第34話
聖地である。ハロルド神殿の裏口から神官戦士であるリティアが入って来た。茶色い髪のポニーテール、小柄な女性だが、ハロルドの加護がついているので怪力、ガッツにあふれる女性である。
「ただいま帰りましたー」
「お帰りなさい。リティアさん」
「お帰りー」
ちょうどお昼の時間である。神官達は裏の部屋で交代で昼食を食べていた。スープの良い匂いが漂っている。
「あ、昼食余ってます？ 私も食べたいな」
「いいですよ」
「やった！」
リティアは椅子に座り、神官達と一緒にご飯を食べた。豆のトマトスープにパンを食べながら、リティアは今回の報告をしていた。
「聞いてくださいよ。龍の国でもハロルド様の石像がまた増えてましてね。小さいんですけどなかなかの出来で、聞くと新人の彫刻家とか。彼の作品のどこがいいかといいますとねえ」
仕事の報告かとおもいきや、リティアは延々とハロルドの石像の話をしだした。他の神官達はいつものことなのでやれやれと思いつつ聞いている。
「すごい新人が出て来てくれるのはうれしいですね」
「そうだな。ところで、仕事の方はどうだったんだ？」
今回は、龍と熊の国の境付近で、変な殺され方をした熊が見つかったとかで、調べることになったのだった。熊の死体からは悪臭が漂っていたようである。リティアはその時龍の国にいたのですぐ調べに行った。熊の死体はすでに焼かれていてみることはできず、辺りを探索したのだが、何も見つからなかった。
「邪教徒には会わなかったです。魔物らしきものもみつからなくて。そうこうしている間に龍の国の南の街で事件が起こったんですよ。酒に毒が混じってたとかで大勢倒れたそうで。目立つ事件だから邪教徒には関係ないっぽかったですが一応行ってみました。なんでもジンラ様が降臨して人々を助けてくださったみたいですよ。よかったですよね」
リティアは床においてあった鞄から新聞を三枚ほど出して神官達に見せた。新聞には毒の事件のことが小さく載っていた。
「大勢倒れた割りには小さい記事なんだな」
と神官。
「国ではあまり大げさな事件にしたくなかったみたいですよ」
「犯人は見つかったのか？」
「まだみたいです。毒が蛇の毒だったんで蛇の国の王妃様が疑われてたみたいですけど、結局は他の国の仕業かもしれないって話です。犯人捜し、手伝いましょうか、って言ったんですけど、神官様にそんなことはさせられないと言われて、追い出されました」
「ははは、まあ邪教徒とは関係なさそうだな」
聖地は基本的には中立の立場で、どの国にも肩入れしないことになっている。だが、非道なことが目の前で行われれば、その者を糾弾することもある。
「ジンラ様が降臨なさったなんて、街の人達は運がよかったですね」
「そうだ。この後ジンラ様の神殿に行かなきゃ。街の子供達にお手紙を届けてほしいって頼まれたんです。両親を助けてくれた感謝のお手紙ですよ」
「そっか」
食事が終わった後、リティアは鞄をかけて去って行った。神官達の昼食が終わり、一人の神官が後片付けをしていると、スペードがやってきた。
「スペード様、リティアさんが帰ってきましたよ。結局何もなかったみたいです」
「そうなのか」
机の上に新聞が放置されていたので、スペードはなにげに手に取っていた。
「龍の国で酒に毒が盛られる事件があって、ジンラ様が降臨されたらしいですよ」
「へー」
新聞をキョロキョロ見ると、隅っこの方にその話が載っていた。
「蛇の国の王妃の報復か？ え？ 蛇の国の王妃？ なんで？」
違う新聞には、「蛇の国以外の国の仕業か！？」と載っていた。
「どういうことだ？」
「最初は蛇の国の王妃様が犯人だと疑われていたみたいですけど、やっぱり違うってことになったみたいですよ。よくわからないですけど」
「なんで王妃様が疑われたんだ？」
「知りません」
（なんなんだ。すごく気になるじゃないか）
「リティアは詳しいことを知ってるのか？」
「さあ、リティアさんなら、ジンラ様の神殿に行って、もうすぐ帰ってくると思いますよ」
スペードは戻ってきたリティアにその話を聞いてみたが、リティアも詳しくは知らなかった。
（誰なら詳しく知ってるかな。クーガ様はどうだろう。聞いてみようかな）
スペードはアシュランの神殿に行ってみた。クーガはちょうど昼食後のくつろぎタイムだったようだ。食堂に通されてスペードが行くと、クーガの膝の上には金色の毛並みの猫が座っていた。
「あ、その猫は！」
「今日は何の用ですか？」
クーガは紅茶を飲んで聞いた。
「実はクーガ様に聞きたいことがありまして。この事件、ご存じですか？」
スペードはテーブルの上に新聞を載せて、指で隅っこの記事を指した。クーガは新聞に目を落とし、次に新聞を持ってじっくり眺めていた。
「いや、知りません。どうして蛇の国の王妃様が犯人ってことになってるんです？」
「結局犯人は違うみたいですけど、なんだ、クーガ様も知らないのか」
スペードは残念そうだった。
「死者はいないのか。ちょっと詳しく聞いてみましょう」
とクーガ。
「だれにです？」
クーガは猫を降ろして神殿の外に出た。
スペードは猫に手を出してみたが、猫はスペードにすり寄ってはこなかった。
「この猫、面食いですね」
クーガは神殿の外の裏手に回り、右手を出した。つむじ風が起こり、しばらくすると、風の妖精がひょこっとやってきた。クーガは手を下ろした。
「こんにちは、ちょっと聞きたい事があるんですが、龍の国で毒事件が起こって、大勢倒れた事件、ご存じですか？」
クーガはにこやかに女の妖精に聞いた。
「知ってますよ。ジンラ様が治療に行ったんですよ」
「犯人についてはご存じですか？」
「犯人は捕まってないですよ。最初蛇の国の王妃様の仕業じゃないかって噂が広がって、ジンラ様は王妃様に話を聞きに行ったみたいですよ」
「そうなんですか？」
「結局違ったみたいです。神様に疑われるなんて、王妃様も気の毒でしたよね」
「そうですね。ありがとうございます」
「いえいえ」
風の妖精は去って行った。
「あの王妃様は毒殺なんて考えそうにないのに、どうしてそんなことになったんだか」
スペードはぶつくさ言っていた。
「まあ、誤解だと周りが理解しているのならよかったです。それじゃ私はこれで」
「あ、ありがとうございます」
スペードのお礼を聞き終わらない内に、クーガはさっさと去って行った。
城では、ゆりはいろんな人から慰められて気を遣われていた。新聞にでかでかと載ったことから、街の人達もゆりのことを気にしているらしいので、再び新聞に、「私は大丈夫です。皆さん心配してくれてどうもありがとう」と街の人達への言葉が載っていた。
「お米をもらったし、逆に得したような。いや、でもショックはショックかも」
なんといってもジンラは神の国で最初に仲良くなった神様である。
（ジンラは私達のことよく知らないから仕方ないよ。ハロルドやラーズなら、絶対違うって思ってくれるって）
もう一人のゆりはそう言っていた。
「ま、確かにそうだよね。ジンラは私のことよく知らないもんね。それはそうと、王様とジンラ様のツーショットが見られなかったのもショック。二人が並んだ所を見るのが私の夢だったのに！」
ラクシュミに後で聞いてみた所、突然のことで緊張していたので、ジンラの顔もよく見られなかったらしい。
「ジンラ様の方は王様を見て自分に似てるって思ったのかなあ。それも気になる」
男達は頻繁にゆりの顔を見に来たが、忙しいようだ。ここにいる時間も短かった。龍の国での事件を知り、この国でも事件が起こらないか警戒しているようである。
ゆりは部屋でジロウの毛をブラシでブラッシングしていた。ジロウは気持ち良さそうに目を細めている。
「ニャーン」
猫の声が聞えて、ゆりは「え？」と周りを見た。いつの間にか部屋の中に猫がいる。しかも金色の毛並みの綺麗な猫である。
「ニャーン」
「えー？ どこから来たの？ 綺麗な猫ー」
毛がふさふさしている猫はゆりに近づいて来て、ジロウを眺めていた。ジロウも首をかしげて猫を見ている。
「え？ もしかして……ハロルドの贈り物？！ 犬の次は猫が来た！？」
ゆりがにやけていると、シスがやってきた。
「母様、クーガ様がいらしたよ」
「え？ クーガ様！？」
クーガはシスと一緒にゆりの部屋にやってきた。
「クーガ様！」
「こんにちは。リーファ、ここにいたんですね」
クーガは猫を見下ろして言っていた。
「え？ この猫はクーガ様の猫なんですか？」
「いえ、私の猫ではないです。神の国の猫なんですよ。瞬間移動ができる猫で、勝手にあちこち移動するんです」
「えー？ 瞬間移動？ すごいですねえ」
「ニャーン」
猫はゆりの足にすりよっていた。
「かわいい」
ゆりはブラシをもっていたので、ついでに猫の毛をブラッシングしてあげた。シスは気を利かしたのか、いなくなっていた。
「クーガ様今日はどうされたんですか？」
「あなたが事件に巻き込まれたと聞いて気になったんですよ」
「え？ 聖地にまで私の悪評が届いたんですか？ ショックなんですが……」
「誤解だったんでしょう？ 本当にジンラ様が事件のことでここにいらしたんですか？」
「そうなんです。まったく迷惑な話ですよ。私は日々、食べ物と男のことしか考えてないのに！」
ゆりが宣言するように言うと、クーガは表情を固まらせていた。
「あの、今のジョークですよ？ 私は王妃様として、国民の幸せを第一に考えてますから」
ゆりは今度は真面目な顔で言っていたので、クーガはぷっと笑っていた。
「本当ですよ」
「まあ、あなたほど邪気がない方は珍しいですよ。それにしても、最初あなたが犯人だという噂が立ったのも怪しいですね。あなたも気をつけてくださいね」
「はい、クーガ様に会えてうれしいです」
「近々来る予定だったんです。この前は、ゆっくり話も出来ませんでしたから」
「そうですよう。この前もさっさと帰っちゃったから寂しかったです」
「ハロルド様の時は、あまり長居しない方がいいと思ったんですよ。私達の仲をご存じないでしょうから」
「クーガ様〜」
部屋には誰もいなかったので、ゆりはついクーガに抱きついていた。
「大変でしたね」
クーガは慰めモードでゆりに接している。
「あなたがあまり落ち込んでなかったので安心しましたよ。スペードさんも気にしてましたよ」
「え？ スペード様が」
「ハロルド様も気になさってるんじゃないですか？」
「そうかもしれないですね」
ゆりの左目は蛇の目になっていた。
「クーガ様〜私も慰めてください」
クーガはゆりの背中をなでなでしていた。
ジロウと猫のリーファは会話をしているように「ワン」「ニャー」と言っていた。
「ああ、このまま仲良くできないのが残念。来月楽しみにしてますね」
「はい」
一時間ほど滞在してクーガは猫と去って行った。今回は本当にゆりの様子を見に来ただけのようだ。
「わざわざ慰めに来てくれたなんてうれしかったなあ。いろんな人が心配してくれてるんだね。ああ、スペード様にも会いたくなっちゃったなあ。また行っちゃおうかな」
ジロウを見ると、寂しそうな顔付きである。
「あの猫ちゃんかわいかったね」
「ワン」
「一緒に遊びたかった？」
「ワン」
「瞬間移動ができるから、遊びに来てくれるかもしれないね」
「ワン」
ジロウは尻尾を振っていた。
「王妃、クーガ様もう帰っちゃったんですね」
ヴィラが部屋にやってきた。
「うん。わざわざ気にして来てくれたみたい。聖地にまであの話が伝わってるなんてびっくりだわ」
「我々の予想では、そろそろハロルド様が王妃を慰めにいらっしゃると思うんですよね」
ヴィラは顎に指を当てて言っていた。
「え？ そ、そうかな」
「だから、怖くて王妃と一緒に夜寝られないんです」
「ははは」
「王妃、我慢しないで、辛い事があったらちゃんと言ってくださいね。王妃は時間差で落ち込んだりするから心配ですよ」
ヴィラはゆりの手を握りしめて言った。
「ありがとう」
その日の夕方、城の門番達が再び仰天することが起こった。馬車が一台城にやってきたのだが、そこから降りたのはジンラだったのである。
「ゆり、またジンラ様がいらしたぞ！」
ラクシュミがまたあわててゆりの部屋にやってきた。
「えー！！！」
ジンラは客間に通されて、門から入ってきた馬車に人々が集まっていた。馬車からは良い匂いがする。馬車から紫色の髪の子供が降りてきた。
「ごめんです。荷物、運んでケロ」
「あ、はい」
戦士達はその子に言われるまま荷台から荷物を降ろした。荷台にあったのは酒の樽で、全部で6つもあった。
（すげえ。酒だ）
（良い匂いだな）
「ありがとね」
「こんにちは」
ロイがやってきた。
「こんにちは」
「良い匂いだね。もしかしてジンラ様のお酒？ やった！」
「ロイ、失礼なこと言っちゃだめだよ」
あわててシスがやってきた。
「どうもすいません」
「いいケロ」
「ケロ？」
ロイが聞き返している。
「すごーい良いにおーい」
ナナミとラギもやってきた。
「ねえねえ、僕たちもジンラ様に会わせてもらおうよ」
ラギは大興奮している。
「そうだね。可能なら。アマンザ様ですよね？」
シスがアマンザに聞いた。
「そうケロ」
「こんにちは。一緒に中に行きましょう」
「はい」
シス達はアマンザをつれて行った。
客間では、ゆりが絶叫していた。
「おおーおーおおーーーーーすごい。夢のツーショットきたー！！」
なんとジンラとラクシュミが並んでいる。ゆりはこれだけで興奮していた。
「ゆり、失礼だぞ」
ラクシュミが小声で言っている。
「だって、夢だったんだもん。やっぱりお顔がよく似てますよ。ジンラ様はそう思われません？」
ゆりはジンラに聞いていた。
「ゆり」
ラクシュミはあわてている。
「実はクーリーフンに、王に似てると言われて、私も王の姿を見たことがある。似てるかもな」
「そうですよね」
「ゆり！」
「ジンラ様も、似てるかもしれないって」
「はあ……」
「それで、今日はどうされたんですか？」
「お詫びの品を持って来た」
ジンラが言った。
「お詫びの品ならもういただきましたよ？」
「あれはあなた宛てで今日は王に。酒を運んで来た」
「いつもありがとうございます。イシュタールが神の国に行くとお土産にお酒を持たせてもらうこともあって、いつも感謝しています」
ゆりが笑顔で言った。ゆりはラクシュミに通訳し、ラクシュミも感謝の言葉を述べていた。
「実は、私は以前王に化けてあなたをだましたことがあった。それもいつか謝りたいと思っていた」
「そのことでしたら、私はすごくうれしかったです。後で感動したくらいですから。気にしないでください」
「そうなのか？」
「子供達にも会って欲しいんですが。皆ジンラ様が大好きですから」
「いいとも」
子供達がそろって部屋に入ってきた。ゆりはその中にアマンザがいるのに気がついた。
アマンザはゆりを見てぱっと笑顔になった。
（アマンザ、私を信じてくれてありがとう）
アマンザはゆりに近づいて来た。
「アマンザ様……」
「お……オフクロ……」
（おふくろ？？）
そこにいた皆は「？」マークを浮かべていたが、ゆりはとりあえずアマンザの手を握っていた。
（もしかして、私がガーベラだって知ってる！？）
「オフクロ……オフクロ……」
アマンザはオフクロを連発していたので、ゆりはあたふたし、ラギは「ジンラ様にお会いできて本当にうれしいです！」と感動するように言っていた。
「本当に、感激です」
とシス。
「オフクロって何？」
ロイの言葉にゆりは「しっ」と指を口元に当てていた。
「ジンラ様がお酒を持ってきてくださったのよ。みんなでお礼を言いましょう」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「ジンラ様、やっぱり父様に似てますね」
とナナミ。
レーヌとミシェイラが前に出てきた。ミシェイラが、「あのね、ジンラ様のおへやがね」と言い出したので、ゆりはまた「しっ」と指を口元に当てていた。
「みんなジンラ様にありがとうと言ってます」
ジンラは言葉があまりわからないようなので、ゆりはにこやかにそう言った。
「いや、こちらはお詫びに来ただけだから。本当に申し訳なかった。ではこれで失礼する」
「はい、ありがとうございます」
「ありがとうございます。また来てくださいね」
子供達とゆりは、門まで二人を見送ることにした。門の近くに男達が立っていた。きっとジンラが見たくて急いでやってきたのだろう。その中にはムサカもいた。みなで頭を下げて、ジンラとアマンザは門の外に出た。
「オフクロ、ありがと」
アマンザは最後にゆりの手を握りしめて言っていた。
「アマンザ様、こちらこそありがとうございます」
ジンラとアマンザは御者台に乗り、馬車ごと消えてしまった。
「みんないそいでやってきたのね」
ゆりは男達を見た。
「ジンラ様に会えて感動しましたよ。やっぱり王に似てらっしゃいますね」
ミカエルが言った。
「本当に」
とジュノー。
「うれしすぎて泣けます」
ミルキダスは瞳をうるうるさせている。
「私もジンラ様に会うことができてうれしいです」
カールが言っていた。
「私もですよ」
とムサカ。
「想像通りの神様ですね」
フリットが言った。
「王妃が言った通り、王を優しげにした感じですね」
とハインリヒ。
ロイはイシュタールの服をひっぱり、「ねえ、オフクロって何？」と聞いた。
「オフクロとは、お母さんってことですね」
「アマンザ様、母様におかあさんって言ってたんだ？」
「アマンザ様は、王妃の正体を知ってるんですか？」
ミカエルが聞いて、ゆりは「さあ」と首をかしげていた。
「王妃様の正体とは？」
ムサカが聞いた。
「あ、いえ……」
とゆり。
「そういや、ムサカ様とカールは王妃の秘密、知らなかったっけ」
ハインリヒが言った。
「まあ、いずれ話します」
「ねえ、母様、お酒一杯もらったから、お酒飲み放題だよね？」
ロイが目を輝かせていた。
「だめだめ。あなたたちは飲まなくていいの。たまには他の人達にも飲ませてあげなさい」
「えーやだー！ 母様愛してるからー」
「だめー」
「もう一人の母様ー」
ロイはゆりの服を引っ張り、他の者達は笑っていた。
酒の樽は6つ、広間に運び込まれていた。皆広間に移動して、とりあえず酒の匂いをかいで感動している。
「ねえ、父様、僕たちも飲めるよね。ね」
ロイは涙目でラクシュミに訴えていた。
「ゆり、このお酒、どうする？」
ラクシュミがゆりに聞いた。
「私が分けるとしたら、6つあるから、4つは各砦に、1つは城に、最後の一つは、有名な農場主さん達に飲ませてあげたいんだけど、どうかな」
「いいじゃないか。そうするか」
ラクシュミはうなずいている。
「それは農場主達も喜ぶでしょうね。瓶に入れ替えて持って行くのがいいかな？」
ミカエルがフリットに聞いた。
「そうだな。分けて持って行った方が、喧嘩にならないかもな」
「一つは城のだよね。やった。僕も飲めるね」
ロイは喜んでいる。
「城の、大人が飲むの。子供は飲まなくていいの」
ゆりは冷たく言った。
「ひどい。横暴だ！ シスにーもおころーよ！」
「僕は別に」
「えーラギにーは飲みたいでしょ？」
「僕は何度か飲ませてもらったから。せっかくだから僕の分もムサカ様に飲んでいただきたいよ」
「うん。そうだよね」
シス、ラギにナナミまでうなずいている。
「これは、ありがとうございます」
ムサカは微笑んでいた。
「いいよーだ。酒が全部なくなった後の樽をなめるから」
最後にはロイは王子様らしくないことまで言っていた。
「ジンラ様のお酒が飲めるなんて、みんな喜びますよ。王妃ありがとうございます」
ミルキダスがお礼を言っていた。
「いやー。私はただ、誤解されただけだからね。みんなが喜んでくれるとうれしいよ。王様、今日はちゃんとジンラ様のお顔を見ることができたでしょ？ 似てるって思った？」
ラクシュミは頬をぽりぽりかいて、「自分じゃわからないが、みなが似てるというならそうなんだろうな」と言っていた。
その夜は、シスがゆりの部屋にやってきたが、シスもジンラに会えた喜びで結構興奮していた。
「アマンザ様も優しそうな神様だったね」
「うん。シスが長い髪の時は、二人は似てるなって思ってたんだよ。アマンザ、おふくろってのは笑っちゃったな。どういう意図で言ったんだろう？」
ゆりは笑いつつ、やがて眠りについた。
（もしハロルドが来ないなら、スペード様に会いたいなあ……）
などと思っていると、三毛猫になっている夢を見た。
（スペード様、いるかな？）
景色はいつもと一緒のようである。大木の近くに行くと、スペードが座っていた。スペードも猫に気がついた。
「猫さん」
「ニャー」
ゆりはスペードの側でごろんと寝転んだ。スペードは猫のお腹をなでなでしている。
「久しぶりですね。会いたかったですよ。元気でした？」
「ニャン」
ゆりは起き上がってスペードの側に座った。スペードは猫を抱き上げて膝に乗せた。猫はしばらくおとなしく膝に乗ってスペードになでられていたのだった。
神の国では早朝、アマンザがクーリーフンに会いにやってきた。
「クーリーフン、聞いてよ。僕さ、お父さんと一緒にあっちのお母さんに会いに行ったんだよ」
「え？」
「お父さんがお詫びにお酒を持っていくって言うから、ついて行ったんだ」
「そうなんだ」
「お母さんに人間の言葉で話しかけたんだよ。なんかびっくりしてた。僕が人間の言葉を話せたから驚いたのかな」
「なんて話しかけたの？ 言ってみて」
「オフクロ」
「オフクロ？」
「王妃様って人間の言葉で『オフクロ』って言うんでしょ？」
「オフクロ……ぷっ」
その時のことを想像したのか、クーリーフンはゲラゲラ笑い出した。
「え？ 違うの？」
「オフクロって、確か『お母さん』って意味だよ？」
「え？」
アマンザの顔は真っ赤になっていた。
「どうしよう。間違えちゃった」
「アマンザってばかわいいんだから。まあいいじゃない。あながち間違ってないし。ジンラは言葉はわからないからジンラにばれなきゃいいよ」
「恥ずかしすぎる。そんなに笑うことないでしょ」
いつまでも笑っているクーリーフンに、アマンザは頬を膨らませていたのだった。
つづく
目次
十三部