第35話
蛇の国の街では、酒祭りが終わってからも、国民達の話題は「敵国民を毒殺しようとしたと疑われた王妃様」の話題だった。ちなみに、酒祭りで大人用にクジが販売されたが、売り切れたようで、一等の王妃様の宝石は、西の街の主婦があてたらしい。その主婦は大喜びでその宝石をすぐに転売し、家族でもっと広い家に引っ越すことができたようである。これも新聞に載っていた。ゆりはその記事を読んで「よかったね」と喜んでいた。どうせなら庶民の皆さんに当てて欲しいと思っていたからである。ゆりは宝石は過去に行ったときにみんなからもらったものもあるし、ラーズからもらったとてつもなくすごい宝石の原石もあるし、アシュランからもらった貴重な宝石もあるので、その他の物には全く執着していなかった。欲しい物はないか、と聞かれたら、やはり食べ物になってしまう。ジンラからもらったお米は、もう少しになってしまった。アヤコもおにぎりを見た時には我を忘れて興奮したらしい。アヤコと王の間の鏡で対話をしたのだが、ゆりは国の新聞にも載せたことなので、「実は神様に疑われて……」と本当のことを話したのだった。誤解のお詫びにお米をもらったとも。アヤコはその話にとても驚いていた。
「そんなことがあったなんてびっくりだわ。蛇の毒が使われたなんて、蛇の国の者がわざわざ使うわけないでしょ。なんか怪しいわねえ。喧嘩の口実を作るために仕組んだんじゃないの？」
アヤコはこんなことを言っていた。
「喧嘩の口実？ 今戦はできないでしょ？」
とゆりが聞いた。
「大きな戦はできないけれど、小競り合いくらいならできるかも。怪しい奴らを送り込んだり。ゆりちゃん気をつけてね。あまり街とか行かないように」
「うん。分かってる」
「私が聞いた話じゃ、龍のやつら、熊相手に模擬戦みたいなのやってるみたいよ。戦ができなくて暇だからだろうけど」
「そうなんだ」
「ほんと戦いが好きな連中ってやだわ。もっと平和的にできないのかしら。ああ、海の一族の国がもっと近くにあったらよかったのに。ちょっと行くには遠いし、貿易するのも無理よね。残念」
「稲作ってこっちじゃできないのかなあ、田んぼを作るのって難しいかな。水田って水が大量にいるものね」
「残念よね。そうだ。今度タロウに何か良いもの持っていかせるわね。お礼に」
「ありがとう」
「それじゃね」
アヤコと久々に会話をしてゆりは鏡を閉じたのだった。
そしてジンラがお酒を城に持って来た翌日、タロウが城にやってきた。事前予告がなかったのでラギとシスは闘技場にいた。ラギは兄弟達の訓練を眺めていたのである。ラクシュミからシスに思念が届いた。
「ラギ、タロウさんが城に来たんだって」
「そうなんだ。あ……モモ！」
「そうだ。モモ！ モモが捕まったら大変だ！」
シスはラクシュミに思念を送りつつ、あわててラギと一緒に城に戻った。タロウはもう何度も来ているので、案内人もなく、勝手に城をうろついているかもしれないのである。
魔方陣で蛇の国にやってきたタロウはラクシュミに挨拶をして、ゆりに会いに行っていた。
「これを渡すように言われました。香辛料です」
タロウは袋をいくつかテーブルの上に並べた。
「わあ、ありがとう。胡椒ね」
ゆりは袋の中をのぞいて言った。
「はい」
「胡椒の黒い粒に、粉状の胡椒、唐辛子に、ゴマ？ ゴマって虎の国に前からあったっけ？」
「お母さんが最近栽培してるんです。苗を他から仕入れて」
「へーうれしい。ありがとう。ゴマって体に良いんだよー」
「そうなんですか。じゃ、僕はこれで」
「もう帰るの？」
「ラギに会ってから帰ります」
「そう」
タロウは部屋を出て行った。
ゆりは胡椒の袋を手にもって眺めている。
「胡椒って結構高いんだよね？」
「そうですね。他国では高いですよ。胡椒が取れる国はそうないみたいですからね。虎では胡椒は他国と取引できる貴重な品ですよ」
部屋にいたミラが言った。
「肉料理には胡椒がなくちゃ始まらないもんね。ゴマうれしいなあ。調理人さんにゴマパン作ってって頼んでくれる？」
「はい、かしこまりました」
部屋にシスがばっとやってきた。
「母様、タロウさん見た？」
「さっきまでいたわよ」
「モモが捕まらないようにしなきゃ」
シスはまた飛んで行った。
「まさか速攻で焼いて食べたりしないと思うけど」
ゆりは笑っている。
「私も探しに行きますね」
ミラも出て言った。
「いや、まさか……」
とゆりはちょっと不安になっていた。
城の二階の通路で、ラギはタロウを発見したが、タロウはピンクの生き物を抱っこしていた。ピンクのブタラは足をじたばたさせている。
「あーモモ！ タロウさん、それは食い物じゃないんだよ！」
ラギはあわててタロウに言った。
「え？ そうなの？ うまいぞ。絶対」
「だめ、だめなの。食べちゃだめ」
「残念だなあ」
タロウがモモを離すと、モモは一目散に逃げて行った。
「危ない所だった」
ラギは心底ほっとしている。
「絶対うまいぞ？」
「だめなの。ペットだから」
「ペット？ じゃああれは？」
タロウが指差す先を見ると、犬のジロウがいた。
「あれは犬だよ。食べちゃだめだよ」
「あれ犬なの？ あんな犬初めて見た」
シスもやってきて、ようやく、三人は再会を喜んだのだった。
その日の夕食にはゆりのリクエストであるゴマパンが出て来たので、ゆりは結構ご機嫌だった。ご機嫌のまま夢で神の国に行っている。
ガーベラの神殿で、クーリーフンもいた。
「お母さん、いろいろ災難だったね」
「そうよ。でもお米やらお酒やらもらっちゃった。ジンラも気にしてそう」
「そりゃ気にしてるだろうね。アマンザにはあなたのこと言っちゃったよ。アマンザの心はあなたのこと察してるみたいだったから、それからあのお米を持って来てくれたのはグレンだよ。あなたのために喜んで行ってくれたんだよ」
「え？ そうなの？ グレンが。うれしい。とりあえず、アマンザに会って話をしたい。やっぱりジンラの神殿近くかな。ジンラに会うのには勇気がいるんだけど、でもしょうがない。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ゆりはジンラの元に飛んだ。神殿の近くには馬車がいて、妖精達が馬車にお酒の瓶が入った木箱を積んでいた。ジンラはそれを眺めている。
「ジンラ、こんにちは、アマンザはいる？」
ゆりはジンラに話しかけた。
「アマンザなら農園にいるぞ」
「ありがとう」
ゆりは笑顔で言って別れた。
（ジンラ、お酒を一杯ありがとう。みんな喜んだよ。ありがとう）
ゆりは心の中でお礼を言っていた。ぶどう農園にいるアマンザを見つけ、ゆりは近づいて行った。
「アマンザー」
「あ、お母さん」
「アマンザ、私のこと聞いちゃったんでしょ？」
ゆりはアマンザの両手を握りしめて、こそっと言った。
「え。あ、あ、うん……」
アマンザはゆりのことに気がついたようだ。
「オフクロってじゃあそういう意味で言ったの？」
「え？ ち、違うんだよ。王妃様って言おうとしたんだ。間違えたみたい」
アマンザの頬が真っ赤になっていた。
「え？ そうなの？ オフクロって言われてびっくりしちゃった」
「僕も、クーリーフンに聞いてびっくりしたよ」
「アマンザかわいい」
ゆりはアマンザを抱きしめていた。
「私のこと怒ってない？」
「怒ってないよ。お母さん」
「アマンザ……私のこと、信じてくれてありがとうね」
「僕の方こそ、産んでくれてありがとう」
ゆりはついうるっときて、アマンザをぎゅっと抱きしめたのだった。
（次はグレンに会いに行こう）
ゆりはアマンザと別れた後、グレンに会いに行った。ゆりが移動したのは太陽の神殿だった。神殿の外には、鷹のような猛禽類の顔をした四本足の生き物が2頭いた。
「しかし、リスっぽい生き物からこうなっちゃうなんて、大変身よね」
「キキッ」
見慣れた獣が近づいてジャンプしてきたのでゆりは抱っこした。オレンジ色のでかいリスのような神獣である。
「かわいいかわいい」
「キキッ」
「全部変わってなくてよかった」
ゆりはこの神獣のことを結構気に入っているので、全部変身してしまったら、ちょっと残念に思っただろう。
グレンが神殿から出て来た。
「あ、ガーベラ様」
「用事は終わった？」
「は、はい」
「そうだ。速くなったんでしょ。抱っこして飛んでみて」
「いいんですか？」
「うん」
ゆりは神獣を降ろして、グレンに抱っこされた。そしてびゅーんと飛んで行った。
（すごい。スーパーマンみたい）
「すごーい！」
ゆりは喜んでいるが、速いだけに風の抵抗も強い。
「ちょっとグレンの神殿によれる？」
「は、はい」
グレンは自分の神殿の側でゆりを降ろした。
「あーすごかった。来て」
ゆりは肌に張り付いた服を直して、グレンを神殿の中に引っ張っていった。
そしてグレンを抱きしめた。
「グレン、ありがとう。お米を取りに行ってくれたんだってね。私のために」
「あ、はい……」
「こっちに来て〜ダーリン」
ゆりはグレンの手を引いて寝室に引っ張っていった。
「え、あの、うれしいんですが、まだ仕事が……」
「速攻で終わらせましょ。私もうその気満々だから大丈夫」
ゆりは目を輝かせている。
「え……う……」
ゆりはさっさと服を脱いでいる。
「さ、グレンも早く」
「こんなの逆らえるわけない。ガーベラ様！」
グレンは裸になったゆりに抱きついていた。すぐ終わらせるつもりが二度も仲良くなり、グレンはふらふらと雲の上の神殿に飛んで行った。
「そうだ。最後にオルガの顔を見てから帰ろう」
塔では結局オルガに会っていないので、ゆりはオルガに会いに行った。ゆりは寝ていたオルガを起こした。
「ガーベラ」
「オルガ、何度か塔に来てくれたでしょ」
「あ、ああ、君か。私の部屋ってのがうれしくてつい」
オルガはゆりとジンラのやりとりは知らないのか、その話題は振ってこなかった。
「私は、あっちよりこっちでオルガと仲良くなりたいな」
「そうか。じゃあ仲良くなろう」
オルガはゆりを抱きしめた。
「今って意味じゃないけど」
「今なろう」
オルガにキスされて、ゆりはオルガの背中に腕を回した。
「良い匂いだな。さっきまで誰かといたのか？」
「うん。実はグレンといたの」
「そうか。ならもう、すぐにでもできるかな」
オルガは服を脱ぎ、女神の服をたくしあげていた。
女神の体は難なく挿入を許し、再びもたらされた快楽に身を震わせていた。
「ガーベラ……」
「オルガ、大好き。このまま連れて帰っちゃおうかな」
「裸は勘弁してくれ」
「うふふ」
終わると二人は服を着て、ゆりはオルガにぎゅっと抱きついた。
そしてわざとオルガを持ち帰ったのだった。
ガーベラが目覚めた時には、ベッドに一人だった。
「えーと、ここはオルガの所だわ。オルガはいないわね」
ガーベラはきょろきょろと周りを見た。
「ニャーオ」
「ん？」
「ニャオ」
「猫の声がする」
声は布団の中から聞えてくる。ガーベラは布団をはぐった。
「あら」
「ニャン」
下からもぞもぞやってきたのは黒い猫である。まだ赤ちゃんなのか幼い顔立ちである。
「あらかわいい」
ガーベラは猫を抱っこして、猫の足元を見た。
「えー嘘」
猫の後ろ足には黒い輪っかのようなものがついていて、小さな小さな翼のようなものがついていた。
「神器？ えー、グレンの神器っぽいけど、まさか？ グレンと仲良くしてからここにきたのかも？」
「ニャン」
ガーベラは自分の想像に思わずぷっと笑っていたのだった。
その少し前、ガーベラの神殿にハロルドがやってきていた。
「クーリーフン、あっちのガーベラはあれから来てないのか？ 来たら（体で）慰めてやろうと思ってるんだが……」
クーリーフンは、「さー、会ってないけど」とすっとぼけることにしたのだった。
つづく
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