第26話
10の月初日、早朝、聖地のアシュラン神殿の外にて、クーガは金色にキラキラ輝く物が飛んでいるのに気がついた。
（精霊だ）
クーガが小さい頃から、たまに精霊が近くを飛んでいるのを見ることがあった。子供の頃はそれが何かわからなかった。知ったのは大きくなってからである。光の精霊は大部分はアシュランと共にいる。たまに一部が離れることもあるようで、それがこの一部のようである。それは光の塊なのでまぶしくて凝視することはできないが、クーガの近くにやってきて、頬のすぐ近くに寄り添っていた。クーガは光の精霊から好かれているようだ。だから光魔法が得意なのである。
「そうだ、この後神の国に行きます？ 大神に頼みがありまして、伝えていただけますか？」
光の塊は「いいよ」とばかりにぱっと輝き、クーガから離れて飛んで行った。
「光の精霊か……あの方に嫌われる理由の一つでもあるんだろうな」
クーガはちらりとヒルデリアの神殿の方に顔を向けた。クーガがアシュランの子供というだけで面白くないのに、さらに光の精霊に好かれているのだから、さらにヒルデリアは面白くないだろう。ここ千年ヒルデリアは聖地のアシュラン神殿には来ていない。ヒルデリアはクーガのことを嫌っているだろうが、クーガの方は、そうでもなかった。ヒルデリアがクーガ以外の子供には親切であるということは、今では分かっている。本当は優しい女神なのに、怒らせるのはアシュランの方に問題があるからなのだ。クーガはヒルデリアのことを気の毒だとも思っている。
大きな金色の鳥が飛んできて、近くに降りた。鳥のようであるが、四本足で、胴体のようなものもある。アリアスの神獣である。
あのかわいらしい生き物がこのように変化したとクーガも聞いたが、どう見ても信じられない。この姿は神々しく、威厳すら漂っている感じである。神獣はクーガのすぐ近くにきた。よく見ると首に布を巻いている。
「お使いで来たのかな？」
クーガは神獣の首に巻いてある布を取った。布にくるまれてブルーベリーのような実がたくさん入っていた。
「おやおや、アリアス様かな、サントス様かな。どうもありがとう」
「キュイ〜♪」
神獣はどういたしまして、とばかりに鳴くと、飛んで行った。
「神の国の神獣、最近変わったのが生まれてるようだな。面白い猫もいるみたいなんだが、会ってみたいな」
買い物に来る猫は、今聖地では話題である。
カサンドラの神獣猫の名前は、「リーファ」とジュリアンが名付けていた。キュリアやネルに任せるとヘンテコな名前になってしまうので、猫は嫌だったようである。リーファは外見は猫そのものだが、瞬間移動もできるし賢い猫である。聖地に行って買い物もできるのだ。平常のカサンドラだったなら、このすごい猫についていろいろ研究したがるはずなのだが、今は頭の中はそれどころじゃないようで、ちょっとぼんやり気味である。タペストリーを織る時も、いつの間にか竪琴を弾いている男の絵柄を選んでしまっていた。女のガーベラは、男ガーベラとカサンドラがどうにかなったなどと想像もしていなかったのだが、そのタペストリーを偶然見て、（もしかして）と思っていた。
（まさかカサンドラまでその気にさせるなんて……すごすぎでしょ。聞くの怖いわ）
ガーベラは面と向かってカサンドラにそのことは聞けなかった。
（私が男じゃ強烈すぎるから、女に産まれたのかもしれない）
などとガーベラは今では思っている。
聖地では夕方、クーガの私室にアシュランが人の姿でやってきた。金髪の、ちょっと美形のお兄さんといった風貌である。
「やあ息子よ。私に用か？」
アシュランはうれしそうだった。このように呼び出されることは珍しいのである。
「はい、実は、蛇の国の教会につける絵画が完成したんですよ。持っていくのが大変なので、大神にお願いしたいんです」
クーガの頼みは、蛇の国の教会のことだった。
「教会、ほぼ完成したのか？」
「はい、絵が入ればあらかた完成です。次に行くのが楽しみですよ」
「そうか。わかった。私が運んでおこう」
「ありがとうございます」
「そのかわりといっちゃなんだが、一度でいいから『お父さん』と呼ばないか？」
「呼びません」
クーガは表情も変えずに言っていた。
「一度でいいから」
「嫌です」
「全く……冷たい息子だな。まあいい。頼み事をされただけで喜んでおこう。じゃあな」
「はい」
アシュランは去って行った。
なんといっても、誕生日の頼み事以外の頼みはしばらくされなかったのだから、アシュランにとっては結構うれしいことでもあった。その絵画も、主役は自分に違いないのである。
（どれ、今から見に行ってみるかな）
なにせクーガが張り切っていたので、いい画家が描いたに違いない。
アシュランは聖地にある工房に移動した。そして職人に頼んで絵を見せてもらった。それは布のキャンバスではなく、木材に直接描かれていた。絵は四等分されている。
アシュランは人姿でお忍びだったが、たまにやってくるので職人達はその正体をすでにわかっていて、緊張の面持ちだった。その中にはこの絵を描いた画家達もいる。アシュランは少し離れた所から絵画を眺めていた。
「あのーいかがでしょうか？」
その画家が聞いた。
「いいんじゃないか？ 今晩移動させよう」
画家達は皆ほっとした表情をしていた。
「色あせないように魔法もかけておかなければなあ」
「ありがとうございます」
（どんな教会ができたんだろう。私も楽しみになってきた）
その夜、真夜中になってから、アシュランは絵を持って蛇の国に移動した。教会は思っていたよりもずっと小さかった。
（ものすごくでかい教会が出来たのかと思った。こじんまりしてるんだな）
真新しい教会の天井部分に、何もない丸い部分があった。
「あそこか」
アシュランは天井の円い部分に絵をはめ込んだ。
「ぴったりだ。すごいな」
アシュランは教会の中をきょろきょろ見回した。真新しい木の匂いがする。
「ふうん。新しい教会ってのはいいものだな。古い教会もそれはそれで味があるが……」
アシュランは教会の中を歩いて回った。内装はよくある一般的な教会である。昼間ならばステンドガラスもキラキラ輝いてキレイなのだろう。
「ん？」
前方に大きな講壇があるのだが、その講壇に細工がされているのにアシュランは気がついた。
「へーこれは面白いが、ちょっと寂しいな。ちょっとこうすれば……よしと」
アシュランは講壇から離れて、そのまま去って行った。
翌朝、ラクシュミの元に教会の情報が入ってきた。
「教会の内部の天井画、知らないうちに入ってるらしい」
「ええー！」
「行こう！」
「行こう！」
上の子供達はすっ飛んでいった。ゆりは「見たいけど、クーガ様が来るまで我慢する！」と行きたいのを我慢している。
「王様は見たの？ ガーベラいた？」
ゆりはラクシュミに聞いた。
「ああ、ガーベラもちゃんといたぞ」
「早くクーガ様こないかなあ」
ゆりは天井画を想像してそわそわしている。
「おおー！」
「すごい！」
「ぴったりはまってる！」
子供達は天井を眺めて感動していた。
「おおー！ すごいですね」
ミカエルとフリットもやってきた。
それは空から降りてくる神々の絵画である。
真ん中は当然アシュランで、ヒルデリアにアリアス、ガーベラやダーナ、イサドラにラクア、ハロルド、サラディン、オルガ、サントスなど、主な神々が20人ほど描かれている。
ナナミは飛んで近くで絵画を見ようとし、「下着が見えるよー」とラギに指摘されて下に降りてきた。
「神様が本当に降りてきそうですね」
フリットが絵画を見上げながら言った。
「おおーすげえ！ 絵が入ってる！」
フウガがやってきた。
「昨晩の内に誰かが入れたんだって聞きましたよ」
ミカエルが言った。
「そうみたいですね。昨日は何もなかったですよ。クーガ様が持って来てはめ込んだ、というよりは、やはり神様かなあ。自分で持って来たのかな？」
フウガは首をかしげている。
「ありがたいですね」
「絵が入ったら完成？」
ナナミが聞いた。
「ほぼ完成ですね」
フウガが言った。
「フウガさんの仕事は終わりなの？」
シスが聞いた。
「俺まだちょっといろいろやってるんですよ。それが終わったら終わりかな」
「素敵な教会だね」
シスが微笑んだ。
「アシュラン様ってかっこいいね。神様達が見守ってくれてるみたいね」
とナナミ。
「本当にそうですね。王妃も連れてきてあげようかな」
ミカエルはゆりに見せたかったが、「母様はクーガ様が来るまで我慢するって言ってたよ」とシスが言った。
「そうですか。この教会はクーガ様の提案ですもんね」
「あ、そうだ。俺が作ってるもの、まだ途中ですけど、見せてあげますよ。こっちに来てください」
フウガは前方に皆を促した。
「なんだろう？」
みんなわくわく顔である。
「この講壇に仕掛けがありましてね、天井の板を外して、こうすると……」
フウガは講壇の上板部分を外し、留め具を外した。すると縦の板が半分ほどの高さで外側に折れ、フウガは支え棒をつけていった。講壇の真ん中には横板があり、四方が広がると大きな板になったのだが、その板に乗っている物に皆びっくりしていた。
「あ、聖地？ 聖地だ！」
ラギがすぐに気がついた。そこにあったのは聖地の神々の神殿の模型だったのだ。ダーナの神殿からアシュランの神殿までの立体地図である。
「おおーすごい！」
「へー！」
ミカエルもフリットも感動していた。神々の神殿は木で彫られたものがつけられていて、自然物は木の破片や布か何かでうまい具合に作られている。土地の傾斜などもこれを見るとよくわかる。
道の色塗りはまだ途中だった。
「すごいや！」
「みんなめったに聖地に行けないから喜ぶかなと思って」
フウガは頭をかいている。
「フウガさんって器用ですねえ。こんな細かい物を短期間でよく……あれ？」
フリットが模型に顔を近づけてみていた。ミカエルもフリットが見ているのに気がつき、ナナミも気がついた。
「あ」
「あ」
「あー！！ 母様がいる！」
「え？ あー！！」
神殿の外にテーブルと椅子があり、人形が三体座っている。人形達はご飯を食べているようだが、黒髪の人形はゆりっぽい。シスとラギっぽい人形もいる。
「えー！ すっごい。フウガさん、よくこんな細かい人形を作りましたね！」
シスが驚き、「僕たちだ。すごい！」とラギも驚いていた。
フウガは模型に顔を近づけて、目をまん丸にしている。
「あれ？ 俺作ってないけどなあ」
「またまた、フウガさんでしょ。僕たちが聖地に行った話、聞いたんですか？」
ラギは興奮した様子である。
「いや、人が欲しいなあとは思ってたけど、そこまですると時間がかかりすぎるから断念したんだけどなあ。このテーブルと椅子も俺じゃないし」
「王妃、魚食べてるのかな。かわいい」
ミカエルは笑っている。
「本当だ。魚食べてる」
テーブルの上の皿には魚が乗っていた。
一部には神様の絵画よりも、こちらの模型の方が話題になってしまった。シャナーンは虫眼鏡を持って人形を見に来ている。
「王妃楽しそう。かわいい」
「本当だ。かわいいなあ」
とミルキダス。なにせ人形は2センチもないくらいの大きさである。
「フウガさん、お金払いますから、私にもこの人形作ってください。もっと大きいのを」
シャナーンがフウガに頼んでいた。
「いや、この人形は俺じゃないんだ。他の人がこっそり置いたみたいで」
「だれかわかったら教えてください」
「うん」
「本当にかわいい」
「もしもし、こっちも見ようよ」
ヴィラがシャナーンに言っていた。ヴィラとジュノーは天井画の下にいる。
「天井画も素晴らしいですが、この王妃がかわいすぎて」
とシャナーン。
「聖地に行った時の王妃の様子が想像できますね」
ミルキダスも微笑ましげに言っていた。ゆりの人形は聖地に行ったときの緑色の服を着ていたのだった。
「えー聖地の模型に私達がいるの？」
城でラギとシスにその話を聞いたゆりは驚いている。
「小さい人形だったよ。お母さんはお魚食べてたよ」
「えーフウガさんが作ったの？」
「フウガさんは違うって言ってた。他の人がやったみたいって」
「へー天井画って、昨晩知らないうちに入ってたんでしょう？」
「そうだよ。聖地旅行の時、ジンラ様の神殿近くのレストランに行ったでしょ？ レストランはなかったけど、そこら辺に僕らの人形がいたよ）
（もしかしてアシュラン様が？ 模型でもご飯食べてるなんてちょっと恥ずかしいんだけど……）
「この先ずっとご飯食べてる場面、みんなに見られちゃうの？」
「お母さんらしくていいじゃない」
ラギが言った。
「それに僕たちも一緒だし」
とシス。
「まあいいけど、じゃあその模型も今度クーガ様と見よう」
ゆりの楽しみが増えていた。
ゆりの恋人達が全員見に来てから、フウガは講壇を元に戻し、街の人々を教会に入れて絵画を見せてあげた。
「おおーすごい！」
「美しい！」
みんな喜んでいる。教会の牧師は本気で泣いていた。
夕方、ゆりの部屋にフリットがやってきた。
「今、魔法鳥で聖地に手紙を出した所ですよ。教会が完成した記念にクーガ様にお話をしていただきたいんですが、その日取りを決めていただこうと思いまして」
「そうなんだ。いよいよ教会も完成かあ。まさか、教会に私の人形があるなんてねえ」
「かわいい人形でしたよ」
フリットはゆりの額にちゅっとキスしていた。
「王妃はクーガ様がいらっしゃるまで見るの我慢するんですよね？」
「うん。だけど、今すぐにも見たい気分。でも我慢する。ガーベラキレイだった？」
「もちろんキレイでしたよ。シャナーンは絵画より王妃の人形ばかり見てたみたいですよ」
「ふふ、シャナーンらしいね」
ゆりは笑っていた。
「私の人形は聖地旅行中かあ、なんだか聖地に行ったのが随分前のような気がするなあ。もうすぐ一年になるのかあ」
あれから随分いろいろなことがあったので、一年前だとは思えなかった。
聖地では、夜、クーガがフリットからの手紙を読んでいた。天井画が入っていたことが手紙に書かれている。
「いよいよ完成か。完成したら、あの国に行く口実もなくなってしまうな」
ガーベラ姿のゆりに会うことはできるが、実際のゆりに会う機会は減ってしまうだろう。
「寂しいが仕方ないだろうな」
クーガはフリットへの返信を書くことにした。一緒にフウガへの手紙を入れるつもりである。次に蛇の国に行く時には、フウガを一緒につれて帰るつもりだった。
翌日、魔法鳥が聖地から飛んできた。
「クーガ様の希望は二十日らしい。その時にお話もしてくださるそうだ」
ラクシュミが王の間でゆりに言っていた。
「二十日かあ……王様、私もその時は、教会でクーガ様のお話を聞きたい」
ゆりが言った。
「僕たちも聞きたいです」
シスとラギも同意見である。
「そうか。まあいいか。ゆりは今安全な時期だしな」
ゆりにはザクート王の加護もあるので、ラクシュミはそういったのだった。
「それが過ぎたら、もうクーガ様に会う機会もないのかな？」
ラギが寂しそうに言った。
「え……」
ゆりはそのことに初めて気がついてガーンとショックを受けていた。確かに、教会のことがなければ、クーガがこの国に来る理由もなくなってしまう。
「かわいい王妃に会いに来ましたー」なんてノリで来るのもクーガは無理だろう。
（いっそのこと、王様に言っちゃうかな。実はクーガ様の恋人になっちゃいましたーって。そうすれば、たまに会いに来てくれても不思議じゃないし、一緒にお茶を飲むくらいなら……うーん悩む）
「難しい顔をしてどうしたんだ？」
ラクシュミがゆりに聞いた。
「え、そう？ 難しい顔してる？ 実は、そのー二人っきりでお話が……」
「ん？ そうか、じゃああっちに行くか」
ラクシュミはゆりと休憩室の方に移動した。
言うべきか、言わざるべきか、それが問題だ……
ラクシュミは椅子に座り、ゆりの言葉を待っている。
「実は、ガーベラ姿でクーガ様と付き合ってます」
ゆりはついに言った。
「え？ ガーベラ姿で？」
「はい、ガーベラ姿で」
「ガーベラでくどいたのか？」
「えーとその……まあ、そんな感じです」
アシュランの話を出すとややこしいので、ゆりはそういうことにした。
「それで、クーガ様は中身がお前だって気がついてるのか？」
「そうなの。でも、私のこの姿でどうこうなるのは王様に悪いから、ガーベラ姿で付き合いたいって」
「はあ……それで？」
「その……教会のことが終わってからも、クーガ様をお茶会に誘ってもいいかな」
「いいんじゃないか？」
ラクシュミはあっさり言った。
「それで、クーガ様は、お前のその姿には興味ないのか？」
「そうじゃなくて、さっき言ったでしょ。王様に悪いからって。でも私は、ガーベラ姿だけでしか会えないのも寂しいから、たまにこの姿で会いたいなって。子供達にも会わせてあげたいし」
「そうか」
「王様なんか誤解してない？」
「え？ 誤解？」
「クーガ様がガーベラと付き合いたいだけだろ、とか思ってない？」
「え……」
ラクシュミはちょっと視線をそらせていた。
「そうじゃないから。あくまで、王様に悪いからって理由なのよ」
「わかった。わかった」
「本当よ」
「わかった。お茶会でもなんでも誘ったらいいが、強引にしないようにな」
ラクシュミはやっぱり誤解していた。
（まあいいか。恋人達にも告白しといたほうがいいかなあ。ヴィラに相談してみよう）
ゆりはシスからヴィラに思念を回してもらい、ヴィラを部屋に呼んでもらった。
ヴィラは昼食後にやってきた。
「なんですか？」
「実は、クーガ様との関係を、みんなに言った方がいいかなと思ってるんだけど」
「え？」
「王様にはもう言っちゃったんだ。ガーベラ姿で付き合ってるって言ったら、クーガ様がガーベラと付き合いたいだけだろって思われちゃったけど。私としては、教会のことが終わって会えなくなるの寂しいから、たまにお茶会に誘ったりしたいし」
「お茶会？ ここで愛し合ったりはしないんですか？」
「しないよ。クーガ様はそういうの無理な人だし」
「そうですか」
「ガーベラ姿で付き合ってること、みんなに暴露したほうがいいかなって」
「言わなくていいんじゃないですか？」
「え？ なんで？」
「だって、裸でお茶会するわけじゃないんでしょ？ ガーベラ姿でしかそうならないのなら、言わなくてもいいですよ」
「そうかな」
「お茶会っていっても、たまに誘うくらいでしょう？ その理由を深読みする者もいないですよ。王がご存じなら、もういいじゃないですか」
「そう……かな？」
「ここでいちゃいちゃするってなら言わなきゃだめでしょうが、しないならいいです。私も王妃に話があったんですよ。昨晩ディラン殿に会ったんです」
「え？ ディラン？」
「はい、トーナメントの話を聞きましたよ」
「え、ほんと？ シス達も呼ぼうか」
「今は稽古の最中でしょう。王妃から伝えてください」
「うん。分かった」
ゆりは姿勢を正していた。
「無事騎士長の座は守ったようですよ」
「やった！」
ヴィラは昨晩の様子をゆりに話した。
「実は、私以上に彼の方が張り切ってしまって……」
ディランは苦笑しながら言っていた。
「彼？」
「私の肌にいる彼のことですよ。ナナミ様の肌にいる子蛇が夢で応援してくださったんです。それがとてもうれしかったみたいで、どの相手もすぐに負かせてました」
「あらら」
「いやー私も驚きましたが、フークスやルークも張り切ってましたよ。派手な魔法を使いまくってアピールしたんで、国民投票でも上位に入りまして、一番私、二番フークス、三番がルークですよ。ルークは初上位です。レイアスの蛇さんはそこまで張り切ってなかったんで、レイアスだけは順位が伸びず、7位でした」
「それでもすごいですよ。いやーおめでとうございます」
ヴィラも喜んでいた。
「ルークは蛇さんが頑張り過ぎちゃったんで三番になってびっくりしてますよ。そうそう、カールの妹達も頑張ってましたよ。50位には入らなかったですが、大人になれば、すぐに入れそうですよ」
「カールの妹達はまだ子供なんですか？」
「そうですよ。子供でも将来性がある子は挑戦できるんです。カールに伝えてください、それからアナスターシャ様は元気ですよ。元気で毎日頑張られてます」
「そうですか。あ、そうだ。ムサカ様なんですが……」
「もしかして、ゆり様の恋人になっちゃいました？」
ディランが恐る恐る聞いた。
「いえ、まだなってないですが、この前ザクート王の霊体がやってきまして、老人姿になっているムサカ様に説教したみたいで、老人になれなくなっちゃったんですよ」
「ええ！？」
「今は元の姿のままです」
「私も陛下にムサカ様の話は聞いていたんですよ。髪はふさふさです？」
「ふさふさですよ」
「実際に見たいですよ。ハインリヒもびっくりしたでしょうねえ」
「びっくりしてましたよ」
「いやはや、想像ができない。そっちで恋人作ったりして」
「ハインリヒ殿の話では、夜がダメなので老人になってたらしいですよ。女性よけのために」
「え？ そうなんですか？」
「そうみたいです」
「なるほど、そうだったんですね」
そこまで話して二人は別れたのだった。
「4人ともおめでとう。よかった！」
ディランが騎士長のままなので、ゆりは喜んだ。
「アナスターシャも元気なのね。ハインリヒにも知らせたの？」
「夜、知らせるつもりですよ」
「そうなんだ。今晩は乾杯ね」
「はい」
ゆりは夕食時、子供達とディラン達のお祝いに乾杯した。子供達も喜んでいた。
「ナナミの子蛇ちゃんの応援がきいたみたいよ」
「よかった」
ナナミも喜んでいる。
「アーねえもがんばってるんだね」
「アーねえに会いたいねえ」
「うん」
ミシェイラとレーヌは寂しそうである。
そして夜、ハインリヒの部屋には、カール、ドルイド、ムサカがやってきてヴィラの話を聞いていた。
「そうか、よかった」
ハインリヒが喜んでいる。
「蛇さんが頑張り過ぎてってのが笑えるけど」
ドルイドは笑っていた。
「妹達も頑張ってるですね」
カールはそこに喜んでいる。
「私のこと、話しました？」
ムサカがヴィラに聞いた。
「はい、話しました。ディラン殿は、ムサカ様の若い姿を見たいって言ってました」
「そうですか」
「とりあえず乾杯しましょう」
ハインリヒが杯に酒を注いでいた。
「それじゃ私はこれで」
ヴィラは去って行った。
「ディラン、私が現役の内は、お前もがんばれ」
ハインリヒは杯を掲げて言っていた。
「ディランはそんなには頑張らないと思うけど」
とドルイド。
「蛇さんか。どうにかしたら、私の蛇さんも出て来たりするんですかねえ」
カールが言った。
「お前はやめとけ。自己主張が強い蛇だから、出たらやっかいそうだ」
とハインリヒ。
「そうですかね」
「しかし、夢で過去の人物に会えるというのも不思議なものだな。どういうことなのかさっぱりわからんが、それも愛の力か」
ムサカが言った。
「愛の力は偉大ですよ」
とハインリヒ。
「今夜は飲もう。ムサカ様も飲んでいろいろ暴露してください」
ハインリヒはムサカの杯に酒をついでいた。ディランが騎士長のままなのがよっぽどうれしかったのか、ハインリヒは終始ご機嫌で酒を飲んだのだった。
つづく
13部
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