第25話
九の月一五日、城の南の街で新しく作られている教会だが、祭壇の後ろ側にすべてのステンドグラスがはまり、長机や椅子なども運び込まれていた。教会の九割は完成したのである。今は教会の周りに花壇を作ったり、垣根用の低木を植えたりしている。
ゆりの子供達は全員見に行くというのでゆりは迷ったが、ゆりは行くのを我慢し、子供達だけが教会にやってきた。
「すごい！」
「きれー」
「キレイだね」
今日は天気がよかったので、教会の中のステンドグラスはキラキラ輝いていろいろな色が教会内部に反射していた。ミルキダスとイシュタールもやってきている。
「残りは天井に絵を入れるだけですね」
子供達の横にやってきたフウガが言った。
「ステンドグラス、とってもキレイですね」
「キレイですよね。やっぱり建物ができるっていいよなー。感動するなー」
「感動するね」
「とっても感動するね」
「へびだ」
「へびがいる」
ミシェイラとレーヌは、教会の中にいる隠し蛇を見つけて遊んでいる。
「梅雨よりだいぶ前に終わりましたね」
シスがフウガに言った。
「そうですね。雨で中断されることも少なかったからサクサク終わりましたよ」
「ガラスキレイだね」
ロイは祭壇の側まで行き、近くでステンドグラスを眺めていた。ステンドグラスのモチーフは自然である。太陽、月、花、風、木などが合わさっている。そこに神が入ると牧師がお尻を向けられないため、神様はいないのだ。ミルキダスとイシュタールもロイの側で眺めている。
「割れないといいな」
「ロイみたいなわんぱくが石をぶつけたりしなければいいけどね」
ラギが言った。
「僕はもうしないよ。そういうのは卒業したもんね」
ロイは胸を張っている。イシュタールとミルキダスは笑っていた。
「前よりだいぶ広い気がしますね」
ミルキダスが教会を見回して言った。
「そうだな。なんだか広い気がする。土地の広さは同じだけどな。以前よりも天井はちょっと高くなったな」
イシュタールが言った。
「そうですね」
「あそこに絵が入るのね」
ナナミが天井を見上げていた。丸い木の板だけの場所がある。
「絵はいつくるのかな？」
「いつかな。もうすぐじゃないかな」
とフウガ。
「フウガさんはもう少しで帰っちゃうんだね」
シスが名残惜しそうに言った。
「そうですね。ところで、新しい建物の匂いって良い匂いじゃないですか？ 俺好きなんですよね」
「確かに、木の良い匂いがするよね」
「ニーみて、ここにへびがいる」
レーヌが長机の側でしゃがみこんでいる。
シスとラギがレーヌに近づいた。机を支えている足の１本に蛇の彫り物がされていた。他の机にはされていない。
「あ、それ俺が彫ったやつだ。もうみつけられちゃった？」
「他にもいる？」
「内緒」
「みつける！」
レーヌとミシェイラは机の下に入り込んで蛇を探し出した。
「楽しい教会だね。どうもありがとう」
「こちらこそ楽しかったですよ」
「へびいたー！」
ミシェイラが机の下で叫んでいた。
城では、ゆりが王の間で、「やっぱり行けばよかったかなあ」などと言っていた。
「今からでも行ったらどうだ？」
とラクシュミ。
「うーん、いや、やっぱり我慢する。王様と見るまで我慢できないけど、今度クーガ様が来た時に一緒に見るのもいいかなあって思って」
「そうか。それもいいかもな」
ラクシュミはゆりとクーガの関係は知らなかったが、そう言った。
「ところで王様は教会のステンドグラス、見たの？」
「今朝みたぞ。キレイだった。街の皆も教会に行くのが楽しいだろうな。小さい教会でも内部は結構凝ってるぞ」
「うー、見たいけど我慢。我慢する」
ジュノーが王の間にやってきた。
「王妃、これ王妃宛ですよ」
ジュノーが大きめの封筒をゆりに渡した。
「ありがとう」
差出人は「イネス」とあった。
「やったあ。やっと来た。それじゃ王様」
ゆりはあわてて王の間を出て行った。
「なんだ？」
「クーガ様のファンクラブの会報が来たんですよ。王妃がずっと待ちわびていたんです」
ジュノーが言った。聖地から来たのでジュノーにも分かったのだった。
「ああそれか。しかし会報までずっと発行されてるんだからすごいな」
「そうですね」
「新しい教会、いいな。私もどんな教会ができるのかすごくわくわくしていた」
「そうですか。私もしょっちゅう見に行ってしまいましたよ。もう少しで完成なんですね。記念すべき１回目のお祈りの日のお話は、やはりクーガ様にしていただきたいですね」
「そうだな。街の人が詰めかけて全員入りきらないだろうな」
二人は笑いながら話していたのだった。
部屋に戻ったゆりは、丁寧にナイフで封筒を開いて、中の物を取り出した。会報の束に手紙、そしてファンクラブ会員証が入っていた。
「やった！ 会員番号は、860番。すごい！」
現会長イネスからの手紙では、ファンクラブに入ってくれたことと、高価な会費に対するお礼が書かれていた。会報は今までの分まとめて五〇号分送付するとあった。
「あの宝石で一生分の会費が払えるみたい。おお、会報の一号が入ってる。当時の会報は残っていなくて写した物なんだ。へー。どれどれ」
ゆりは会報の一号を手に取った。新聞の半分くらいのサイズの紙が2枚折ってある。その他の会報は1枚を折っただけで片面だけだが、びっしり字が書かれていた。クーガ千歳の誕生日の会報には、記念に一号を復元して、一緒に発行したようだ。会長の手紙によれば、当時はファンクラブ会員も少なかったため、会報は印刷ではなく、手書きで複写したらしい。
記念すべき一号には、「クーガ様の記念すべき五〇〇歳の誕生日を祝うと共に、クーガ様の清らかな精神を讃え合うため、我らは会報を発行することにした」とあった。ファンクラブ自体はもっと前からあったようだが、会報が発行され始めたのは、クーガが五〇〇歳になってかららしい。
一号にはなんと太陽神アリアスからの御言葉が載っていた。
「すごい。どうやって御言葉をもらったんだろう。『アリアス様に、クーガ様をどう思っているか御言葉を賜った。愛らしい弟だと思っている。いつでもお兄ちゃんと呼んで欲しい』って人間に何を言ってるんですか。アリアス様」
ゆりは笑いながら読んでいる。
「人の血が入っていようが関係ない。かわいい我が弟に変わりない。クーガ様、アリアス様にむっちゃ愛されてるね」
他にはファンの皆さんがクーガ様のどこが好きか、という記事が載っていた。
「クーガ様の御言葉を聞くだけで癒やされる」「顔がむちゃくちゃ好き」「だれにでも優しいところが好き」「嫌いなところが何もない」「私にも声をかけてくれた」など。
この会報が５００年も続いているのだからすごい。
一号の最後にはクーガの好きな物が載っていた。「好きな食べ物は、鳥のトマト煮込み、ミートパイ、プリン。プリン！？ プ、プリン……」
ゆりはクーガとプリンが結びつかなかったので、むちゃくちゃ驚いていた。
「言ってくだされば、この前滞在中にプリンを出したのに」
ゆりはしばらく会報を読みまくった。こんなに活字を読むのは久しぶりである。会報の発行度合いは、その時の会長によって違うようである。前会長の時は半年に一度、今の会長は三ヶ月に一度発行している。大体が会員達が見かけたクーガについての記事で、クーガの今後の予定なども載っていた。全体を通して伝わってくるのは、クーガに対する愛である。読んでいるだけで微笑ましい気分になる。
「私が知らないクーガ様が読めてうれしいなあ」
途中で子供達が教会から帰ってきた。ロイ以外の子供達がゆりの部屋に報告に来た。
「綺麗な教会だったよ。とっても感動したよ」
とシス。
「そう。私も今度見るのを楽しみにしているんだから詳しく言わないでね」
「あ。これ……」
シスが机の上の物に気がついた。
「ようやく来たんだー。ジャン。私はクーガ様のファンクラブ会員860番です」
ゆりはうれしげに子供達に会員証を見せていた。
「もうちょっとでぞろ目だったのにおしいよね」
「ミーも入る」
「レーちゃんも！」
「大人だけだから、あなたたちは大人になってから入りなさいね」
「「うん！」」
（その頃には一〇〇〇番のキリ番を狙えるかもしれない）とゆりは思った。
「へー会報楽しそうだね。読ませてよ」
ラギが会報を眺めながら言った。
「いいけどちゃんと返してね」
「ところでさ、塔にはいつ行くの？」
「塔？」
「神様用の塔だよ。あれから随分経ってるんだけど、行ってないでしょ。僕も侍女達も待ってるんだけど」
ゆりはあえて神様の塔のことはスルーしていたのだった。
「もう一人の母様はもう僕らと見たよ」
とシス。
「え？ そうなの？」
「お母さん今から行こうよ」
「えー」
「せっかく改装したのに」
「行くと誰か呼ばなきゃいけなくなるでしょ」
「そんなことないよ。シャレで作っただけだからだれも来なくてもいいよ」
ラギは真顔である。
「嘘つくんじゃない」
「ハロ様にはミーちゃんが頼んであげるね。だからマー、ハロ様連れてきて」
ミシェイラが言った。
「頼まなくていいの」
「たのみたいよう。頼んだらラギにーがおいしいアメをいっぱいくれるって」
ゆりがじろりとラギを睨んだ。ラギはわざとらしく微笑んだ。
「変なこと頼まないの」
「レーちゃんはね、ラージュさまのへやが好き！」
「ラーズね、ラーズ様」
「お母さんいこうよー」
「いこういこう！」
みんなに服を引っ張られて、ゆりは仕方なくラギ、シス、ナナミと塔を見ることにした。
塔は上からハロルド、ラーズ、オルガ、ジンラ、サラディンの部屋になっているようである。
とりあえず下から見ることにした。サラディンの部屋は赤系統の色で統一されている。部屋の真ん中にでかいベッドがドーンとあった。
「ま、予想通りね」
とゆり。上のジンラの部屋に移動した。ジンラの部屋は紫系統だと予想していたが、意外にも青系統で、棚の上にブドウの陶器の置物が置かれているだけのシンプルな部屋だった。
「意外ね」
「私の案よ。紫色じゃつまんないと思って」
とナナミ。壁にはお酒の絵画も飾られている。
「意外にいいかも。でもね、ジンラ様とサラディン様はここには来ないと思うな」
「たまに恋人達とここで過ごしたらいいんじゃない？」
ナナミは真面目な顔で言っていた。
「侍女達がここまで掃除に来なきゃならないじゃないの」
「王妃様だから侍女に気を遣わなくていいんじゃないの？」
「はあ……じゃあ上に行こうか」
オルガの部屋は窓に暗いカーテンがかかっていて薄暗かった。
「あーちょっとこれ！」
紺色のベッドカバーの上に置かれていたのは、こうもりのぬいぐるみである。大きいのが二つあった。
「これどうしたの？」
「オルガ様が好きそうだからコウモリの人に持ってきてもらったんだ」
とラギ。
「えー頼めるんだ？」
ゆりはコウモリのぬいぐるみを抱っこしている。
「コウモリの人によれば、オルガ様の神獣のコウモリ、よくコウモリの国に来るらしいよ」
「へー」
ゆりはコウモリのぬいぐるみをなでなでしてベッドに置いて、その上のラーズの部屋に移動した。ラーズの部屋のベッドにレーヌとミシェイラが乗っていた。
「みてみてキレイでしょ？」
レーヌがゆりに聞いた。
ベッドカバーは虹のように七色で一番派手である。カーテンもド派手だった。床に敷いてあるラグも虹色である。
「キレイだね」
「ラージュちゃまよろこぶよ」
「よろこぶよねえ」
ミシェイラとレーヌが言っている。
「きっと喜ぶだろうねえ。じゃあハロ様の部屋に行ってみようか」
ゆりが言った。
ハロルドの部屋は五つの部屋の中で、一番お金がかかってそうな部屋だった。壁には盾やら剣やらが飾ってある。棚の上の大きな白い花瓶にゆりは注目した。その白い花瓶にはハロルドのような絵柄が描いてあったのだ。
黒い筆でさっと描いたような絵柄だが、芸術的である。
「これいいね。私の部屋に欲しいんだけど」
「これはこの国の花瓶じゃないんだ。実は龍の国の花瓶なんだ。王妃様の部屋にはどうかな」
ラギの言葉にゆりは「えー」と驚いていた。
「龍の国の物とかここに置いて良いの？」
「龍の国が麒麟の国に売ってるものを麒麟の国からこっちに売ってもらったんだ。あの二つの国は争ってても物の売買はしてるんだ。うちと違って」
「へーこの花瓶、随分な旅をしてきたのね」
「結構なお金を払ったからね」
「芸術的だね」
「ハロ様喜ぶね」
「ね」
いつの間にかミシェイラとレーヌもゆりの側にいた。
「ハロ様はこの前来たばっかりだからね。当分は来ないんじゃないかな」
「神の国に行った時に見に来てって言ってよ」
とラギ。
「そう言われてもね」
来てくれってことは仲良くしたいってことなので、ゆりもおいそれとは言えなかった。
「まあ、そのうちにね」
ナナミがゆりの肩に手を当てた。
「母様この塔、物足りないって思ってるでしょ」
ナナミがにやりとして言った。
「え？ 別に……」
「母様の気持ち、わかってるって。もう一度ジンラ様の部屋に行こう」
「？」
ゆりはナナミに移動させられた。
「この絵画とぶどうの置物を棚の中にしまえば……」
ナナミは絵画と置物を棚の中にしまい、代わりに棚の中にあったペガサスの白い置物を棚に置いていた。
「はい、これでここはグレン様の部屋に早変わり〜〜」
「へ？」
「母様グレン様のことむっちゃ好きでしょ。ちゃんとわかってるって」
「…………」
ゆりはあまりの展開に何も言えなかった。
「グレン様も喜ぶと思うよ。ここグレン様以外でも使えるから、他の神様でもいけるよ」
「ははは……」
（まあ確かに、一番呼んでみたいのは誰かと聞かれたら、グレンかも。だってグレンとはなかなか遊べないし、唯一元の世界の恋人同士のようにデートした仲だし、もっとああいうデートがしたい。でもガーベラでない私が誘うってのもどうだろう。喜んでくれるのかなあ。それにここに誘うなんて意味深だから恥ずかしいし）
ゆりはこっちでグレンと仲良くなったことはないので、それも恥ずかしかった。
「ちなみに、あっちの母様はすごく感心してたよ。グレン様を呼びたいって言ってた」
「そう。ありがとう。いろいろ考えてくれて。この部屋を使う日が来れば良いねえ」
ゆりは他人事のように言い、自分の部屋に戻してもらった。
（神様の塔かあ……本当に作っちゃうなんてねえ……神様を５人も呼ぶ気満々って、端からみたらすごいな。神様達が子供達に会わないように、と祈るしかないな）
子供達に会ったら会ったで何を言われるやらわかったものではない。
「この前来たし、しばらくは来ないよね。きっと。夫がいるこの城に男を呼ぶってのも本当はだめなんだけどねえ」
ゆりは再びクーガファンクラブの会報を手に取り、続きを読み始めたのだった。そして夕食時顔を合わせた侍女達に、「神様の部屋、すごくよかった」というと、侍女達はうれしそうだった。
「一番最初に部屋にいらっしゃる神様はどなたでしょうか。わくわくしますねえ」
「ハロルド様とラーズ様、どっちだろうねえ。予想外なところでサラディン様かもよ。イシュタールは期待してた」
ラギが侍女の言葉に反応していた。
「それは予想外。まあ好きに盛り上がっててちょうだい」
ゆりは他人事のように言いながら、（こっちで遊ぶよりあっちで遊びたい。そうだ。神の国のその後が気になるわ。男ガーベラ様のこととか）と思っていた。ガーベラが女に戻ったことをゆりはまだ知らなかった。
夕食が終わる頃、ヴィラがやってきた。
「ディアメラ様に子供ができたらしいですよ。王妃知ってました？」
「え？ ディアメラ様に子供？」
「えー？」
子供達も驚いている。
「牧師さんから聞きましたよ。今日話が回ってきたみたいで。次の満月は月の祭りをしようってことになりましたよ。相手の神がどなたかご存じです？ 牧師もよくわからないみたいなんですが」
「知ってる。男ガーベラ様よ」
ゆりはにやりとして言った。
「男ガーベラ様？」
ヴィラはきょとんとしている。
「男ガーベラ様、むっちゃステキなの。ついにディアメラとひっついたんだ。子供が出来たなんてすごい！」
ゆりは興奮している。
「子供は双子みたいですよ」
「えー！ 乾杯しよう！」
「男ガーベラ様についてもっと知りたいんだけど」
ナナミが言った。
「ガーベラ様の男版。とにかく半端なくいい男なの」
「会いたい。母様連れてきてよう」
「どういうこと？」
「さあ」
シスとラギは首をかしげている。
「ガーベラ様が男になるなんて聞いてないけど」
「初めて話したもんね。あのディアメラ様をくどくなんてすごいじゃない。次の神話に載っちゃうのかなあ」
「男ガーベラ様会いたいー会いたいよー」
ナナミはしつこく言っていた。
「会いたいって言われても無理なのよ。彼は実体がある神様じゃないし」
ゆりが話していると、ぬっとゆりから誰か出て来たので、子供達もヴィラも侍女もびっくりしていた。その男は透けていたが、とんでもなく存在感がある美しい風貌をしていた。
「あ、男ガーベラ様」
「やあ」
子供達は固まっている。
「ガーベラ様、子供が出来たんですね。おめでとうございます」
ゆりはとりあえず立ち上がり、お祝いを言っていた。子供達はぽかんとしていたが、ナナミとレーヌは側までやってきて、男ガーベラに「スキ」と言っていた。
「ありがとう。小さいレディ達」
男ガーベラは微笑んでいる。
二人とも子供なのに頬が赤くなっていた。
「ミーはクーがスキだけど、あなたもかっこいいね」
ミシェイラまで男ガーベラを褒めていた。
「ありがとう。３人ともとってもかわいいよ。実は直接報告したくてね。子供は他に妖精が二人できたよ。他の女性との子供だ」
男ガーベラがゆりを見て言った。
「そうなんですか。すごいですね」
ゆりは喜んでいる。男ガーベラはナナミ、レーヌ、ミシェイラの頭をなでて、何を思ったのかヴィラに近づいていた。
ヴィラは戸惑った顔である。男ガーベラはヴィラの肩に手を回していた。
「最近他の男に押され気味だからちょっと気になってた。がんばれ」
男ガーベラはヴィラの耳元でささやいていた。
「は、はあ……」
ヴィラの心臓は激しく音を立てている。花の良い匂いが漂ってきた。
「手を出して」
ヴィラは言われるまま右手を出した。男ガーベラはその手に何かを置いていた。青い直径１センチほどの小さい花が八個あった。
「新しい子以外の君達で食べて」
男ガーベラはヴィラの手を握らせていた。
「こっそり何を話してるの？」
ロイが聞いた。
「男同士の秘密の話だよ」
男ガーベラはヴィラから離れて部屋にいた侍女の手も握ってあげていたので、侍女も感激していた。
「君達にもお花をあげよう。お茶にして飲んで眠るといい。きっと良い夢を見ることができるよ」
男ガーベラはゆりにも花を渡していた。小さい青い花が10個あった。
「ありがとうございます」
「じゃあね」
男ガーベラの姿は消えてしまった。
「むっちゃくちゃステキ！ もっとじっくり見たかった！」
ナナミが悲鳴をあげるように言っていた。
「ステキでしたわ〜〜」
と侍女。
「ディアメラ様うらやましい〜〜〜」
ナナミはよっぽど男ガーベラが気に入ったようである。
（美形顔になれてても男ガーベラ様はインパクトがあるよね）
ゆりは一人うなずいている。
「あのガーベラ様って女のガーベラ様が変身したの？ それとも全く別の神様なの？」
ラギが聞いた。
「最初は変身したんだけど、途中から男のガーベラ様が自我を持った、みたいな感じなのかな。女でも男でもガーベラ様はステキよね。みんな会えてよかったね。せっかくだからこれをお茶にしてみよう。いい夢が見られるのかあ。王様にも飲ませてあげよう」
「では、私はこれで」
「じゃあね」
ヴィラは去って行った。
ヴィラは食堂の外で、手の平に乗っているお花を眺めた。まだ心臓はドキドキしている。相手が半分透けていてもこうなのだ。本人と面と向かって会ったなら、どうなっていただろう。
（花といえば、前のガーベラ様の儀式の時に女達が飲んだ花を思いだすが……そんなにすごいものではないよな。きっと。あれは数千年に一度とか言ってたし、せっかくの贈り物だし、みんなに配るか。新しい子以外、カールには必要ないということか。どうしてだろう？）
理由はよくわからなかったが、ヴィラは生ものなのですぐに男達に花を配ることにした。城にいたハインリヒに渡したところで、同じ理由を他の男達に言うのも面倒だったため、思念で先に説明して花を配りに行き、自分自身は屋敷に帰り、食事の後食べてみた。花は苦かった。何か変化はあるかな、と思ったが、女達にあったような劇的な変化は何もなかった。
一方城では、食堂でゆりと子供達にラクシュミがやってきて、ティーポット二つに五個ずつに花を入れてお湯を入れた。
（神様からもらったお花、今回は私も飲みたい。ハザーク様にも飲ませてあげたいなあ）
「王様、ハザーク様も呼んでくれる？」
「わかった」
ゆりはわくわく顔の子供達の顔を眺めて、
「あなたたちは別に飲まなくてもいいんじゃない？」
と言ってみた。
「やだ。飲む」
「絶対飲む」
「のむもん」
「のむ」
全員飲みたいようである。
「お花のお茶だから、すごく苦いかもよ」
「にがくてもいい」
ロイまで言っている。
「だってどんな効果があるか気になるもんねえ」
「気になるね」
ラギにシスが言った。
「ガーベラの男版、私も見てみたかったな」
ラクシュミは残念そうである。
「すごかったよ。胸がキュンキュンって感じ」
ナナミが言った。
「キュンキュンね」
とレーヌ。
「そりゃすごい」
「じゃあみんなで仲良く飲みますか。 良い夢が見られるって言うから、みんなで良い夢を見よう」
ハザークも来た所で、ティーカップにお茶を注ぎ、みんなで飲んだ。下の子達はお茶が冷めるのを待っている。食堂の中はお花の匂いがしていた。
「これ、そんなに貴重なお茶なのか？」
苦いのに子供達ががんばって飲んでいるのでハザークはそう思ったようだ。
「お茶を飲みに来いとしか言わなかったからな。良い夢が見られるお茶らしいぞ」
とラクシュミ。
「へえ？」
お茶をフーフーしながら、冷めた所でミシェイラとレーヌも飲んでいた。
「にがっ、でも全部飲むもんね」
「うん」
「お茶の匂いとガーベラ様の匂い、同じね」
ナナミはそこに気がついたようだ。
「ガーベラ？ そういえばガーベラの匂いがするような……」
ハザークも気がついた。
「ガーベラが来たのか？」
「女のガーベラは来てないぞ」
ラクシュミが答えていた。
ラギとシスはお茶を飲み干した後何かあるかとお互いに眺め合っていたが、これといってなかった。
「寝なきゃわからないのかな？」
「そうかもね。今日は早く寝よう」
「僕も」
「私も」
「おやすみなさい」
子供達は挨拶をして食堂を出て行った。
「ハーブティーみたいなものなのかも。でも良い気分で眠れそうね」
ゆりは部屋にいた侍女に、「何か良いことがあるかもしれないから、もう一度お湯入れてみんなで飲んでみてくれる？」とティーポットを渡していた。
「いいんですか？」
侍女はうれしそうだ。
「今日ミラもいるよね？ 出がらしでごめんって言っておいてね」
「喜びますよ。ありがとうございます」
侍女はティーポットを持って出ていった。
「王様ハザーク様、私もお風呂に入ってきますね。おやすみなさい」
「おやすみ」
「またな」
ゆりも出て行った。
「それで、どこでこのお茶を手に入れたんだ？」
ハザークがラクシュミに聞いた。
「その前に、月の女神に子供が出来たらしいぞ」
「え？ 月の女神？ 超男嫌いだろう？」
ハザークも驚いている。
「そのお祝いにゆりがもらったようだ」
「相手はだれなんだ？」
「それについては、明日ゆりに詳しく聞いてくれ」
ラクシュミは実際に男ガーベラで出会ったわけでもなかったので、そう言ったのだった。
ゆりが自分のベッドに行くと、すでにナナミがいてベッドで寝ていた。
（良い夢を見てるといいね）
「ジロウ君おやすみ」
ゆりはベッドの横の寝床にいるジロウの頭をなでた。
「クウン」
ゆりも寝転んで、コウモリのぬいぐるみを抱き枕代わりにして眠ったのだった。
その夜は、お茶のおかげかすぐに眠ることができた。
夢を見たようだ。場面は城の中、王様のお風呂である。
目の前には驚いた顔のラクシュミがいた。もちろん裸で。
（あーこれって、王様と初めて出会った時のことだわ）
とゆりは気がついた。
（もっとドラマチックに出会いたかったわよね）
ゆりはその光景を眺めながらも思っている。それから場面が変わり、ラクシュミと初めて愛し合った光景が出て来た。辺りは真っ暗で、相手の肌の感触と息遣いを感じただけだったが、人生で一番緊張した夜である。
（最初のドキドキした夜だあ。懐かしいな……赤い月の王様がいっぱい愛してくれて、すごくうれしかったんだよね）
王様との思い出に浸っていたらミカエルが出て来た。最初にミカエルに出会った時は、とんでもなくドキドキしたものである。ゆりはすっかり忘れかけていたミカエル達との初めての儀式なども見ていた。
（よくあんなことしたもんだ）
続いてヴィラが出て来た。夜、王様のベッドでヴィラと出会った場面が出て来て、ゆりは懐かしく思いだした。
（そうか。これって、恋人達との出会いと仲良くなったときの夢なんだ。ってことは、男は全員出てくるのかな？ すごいな。どこまで出てくるんだろう？）
ラクシュミ、ミカエル、ヴィラ、ジュノー、フリット、ミルキダス、イシュタール、続いてハザークが出て来た。思えば、散々けなされていたハザークとよく仲良くなれたものである。シャナーンも出て来て、続いて過去の場面になった。
（もしかしてディラン達も出るかも？）
最初にディランが出て来た。
（でたー！ ディラン、懐かしい。会えてうれしいよ）
ディランやレイアス、フークス、ルーク、そしてドルイドが登場した。ドルイドとの出会いの場面は、黒目のゆりは知らない場面だった。
（もう一人の私が先に仲良くなったんだ。なるほど）
（ドルイドーううう）
どうやらもう一人のゆりも一緒に見ているようである。
最後にハインリヒが出て来て場面は神の国に移った。
（神の国編、最初はだれだろう？）
ゆりがガーベラになって初めて仲良くなったのはジンラである。その場面が出て来た。
（ジンラだ。あの時、すごく緊張しちゃったなあ）
そしてハロルドやラーズ、オルガ、ラクアも出て来た。サントスとは体の関係はないが、チューして妖精が産まれる場面が出た。そしてサラディンにグレン。グレンとは儀式の場面が出て来て、ゆりはそれは覚えていないことだったのでかなりドキドキしてしまった。
場面はまた変わった。次に登場したのはクーガである。
（クーガ様もきたー）
クーガとは出会いと、ガーベラ姿で仲良くなった場面が出て来た。そして次にスペードも出て来た。
（スペード様……）
スペードとは猫耳姿で仲良くなった場面が出て来た。
そして最後はカールである。カールとの儀式の場面を見て、夢は終わった。
（なんだかとてつもなく長い夢を見た気分。男性はえーと……２６人、すごい、自分でもびっくりした）
指折り数えてゆりは驚いていた。なんともすごい数になったものである。
（アヤコさんには絶対言えないな）
横で寝ていたナナミがもぞもぞ動いていた。
「母様起きた？ 何か夢を見た？」
「見たよ。壮大な物語を」
「ふうん？ 私も見たよ。過去の時代に行った夢を見たの。アー姉と会っていろいろ案内してもらった。でも本当に会えたのかどうかはわからない」
「そうなんだ。本当に会えたのならいいねえ。なんだかすっごく王様に会いたい！」
ゆりがナナミにつれて行ってもらおうかと思っていると、目の前にラクシュミが現われた。
「王様おはよう」
「おはよう。すごく会いたかった」
「私も」
ゆりはベッドから降りてラクシュミに抱きついていた。
「産まれた世界が違う私達が出会ったってだけで奇跡よね」
「そうだな。奇跡だな」
「王様」
二人は抱き合っている。
「熱々じゃない。赤い月みたい」
ベッドの上に座っていたナナミが冷静に言っていた。
「王妃ー」
ミカエルの声が聞こえて来た。
「王妃、朝から王妃に会いたくて来てしまいましたよ」
ミカエルが寝室にやってきた。
ゆりはミカエルを見て、「なんかキラッとしてる？」とラクシュミに聞いた。
「してるな」
とラクシュミ。
「なんだかミカエルが輝いて見える」
「ほんとだ」
ナナミもじろじろミカエルを眺めている。
「そうですか？ 昨日もらったお花のせいですかね。王妃と出会った頃の夢をみたんですよ。そしたら王妃にすごく会いたくなって」
「私もミカエルのこと夢でみたよ」
「思えば、王妃は違う世界の人間だったんですよね。こうして出会って愛し合ったことがもうすごいことなんですね。奇跡ですね」
「そうだね」
ゆりはミカエルと手を握り合っている。ナナミはラクシュミとミカエルを見くらべて、「父様はキラキラしてないね。どうしてだろう？」と不思議がっていた。
「私達はみんなでお茶を飲んだから効果が薄いのかもよ。まあ、王様はいつも輝いてるからいいの」
そうこうしていたらフリットやシャナーン、ミルキダス、イシュタール、ヴィラ、ジュノーと次々に男達がやってきた。
「みんなきた。そしてみんなキラキラしてる！」
ナナミが言っている。
確かに男達はみんなキラキラしてみえる。
「昨日もらった花のせいですかね？」
フリットが言った。
「王妃のことを夢で見て、すごく会いたくなったんです」
とミルキダス。
「私もですよ」
ジュノーが言った。
「私も王妃にすごく会いたくなって」
とヴィラ。
ジロウが隣の部屋に歩いて行き、「ワン？」と小さく吠えていた。ナナミが行って帰ってきた。
「ハザーク様がいたけど、みんないたから後でまたって言ってた」
「そうなんだ。みんな、みんな好きだよ。大好きだよ」
ゆりは男達と手を握りあい、この世界で出会えた喜びに感動していた。
「王妃と出会えたことが、私の人生で最大の分岐点でしたよ。そこから生きていることが楽しくなったんです」
ミルキダスがうるうるしながら言っていた。
「私もですよ。王妃と知り合えた運命に感謝しますよ」
ジュノーもつられてうるるんとしている。ゆりもつられてうるうるしていた。
「ミルキダス〜ジュノ〜」
蛇の目のゆりが現われて、二人と抱き合っていた。
「よくわからないけど感動的だね。うん」
ナナミはその場から離れて、他の兄弟達の様子を見に行った。
「あのね、あのね、クーと遊んだの！」
ミシェイラはうれしそうだった。
「レーちゃんはね、ヒコーキのった。またのりたかったの」
「ヒコーキってなんだろう？」
「僕は夢でお菓子をいっぱい食べたよ。おいしかった」
とロイ。
「僕はすごい図書館に行って本を読みあさった。でも何を読んだか覚えてないんだよねえ」
とラギ。
「僕は馬車で旅行した夢をみたよ。虎の国に行った夢だった」
とシス。それぞれ楽しそうな夢を見たようだ。
ラクシュミは部屋から去り、ゆりは男達と手を握り合っていたが、男は足りなかった。
「ハインリヒがいないね」
「来なくていいですよ。別に」
とミカエル。
「一人だけ来ないと気になるじゃない」
「聞いてみますね」
イシュタールがハインリヒに思念で聞いてみた。
「息子に寝るのを邪魔されて、今寝てる所だそうです」
「そうなんだ」
「王妃、今がチャンスです。やつが寝てる間に儀式をやっちゃいましょう！」
ミカエルが言った。
「えー、今いろいろ感動しててそういう感じじゃないんだけど」
とゆり。
「今はキラキラのみんなを触りまくりたい」
「儀式で触りまくればいいじゃないですか」
「脱ぐの恥ずかしいもん、ところでカールは？」
ゆりが聞いた。
「そうそう。ガーベラ様が彼以外でって言ってたんで、彼にはお花はあげてないんですよ。カールは王妃に出会ったばかりでまだ感動の途中だからかな」
ヴィラはそう解釈した。
「なるほど」
「王妃ー儀式ー」
ミカエルはゆりの服を引っ張っている。
「そうだ。私顔も洗ってないわ。恥ずかしい」
ゆりは今更ながらに恥ずかしがって顔を洗いに行った。
男達はそれぞれを眺め合い、
「キラキラしてるよな」
「してる」
「歯がきらっとしてる」
などと言い合っていた。
結局儀式にはならなかったが、みんなとの心のつながりを再確認する良い機会だったかもしれない。
ゆりはみんなと別れた後ハザークに会いに行った。
「ハザーク様」
「王妃、なんだか朝から会いたかった」
「私もですよ」
二人はひしっと抱き合った。
「ハザーク様も私の夢を見ました？」
「ああ、他にもいろんな夢をみた。懐かしい夢だった」
「そうですか」
「あのお茶は結局何のお茶だったんだ？」
ゆりは男ガーベラの話などをハザークに聞かせたのだった。
午後になり、ハインリヒが部屋にやってきた。
「寝てたら夢で王妃が出て来ましたよ」
「昨日ドルイドと何してたの？」
「ヴィラが来た時ちょうどドルイドが部屋にいて、花を持って逃げられたんです。あいつめ、違う花とすり替えようとしたんですよ。それで最終的に、花を半分こにして、ドルイドにあげました。どうしてもくれってうるさくて」
「そうなんだ」
扉をノックする音がして、誰かが部屋の中をのぞいていた。
「あ！」
「あ」
部屋に来たのはドルイドである。手に花束を持っていた。
「ドルイド学校は」
「休んだ。王妃様、こんにちは、これどうぞ」
ドルイドが黄色い花が五本入った花束をくれた。
「ありがとう」
むっとするハインリヒの横でゆりは花束を受け取っている。
「僕王妃様の夢を見ちゃって。そしたらどうしても王妃様に会いたくなったんです」
ドルイドは恥ずかしそうに言っていた。
「そうなの」
（子供が見ていい夢ならいいけど）
とゆりは思った。花を分けたせいか、二人ともキラキラはしていなかった。
「王妃様庭園でも行きましょう」
ドルイドがにこにこしながら誘ってくれた。
「いいよ」
「こらこら、子供はもう帰りなさい」
「やだ」
「まったく生意気な」
「まあまあ、せっかくだから３人で仲良く行こう」
ゆりは二人と手をつないで庭園に飛ばしてもらった。この３人で会うというのも珍しい。
「ドルイドは、ハインリヒの子供になってよかったって思ってる？」
ゆりはちょっと聞いてみた。
「えーうーん」
ドルイドは悩んでいる。
「私の子供のおかげで、ハンサムで力も強いんじゃないか」
ハインリヒが腕を組んで言っている。
「お父さんってこういう所がえらそうですよね」
「ふふふ」
「えらそうってなんだ。私が好きで側に来たくせに」
「それは違うと思う」
「いや、そうに違いない」
などと二人は言い合っていた。
「仲よさそう」
ゆりが笑いながら言うと、
「「そんなことないです」」
と二人同時に言われてしまった。
「こいつ昨日も夜中に追いかけっこをしようだの言い出して花を持って逃げたんですよ」
「いいじゃない。それくらい」
「しかも花をすり替えただろ」
「すぐばれたからいいじゃない」
「よくないだろ」
二人はポンポンいいあっている。
（二人とも楽しそう、この二人の出会いも奇跡よねえ）
ゆりはしばらくハインリヒとドルイド親子のやりとりを微笑ましげに見ていたのだった。
つづく
一三部
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