第22話
真っ赤な大きな鳥を見上げて、ルティアナと妖精達は唖然としていた。全身赤系統の色で、瞳も赤く、首は少し長めである。頭の後ろの毛はとさかのように毛羽立っている。翼を広げるとかなり大きく、大人のペガサスくらいの大きさはあるだろう。こんなにでかい鳥は神の国では珍しい。
「鳥だ。でかっ！」
「すごい！」
サラディンの双子の子供達は下から鳥を眺めて喜んでいる。
「かっこいー！」
イシュタールの息子バーナードが言った。
「クエー！！！」
大きな鳥だけあって、鳴き声もでかい。空気が震えるほどの鳴き声で、みんな目を閉じていた。
「昔、あいつから生まれた鳥だ。まだ生きていたとは驚いたな」
サラディンが言った。
「あいつって？」
ルティアナが聞いた。
「私に似たやつだ。今まで一体どこにいたんだ？」
随分長い間、噂にもならなかった鳥である。赤い鳥は何かに気が付いたように下にどすんと降りてきて、みんなあわててその場から離れていた。
「クエー」
赤い鳥は地上で翼を震わせている。そこに馬でやってきたのはジュリアンである。
「なんて綺麗な鳥なんだろう！！」
ジュリアンは馬から降りると躊躇なく鳥に近づいている。
「ジュリアン、危ないぞ」
サラディンが言った。
「クエー」
頭を下げて鳴いていた鳥だったが、ジュリアンが左手で触ろうとすると、翼を閉じて、頭を下げていた。
「よしよし」
「……ピロロ、ピロロ」
鳥の鳴き声が変わっている。ジュリアンは鳥のくちばしをなでなでしていた。くちばしと足だけは黄色である。
「ピロロロ」
「すごい、ジュリアンに一瞬でなついた」
サラディンもさすがに驚いていた。
「きっとこれのおかげですよ」
ジュリアンは自分の左手を見た。そこにはサラディンの息子である証の炎のマークがある。
「私にはなつかないがな」
とサラディン。
「ピロロ」
「うれしそうだね」
ルティアナが言った。
「パパのりたい」
「のるー」
子供たちは赤い鳥に乗りたくてしょうがないようだ。
赤い鳥はジュリアンに顔をすりすりしている。馬ほどの大きさなので、確かに子供が乗れそうだ。
「ジュリアンはまだ女の子なんだね」
ルティアナはそっちを気にしていた。
「うん。サラディン様、彼はいつ生まれたんですか？」
ジュリアンが鳥の頭をなでながら聞いた。
「大昔だぞ。まだ人間が生まれて間もない頃だっけ？ 今までどこにいたんだろう？」
「どこにいたの？」
ジュリアンが聞くと、鳥は「ピロピロ」言っていた。
「さっきはクエークエー言ってたのにねえ」
とルティアナ。明らかにジュリアンに鳥が甘えているのがわかる。
「誰もいない島にいたみたいですよ」
ジュリアンが言った。
「今のピロピロでそこまでわかったの？」
とルティアナ。
「僕と神獣は通じることができるみたいなので」
「へーすごいね」
「乗りたいよう」
「乗りたい。乗りたい」
子供たちがぴょんぴょんはねている。
「ちょっと乗ってもいい？」
「ピロ」
「いいって」
「やった！！」
子供たちはよろこんでいる。
「ジュリアン、こいつはここらには置いておけないぞ。なにせ、火を吐くからな」
「火を吐いちゃだめだよ」
ジュリアンがいうと、鳥は「ピロ」と答えていた。ジュリアンはとりあえず双子と一緒に鳥の背中に乗り、鳥は空を飛んで行った。
「大丈夫かなあ」
サラディンは心配そうだ。
「大丈夫じゃない？」
「あいつが生まれた時、かなり荒っぽいやつで、あたり一面焼け野原になってしまった記憶が……あ、思いだした。神の国には置いておけないってことで、アシュランが何かしたんだっけ？ 神獣使いのジュリアンに惹かれてやってきたのかな？」
鳥はそこらを飛んで降りてきた。
「次私！ バーナードと私！」
今度はルティアナとバーナードとジュリアンが鳥の背中に乗って飛んで行った。二人はうれしそうに歓声をあげている。鳥はジュリアンの言うことをよく聞いているようである。さすが神獣使いだ。
サラディンがあの鳥をどうしたものか、と思っていると、グレンが飛んできた。グレンはサラディンに頭を下げた。
「大きな赤い鳥のことなんですが、火を吐くのでアシュラン様が昔神の国に入れないようにしたらしいんですよ。危なそうならまた魔法をかけるとおっしゃってますが」
「魔法が薄れてここに来ることができたのかな。うーん、ジュリアンがいれば大丈夫じゃないか？ まあちょっと様子を見てみると伝えといてくれ」
「わかりました」
今のところ鳥が火を吐いた様子がないので、グレンはあっさりと去って行った。
鳥がまた戻って来た。
「楽しかったー」
ルティアナは喜んでいる。
子供たちはべたべた鳥に触っていたが、鳥は怒ってはいなかった。ジュリアンに顔をすりすりしている。とにかくジュリアンに会えたのがうれしそうだ。
「ジュリアン、この鳥どうする？」
サラディンが聞いた。
「どうしよう。きっと僕が呼んだから来てくれたんだよね」
「神殿の外においとけば？」
ルティアナが言った。
「自分の巣がどこかにあるんじゃないか？」
「君はどうしたい？ ここの近くに留まるかい？ それとも巣に帰る？」
「ピロロ」
鳥は翼を少し広げていた。
「悪さをしないからここにいたいそうです」
とジュリアン。
「今のピロロでわかるんだ……」
ルティアナは感心していた。
「でかい小屋がいるな」
鳥はジュリアンと子供達から少し離れて、くるっと回転した。すると姿がみるみる縮み、ペガサスくらいの大きさだった鳥が、全長一メートルほどに縮んでいた。
「ピロピロ」
赤い鳥はかなりかわいい姿になっていた。
「すごいや。小さくもなれるんだね」
「あれくらいなら神殿で飼えるね」
ルティアナの言葉に、「冗談だろ？」とサラディンが言っていたのだった。
「あ？」
ジュリアンの身体に変化が現れていた。
「男に戻った」
声も男の子らしくなっている。
「ガーベラが女に戻ったのか。今回は短くてよかった」
サラディンはほっとしていたのだった。
「ジュリアン、女の子になった感想を聞かせて」
ルティアナが聞いた。
「えー別にこれといっては……」
ジュリアンは恥ずかしそうだ。
「ないの？ かなりかわいかったよー」
「いやー」
鳥はジャンプしてジュリアンが鳥を抱いていた。
「名前を決めよう。僕が決めていいですか？」
ジュリアンがサラディンに聞いた。
「ああ、いいぞ」
「うーん、イグニス、イグニスにしよう」
「ピロピロピロピロ」
「喜んでる？」
ルティアナが聞いた。鳥はしばらく「ピロピロ」しゃべるように鳴いていた。
「連れ合いが欲しいって言ってます。君は男の子だから、女の子が産まれるといいね」
「ピロピロ」
「かわいい女の子をお願いしますって」
「はあ……私がどうにかしてこの鳥ができるのかなあ」
この鳥はサラディンから産まれた鳥ではなかった。どうやって産まれたのか、詳しく聞かなかったのでそれもわからない。
サラディンにはまるっきり自信がなかったが、「産まれるといいな」と言っておいたのだった。
「とにかく小屋がいるだろう。ルティアナ、頼んで来い」
「わかった。よかったねイグニス、もう寂しくないね」
ルティアナが言うと、イグニスはジュリアンに抱っこされたまま「ピロピロ」鳴いていたのだった。
ガーベラの神殿では、女のガーベラが目覚めた所だった。ガーベラは男だった時の記憶はなかった。ガーベラは体を起こして、しばしそのままじっとしていた。
クーリーフンが顔を見せに来た。
「お母さん、今回は記憶はある？」
「ない。まって、聞くのが怖い。心の準備をさせて」
ガーベラはクーリーフンの言葉を遮っている。
「……すごかった？」
ガーベラがそろりと聞いた。
「すごいの一言だよ。さすが愛欲の神って感じ」
「あー詳しく聞きたくないー」
ガーベラは頭に手を当てている。
「お母さんが最初から男だったら、いろいろ話が変わっていたんだろうなあ」
クーリーフンはしみじみ言っていた。
「とりあえず、肝心のディアメラとは仲良くしたんでしょうね」
「子供ができたよ。双子の月の光の神さ」
「ほんと？ すごいじゃない！」
「さらに、ラクアの妹達と妖精が一人できて、花の精との間に妖精が一人できた。彼女はヒルデリアの娘だよ」
「へー4人もできたんだ。すごいわ。ダーナはどうなったの？」
「ダーナとも仲良くしてたよ。子供はできてない」
「アリアス達怒ってない？」
「あんまり怒ってないみたいだよ」
「よかったあ」
ガーベラはほっとしていた。
「本当に15人としたのかしら」
「詳しく聞いてないけどそれくらいいたかもね。今のところ怒ってる男はいないようだよ。あの人お母さんと違って僕にはちょっと怖い所があるんだよなあ。逆らえない感じというか、当分は来ないって言ってたよ。自分の影響力の大きさをわかってるみたい。またあっちのお母さんの所に行ったのかな」
「彼女のことを気に入ってるみたいだからね」
「とにかく、お母さんを見てほっとしたよ」
「ふふふ、神殿からしばらく出たくない。ディアメラとダーナには会いにくいわあ。でも子供の顔はみたいな。ラクアは大事な妹を取られてどう思ってるのかしらねえ」
目の前にふっと金色の毛並みの動物が現われて、二人はぎょっとその動物を見下ろしていた。そこにいたのは猫である。
「まあかわいい。今瞬間移動で来なかった？」
「来たね」
「ニャア？」
猫は不思議そうにガーベラを見上げていたが、ジャンプしてガーベラの膝に乗っていたので、ガーベラは猫をなでなでした。金色の毛並みなだけに高貴そうな猫である。瞳は緑色だった。
「神獣かしら？」
「神獣かもね」
「綺麗な猫ねえ」
「ニャーン」
「だれの神獣かしらねえ」
猫はガーベラの膝から降りて、寝室を出て行った。
「ニャーン」
呼んでいるような鳴き声だったので、二人は猫についていっていた。
「ニャーンニャーン」
猫はガーベラの部屋にある大きなかめを見あげて鳴いている。
「猫ちゃん美容液が欲しいの。女の子ねえ。これ猫にも効くのかしら？」
ガーベラは首をかしげている。
「まさか、主人に持って帰りたいとかじゃないの？」
クーリーフンは笑っている。
「そっか。どうやって持って帰る？ 口でくわえて？ 大きい瓶は無理よね」
ガーベラは小さい瓶に美容液を入れて猫に渡してみた。猫はそれを口でくわえてふっと消えた。明らかに瞬間移動したのである。
「神格が高い神の神獣とみた。だれのかしら」
「さあねえ」
二人にはそこまでは分からなかった。
一方、長い長い水浴からカサンドラは神殿に帰ってきていた。体がふやけるほど水に浸かっていたので、かなり疲れている。
「カサンドラ様、猫ちゃんがいなくなっちゃいました」
ネルが言った。
「いなくなった？」
「どこを探してもいないんです」
「そのうち帰ってくるだろう。心配ないよ」
カサンドラはちょっとふらふらしながら部屋の奥に入っていった。
「カサンドラ様大丈夫ですか？」
ネルが声をかけた。
「大丈夫大丈夫」
カサンドラはベッドに寝転んでそのまま寝てしまった。
「猫ちゃん、どこに行ったんだろう？」
その猫は、なんと聖地にやってきていた。背中には青い生地で作られた小さいリュックのようなものを背負っている。猫はガーベラの神殿の後はジェラルド工房に行き、速攻でリュックを作ってもらったのだった。
猫がやってきたのは聖地の商店街である。女性達が夕食の食材を買いに店に来る時間帯、猫はあちこち眺めながら魚屋の前にやってきていた。
「まあ、なんて綺麗な猫でしょう」
「本当だわ！」
金色の毛並みの猫は、人の目を引いた。
「ニャーン」
魚屋の主人も猫に気がついた。
「おや、さっきもきたね。何かご用ですか？」
魚屋の主人がこの猫を見るのは二度目だった。二時間ほど前にも来て、いつの間にかいなくなっていた。
猫は魚の切り身が並んでいる棚の前でニャアニャア言っていた。
「これが欲しいんですかい？」
「ニャア」
「じゃあ一切れどうぞ」
どう見ても普通の猫ではなかったので魚屋は切り身を猫に渡してみた。猫は口で切り身をくわえて、くるりと背中を向けた。
「？」
「袋を開けろってことじゃない？」
客が言った。
「そうですかねえ。開けますよ？」
主人は袋を開けて、そこから小瓶を取り出した。
「これは……」
猫は切り身をくわえたまま走って行き、やがていなくなった。
「あー行っちゃった。もらっていいのかな？」
「猫が買い物に来たのかしら。賢いわねえ」
客も感心している。
「中身はなんだろう？」
それは謎だったが、魚屋の主人は家に帰ってから妻に小瓶を渡した。その夜の妻はとっても良い匂いで、その夜夫婦は大いに盛り上がったようである。
聖地で魚の切り身をもらった猫は、その後神の国に戻り、カサンドラの神殿の椅子の上で魚を食べていた。神殿に戻ったネルとサントスはそれを見て驚いている。
「湖で魚を捕ってきたのかな？」
「にしてはおかしいな。魚一匹じゃなく、切り身っぽいし。どこでもらったんだろう？」
二人も猫が聖地にまで行ったとは想像できなかった。
「何か背負ってるよ」
「袋だね」
サントスは背中の袋の中をのぞいてみた。中には何も入っていなかった。
「よくわからないけど、カサンドラの猫だけあって、知能が抜群に高そうだな」
それだけは感じたサントスだった。
空が暗くなる頃、ガーベラは悩んだのだが、ディアメラの神殿に行ってみることにした。ちょうどラーズがやってきたので連れて行ってもらっている。
「ラクア怒ってなかった？」
「怒ってなかったよ。子供が増えてさらに賑やかだよ」
「そう。とりあえずディアメラに会わなきゃねえ」
再び男になるきっかけがディアメラだった。ガーベラはディアメラの神殿に来ると神殿の中の様子をそろそろと窺った。月の馬車は神殿の外にある。
ディアメラの声が聞えてくる。ガーベラは部屋の中に入った。
「こんばんは」
「あらガーベラじゃない」
「まあ！ かわいい！！」
椅子に双子が座っている。ショートカットの女の子は大きな目でディアメラを小さくしたようで、男の子は男ガーベラの息子だけあって目元が涼しげな美少年である。二人ともなんとも愛らしい顔立ちをしている。男の子は将来クール系美男子になりそうだ。
二人はガーベラを見ると、きょとんとしていた。
「よく見てよ。二人ともかわいいでしょ？」
ディアメラは自慢げだった。
「かわいいわあ。双子でも似てないのねえ。どっちもかわいい！」
「女の子はルナで男の子はバルーよ。さ、二人とも挨拶をして」
「こんばんは。えーと、なんて呼んだらいいんだろう？」
バルーは首をかしげている。
「今はお母さん二人？ ガーベラ様ってのも他人行儀だしねえ」
とガーベラ。
「お父さんはしばらく会えないのかな？」
ルナは寂しそうだった。
「またいずれ会えるわよ」
ディアメラが言った。ディアメラはご機嫌そうだったので、ガーベラはほっとしていた。二人は仲良くすごせたようだ、とガーベラは想像している。
「今夜は上弦の月だから、バルーと馬車に乗るのよ」
ディアメラが言った。
「3人一緒には行かないの？」
ガーベラが聞いた。
「行かないの。二人の決まりみたい」
「へーそうなの」
「子供と馬車に乗れる日が来るなんて思わなかったわ」
ディアメラの雰囲気が柔らかくなったようだ、とガーベラは感じた。良い変化である。
「ねえディアメラ、彼のこと、愛してる？」
ガーベラつい聞いていた。
ディアメラは顔を真っ赤にしていたが、子供達がいたので、「そりゃ、まあ、少しは……」と小声で言っていた。
「ディアメラかわいい」
ガーベラは恥ずかしがっているディアメラを見て笑っている。
「ちょっとからかわないでよ！」
「だってー」
「もう行くからね、バルー来て」
「はい。それじゃあ」
「行ってらっしゃい」
ディアメラとバルーは神殿を出て行った。ルナがガーベラの手を引いている。
「なあに？」
「こっちに来て」
ルナはガーベラを奥の部屋に連れて行った。
「これ」
ルナが指したのは、ベッドサイドの棚である。そこには青い花の鉢植えが置いてあった。
「これお父さんのお花なの。神殿の外にも植えてってお父さんが言ってた」
「そうなんだ」
「お父さんの匂いなの」
「彼の匂いに包まれて眠ってほしいってことね」
（なんだか純愛っぽくて泣きそう）
ガーベラは二人の関係を思い、ちょっとうるっときていた。
「お花、いっぱい増えるといいね」
「うん！」
ルナは大きくうなずいていたのだった。
つづく
13部
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