第29話
10の月15日、今晩はクーガに会う日である。
その夜聖地に移動したゆりは、クーガの元気な顔を見て、うれしそうな顔をした。
「クーガ様会いたかったです！」
ゆりはガーベラ姿でクーガに抱きついている。
「教会はほぼできあがったみたいですね」
クーガはゆりに抱きつかれたまま言った。
「はい。天井画もすごくよかったみたいですよ。私はクーガ様が来るまで見るのを我慢してるんです」
「そうなんですか？」
「次にこっちにいらっしゃるのは２０日ですか？」
「その前に一度行こうと思います。18日にしようかな」
「じゃあその時一緒に見ましょうね」
ゆりはずっとうれしそうである。にやにやしっぱなしなので、クーガはちょっと気味悪げな顔付きになった。
「なんですか？」
「ファンクラブの会報を熟読していたら、すっごくクーガ様に会いたくて……うふふ」
「熟読しなくていいですよ」
クーガが促したので、ゆりはベッドに座った。クーガはその横に座っている。
「クーガ様プリンが好きなんでしょ？ 今度来る時に作っちゃおうかな」
「プリン？ それも会報に載ってました？」
「はい、最新号はクーガ様千歳の誕生日記念に初回の会報がついてまして、それに載ってました」
「ああ、それでか。最近プリンの差し入れが多いんですよ。プリンはもうあんまり。前に差し入れが多すぎてもうそんなに好きじゃなくなりました」
「そうなんだ。じゃあ訂正記事を載せてもらわなきゃ」
「いいですよ。私はあまりそれには関わりたくないです」
「会報は皆さんの熱意を感じて楽しかったですよ。こっちでは絵本とか真面目な本とか新聞しか目にしなかったですから。クーガ様のお話をそのまま載せてある記事とかは子供達にも読ませましたよ。カサンドラ様のお話とか、イサドラ様の話とか、ダーナ様のお話もありました。アリアス様のお話も」
「毎回私の言葉を書き写してる方がいらっしゃるんですよ。あるときちょっと意地悪して早口で話したんですけど、見せてもらったらちゃんと書かれてました」
「意地悪……」
ゆりはうふふと笑っている。
「そろそろしましょう。愛してます」
二人の霊体が出て来た。ゆりの目にはやっぱり見えない二人は、仲よさげに微笑みながら抱き合っている。
「霊体ちゃん、今日も喜んでます？」
ゆりが聞いた。
「喜んでますよ」
「私もうれしい」
ゆりはクーガに抱きついた。
「今日はノリノリなんですね」
「ノリノリです」
ゆりはノリノリでクーガと仲良くなったのだった。
ゆりは気がつくとガーベラの神殿にいた。
「え？ あれ？ 神の国に来ちゃったんだ？」
聖地にいる時に来たのか、自分のベッドに戻ってから来たのかは謎だが、さすがに今日は神様とのいちゃいちゃは避けたい。
「どうしようかなあ。私のベッドにいるんだったら、もうそんなに時間はないかな」
クーリーフンが神殿にやってきた。
「やあ、来たの」
「こんにちは、今神の国で話題になってることはなあに？」
「話題？ サラディンの所に大昔飛んで行った鳥が帰ってきたよ。ジュリアンにすごくなついてる。それから知ってたっけ？ アリアスの神獣が何匹か姿を変えたんだ」
「え？ 知らない。どう変わったの？」
「鳥みたいなのに変わった。それからダーナの神殿に謎の卵があるよ」
「謎の卵？」
「だれが見てもよくわからないんだって。アシュラン様は、見て笑っただけで教えてくれなかったみたい」
「へーそれが見てみたい。ダーナの神殿に連れて行って」
「いいよ」
ゆりはクーリーフンにダーナの神殿に連れて行ってもらった。
ダーナの神殿の外に、四本足の鳥のような金色の毛並みの動物がいた。
「アリアスの神獣、何匹かこう変わったんだ」
「へー、雄々しくなったんだねえ。かっこいい！」
ゆりは鷲のような頭をなでなでして、背中をなでた。金色の毛並みはつやつや輝いている。どこから見ても神々しい生き物である。神獣は気持ち良さそうに翼を広げていた。
「あのリスみたいな生き物からこうなったなんて、大変化ね。すごい」
「中に入ろう」
「うん」
二人はダーナの神殿に入った。神殿の中にいたのはダーナだけだった。
「ダーナ、あの謎の卵、何か変わった？」
クーリーフンが神殿にいたダーナに聞いた。
「何も。あ、時々色が変わるようになったわ」
ゆりは神殿の中を見回しながらクーリーフンについていった。籐の大きなカゴに布がしかれて、その中に謎の丸い物があった。
「時々金色に輝いたりするのよ」
ゆりはその丸い物に触ってみた。
「ぷにぷにしてるわね」
（なんだか懐かしい感触だわ）
「持ってみてもいい？」
「いいわよ」
ゆりは両手でそっと持ち上げてみた。弾力があるが皮は厚めである。水袋のように結構重い。全体的に緑色なのだが、両手で持っていると真ん中あたりが金色に輝いていた。
「喜ぶと輝くみたいよ」
とダーナ。
「へー面白いわねえ」
ゆりはそっと元に戻した。ゆりは両手でなでなでしながらその生き物を観察している。
「これ、卵だと思う？」
クーリーフンがゆりに聞いた。
「卵っていうか、こういう生き物だったりして。これから何かが産まれるってイメージじゃないなあ」
ゆりは率直な感想を言った。中に何かがいる、という感じでもないのである。
「こういう生き物って、どういう生き物？」
ダーナが聞いた。
「さあ。これって、どこにいたんだっけ？」
「あの木にぶら下がってたでしょ。一緒に見たじゃない。男のガーベラと愛し合った後にこれがあったのよ」
ダーナが部屋の隅っこの柱を指した。
「そうそう、そうだったわね。ダーナの助けになる生き物には違いないと思う。ねえあなた、もしかして、姿が変わったりとか、できない？ 自分で動いてみて」
ゆりはしゃがんで話しかけてみた。緑の玉はぶるんと震えている。
「そのまま動き回るのは大変でしょ？ それとも転がって移動するとか、足が生えてくるとか、何かに変身できるとか。生き物なら移動ができると思うのよねえ」
「変身ねえ」
クーリーフンがちょっとばかにしたように笑っている。緑の丸い物はブルンと震えていたが、やがて上にびよんと伸びてきたのでクーリーフンもゆりもダーナもびっくりした。
「えー」
緑の物体は人の高さくらいにまで伸びて内側から金色に輝いた。三人はまぶしげに目を細めた。その生き物の外見が変わっている。まず色が変わり、そして人間らしい形を取り始めた。
「え？」
「ええええ？」
「えー！！」
その生き物が変身したのはクーリーフンの姿だったのである。背中に翼はないが。翼がないクーリーフンは本物のクーリーフンに舌をべーと出している。
本物のクーリーフンはぼんやりと自分そっくりな生き物を見つめていた。
「すごい。変身ができるんだ！」
ゆりはうれしげに言って偽物に触ってみた。
「感触がちょっと違うわ。触ってみて」
ゆりはクーリーフンにも触らせている。
「ほんとだ。ぷにぷにしてるね」
「髪も色が違うだけでひっついてる感じだし、面白いわねえ」
ゆりは偽物のクーリーフンと手をつないでみている。偽物は服を着ているが、肌と一体化していた。本物の人間姿ではない、あくまで外見だけ似てる感じのようである。ダーナはあんぐりと口をあけたままである。
「彼は神獣じゃないのかな？」
クーリーフンが聞いた。
「変身できる神獣？ でも他にも何かありそうよね。人になれるなら散歩もできるし、いいじゃない。よかったわね」
「なんか不気味だから他の姿に変わってくれないかな？」
本物のクーリーフンが頼んでいた。
ダーナはそろりと近づいて、偽物をつんつんしていた。
「結局、彼は何になるのかしら？ 不思議な生き物だわ」
「不思議よねえ」
三人はつんつんつつき回っている。偽物のクーリーフンは表情にとぼしいのか、無表情で首をかしげたりしていた。
「あ、そうだ。もしかして男のガーベラにもなれる？ 変身してみて」
ダーナがはっと閃いて言った。
「本人が目の前にいなくてもわかるかしら？」
とゆり。
偽物のクーリーフンは首をかしげていたが、やがてダーナの顔に両手をあてた。
「ダーナ、男ガーベラを思い浮かべてみて」
「わかったわ」
ダーナは目を閉じている。
やがて偽物のクーリーフンの姿が光り輝き、もっと背が高い男に変わっていた。
「ガーベラ！！」
「おー！！！」
ゆりは拍手をしている。まさにそこにいるのは男ガーベラである。
「はっ、わかったわ。ガーベラが、私が寂しくないように彼を置いていってくれたんだわ」
ダーナは偽物のガーベラに抱きついて言っていた。
「よくわからないけど、すごいね」
クーリーフンは、偽物のガーベラをじろじろ眺めながら言った。
「名前をつけて可愛がってあげたらいいじゃない」
「そうするわ！」
ゆりは満足したのでクーリーフンと一緒に神殿を出て行った。
「まさかこういう展開になるなんて思わなかったなあ」
クーリーフンは驚いたままである。
「言っちゃ悪いけど、不気味な生き物だ」
「本人には言っちゃだめよ。変身ができるなんて楽しいじゃないの。もしかしたら、いずれは姿が固定してくるのかもね」
「あなたは冷静だねえ」
「神の国だから何でもありじゃないの？」
ゆりはあっさり言っていた。
ゆりは遠くの空を光の球か何かが移動しているのに気がついた。
「ねえ、あれなんだろう？」
ゆりが空を指した。
「ああ、グレンじゃない？ 最近すごい速さで移動してるんだ」
「そうなの？」
「いろんなものにぶつかってるらしいよ」
「へー？」
グレンはこちらに近づいてくることがなかったので、ゆりはグレンには会えなかった。
二人はガーベラの神殿に戻った。ゆりは人間界に戻り、本物のガーベラにクーリーフンは、ダーナの神殿の謎の生き物のことを話した。
「えー卵じゃなかったの？ ちょっと見てくる」
「こらこら、明日にしなよ」
クーリーフンに止められた。
「わかったわよ。てっきり卵かと思っていたのにね。神獣ってこと？」
「さあ、まあそうなのかなあ」
クーリーフンも首をかしげていた。
謎の生き物は「リーベ」と名付けられ、ダーナの神殿で過ごすことになった。人や動物に変身する能力があるので、ダーナの子供達がリーベを変身させて遊んでいる。その変身も長時間は無理のようで、一定の時間が経つと、緑の丸い生き物に戻ってしまうのだった。
「ほんと不思議な生き物よねえ」
「ダーナ、リーベを借りていいか？」
アリアスがダーナに頼んでいた。
「いいけど、女に変身させるのはなしよ」
「えー？」
「やっぱり女に変身させる気だったのね。だめー」
「裸の女に変身させる気だっただろ」
ダーナの横にいたウィルが言った。
「いいじゃないか。ちょっとくらい」
葉の妖精、ライラとリーフの二人組がやってきた。リーフは木の平べったいザルを持っていて、その上にはじゃがいもやさつまいもが乗っていた。二人は緑のまん丸姿のリーベに近づいて、ジャガイモをリーベの上に乗せていた。じゃがいもはやがてリーベの中に取り込まれて消えた。
「食べてる？」
アリアスが上からのぞき込んで見ている。
「おいしい？」
ライラが聞くと、リーベは喜んでいるかのようにちょっと揺れていた。
「もっとあげるね」
ライラはサツマイモをリーベの上に乗せていた。
「食べ物の食べ方が不気味だな」
アリアスがつい言っていた。
「アリアス、リーベの上に乗ってみたら」
ウィルが言っている。
「いやだ。やっぱりこれって生きてるんだよな？」
「生きてるよね」
「うん、生きてるよ」
二人は次々と食べ物をあげていた。
そこによろよろとグレンがやってきた。
「ダーナ様、アシュラン様が、緑の丸い生き物の変身がみたいそうなので、一緒に来てください」
「いやって言っといて」
ダーナはすぐに断っていた。
「そういうわけにはいかないですよ」
「どうせ裸の女に変身させたりして楽しむ気でしょ？ アリアスと思考回路が一緒なのよ」
「親子だからな」
ウィルが笑っている。
「うるさい。私が持って行ってやる」
「もー、アリアス、絶対にリーベをここに戻してちょうだいよ」
「わかったわかった」
「ぜっっっっったいだからね」
「わかったって」
アリアスは食事が終わったリーベをカゴごともって行った。
その頃、ヒルデリアは神の国にある自分の花壇にいた。ヒルデリアは自分の果樹園やら花壇を持っていて、そこには珍しい果物や花が咲いたりしている。パティウスは毎度ここから物を盗んでヒルデリアに怒られているのだ。
今花壇には土雷の妖精ソルと、最近産まれた花の妖精フルール、そしてこちらも最近産まれた月の光の女神ルナがいる。フルールがここに花の種を植えたいというので、二人が一緒に来ていた。ソルが土を掘り、フルールが種を植えて、ルナが土をかぶせている。ヒルデリアはそれを眺めていたのだった。月の女神ディアメラはヒルデリアと極力顔を合わせないようにしていたが、ルナにはそういうわだかまりはないようだ。ヒルデリアはソルのことを可愛がっていたので、ソルもヒルデリアにはなついていた。この場所にもいつでも入って良いことになっている。
種まきが一通り終わると、三人は満足そうだった。
「綺麗なお花が一杯咲くといいわね」
「うん」
ソルは何も言わずうなずいている。
サントスがやってきた。
「様子を見に来たんだけど、面白い組み合わせだね」
サントスが三人を見て言った。
「どんなお花を植えたの？」
「いろいろ」
三人の中では一番幼いフルールが言った。
「私お花好き。楽しみだね。月の神殿の周りにもね、一杯お花を植えたの」
とルナ。
ソルがちょんちょんとヒルデリアをつついた。
「どうしたのだ？」
ソルが左手の平をヒルデリアに見せた。
「ん？」
そこには雷のようなマークが輝いていた。
「サントス、このマーク前からソルにあったか？」
ヒルデリアが聞いて、サントスもソルの手をのぞいた。
「え？ なかったような気がするけど」
サントスは首をかしげている。ヒルデリアがそのマークに触れてみると、バリッと小さい雷が起こった。
「！？」
二人の手の間から雷がバリバリ起こり、その雷が大きくなった。
「おおっ！？」
その衝撃に二人も身をのけぞらせた。
雷が一筋青い空へと上がり、そしてその雷が地上にずどんと落ちた。地上に落ちた雷の周りが光り輝いている。やがてその輝きは一頭の獣へと変わった。狐のような鼻先が細い顔立ちだが首周りにはたてがみのように金色の毛が生えている。体は狐よりも遙かに大きく、虎くらいの大きさだった。ふさふさの尻尾は三本もある。
「雷獣だ！」
声をあげたのはサントスだった。人間界にいる雷獣は金色ではないが、姿は雷獣によく似ている。ヒルデリアは呆然としてその獣を見つめていた。獣はヒルデリアの前で頭を下げた。
『久しく、我が主』
獣から声が聞こえてきた。
「まさか、まさか……お前はトルメンタ！」
「え？ トルメンタ？」
サントスが驚きの声をあげた。「トルメンタ」とは、以前いたヒルデリアの神獣の名前である。以前の聖戦でハロルドを助けて戦い、妖精達と一緒に命を落としていた。
「おお……」
ヒルデリアはよろよろと雷獣に近づいて、抱きしめていた。
「まさか、再び会うことができるとは……」
ヒルデリアも泣いていたが、サントスも泣いていた。子供達三人は、ぽかんとした顔付きである。
「あの戦で命を落とすと、魂は消滅すると聞いていた。まさか転生がかなうとは」
『私は雷の精霊でもありましたから、あの時体の消滅と共に雷へと戻りました。そして、あの子が産まれる時に、再び降りてくることができたのですよ。あの子の中で時を待ってました。こうして再び主に会うことができて、私もうれしいです』
トルメンタはソルを見ていた。
「私もうれしい。本当にうれしい」
ヒルデリアは心底うれしそうに泣いていた。サントスにいたっては号泣していたので、ソルがサントスの背中をなで、フルールとルナは、神獣の尻尾をなでなでしていた。ソルの左手の平から雷のマークは消えていた。
雲の上の神殿では、アリアスがアシュランの間にやってきていた。
「さっき雷が落ちてたぞ。また何かしたのか？」
アリアスはリーベを抱えてきている。アシュランは地上に何かを映して見ていたが、うれしそうな顔付きだった。
「何も。こういう驚きは歓迎だな。お、連れてきたか。じゃあさっそく、裸のガーベラに変身してみてくれ」
アシュランは映像を消して言っていた。どうやらダーナ達が考える展開になりそうである。
夕方、神の国にて、ハロルドが自分の神殿に戻ると、神殿の外に獣が一頭座っていた。
ハロルドはその獣に気がついてじっと見た。
『久しぶりですね。ぼっちゃん』
「え？ ぼっちゃん？」
ハロルドのことを「ぼっちゃん」と呼んだ者は一人しかいなかった。
「まさか……あ、幽霊か？」
ハロルドは獣に近づいて耳を引っ張っていた。
『違いますよ。さっき再び生まれ変わったんです』
「ほんとか？ 本当なのか？」
ハロルドは獣を触りまくっている。瞳には涙がにじんでいた。
トルメンタは神の国でも初期に産まれた神獣である。アシュランの浮気に怒ったヒルデリアが雷の雨を降らせて、その時この神獣は産まれたのだった。人のように知能が高い生き物で、長年ヒルデリアの慰め役を務めてきた。ハロルドにとっては口うるさいおばさんのような存在であったが、トルメンタには雷を操る力があり、聖戦の折にはハロルドと共に戦ってくれた。
戦の後しばらく、ヒルデリアは長年の友を亡くしてがっくりきていた。
「ヒルデリアは大喜びしたろう」
『ぼっちゃんはあれからたくさん子供ができたそうで、私もうれしいですよ。意外にも良い子ばかりで拍子抜けですが』
トルメンタはにっと笑っている。
「以前のバリアスを会わせたかった。そうだ。ライオネルには会ったのか？ 連れてくるから待ってろ」
その後、ハロルドはライオネルとサントスと共にヒルデリアの間で宴会という流れになった。途中アシュランやカサンドラがやってきて宴会に加わっていた。神々にとってもうれしい一日だった。
10の月１８日、午後、城にクーガがやってきて、ゆりは念願の再建した教会を見ることが出来た。
「クーガ様ー！」
教会にはフウガが待ち構えていた。
ゆりは初めてフウガに対面したのだった。フウガはゆりが思っていたのと違う顔だったが、「いろいろ手伝ってくれてありがとう」とゆりはお礼を言っていた。
「いやー、王妃様に会えると思わなかったから、ちょっと違う絵を描いて渡しちゃったんですけど、本当はこういう顔です」
フウガは恥ずかしそうだ。
教会の中には、クーガにゆり、フウガ、フリットが一緒に入っていた。教会の外ではヴィラとジュノーがいて、街の人達が入らないようにしている。
「素敵な教会ですね。ステンドグラスもキレイだし、神様の絵もすごい。神様が降りてきそう」
ゆりは絵の中にガーベラがいたのでうれしそうに絵を見上げていた。
「いい教会ができましたね。私もうれしいです」
クーガが教会を見回して言っていた。
「本当に、素晴らしい教会ですよ」
とフリット。
「フウガ、２０日に連れて帰るつもりですが、大丈夫ですか？」
クーガがフウガに聞いている。
「はい、模型も全部できましたし、やることは全部やったかな」
「あ、模型を見せてください」
ゆりが言って、フウガは教壇に隠してある模型を開いて見せてくれた。
「わーすごい。本当に聖地だわ」
「ほーこれはよくできてますね」
クーガも驚いている。
「それで私はどこにいるのかな？ あ、いた」
ゆりは自分の人形を見つけた。
「これもフウガが？」
クーガは模型に顔を近づけて見ていた。
「いや、これは俺じゃないんです。俺だったら、クーガ様の人形も置きますよ。俺の人形と一緒に」
ゆりはぷっと笑っていた。一時間ほど教会に滞在し、ゆりはクーガ、フリットと一緒に城の庭園に移動していた。
「クーガ様、本当にありがとうございます。私も教会ができるのを毎日楽しみにしていましたよ」
フリットがお礼を言っていた。
「私もうれしいですよ。街の人達に愛される教会になるでしょう」
「クーガ様だー！」
ラギとシスが庭園にやってきた。
「こんにちは」
「クーガ様、せっかくなんで部屋でお茶でも飲んでいってくださいね」
「その前に陛下にご挨拶をしなければ」
とクーガが言っていたら、光の輝きがぱっと庭園にやってきた。
「え」
ゆりとフリットは目を見開き、子供達は口を開けていた。なんとそこにいたのはハロルドである。ハロルドはどでかい麻袋を抱えていた。
「ん？ あ、お前クーガじゃないか？」
ハロルドはまずクーガに目を止めていた。
「ハ、ハロルド様……」
クーガはさすがに驚いている。
「ん？ まさかお前、クーガまで物にしたのか？ まさかそれはないか。なんでいるんだ？」
「ハロルド様こそ、どうして昼間からこんな所に来ていらっしゃるんですか？」
クーガは微笑んでいたが、表面上でしか笑っていなかったので、ゆりはちょっと怖かった。
（なんなのこの展開）
シスとラギは口を開けっぱなし、フリットもぼんやりした表情である。
「私はこの女に用があって来た」
「そうですか。では我々は陛下に会いに行きましょう。フリットさん」
クーガがフリットを促して、フリットは、「は、はい、失礼します。ハロルド様、いつもありがとうございます」とハロルドに深くお辞儀をしてからクーガと一緒に消えた。
ハロルドは麻袋を地面に降ろした。
「これ、お前にやる」
「え？」
麻袋からは磯の匂いがした。中にはどでかい魚が一匹入っていた。全長一メートル以上はありそうだ。
「えーえーえー！！！」
ゆりは目をまん丸に見開いて驚いている。
ラギとシスは金縛りから解放されたかのように動いて袋の中を見ていた。
「わー大きな魚だね」
「すごい！」
「えーどうしたの？」
「お前にちょっと贈り物をしたい気になったんでな。前に魚がほしいって言ってたろ。だからもってきた。生ものだから早くした方がいいと思ってな」
「うわーどうもありがとう。すごくうれしい！ もしかしてハロルドが釣ったの？」
「いや、漁師が釣った一番でかいのをもらってきた」
「すごーい。ブリかな。顔はブリっぽいな」
「それから、今晩私の部屋に行くから、お前もいろよ」
「え？ それって、塔の部屋のこと？」
「そう。まだラーズは来てないだろうな。じゃ、今晩な」
「ハロルド様！ 握手してください！」
「お願いします！」
子供達はあわてて頼み、握手してもらっていた。ハロルドは袋を残して消えた。
「すごいや！ ハロルド様に会えた！ ようやく会えた！」
「すごいよーーーー！」
二人は大喜びである。ゆりは袋の中の魚を身ながら、（あ、クーガ様どうしよう）と思っていた。
王の間では、ラクシュミとクーガがお礼のやりとりをしていた。
「あの、王、今庭園にハロルド様がいらっしゃってます」
フリットは挨拶が済んだ後言っていた。
「え？ ハロルド様が？」
「さすが、王妃様は神様に愛されていらっしゃいますね。昼間っから神様がやってくるなんて」
クーガは微笑んで言っていた。
「え……いや、ははは……」
ラクシュミは、ゆりとクーガがいい仲になったと聞いていたので、この場合どう言えばいいのかわからなかった。
「ではまた２０日に来ますね」
「ありがとうございます」
「では」
クーガは王の間の外で移動してしまっていたので、ゆりが来た時にはもういなかった。
（クーガ様怒っちゃったかなあ……まあとりあえず今は、魚をさばこう）
どっちみちクーガには２０日まで会えないので、ゆりは今は魚の方を優先し、厨房で魚をさばいた。ラギとシスはそれを見ている。
「ハロルド様、とっても男らしい声で、素敵な神様だね」
「本当にかっこいいよね」
二人はハロルドに会えた興奮がまだ続いている。
「そうね。ねえ、カールを呼んでくれる？ 氷を作ってもらって、アヤコさんにもおすそわけしよう。ああ、ブリ、ブリだあ」
ゆりは骨の間の肉をスプーンでほじくって口に入れている。
「お母さん、生だよ」
「お腹を壊しちゃうよ」
「大丈夫。新鮮なら生でもいける。うまい！ 醤油がほしい。塩でいいか。ところで、ハロルドが今夜来ること、みんなに内緒にしてね」
ゆりは二人に言った。
「もう言っちゃったよ」
とシス。
「えー！！！」
「だって、うれしいしねえ」
「せっかくの塔だから、使ってくれてうれしいよね。最初はハロルド様だから、お父さんほっとしてるかもね」
ラギは笑って言っていた。
ゆりはブリの半身をアヤコにおすそわけすることにして、シスに持っていってもらった。そして夕食は、ブリづくしである。生の魚はゆりしか食べなかった。ゆりはしまいには泣きながらブリの刺身を食べていたので、子供達は、「母様よかったね」「本当によかったね」と微笑んでいた。
食堂にラクシュミがやってきたのだが、ラクシュミは、「ゆり、神様に会うのに魚臭くていいのか？」と信じられない面持ちでいた。
「でも、すぐ食べないと、傷んじゃうから、それにハロルドの贈り物だし、魚臭かろうが怒らないんじゃない？」
とゆり。
「ハロルド様、逆に喜んでくれるよ」
ナナミが言っていた。
「そうかな？ それにしてもハロルド様が最初でよかった」
ラクシュミはやはりそこにほっとしていたのだった。
夜まで、ゆりの元には男達も激励にやってきた。激励されてもゆりは微妙である。だがもう経験済みだったので、以前のように慌てふためくことはなかった。
「ああ、突然だったので、お肌の手入れが満足にできませんでしたわ。残念ですわ」
ゆりの侍女達は残念そうだ。
「王妃様、がんばってくださいね」
「がんばってハロルド様を虜にしちゃったくださいね」
「私達も眠れないです」
侍女達は皆わくわく顔である。
（次の朝、みんなに会うのが気まずい）
ゆりはそう思いながらナナミに塔に連れて行ってもらったのだった。
つづく
１３部
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