第21話
横には服を着たハロルドが肩肘をついて寝そべっている。そしてゆりの髪はかなりのびていた。
（夢じゃないんだ。ハロルドとラーズと、儀式をしたんだ。神様と2回目ーーーー！）
ゆりは昨晩のことを思い出し、徐々に顔が真っ赤になっていた。途中からノリノリで儀式をしてしまったような気がする。
「髪がすごくのびてるぞ」
とハロルド。
「えーと、儀式をしたらこうなっちゃうの。あの、朝までいてくれたんだ。ありがとう」
ゆりは恥ずかしさのあまり布団をひっかぶりたいくらいだったが、体だけ隠してお礼を言っていた。
「お前が意識をなくしたんで、さすがにあのまま置いておくのもどうかと思って……ぷっ」
ゆりの顔があまりに真っ赤っかになっていたのでハロルドはつい笑っていた。
「え？ な、なんで笑ったの？」
「今ごろ恥ずかしがってるんでつい。ところで、さっきお前の子供がでてきた」
「え？ お腹の子？」
「ああ、背中の蛇を見てくれとか言って」
「そうなの？ えーと、あの……儀式の相手をしてくれてありがとう。とってもうれしかった。それじゃ代わるね」
黒目のゆりは恥ずかしすぎたのか引っ込んでしまった。
「ハロルド様〜〜」
蛇の目のゆりは出るなりハロルドに抱きついていた。
「ハロルドと儀式ができてよかった。これでハロルドも晴れて赤ちゃんのトーだね」
「トー？」
「儀式をした男の人は、赤ちゃんにとってはトーなの」
「ふうん」
『トーみて、かっこいいでしょ？』
さきほど白い赤ん坊のような塊が現われて、ハロルドに背中を見せていた。いろいろな色の蛇が二匹背中にくっついていた。
「あの背中の蛇はなんなんだ？」
「説明するのが複雑すぎるの。蛇の一族は興奮すると肌に蛇が浮かぶんだけど、私達の蛇と、恋人達の肌の蛇が仲良くなって、それであの背中の蛇が産まれたの」
「はあ？」
ハロルドはさっぱりわからんという顔付きだった。
「昨晩は蛇は出てなかったぞ」
「私の中の蛇はあの蛇を産んでから弱ってるみたい」
「はあ」
「私も抱かれたいなあ」
蛇の目のゆりはハロルドの胸板をなでなでしていた。
「そろそろ侍女が来るんじゃないか？ それにもうそういう元気はない」
「ガーン」
「それじゃ行く」
ハロルドは体を起こした。
「せめて別れのチューをして」
ゆりがせがむと、ハロルドは軽くゆりにチュッとして離れた。
「じゃあな」
「またね」
ハロルドは去って行き、ゆりはベッドの下を見て大きく口を開けていた。なんとハロルドのサンダルがあるではないか。
「ハロルド、忘れてるわよー！」
ハロルドは二度と会わない印に女性にサンダルを贈るらしいので、ゆりはベランダに向かって叫んでいた。
ハロルドはすぐに戻ってきた。
「サンダルを履くのを忘れた」
「もーびっくりするじゃない」
今度はハロルドはサンダルをちゃんと履いて去って行ったのだった。
ハロルドはただサンダルを履き忘れただけだったので蛇の目のゆりはほっとしていた。
「ハロルドと儀式がちゃんとできてよかったなあ。ああいう儀式なら私もやりたい。今更だけど」
体をしっかり交えた儀式だったので、女蛇もそれは喜んだことだろう。神様と儀式をしちゃった女蛇が、人間の男達とまたやりたいと思ってくれるのかどうかは謎だが。
「神様には儀式で愛してるって聞かないのかな。聞いたら言ってくれたのかなあ。とにかくここはやっぱり、お祝いだわ！」
ヘタに隠すよりは、みんなで儀式ができたお祝いをしよう、と蛇の目のゆりは明るいノリで思ったのだった。
黒目のゆりが目覚めると、そこは城の中の広間で、目の前には子供達と恋人達がいた。
「お母さんおめでとう！」
「母様やったね！」
「おめでとー」
「王妃おめでとうございます！」
あちこちからお祝いの言葉が飛んできて、黒目のゆりは目をキョロキョロさせて、「うわっ」と立ち上がっていた。
「何？ 何？」
侍女達から拍手も起こっていた。テーブルの上には料理やお酒が並んでいる。
「今日はお母さんが儀式をできたお祝いだよ」
とラギ。
「ハロルド様喜んでた？ よかったねえ」
とナナミ。
「さすが王妃様ですわ」
侍女達は感心している。
「みんなもう知ってるの？！」
ゆりの髪は元に戻っている。いつの間にやら切ったらしい。
「もうお昼だよ」
とロイ。
「お昼？ そうなんだ」
ゆりは腰を下ろした。どうやらもうすでに知れ渡っているようである。
「王妃、念願のハロルド様との儀式ができてよかったですね」
ミカエル達は微笑ましげな顔付きである。
「念願？ 私それほどやりたがってたっけ？」
「前回できなかった時はしょげてましたよ」
ヴィラが言った。
「そういえばそうだっけ」
「赤ちゃんよかったね」
「よかったね」
ミシェイラとレーヌが言っている。
ゆりは恥ずかしさのあまり広間を出て行きたかったが、みんなが笑顔でお祝いしているので、仕方なくその場に座り、水を飲んでいた。
「前回のラーズ様の時と同じ女蛇が来たんですか？」
フリットが聞いた。
「うーん、そうかも。よくわからないけど」
（絶対そうだけど、そのことは秘密にしておこう）
「女蛇さんも喜んでそうだな」
とジュノー。
「母様、蛇は何匹来たの？」
ナナミが聞いた。
「二匹きたよ。そうだ。一匹はラーズが虹色に変えて、もう一匹はハロルドが金色にしてたなあ。蛇って色でどうとかあるのかな」
「すごい蛇に変わってそうだね」
とナナミ。
「いずれ、サラディン様が儀式に参加する日が来るのかな」
イシュタールが恐ろしいことを言い出して、ゆりは「来ない来ない」と手を横に振っていた。
「トーもいれてよ」
とレーヌ。
「トーってオルガ様？ レーヌにとってはオルガ様は儀式に参加してなくてもトーなんだ？」
シスが聞いた。
「うん。遊んでくれたもん」
「神様も人数が増えていったら怖いな」
ジュノーがぼそっと言っていた。
「そうだ。塔はもう準備できてるからいつでも使って良いよ」
とラギ。
「え、冗談じゃなく、本当に作っちゃったの？」
ゆりの頬は引きつっている。
「塔の内装を変えただけだよ。上からハロルド様、ラーズ様、オルガ様、ジンラ様、サラディン様ってことになった。好きなだけ使っていいよ」
「いや、多分使わないと思う」
「これだけ神様をお迎えできる女性は、王妃が最初で最後かもしれないですね」
ミカエルが言った。
「完全に王妃だけだろう」
とハインリヒ。
「ちょっと待った。ハロルド様とラーズ様以外の神様とは、こっちでは仲良くしてないからね。みんな誤解しないように」
ゆりが言ったが、「時間の問題だよね」とナナミに言われてしまった。
「クロスは間に合わないかもしれないけど、クロスの次の子の時には、神様5人儀式が実現するかもね。塔の部屋はないけどグレン様も入れたら6人だね」
さらにナナミは恐ろしいことを言っている。
「我々の出番がなくなるなあ」
ミカエルがちょっと寂しげに言っていた。
「いやもう、この話はおしまいで、あまり妄想しないように。神様はプライドが高いんだから他の神様は無理よ。その前に、サラディン様にはまだばれてないんだから」
「そうだっけ」
とナナミ。
「サラディン様には嘘つきまくったからばれたら絶対怒られる。オルガ様にはばれちゃったけど、ジンラ様もまだなんだから」
「ジンラ様なかなか進まないねえ」
ナナミが言っていた。
「進まなくていいの」
「あ、そうそう、この後ハザーク様の塔に行こうよ。ディーンさんの卵、孵ったよ」
ラギが言った。
「え？ すぐ行こうよ。みんなみたの？」
「みたよ。ちょっとびっくりだよ。あっちのお母さんも見たよ」
「ええー！ ミカエル達はみたの？」
「もう見ました」
「私も見たい！！ すぐに連れて行って！」
ゆりはナナミにつれていってもらい、ハザークの塔の侍女の部屋に行った。子蛇はそこにいるようだ。
侍女のベッドの上に子蛇が三匹乗っかっていた。
一匹は緑と青のまだらの蛇、一匹は金色、そしてもう一匹は青い蛇である。
「わあ、色とりどり。青い蛇もいる」
「青いのは女の子なんだよ。それでラギにーが妄想してた。ロンロンとこの子の子供がルーだったりしてって」
「え！？」
ロンロンはへびっちと侍女の子蛇である。
「えーーーー！ 本当にそうなったらすごいじゃない」
ゆりは想像して大興奮していた。
「まあ、わからないけどね」
もし本当にそうなったら、ルーはへびっち、ハザークの侍女、ディーンの血が入っているということになる。へびっちによれば、ルーはロンロンの血筋らしいのだが。
「ところで、どうして青い蛇が産まれたの？」
「隔世遺伝じゃない？ ってラギにーが言ってた。まだらの蛇母の両親のどっちかが青だったのかもって」
「なるほど。ディーンさんは見に来た？」
ゆりが部屋にいた侍女に聞いた。
「はい、朝方いらっしゃいましたよ。一匹でもここにいてくれるといいんですが」
「そうだね。側で成長を見守りたいよね」
蛇は自由な生き物なので、部屋から出て行ってしまいそれっきりになることもある。
「元気に大きく育ってね」
ゆりは三匹をなでなでした。
「ルーのお母さんはだれなのか。楽しみだなあ」
「全く関係ない蛇かもしれないけど」
「それでも楽しみじゃない」
「今は母様の儀式の方がすごいよ」
「あまりその話は広めちゃだめよー。相手は神様なんだから」
「わかってるって。お城の中だけだって父様にも言われたもん」
「やれやれ」
（ついにハロルドと儀式しちゃったのかー。まあ、できてよかったような気もするなあ。ラーズとだけってのもバランスが悪いし。しかし、儀式になるとなんでああやる気になっちゃうんだ。私は）
ゆりは昨晩のことを思い出し、また真っ赤になっていた。
ゆりはその夜王の寝室でラクシュミに会い、「王様、儀式のしめ、お願いします」と頼んでいた。
精神的バランスを保つためにも、やはり最後はラクシュミにかわいがってもらいたいのである。
ラクシュミは思わず「ぷっ」と吹きだしていた。
「しかし神様まで儀式に引き入れてしまうとは、昔の巫女もびっくりするだろうな」
「いやー女蛇さん、神様がいる時に来るのやめてほしいんだけど。儀式で良い蛇が入るのはいいけど、みんなに悪くて」
「気にすることはない。クロスは喜んでいるんだろうから」
「そりゃ大喜びしてるよ」
ゆりはラクシュミに抱きついたのだった。
神の国である。ガーベラが男になって4日目、さすが愛欲の神なだけに、一日何人もの女性を快楽に導いている。その上二度目を巡っている女性もいる。
他の男の神々は、もうガーベラに関しては無言である。自分の彼女が男のガーベラと何もないように、と祈るばかりである。
さて、その夜のこと、カサンドラが自分の神殿に戻ってくると、竪琴の音色が聞こえてきた。いままでカサンドラはジェラルド工房にいたのである。
竪琴はどこから聞こえるのか、とあちこちの部屋を探すと、カサンドラの寝室からだった。ベッドの上で竪琴を奏でていたのは男のガーベラである。
「ガーベラ、ここで何をしておるのだ？」
カサンドラが聞いた。
「君を待ってたんだよ」
「私を？」
ガーベラは竪琴をベッドサイドの棚に置いた。
「実は、カサンドラが好きなんだ。だから恋人になりたい」
「……はあ？」
カサンドラは目を大きく見開いている。
「だからおいで、横に」
ガーベラが自分の横を示している。
「いやいや、何を言っておる。私はいい。他の女の子の相手をしてあげるといい」
「君が好き」
「いい、いい」
カサンドラは後ずさりしている。
「私はもうそういうことはいい」
「僕には分かってる。何にでも好奇心が旺盛な君が、そっちにだけ興味がないなんてあり得ない」
ガーベラはベッドの上で足を組んで言っていた。
「そりゃ、昔はな、昔はそういう興味もあったぞ。だが今はもうない。全然ない」
「嘘」
「本当にない」
といいつつ、カサンドラは後ずさっていたものの、寝室から出て行こうとしなかった。それを自分で気がついて、まずいと感じている。
どうもガーベラとのやりとりを楽しんでいる節がある。本当にいやならば、このまま神殿をぱっと飛び出して行けばいいのだ。
「もしかして、アシュランに頼まれたのか？ そんな頼みなんぞ無視していい」
「頼まれてないよ」
「ここにはほら、サントスとネルもいるし」
「二人はいないよ。僕の神殿に行ってもらった」
「なにー？」
「だからおいで」
「いや、いい」
ガーベラはごろんと横になった。
「ガーベラ！」
「強引にはしないよ。君が自分の意思でその気にならないと面白くない」
「ならんというに」
「僕は明日には女に戻るよ。当分は戻ってこないよ。おいでよ」
「う……ううう……」
カサンドラは突っ立ったままうなっていた。そうなりたい気もあるようだが、理性やら女神第二位のプライドやらが邪魔をしているようだ。
「私はいい、ガーベラの気持ちだけで十分うれしかった。他の女の子の所に行ってあげたらいい」
「ふーん、そう。じゃあそうしようかな」
ガーベラは起き上がり、あっさりと寝室から出て行ってしまった。カサンドラはなんとなく拍子抜けしたが、ほっともしていた。
（これでいい。私が今更色欲に狂うなんぞ、全くもってらしくないし、ありえない。もったいない気はするが）
男のガーベラは魅力的なので、側で話をしたりするのはむしろうれしいことである。だが、その先は、考えると恐ろしい気がする。カサンドラはディアメラのようにずっと男を拒絶しつづけてきた、というわけではない。大昔には、それこそそういう興味もあったが、今は体は女だが中身は中性的な感じである。ライオネルも「女を感じない」というほどだ。
カサンドラはまとめていた髪をほどいて寝転んだ。ベッドの上はなんともいえない良い匂いだった。
（ガーベラの匂いか。まったく……なんだか変な気持ちになってくる……）
すっかり忘れていた性への欲望がよみがえるような、そんな気分である。
ベッドの上で何度も寝返りを打っていたら、上に誰かが乗っかってきた。
「え！？」
「まったくしょうがないなあ。時間がないからやっぱり強引にするよ」
上にいたのはガーベラである。
「はあ？」
「好きだよ。カサンドラ。さあ、二人で愛欲の海で溺れよう」
「ちょ、ちょーーーーーーっ！！」
ガーベラはそのままカサンドラを抱きしめて口づけた。カサンドラにとってはこういうことはものすごく久しぶりである。もう二度とないと思っていたのだが、間近でガーベラの匂いをかいで抱きしめられると、心の底に秘められていた女としての部分が頭をもたげてきて、引っ込めようとしても引っ込まなくなってしまった。
「なぜ私にこんな……」
「好きなんだ」
「みんな好きなのであろう」
「みんな好きだよ。君は大昔に抱き合った男のこといまだに想ってるの？ 相手が誰か知らないけど、今日僕の記憶で上書きしよう」
「えーーー」
もはやカサンドラは裸にされている。
「ちょっとまった！ ちょっ」
「またない」
「ガー……」
ガーベラは口づけてカサンドラの唇をふさいでいた。
ガーベラは男だが、ハロルドのようなたくましい男ではないので、カサンドラが本気になれば逃げることも可能だったろう。だが、逃げるのもなんだかもったいない。やはりこの先を望む気持ちもどこかにはあるようだ。
（あ、わかったぞ。これは夢だ。でなければガーベラが私にこのようなことをするはずがない。他にかわいい女はたくさんいるのだから。こんな夢をみるなんて、なんと滑稽な……だが夢ならばいくら乱れてもよいか）
カサンドラはあまりの展開だったので、すっかり夢だと思っていた。そう思い込みたかったのかも知れない。
カサンドラはあっという間にガーベラに抱かれていた。
（夢だ、夢だ……）
「もっと、もっと奥におくれ」
「君が僕にもっとひっついてきたらいい。足を僕の後ろに回して」
「意地悪」
「なんでさ、気持ちいいいだろう？ 僕も気持ちいいよ」
「気持ちがいい」
（こんなにも気持ちがいいものだったとは……どうせ夢ならば）
「いろいろな体位でしたい」
カサンドラの申し出に、ガーベラは笑っていた。
「いいよ。その前に、僕に愛してるって言っておくれよ」
「うむ、愛してる」
「どういう風に愛されたい？」
「うーん……激しく」
「いいよ。激しくね」
カサンドラはしばらく、甘い芳香に酔いしれていたのだった。
（全くなんて夢だ。私にもまだこのような願望があったとは……）
翌朝目覚めたカサンドラは、夢の内容を思い出してつい苦笑していた。
「ばかな夢をみたものじゃ。……裸？」
カサンドラはなぜか裸で寝ていたことに気がついた。
「？？？」
体を起こしてぼんやりしていると、男が入ってきたのでカサンドラはあわてて布団で肌を隠していた。
やってきたのはガーベラである。腕に何かの動物を抱っこしている。
「おはよう。ハニー」
「ハニー？ 朝からどうしたのだ？」
カサンドラは何食わぬ顔で聞いた。
「どうしたもこうしたもないよ。ちゃんと記憶の上書きはできたかい？」
男のガーベラはベッドの上に獣を降ろしていた。
「記憶の上書き？」
「ニャーン」
そこにいたのは猫である。金色の長めの毛の猫である。
「この子二人の神気からでてきたよ」
「はあ？」
「普通の猫じゃジュリアンは喜ばないかなあ」
カサンドラは信じられない様子で猫を見下ろしたり、ガーベラを見たりしていた。
猫はカサンドラに寄り添って座っている。
「そこらにいた猫であろう？」
「いや、昨晩でてきたんだよ。君はもうろうとしていたからわからなかったかもしれないけど」
「……昨晩二人の間に何かあっただろうか」
「やれやれ。まあいいや。心のどこかでは覚えているだろう。僕はみんなにお別れを言ってしばし消えるよ。じゃあね」
ガーベラはカサンドラの頬にチュッとキスして、猫の頭をなでてから部屋を出て行った。カサンドラはしばしぼんやり座っていた。
「まさか……いやまさかな」
「ニャーン」
猫はベッドから降りて部屋を出て行った。
「あ、これ、どこに行く」
カサンドラはあわてて服を着て髪を整えた。
「えーかわいい！！」
神殿にネルとサントスが帰ってきた。二人は金色の毛の猫を見て腕に抱いている。尻尾も毛でふさふさだ。
「猫だ」
「猫だね。カサンドラ、この猫どうしたんですか？」
サントスがカサンドラに聞いた。
カサンドラは、「ん？ ああ、そこらにいた」と答えた。
「えーそうなんですか？ かわいいー。毛ふさふさ」
「カサンドラ、よかったですね」
サントスが温かい目を向けていた。
「何が？」
「何がって、ふふ」
「カサンドラ様良い匂いがしますよ。ガーベラ父さんと同じ匂い」
ネルの言葉にカサンドラはかなり動揺していた。
「ガーベラとは何もない。何も……」
「恥ずかしがらなくてもいいのに」
「素敵なことなのにねえ」
「何もない。水浴してくる！」
カサンドラは布を持って神殿を出て行った。
「カサンドラ様顔真っ赤だったね」
「あんな顔を見られる日が来るとは……」
猫はネルの腕からすとんと降りて、すたすた歩いて神殿を出て行った。
「猫ちゃん、どこに行くの？」
猫は神殿から出るとたっと走って行き、ジュリアンに出会っていた。
「あ、綺麗な猫だ」
ジュリアンは猫を抱っこしている。猫はうれしそうにジュリアンの手に頬擦りしていた。
猫を追ってネルもやってきた。ジュリアンはまだ女の子のままである。
「この猫神獣だよ」
ジュリアンが言った。
「え？ そうなの？ カサンドラ様の神殿にいたのよ。神獣ってことは、何か力があるのかしら？」
「どうだろうねえ」
あごをなでてやると、猫は気持ち良さそうに目を細めている。
「僕が会いたかったのは君かな。でももっと違う誰かのような気もするなあ」
ジュリアンが首をかしげていると、二人の上に影ができた。二人が同時に空を見上げた。頭上を何かでかい生き物が飛んでいる。翼を広げたペガサスくらいの大きさのその鳥は、そのままどこかに飛んで行った。
「なんだろう？」
とネル。
「赤い鳥だね。追ってみよう」
ジュリアンは猫をネルに渡して、鳥を追っていった。
「クエー！」
火の神殿に真っ赤な大きな鳥が飛んできて、妖精とルティアナはびっくりしていた。
「お父さん、赤い鳥が来たよ」
「赤い鳥？」
サラディンが神殿の外に出てみた。確かに真っ赤な大きな鳥が神殿の上に止まっている。
「あ、お前、昔産まれたヤツじゃないか？ まだ生きていたのか？」
「クエーーーー！」
赤い鳥は翼を震わせて鳴いていたのだった。
そして水浴に行ったカサンドラは、湖に首まで浸かったまましばらく動かず、他の妖精達に心配されていたのだった。
つづく
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