「へーセスティナが来てるの？ 今日は3人でこっちで遊んでるのかしら？ 彼女よくルチアと遊んでくれてるみたいだし、親として感謝の言葉くらい言っといたほうがいいかしら。ちょっと会いに行きましょうよ」
ルチアはしょっちゅう海に行っているので、ガーベラはそういう気分になった。
「いいよ。ジェラルド工房に行ったみたいだよ」
「連れて行って」
「うん」
ガーベラはクーリーフンにつれて行ってもらった。
2頭のペガサスはジェラルド工房の前に着地した。
「久しぶりの空、気持ちよかった。どうもありがとう」
セスティナはご機嫌である。
「いいえ、僕外にいますんで、ゆっくりどうぞ」
「そうなの？ ありがとう。前に来たのはもう随分前だったかしらねえ。もう覚えてないくらい。今日は面白い物はあるかしら？」
セスティナはルチアとマチルダを連れて工房の中に入っていった。工房の奥の方からは、トンカントンカン鉄をたたくような音が聞えてくる。今工房の一番広い部屋の中は、剣や鎧などの武器がたくさん並んでいた。
工房の広い部屋にはジェラルドではなく妖精が3人いた。
セスティナは中にいた妖精の一人に目を止めた。二人は工房の妖精っぽかったが、一人は背が高い戦士のような男である。
「あ、今記憶がよみがえってきたわ。昔の恋人。あんなあごひげがあったっけ……」
そこにいたのはスペードである。スペードが3人に気がついた。
「おはようございます。ルチア様とマチルダ様じゃないですか。えーと、こちらは」
スペードは二人に会えたのでうれしそうだった。ルチアとマチルダはスペードにはあまり関心はないようで、工房にある鎧や剣を触ってみていた。
「セスティナです。海の女神なの」
セスティナはスペードに近づいていた。
「初めましてセスティナ様、私はスペードといいます」
スペードは胸に手をあてて挨拶をしていた。
「スペード……あなた独身？」
「え？ はい」
「あなた人間の船乗りっぽい感じだわ。何の妖精なの？」
「何の妖精というか、普通に戦う妖精です」
「へー……」
そこにやってきたのがガーベラとクーリーフンである。二人はセスティナがなぜかスペードと話していたのでぎょっとしていた。しかもセスティナの方はちょっと頬が赤くなっている。
（やばい！）
ガーベラはとっさにそう思った。
「セスティナ〜〜！」
「あら、ガーベラ様！」
セスティナがようやくガーベラに気がついた。
「いつもルチアと遊んでくれてありがとう！ 本当に感謝してるわ。今日はここに何をしに来たの？」
ガーベラはセスティナの両手を握りしめて強引に顔をこちらに向かせていた。
「久しぶりにここに来たくなったんです。面白いものがあるかなって思って」
「そうなの。あらジェラルドったらどこかしら。お客さんよーしかもすっごくかわいいお客さんよー」
ガーベラはセスティナの背中に手をあてて奥に話しかけている。
「あら、かわいいだなんて」
そのすきに、クーリーフンはスペードを工房の外に出していた。スペードは不思議に思いながらも外に連れ出されている。
クーリーフンは工房の外に出たところで、「今日は聖地に帰って」とスペードに言っていた。
「え？」
「彼女に好かれるとまずいことになるんだ。頼むから」
「は、はあ……？？？」
「お願い、行って行って」
「はい」
スペードは首をかしげながらも去って行ったのだった。
ジェラルドが奥からやってきた。
「おや、セスティナ様じゃないですか。久しぶりですね」
「こんにちは、今日は武器がいっぱいなのね。あら？ さっきのスペードは？」
セスティナはようやくスペードがいないことに気がついていた。
「彼、恋人に会いに行くって行ってたよ。そんなことより、セスティナ、ルチアと遊んでくれてるんだってね。ありがとう」
クーリーフンが笑顔で近づいていた。
「優しいんだね」
「え？ 優しいだなんて、そんな……」
セスティナは頬をピンク色に染めていた。
「彼恋人がいるの。残念だわ。なんか人間っぽくて私の好みだったのに。ところで、何か面白いものあるかしら」
「違う部屋には、調度品やらいろいろありますよ。そちら見ます？」
「ねえ、せっかくだから、違う色の服とか着てみない？ いつも水色系だから、たまにはピンクとか」
ガーベラが言った。
「ピンク？」
「行ってみましょう」
ガーベラはセスティナを服の工房の方に連れて行った。
ガンガン音がすると思ったら、マチルダが大きな白い盾を持ち、ルチアが剣でたたいてみていた。
「あの白いの、何の素材？」
クーリーフンがジェラルドに聞いた。
「イカの贈り物なんですよ。結構頑丈なんで盾を作ったんです。あ、ルチア様、あまり力を込めないようにしてください」
頑丈なのだがルチアには壊されそうなので、ジェラルドはつい言っていたのだった。
しばらくしてガーベラとセスティナが戻ってきた。
セスティナはピンク系の綺麗なグラデーションの服を着ていた。腰には花の模様の帯をしている。ネックレスも変わっていた。透明なガラスの中にピンク色の小さい花が入っている。どうやって作ったのかセスティナが不思議そうにみていると、ガーベラが首にかけてくれたのだった。
「キレイだよ」
クーリーフンが言った。
「ありがとう。こういう色の服を着るの初めて。なんだか楽しい」
「着てた服はラクアの神殿に置いておくわね」
「はーい。それじゃそろそろ別の場所に行く？ ルチアがいっつも遊んでる場所ってどこ？」
ルチアは身振り手振りで何か伝えている。
「ルチア、今日は外れはだめだよ」
クーリーフンが言うと、ルチアはうなずいていた。
工房の外にはジュリアンとペガサスが待っていて、他の動物達も集まっていた。
「今度はどこに行くの？」
ジュリアンが聞くと、ルチアはついてこいというような仕草をしている。
「ガーベラ様、それじゃまた」
「またね」
4人はペガサスに乗って去って行った。
「どこに行くのかしら？」
ガーベラがクーリーフンに聞いた。
「さあねえ」
ペガサスは結構飛んで行き、切り立った崖の中腹あたりで着地した。
「ここに何かあるの？」
セスティナがジュリアンに聞いた。
「さあ、僕にはわかりません」
ペガサスから降りると、ルチアはセスティナの手を引っ張って連れて行った。崖の中腹には広い足場があり、そこを歩いて行くと、洞窟が見えた。
「？？？」
ルチアは洞窟の中にセスティナを連れて行った。マチルダがセスティナに何かを渡した。
「え？ 武器？」
それはつるはしである。
「凶暴な動物でもいるの？」
セスティナは恐る恐る二人についていった。洞窟の中は、神気の光で中を見ることができる。やがて、キラキラしたものが見えてきた。洞窟の天井や壁に、神気の光で何かが輝いて見える。
「これは……宝石か何か？」
ルチアがうなずいた。
「へー、一杯あるのね。あなたたち、変わったことして遊んでるのね」
長年生きているセスティナも、洞窟の中で宝石を採ったことはない。ルチアが青い輝きを見つけて、セスティナにつるはしで掘れと仕草をしていた。
「これ？ 取れるかしら？」
セスティナはつるはしを壁の石にいれてみている。
結構な時間が経って3人が帰ってきた。ジュリアンとペガサスはその場で待っていた。また動物達が結構集まっていた。
「見て、こんなのが取れたのよ」
3人とも結構砂まみれだった。セスティナの手には青い輝きが混じった石が握られていた。
「宝石ですか？ よかったですね。夕方なので、そろそろラクア様の神殿に帰ります？」
「もう夕方なの？」
セスティアが驚いている。
「そうですよ」
ルチアは身振り手振りで何かを訴えていた。
「まだどこか行きたいみたいですね」
ルチアは当然とばかりに親指をあげている。
ジュリアンはルチアのペガサスについていった。最後にやってきたのは火の神殿である。
「あれ？ ここ……」
ルチアはセスティナを引っ張って中に入った。
「火の神殿じゃない。サラディンってすっごい怖いんでしょ？ 大丈夫？」
セスティナとマチルダはかまわずお風呂に直行していた。
「あつっ ！ ここ、お風呂？」
「おとうさーん、ルーちゃんが、お友達を連れてきたよ」
広間にて、ルティアナがサラディンに報告していた。
「お友達？ だれだろう？」
「海の女神だって、いっつもルーちゃんが遊んでもらってる」
「へーどこにいるんだ？」
「お風呂に入ってるよ」
「直行か」
サラディンはぶっと笑っている。以前のサラディンならば、「失礼な」というはずだろう。
「ルチアが連れていったんだろうな」
最近ではマチルダが髪の洗い方をマスターしたので、サラディンがルチアの髪を洗わなくてすんでいた。
セスティナはすっかりお風呂に入ってからサラディンに会いに来た。
「すいません。お風呂の前に挨拶したかったんですが……二人に強引に連れて行かれて」
セスティナは申し訳なさそうに言っていた。
「ははは、ルチアは強引だからな。いつも遊んでくれてるんだって？ ありがとう」
サラディンはルチアの父親のような顔でお礼を言っていた。
「いえいえ。それじゃそろそろ帰らなきゃ」
神殿の外に出ると、セスティナを見たい火の妖精達がいた。セスティナは妖精の一人に近づいた。一人だけ獣のような顔をしている妖精がいる。
「彼だけどうしてこういうお顔なのかしら？」
「ライオネル様の息子なので」
他の妖精が説明した。
「へーお顔に触ってもいい？」
「どうぞ」
セスティナはプータローの顔を触りまくっていた。プータローは照れた様子である。
こうしてセスティナはラクアの神殿に戻ったのだった。
「楽しかったかい？」
ラクアが聞いた。
「ええ、珍しい体験ができたわ。じゃあね」
セスティナがマチルダとルチアに手を振ると、二人も手を振って返していた。セスティナは海側に帰って行った。
「ジュリアン、一日ありがとう」
ラクアは、湖の魚をなでているジュリアンに言った。大きな金色の魚である。この湖の主的存在だった。
「セスティナ様って、優しそうな人ですね」
ジュリアンが言った。
「しばらく海の問題児だったけど、ちょっと変わったな。 顔付きも穏やかになったような気がするし。ルチアと遊んでるうちに心のもやもやが消えたのかも？ ルチアって不思議な子だな」
ルチアとマチルダはさっさと立ち去っていた。
海側に帰ったセスティナは、マリナール達に自分が掘った宝石を見せていた。
マリナール達は顔を寄せて宝石を眺めている。
「加工してもらおうかしら、それともこのまま記念に置いておくか迷うわ」
「楽しかったみたいでよかったわね」
セスティナの母、エキドナが言った。
「あの二人が女らしい遊びなんてするわけないと思ったけど、やっぱりね。クーリーフンにキレイだねって言われたの。キレイだねって。でもやっぱり私の好みは、人間の船乗りみたいな精悍な男なのよねーあー」
セスティナは残念そうである。
「コバルトがあなたと結婚したがってるけど。どうしてもだめ？」
コバルトは、貝に閉じ込められていた男である。
「好みじゃないからいや」
即答である。
「そういわずに」
「いやー疲れたからもう休むわ」
セスティナは去って行った。
「セスティナは最近楽しそうだのう。良いことだ」
マリナールはうれしそうだった。しばらく、沈みがちな孫が気がかりだった。
「いい友達ができてよかったわ」
「友達か、そうだのう」
マリナールはしみじみと言いながら微笑んでいた。
ゆりが神の国でオルガに出会って数日後、オルガが夜城にやってきた。手に大きめのコウモリのぬいるぐみを持っている。
「わーありがとうございます！」
ゆりは喜んでぬいぐるみを抱っこしていた。ジロウはゆりの横にやってきて、「ワン」とほえていた。
オルガはジロウの頭をなでなでした。ジロウはうとうとしながらはっと目を覚まし、「ワウン」と抗議していた。
「心配しなくても今日はこれで行く。それじゃな」
「オルガ様〜」
ゆりはオルガに抱きついた。オルガはゆりの背中をなでなでしている。オルガは早々に去って行った。
「オルガ様をこれを抱っこして飛んでいたなんて……想像するだけでキュンキュンしちゃう！」
ゆりはついにやにやしながらベッドに寝転んだ。二つ目のぬいぐるみは一つ目と違う匂いがした。だがこれも良い匂いである。
ゆりはコウモリを抱っこしたまま眠りについたのだった。
つづく
13部
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