第33話
神の国である。ジンラの神殿の近くで、ガーベラの子供達、キュリア、ルティアナ、ネル、ライサが大きな布を敷いてその上に座り、おしゃべりをしていた。今日はライサの休みに合わせたのである。
四人の真ん中には様々な果物があり、時々葉の妖精ライラがつまみに来ている。ライラとリーフのコンビは少し大きくなっても前とすることはあまり変わらず、木登りをして遊ぶのが日課である。
「以前のかわいいライラちゃんが恋しいよね。今だってかわいいけど」
ネルが言った。
「そうね。大きな葉っぱをくっつけてかわいかったわよね」
とキュリア。
「男の子と遊べて良いなあ。私も誰かと仲良く遊びたい」
ルティアナの言葉に、「火の神殿に男の子がいるじゃない」とキュリアが言った。
「みんな家族も同じだからそういうんじゃないもの」
「私なんて、お父さんが睨んでるから誰とも仲良くできないわよ」
とキュリア。
「たまには火の妖精以外と仲良くなりたい。ところで、ライサのお父さんは、まだビュンビュン飛んでるの？ 私まだ見たことないから見てみたいなあ」
ライサのお父さん、とはグレンのことである。グレンの呼び方については、娘達にとってはかなり微妙で、「グレン様」というと、サラディンもハロルドも「あいつに様なんてつけんでいい」というし、呼び捨てにするのも、気が引ける。子供達は大人の神に対しては「様」をつけているのである。しかもグレンは創世記の頃からアシュランに仕えている神なのだ。最近産まれた彼女達にとっては、かなりの年長者である。
「最初よりは速さは落ちてきたんですが、まだ速いですよ。原因はルチア様の神器の杖なんですけど、もう一度神器の力を借りたらどうなると思います？ 元に戻るのか、それとももっと速くなっちゃうのか。アシュラン様は試してみろっておっしゃっているんですが、お父さんは怖くてできないみたいですよ」
ライサが答えた。
「あれ以上速くなったら、大変よね」
とキュリア。
「ルーちゃんの神器、気になるわねえ。もし私だったらどうなるんだろう？」
ルティアナは首をかしげていた。
四人の側を獣が駆けて行った。尻尾に蛇が2匹いるリリーである。
「リリーちゃんも気になる」
ルティアナがリリーを眺めながら言った。リリーは神殿の方に駆けて行った。お酒をもらいにきたらしい。
「最近いろいろな獣が産まれて楽しいよね。私もお父さんも動物が好きだからうれしい」
ネルが言った。
「火の神殿に来た鳥はどうなったの？」
キュリアが聞いた。
「あの鳥はね……」
四人は今度は神獣達の話に花を咲かせ、そして他の神々の話になった。
「誰が一番怖い神か」という話になったのだが、ちょっと前ならば一番に出てくるサラディンの名前は、今は出て来なかった。サラディンはすっかり怖くない神になってしまったようだ。
「まあアシュラン様やヒルデリア様は別にして、今他に怖いったらだれだろう？ ライサは誰が一番怖い？」
キュリアがライサに聞いた。
「皆さん私には親切ですよ。怒られたこともないですし、声を荒げられたこともないですね。お父さんは大変みたいですけど」
ライサがいうと三人は笑っていた。
「じゃあやっぱり一番はハロルド様とか？」
ルティアナが言った。
「ラクア様も怖いみたいだよ」
とキュリア。
「ラクア様は妖精達には結構怖がられてますね」
ライサが言った。
「採ったばかりのぶどうをどうぞ」
妖精が葡萄が乗ったザルを持って来てくれた。
「ありがとう」
四人は喜んでいる。
その妖精は去って行きながら、
「普段全く怖くない神が怖かったりするんだよなあ」
などと小声でぶつやいていた。
リリーがはねてきて、アマンザも神殿から出て来た。
「ああ、リリーってほんとかわいいよね」
「また大きくなりましたね」
妖精が言った。
「お酒でどんどん大きくなるんだから面白いよね」
「アマンザ様は明日人間界に降りられるんですよね。今回はどなたと行かれるんですか？」
妖精が聞いた。
「行き帰りだけクーリーフンに頼んで、今回は一人で遊ぶつもりだよ。結構慣れたから一人でも平気かなと思って。人間の言葉もかなり覚えたしね」
「そうですか。気をつけてくださいね」
「飲み過ぎないようにしないとね」
アマンザはとにかくうれしそうだった。
酒祭りの前日、今夜は前夜祭として各街の酒場通りは盛り上がるのだが、昼間、裏通りの病院にミケがやってきていた。ミカエルにしばらく病院には通うようにといわれたので、まだ通っていたのである。
「もう傷の方はすっかりいいですね。今日で終わりでいいですよ」
病院の医師が診察を終えて言った。
「ありがとうございます」
病院の中のベッドの上には、乾燥した植物の束がたくさん乗っていた。
「二日酔いの薬ですか？」
ミケが聞いた。
「そうですよ。他にもいろいろ。どこの病院でも同じように準備をしているでしょう。ミケさんも、薬を飲まなくて済むくらいで抑えてくださいよ。お酒は」
医者は笑いながら言っていた。
「そうですね。飲み過ぎないようにしないと。ところで、敵が何か仕掛けるなら、酒祭りって格好のイベントじゃないですか？ 今まで大きな事件とかないんですか？」
ミケは服を着ながら聞いた。
「そりゃありますよ。この時期、戦士の皆さんは楽しむどころじゃないでしょうね。旅人も入ってきて顔見知りじゃない者が増えますからね」
「酒に毒を混ぜたりする事件とかありました？ 大樽にもし毒でも入れられたら、大変なことになりますよね」
ミケは全くの好奇心で聞いた。
「この国の皆さんは酒の匂いには敏感ですよ。それに私に言わせりゃ、酒に細工をしようなんざ、頭の悪い悪党のすることですよ」
「はあ」
「そういう頭が悪いやつが実際多いんで困りますがね。神の罰もおかまいなしだ。酒に毒を混ぜたのがジンラ様にでもばれたら大変なことになるってのに」
「ジンラ様ですか。ジンラ様が人間に罰を与えたりすることあるんですかね」
「ありますよ。実は私はジンラ様の超信者でしてね。ジンラ様を最高に敬っているんですよ」
医者は胸に手を当てて言った。
「超信者。へー先生にそんな一面があったとは。あまり教会に行かなそうな感じに見えましたが」
ミケは驚いている。最高神アシュラン並に他の神を崇拝している場合、「超信者」などと言う言葉が使われたりもするが、ミケにとっては意外だった。
「私が小さい頃、ジンラ様が頭をなでてくださったんですよ。それ以来ね」
「へーそりゃすごいですね。やっぱり石像のようにハンサムな神様なんですか？」
「はい、優しく、そして怖い神様でしたよ」
「怖い？」
「先生すいません」
新しい患者が入って来て、ミケはお礼をして出て行ったのだった。
城のゆりの部屋には、ジュメとユリウスがやってきていた。ユリウスはめでたく妊娠中である。
「ユリウス、今回は結構落ち着いてるんだって？」
「はい、二度目というのもあると思うんですが、前回より結構落ち着いてます」
とユリウス。
「ジェナサイト様もほっとされてるようですよ」
ジュメが笑いながら言った。
「それはよかった。ヴィラとイシュタールの彼女はお腹が膨らんできたんだってね。シャナーンの彼女はもうすぐかあ。子供が大勢でうれしいなあ」
「うれしいですね」
「将来みんなの子供達がひっついたりするんだろうね。いいよねえ。ところで、明日から酒祭りだから街ではもう盛り上がってる？」
「盛り上がってますよ。王妃が考えたイベントもすっかり定着されましたね」
ジュメが言った。
酒祭りの催し物の中にゆりが考えたイベントもあり、それも今では街の皆さんの楽しみらしい。
「子供へお菓子ばらまきは続行だけど、大人向けのばらまきは変更したの。けが人がでそうなくらいらしいから。大人は最終日に宝くじ、一等が当たると、王妃様の宝石がもらえるのよ」
「豪華ですね」
ユリウスが言った。
「クジは四つの街でやるつもりよ。北の街に人が殺到したら大変だから。三日とも晴れたらいいね」
酒祭りは三日にわたって行われる。ただで酒も飲めるため、酒好きにとってはとても楽しみなイベントである。
ラギやロイは絶対行きそうだが、女の子達は城でのんびり。ゆりも当然城で待機である。
「ところで、博物館にある神様の手は、結局教会に移動はしないんですか？」
ジュメが聞いた。ゆりも最初は教会に置こうと思っていたのだが、今も全部博物館にある。
「教会で神様の手を保管するのも大変かなって言ってた。博物館にまとめておいとくのがいいのかな。アリアス様の石像は人気みたいね」
「はい、アリアス様、やはり、すっごくハンサムですよね。何度も見たくなるお顔なんです。何度も行っちゃいました」
ジュメがうれしそうに言っていた。
「女性信者が増えてそうですね」
とユリウス。
「アリアス様の狙い通りなんじゃない？」
ゆりは笑っていた。
三人で仲良く話をしていたら、ゆりの顔色が悪くなってきたので、ゆりはハザークの元につれて行ってもらったのだった。ゆりはハザークから気をもらった。ハザークの部屋にはへびっちがいた。へびっちはゆりを見ると近づいて来て心配げにゆりの頭をなでていた。
「ありがとう。大丈夫よ」
ハザークはゆりを優しく抱きしめている。
ゆりはいつの間にか眠ってしまった。
夢を見たようだ。
夢の中、ゆりは二人いて、上の方には白いぼんやりした赤ちゃんが丸まって浮いていた。背中に交差した色とりどりの蛇も見える。さらに、白いローブ状の服を着た金髪の男がいた。前髪は一房だけで、長い髪は後ろで縛られている。吊り目で高貴そうな風貌である。
「あ、お兄ちゃんじゃないですか」
その男は、以前ゆりに降りた女蛇の兄弟で、ゆりにやってきた蛇霊神のようだった。
「てっきりもう会えないかと思ってました」
そのお兄ちゃんは、腕を組んでクロスを見上げている。
「のう、あの坊には、なぜあのような不思議な蛇が2匹ついておるのだ？」
お兄ちゃん蛇がゆりに聞いた。
「えーと、説明するとややこしい話になるんですが、あの蛇はいろいろな人の力が混じった蛇なんです。私の蛇紋の蛇が子供を生んで、その子蛇があの子達なんですよ」
「んん？」
ゆりの説明に、お兄ちゃんは怪訝な表情を浮かべていた。
「なにやらよくわからんが、どうも気になる。あの坊には蛇の力が強すぎるように感じる」
「そうなんですか？」
「出産の時は苦労するかもしれんぞ」
「毎回出産の時は大変ですよ。大丈夫ですよ。以前、同じように蛇がいる双子も産んでますし」
黒目ゆりの言葉に蛇の目のゆりもうんうんうなずいていた。
「そうか、まあ体は頑丈そうだが……」
お兄ちゃん蛇はゆりを眺めて言った。
「それが取り柄ですから。そうだ、この前教えていただいた滝で、お兄ちゃんの兄弟蛇に会いましたよ。兄か弟か分からないですけど、そっくりでした」
「そうか。……そろそろだ。ではな」
ゆりははっと目を覚ました。横にはハザークがいた。ゆりはハザークに夢での話をしたのだった。
「蛇の力がすごいってことは、クロスも将来すごくなるってことですよね」
ゆりはむしろ喜んでいる。
「どうすごくなるのか楽しみですね」
「ああ」
出産で苦労するかもしれない、と言われたことはゆりは言わなかったので、ハザークもうなずいていた。
翌日の酒祭り初日、天気も晴れで、酒祭りは大盛況だった。ラギはお忍びで、ロイは堂々と酒祭りを楽しんだようである。
今年も酒飲み大会が催されたが、以前やってきた底なしに酒を飲む男は残念ながら来なかったようだ。
蛇の国は本日これといった事件は起きなかったのだが、事件は龍の国で起こった。
龍の国でも酒祭りの行事が行われたのだが、南側からの国境付近にある街で、酒を飲んだ者達がバタバタと倒れ、その数は五十人以上にものぼった。酒に仕込まれた毒は蛇の毒で、即効性はなく、一時間ほどしてから効く毒だったらしい。龍の国ではすぐ犯人捜しが行われたが犯人は見つからなかった。
神の国、神殿にいたジンラの元に風の妖精がやってきた。
「ねえジンラ様、龍の国で酒に毒が混じっていたとかで騒ぎになってますよ」
「何？ 詳しい場所はどこだ」
「龍の国の南の街で……」
ジンラは場所を聞くと妖精を一人伴い、その街へと降臨した。ジンラは酒の神、こういう事件にはかなり敏感である。過去、毒が入った酒を飲んだ人間を助けたことも何度もあるのである。
ジンラが降臨されたことで街は騒然となり、みな家から出て地面に膝をついた。
その時には酒で倒れた人間達は落ち着いた様子だった。この国にあった蛇の血清が効いたらしい。ジンラは血清が効きにくかった者達を治療した。ジンラは酒が原因の時だけ、その毒を取り出すという力があるのだ。
「ジンラ様、ありがとうございます」
「感謝いたします」
街の者達は涙を流して感謝していた。
その間、ジンラのおつきの妖精は、その件について人間から話を聞いて回っている。
「ジンラ様、犯人はまだ捕まっていない様子ですが、使われたのが蛇の毒なので、蛇の国の仕業ではないかという話です。しかしジンラ様を信仰する蛇の国の王が酒に毒を盛らせるというのも考えにくい、王妃の仕業ではないかという話です」
「王妃の仕業？」
「この国の者は蛇の国の王妃を殺そうと躍起になっていろいろ仕掛けてますから、その報復だろうという話ですよ。王妃は元々一族の者ではないので、神への信仰も薄いとか。これは私の意見ではなく人間の噂ですよ」
「……治療は終わったので私は戻る。お前はしばらく人間達に話を聞いてきてくれ」
「はい、わかりました」
ジンラはその街を去った。
しばらくして妖精がジンラの神殿にやってきたが、人間に聞いた話は似たようなものだったようである。
「それから龍の国王がやってきましたよ。ジンラ様に深く感謝していると伝えてほしいと言ってました」
「そうか」
神の国では夕方、アマンザが神殿に帰ってきた。とてもうれしそうな顔である。
「ただいま帰りました。今回も楽しかったですよ」
「そうか……」
「どうかしたんですか？」
ジンラの様子がいつもと違っていたので、アマンザが気にして聞いた。アマンザはお土産のお酒を持っていたが、それを喜ぶどころではないようだ。
「実はな……」
ジンラは龍の国での事件のことを話したのだった。しかも、蛇の国の王妃が疑われていることも。
「私はいかなる理由があろうとも、酒を使って人に害を為すことだけは許すことができない。それが本当ならば、王妃に罰を与えねば」
ジンラは優しい性格の神である。怒ること自体珍しい。怒るのは、酒で事件が起こった時だけである。
アマンザは初めて見る違う雰囲気の父に、目を見開いていた。
「お前はこういう私をみるのは初めてだから驚いただろう」
アマンザは椅子に腰を下ろした。
「蛇の国の王妃って、前に癒やしの泉にいた女性なんでしょう？ あの人は違います。そんなことはしません」
「アマンザ？」
「僕には確信があります。あの人はお母さんによく似ている。だから、そんな命令を出すはずありません」
「ガーベラに似ている？」
「はい、本当によく似てるんです。もしかしたら、家臣が勝手にやったとかじゃないですか？ 彼女にちゃんと話を聞いてください」
アマンザはまっすぐにジンラを見つめていた。
「アマンザはよく知らないだろうが、あの二つの国は以前から争っている。王妃があの国に敵意を持つのも当然のことだろう。報復も結構だが、私が気にしているのはその手段のみだ」
「あの国にとってお酒は、大事な名産品ですよ。たとえ他国の国の酒だとしても、そのようなマネをするとは思えません。人間に関してはよく知らないですが、僕は、あの人はお母さんに似てると思った。だから、違います。絶対に、違います」
アマンザがぽろぽろと涙を流して、ジンラの方が戸惑ってしまった。
「アマンザ、わかった。ちゃんと彼女に話を聞く。決めつけるようなまねはしないから」
「お願いします」
「ああ」
（まさか、アマンザがこれほど彼女に肩入れするとは）
ジンラはそこに驚いていた。
（ガーベラに似てる？ 似てるだろうか？）
ジンラはそこまでゆりに接したことがなかったのでよくわからなかった。
早々と決着をつけたかったジンラは神殿を去って行き、いてもたってもいられなかったアマンザは、クーリーフンに相談に行った。ガーベラの神殿でガーベラもいたが、アマンザがクーリーフンに話があると言ったので、ガーベラは恋人の元に移動している。
アマンザの話を聞いたクーリーフンは仰天した。
「まさか、彼女の仕業じゃないよ」
「僕もそう思うよ。お父さんにもそう言ったよ。ちゃんと彼女の話を聞いてほしいって。でも、突然怒ったお父さんが訪問したら、彼女は脅えてしまうんじゃないだろうか。うまく自分の意見を言えないんじゃないかと心配で。お父さんは今普通の状態じゃないんだ」
「大丈夫だよ。僕らのお母さんだ、うまく乗り切るさ」
クーリーフンはアマンザの肩をぽんぽんとたたいていた。
「僕らの、お母さん？」
「アマンザ、君はすごいよ。君の心は、ずばり真相に近づいてる。君を生んだ時のガーベラは、あの王妃だったんだよ。つまりジンラがいう所の別ガーベラは、あの王妃だったんだ」
クーリーフンは笑顔で暴露していた。アマンザはきょとんとしている。
「何を言ってるの？ 何の話？」
「君は最初から、ガーベラが二人いるって思っていただろう？ そしてあの王妃を見て、ガーベラに似てると思ったじゃないか。その二つをくっつけたのが真相だよ」
「え……えーと……」
アマンザは両手の人差し指を出して、くっつけていた。
「もう一人のお母さんと、あの王妃様が一緒？ え？ まさか！？」
クーリーフンは笑顔でうなずいている。
「え……えーーーーー！！！！」
アマンザは神殿の外に漏れるくらいの大声をあげていたのだった。
さて、蛇の国である。
夜になり、ゆりは王の寝室にいた。王のベッドでラクシュミが来るのを待っていたら、ラクシュミがやってきた。
「王様〜」
ゆりが両手を出すと、
「それどころじゃない。ゆり、大変だ！ ジンラ様がやってきた」
ラクシュミは大慌てで言った。
「え？ いつ？ どこに？」
「今だ。今城に来てるんだ。お前に会いたいと言っている」
「私に？」
「どうも様子がおかしい。お前がガーベラになったことがばれて怒ってるんじゃないか？」
「ええ？」
「とにかくつれて行くぞ」
「え？ 着替えは？」
「時間がない。すぐ行かねば」
ゆりは厚めのネグリジェを着ていたが、その上に上着をはおり、ラクシュミに移動させられた。
「ゆり、何かしらんが、怒っていたらちゃんと謝るんだぞ」
「はい」
ジンラは客間に通されているようである。ゆりは客間に入った。そこには輝くジンラと、横に妖精らしき男が一人いた。
「こんばんは。ジンラ様」
ゆりはとりあえず頭を下げた。
「夜分遅くにすいません。王妃様、実は早急に王妃様にお伺いしたいことがありまして、ジンラ様がこうして参ったのです」
妖精がゆりに説明した。
「はい、なんでしょうか？」
ゆりはどきどきしている。ガーベラのことならば、この妖精にばれてもいいのかな、などと思っていた。
「座って欲しい」
ジンラが言った。
「王妃様、お座りください」
と妖精。
「あの、私に通訳は不要ですよ。ジンラ様のおっしゃっていることもわかりますから」
ゆりが言った。
「そうなのか？ そういえば、あなたの言葉もわかる。もう下がっていい」
「はい、それでは」
妖精は去って行った。
「改めて、座ってくれ」
「はい」
ゆりはかしこまった様子でソファに腰を下ろした。
「私は人間の言葉は不慣れでな。以前ぺらぺら話せたこともあるのだが、しばらく使ってなかったのですっかり忘れてしまった」
「そうなんですか。私はジンラ様の言葉はわかりますけど、ジンラ様が私の言葉がわかるのはなぜなんでしょう？ 以前神の国にいた影響でしょうか？」
「そうだな。不思議だ。神の国にいたせいかもしれんな。ま、そのことはいい。実は、王妃に聞きたい事があってきた」
「はい」
ジンラの雰囲気は、いつもと違っていた。どこかピリピリしていて、ちょっと怖い。
（ガーベラのことで怒ってる？）
ゆりはびびっていた。
「龍の国で、酒に毒が盛られる騒ぎがあった。そちらでは、王妃の仕業と言っているのだが、本当だろうか」
「……はい？」
ゆりは首をかしげて聞いた。予想していなかったことである。
「龍の国で酒に毒が盛られて、それが私のせい？」
ガーベラの話ではなく、毒をもった疑いをかけられているようである。
「その毒は蛇の毒だった。それでそのように思われたようだ」
「どうして私のせいってことになっているんですか？」
「王妃は龍の国にはいろいろされているから、その仕返しじゃないかと言っていた」
「……ジンラ様、それは、私の国の者の仕業ではないですよ。いくらなんでも、酒に毒を盛るなんて。一族の中にそんなもったいないことをする人間はいません。蛇は世界中どこにでもいますし、他の国の者が蛇の毒を持っていても不思議はありません。それにこの国は龍に比べてかなり劣勢なんですよ。そんなマネをすれば報復を受けます。これは仕組まれたことですよ」
「では、龍の人間が私に嘘をついたと？」
「わかりませんが、街の人達は私のせいだと信じているのかも知れませんし、裏でそういう噂をばらまいた者がいるのではないでしょうか。それで、蛇の毒で何人か死んだりしたんですか？」
「いや、死者はいなかった。蛇の血清が効いたと言っていた」
「それはよかったです。とにかく、私はそんな命令を出してませんから」
（ジンラ様にそんな疑いをかけられるなんて！ おのれ！ 誰の仕業かわからんが、許せない！）
ゆりは見知らぬ相手に怒っている。
「アマンザは、あなたは絶対そんなことをしないとあなたの無実を信じていた。私には正直分からない。あなたのいうことが真実だと信じたい。私は別にあなたが人に害を加えたから怒っているのではない。その手段に酒を使ったから怒っているだけだ。殺し合ったり、憎み合ったり、それも人の世ではよくあること。好きにしてくれて結構だが、その手段に酒を使うことは許せない。それだけだ。今回は死者もいなかったことだし、もし、あなたの仕業でも、罰を与えはしない。正直に話して欲しい」
「違います。神様に嘘をつくことは大罪だと知ってますから。嘘はつきません」
「そこまで言うのなら、審判を受けてもらうしかない。私のこの酒を飲んでもらおう。もし嘘なら、あなたは死ぬことになるが」
ジンラの右手に杯が現われていた。
「もちろん飲めますとも。くださいませ」
どう言っても信じてもらえないのでゆりはむしろむきになって手を出している。ジンラが杯を渡した。杯には紫色のお酒が半分ほど入っていた。
「嘘なら本当に死んでしまうんだぞ？」
「私は、ジンラ様への愛に誓って、嘘はついてません。酒に毒を盛るよう指示は出してません」
ゆりはぐいっと酒を飲んだ。
「これで、信じてもらえますね？……あれ？」
ゆりは猛烈に眠くなってきた。
「なんで？」
（嘘じゃないのに……まさか死んじゃう？）
ゆりは目を閉じて体を横に倒してしまった。ジンラはゆりの手から杯を取っている。
「すー……すー……」
ゆりはぐーぐー眠っていた。
「まさか私が酒で人を殺すわけはないが、王妃は潔白のようだ。となると犯人は一体だれなんだか」
「違います。絶対違いますう」
ゆりは寝言を言っている。
「謝る事が増えてしまった。参ったな」
ジンラは普段の優しげなジンラに戻り、困った顔付きをしていた。ガチャリと部屋の扉が開き、金色の獣がぬっと入って来た。
犬である。その犬は椅子で寝ているゆりに近づいて「クーン」と鳴いていた。
「この犬は……」
犬はジンラに抗議するように、「ワン」と吠えていた。
「ゆり、ゆり、起きろ」
ゆりは揺すられて目を覚ました。
「んー？ あ、おはよう、王様」
「おはようじゃない。私はずっと起きて待ってたんだぞ。なんで報告しにこないんだ」
「え？」
ゆりはきょろきょろ周りを見た。ここは自分のベッドである。いつの間にここに来たのだろうか。
「ジンラ様との話はなんだったんだ？」
「ジンラ？ あ！ あれ？ 私死んでないんだ。あーよかった。王様ひどいんだよー」
ゆりは昨晩の話をラクシュミにしたのだった。
「ジンラに疑われたのがすごく悔しい」
ゆりは両手を握りしめていた。
ラクシュミは驚いて目を見開いたままだ。
「まさか、ジンラ様がやってきたのがそんな理由だとは」
「一体どうしてこんな噂が出たんだと思う？」
「うーん、お前の評判を落とそうとしたのか、ジンラに罰を受けさせようとしたとか？」
ラクシュミは悩み悩み言っている。
「姑息すぎるでしょ。龍王に手紙を書いてやる。こんな姑息な手段を使うなんて見損なったわって」
「龍王の仕業ではないと思う。ただの下っ端がやったことだとは思うがな」
「それにしても許せない！」
ゆりはプンプン怒っていた。
「私に何もなかったってことは、ジンラ様、信じてくれたんだよね？」
「だといいがな」
ゆりのベッドにジロウがあがってきた。
「ジロウ君、もう聞いてよ。ひどいんだよ！」
ゆりはジロウにまで昨晩の文句を言っていたのだった。
朝食後、ゆり、ラクシュミ、ジェダン、医師のフレイは四人で特別会議を開いていた。当然議題は龍の国での毒騒ぎのことである。
「まったく怪しい話ですな。死者が一人もいないとは。そのように毒の量を調整したとしか思えません。しかも血清があって助かったなどと」
フレイが苦々しい表情で言った。
「そうですな。しかも、国境付近の街では、一族の者もそういないでしょう。いわば、自作自演、街の者達を犠牲にしてわざと事件を起こしたか、もしくは全く別の敵がやったことか、でしょう」
「どっちにしろ、私は大迷惑！ ジンラ様に疑われるなんて」
ゆりは悔しそうである。
「とりあえず、噂がこの国に入って来る前に手を打ちましょう。王妃」
ジェダンが目を輝かせた。
「もちろんよ。新聞よ。明日の一面にバーンと載せてもらうわ。記者をすぐ呼んで」
「しかし、ゆりの評判を落とすためにそこまでするか？」
ラクシュミは首をひねっている。
「正攻法では王妃に手が出せないので、そういう手を使ってきたのでは？ 国境の町ともなれば商人達もいます。犠牲者に商人達がいれば、王妃にあだなす時に手を貸すこともあるかもしれません。龍の国への道ギリギリの所に王妃の身の潔白を描いた立て看板を設置しましょう。商人の目に止まるように」
「賛成！」
ゆりは俄然張り切り、記者を呼ぶので王妃様らしい格好をすることにした。
一方龍の国である。代替わりした若き龍王も、昨日の事件に首をひねっている。
「今回のこと、お前はどう思う？」
龍王は年老いた部下に聞いた。
「怪しいですな。なにせ、一族の者が誰もいないところで事件が起きております。私が敵ならば、一族の者を殺したいと思うはず。しかも血清が出回っている毒を使うのもおかしい。すべてが中途半端すぎますな」
「もしや裏の連中がやらかしたことじゃないのか。もしそうなら、そんなバカな奴らはすぐ放逐しろ」
「かしこまりました」
「ジンラ様は蛇の王妃に罰を与えただろうか」
「王妃のせいでなければ王妃は身の潔白を訴えたでしょうから……」
「矛先がこちらにくる可能性もあるではないか。あちらで何もなかった場合、今回のことは蛇の国ではなく他の国の仕業かもしれないと、噂を流しておけ」
「かしこまりました」
蛇の国では酒祭りは二日目だったが、記者が二人急ぎ城に呼ばれ、王妃様らしく着飾ったゆりは、身振り手振りを交えて、昨晩のことを記者に聞かせた。同じ部屋にはシスが一緒にいてくれている。記者達は、まずそんな事件が起こったことに驚き、王妃のせいにされたことで憤慨したり、ジンラが来て王妃を疑ったことにも仰天していた。
「幸い、ジンラ様は私の言葉を信じてくださいました。でも、いずれはこの噂が商人を通してこの国に入ってくることでしょう。私は、自国の民にだけは疑われたくありません。ですから、このことを記事にして国の皆さんに知らせてください」
「わかりました！」
記者達は張り切ってメモをし、城を出て行った。
「でも、ジンラ様がそんな用で母様に会いに来たなんて、僕も驚いちゃったよ」
二人きりになったところでシスが言った。
「本当にね。ジンラ様、あんな怖い一面もあったんだなって私も驚いちゃった。いつも優しい笑顔だったから。お酒に対しては厳格なんだろうね」
「もし、母様がガーベラになってるってばれたら、ジンラ様同じように怒るかなあ」
「さ、さあ……アマンザやライラを生んだだけだから、そんなに怒らないといいけど。そうだ、アマンザは私を信じてくれたんだって、アマンザありがとう。とってもうれしい」
（お母さん、とってもうれしいよ）
ゆりはアマンザの言葉に今更ながら感激していた。
神の国では、ハロルドの元に龍の国での毒事件の情報が入ってきた。ゆりが犯人に疑われていると聞いて、驚いている。
「ジンラ様が罰を与えに行ったみたいですよ」
と風の精に言われたハロルドは、すぐにジンラの神殿に移動していた。
「ジンラ、ジンラ、どこだ！」
ハロルドは大慌てでジンラを捜した。ジンラは酒蔵にいた。
「ジンラ！ 蛇の王妃に罰を与えたって本当なのか！？」
ハロルドはジンラの顔を見るなり聞いていた。
「ああ、その話か。あれはデマだったようだ。王妃の仕業ではなかった」
「そ、そうか」
ハロルドはほっとして酒蔵を出ていた。
ジンラも酒蔵から出て来た。
「彼女を疑って傷つけてしまった。申し訳なかったな」
「泣いてたか？」
「泣いてはいなかったがきっと傷ついただろう。私への愛に賭けて嘘はつかないと言ってた。普通は信仰にかけてという所だが」
「愛にかけて？」
（あの女、何言ってるんだ）
ハロルドの頬はちょっと引きつっている。
「まあ、誤解だったのならよかった」
「何か埋め合わせをしたいがどうしたらいいだろう」
「酒でも送ってやれば喜ぶんじゃないか？」
「うーん」
二人の横をアマンザがふらふらしながら歩いて行った。
「ん？ アマンザはどうしたんだ？」
「さあ、昨日から変なんだ」
とジンラ。
衝撃的な秘密を知ってしまったアマンザは、それをどう考えたらいいやらまったく分からなかった。
「君だけじゃないよ。ガーベラの子供は九割方あっちの時に産まれてるんだ」
とクーリーフンはその時さらに暴露している。
（ジェイクもかあ。だから、ジェイクはあの時、あの人が気になるって言ってたのかもなあ）
アマンザは、ゆりが癒やしに泉にいた頃のことを思い出していた。
（もう一人のお母さんが人間ってことは、彼女が死ねば、もう一人のお母さんには会えなくなるってことだよね。それも悲しいな。ジェイクに言った方がいいのかなあ。言わない方が良いのかな。わからないや」
足下に何かがひっついてきた。見るとリリーがいる。
「リリー、お酒をもらいにきたのかい？ よしよし」
アマンザは泣きそうな顔でリリーをなでなでした。
蛇の国では三日目の朝、新聞の朝刊にバーンとゆりの記事が載った。
「王妃様、新聞です！」
侍女がゆりの部屋に朝新聞を持って来た。
「待ってました！」
ゆりはすぐに新聞を読んだ。概ね、インタビュー通りの記事が載っているようである。
驚いたのは街の人達である。酒祭りの記事かと思いきや、まさかこんな記事が一面を飾るとは。今日の新聞は飛ぶように売れた。売り切れになったくらいである。
ゆりの恋人達も全く知らなかったほどで、心配してゆりの元にやってきた。
「王妃、全然知らせてくれないんだから驚きましたよ」
とミカエル。
「ジンラ様に疑われたなんて、大丈夫ですか？」
シャナーンはそこを心配していた。
「大丈夫よ。最後には信じてくれたみたいだし。多分だけど」
「ああ、王妃、元気を出してくださいね」
「ありがとう」
男達はゆりを軽く抱きしめて去って行った。
（ジンラ様、私を信じてくれたんだよね？ 信じるって言葉を聞いてないから、なんだかもやもやするなあ……）
午後、ゆりが部屋にいると金色の輝きが中に入ってきた。部屋にいたミラは、「うひゃっ！」と声をあげている。やってきたのはクーリーフンだった。
「やあ、いろいろあったみたいだけど、大丈夫だった？」
「うん。でも、ジンラ様は最終的に私のことどう思ってるんだろう。はっきり聞いてないの」
「あなたを疑って悪かったって。それで、お詫びになにかしたいけど、何がいい？ お酒がいい？」
「え？ ジンラ様に頼まれて来たの？」
「そうだよ」
「信じてくれたのならうれしい、実は私ずっと欲しい物があるの。お米がほしい」
「お米？」
「前に海の神殿で、お米のにごり酒みたいなものを飲ませてもらったの。聞いたら、海の一族はお米を作ってるみたいで、もし可能だったら、精米したお米がほしいな。無理だったらいいです」
「お米、わかったよ。聞いてみる」
クーリーフンは去って行った。
「もしかしたら、この世界でおにぎりを食べられる日がくるかもしれない」
ゆりは涙目になっていた。
それから三日後、クーリーフンがでかい麻袋をかついでやってきた。
「はい、おまたせ、お米だよ」
「えー本当に持って来てくれたの？」
袋を開けてみると、米の粒がたくさん入っていた。十キロは入っていそうだ。
「お米だ。うれしい！ すごくうれしい！」
「それから、特産品の塩。はい」
クーリーフンは小さい塩の袋もゆりに渡した。
「ありがとう。本当にうれしい！」
ゆりは大量の塩ももらい、感激していた。
「ジンラ様にお礼をいっておいてね」
「うん。喜んでたって伝えておくよ」
「クー！」
ミシェイラが飛んできた。
「やあ、僕のかわいい信者さん、はいこれ」
クーリーフンはミシェイラに、真珠の玉を二つ渡した。綺麗なピンク色の真珠である。
「君と君の仲良しさんに」
「ありがとう！」
「よかったわね」
「うん！」
クーリーフンは去って行き、「お米を炊こう！」とゆりは張り切った。
その夜、食卓におにぎりが並び、ゆりは感無量で泣いていた。ちなみにこの前にはハザークの元にもおにぎりを一つ持って行っている。ハザークもおにぎりを食べてくれた。
子供達はスプーンでほじくっておにぎりを食べた。
「おいしいよ。お母さん」
「うん。おいしいよ」
「私の世界の料理をあなたたちに食べてもらうことが出来てうれしい。明日、アヤコさんにもおにぎりを作って持って行ってあげよう。シスよろしく」
「うん」
「このお塩もおいしいね」
とラギ。
「そうね。すごくおいしい塩だわ。おいしい米と塩。幸せだわ」
この夜は、ゆりは本当にうれしそうだったので、子供達も微笑んでいた。
神の国では、クーリーフンがジンラに報告していた。
「とってもうれしそうだったよ」
「そうか。よかった。悪かったな。クーリーフン」
「お米の調達はグレンに頼んだんだ。僕は神殿で待ってた。グレン、今速いからさ」
「グレンが行ってきてくれたのか。それは悪かったな」
「平気だよ。（彼女のためならどこにだって行っちゃうよ。グレンは）」
クーリーフンはふっと笑っていた。
「結局、その事件、犯人はわからないままなんだ？」
「ああ、もし死人がたくさんでたのなら、是が非でも見つける所だが、今回はそこまでではなかったからな」
「そっか」
「今回は彼女に悪いことをしてしまった。改めて謝らなければな」
ジンラもゆりのことを結構気にしているようである。
「ジンラの気持ちは、よくわかってると思うよ」
クーリーフンは微笑んで言った。
同じ頃、ハロルドの元にラクアがやってきた。ハロルドは自分の神殿近くの空き地で、妖精達の訓練を眺めていた。
「やあ、龍の国で毒騒ぎがあって、蛇の国の王妃が疑われたんだってね」
「ラクアまで知ってるのか？」
「風の精に聞いた」
（風の精、誰にでも言うんじゃない）
ハロルドは苦い表情である。
「今回も、あのバカ王子の仕業じゃないのかな」
「まさか」
ハロルドは目を見開いていた。
「あの時よりも成長しているし、ラクアに罰を受けたんだ。次はないだろう」
「だといいけどね」
龍の国の末の王子は、以前井戸に薬を投げて、ラクアに罰を受けていた。八年ほど前の話である。
「ラクアは、あの王妃の無実は信じるんだな」
「誰も死んでないってのが怪しい。蛇の毒ってたくさんあるって話じゃないか。それに犯人も捕まってはいないのに、あの王妃の仕業ってことになってるのも怪しい。とにかく全部怪しいから彼女じゃない。第一彼女はハロルドが気に入っている人間なんだろう？ そんなことをすれば神の寵愛は失う。彼女に得なことなんて何もない。あの王妃の評判を下げようと思った誰かの仕業か、王妃のせいにしたい誰かの仕業だろう」
「ま、そう考えるのが自然だな」
「ジンラが直接彼女に問いただしたみたいじゃないか。かわいそうに、彼女泣いただろうに」
「ジンラも彼女のせいではないと信じたから、まあ大丈夫だろう」
「神に疑われたんだよ？ 普通の人間ならば、まともではいられないはずだよ。きっと毎日泣いてるんじゃないのかな」
「そんなしおらしい性格じゃないから大丈夫だと思うが……」
ラクアにそこまで言われると、ハロルドも気になってきた。
（そうだ。ガーベラの所に魔法の鏡があったな）
ハロルドは、訓練はジェイクにまかせてガーベラの神殿に行った。
「ガーベラ、魔法の鏡を貸してくれ。あっちのガーベラの様子がみたい」
「どうしたの？」
「まさか知らないのか？ ラクアまで知ってたというのに。ジンラが彼女の元に乗り込んだんだぞ」
「え？ どうして？」
「龍の国で酒に毒が盛られる騒ぎがあって、それをやらせたのがあの女だって噂が立ったんだ」
「えー？」
「それでジンラが問いただしに行った」
「全然知らなかったわ。彼女、大丈夫かしら」
ガーベラは棚においてあった鏡を持って来て、ハロルドに渡した。
ハロルドは鏡に手をかざした。
「今回はさすがに落ち込んでいるのかも？」
鏡にゆりの姿が映った。ゆりはとってもうれしそうに白い塊を手に持って食べている。
「…………」
ガーベラが横から鏡をのぞいた。
「よかった。元気そう」
ガーベラはほっとしている。
「全然落ち込んでないみたいだな。やはり普通じゃなかったか」
ハロルドは結構安心して、鏡を閉ざしたのだった。
つづく
十三部
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