第39話
朝からしとしと雨が降っていたが、午後には止み、白い雲の隙間から青い空が見えた。西の空に大きな虹がかかり、街の子供達は虹を見て喜んでいる。大きな虹がかかったのは、ラーズが近くにやってきていたからだった。
（あっちじゃなかなか会えないし、やっぱりこっちで仲良くしよう。今日はあの部屋の予約をしよう）
「ガーベラに会う〜〜」
ラーズよりも先に虹の女神サーラが城の方に飛んで行った。ラーズも城の方に飛んでいたが、何かに気がついてはっと宙で止まっていた。
城から神の気配を感じるのである。
「ちょ、ちょっとサーラ待った」
ラーズはあわててサーラを呼び止めて、サーラの体を捕まえていた。
「なあに？」
「城に神がいる。昼間からハロルドが？ まさか」
ラーズには神の特定はできなかったが、城の中にいるのは神格が高い神に間違いない。
「だれだろう。オルガは昼間に来ないだろうし」
ラーズは庭園の方に目を向けた。庭園には今誰もいない。城の正門の外で人間が５人集まって話をしていた。ラーズはサーラをだっこしたままそちらに飛んで行った。
正門前にいたのは門番三人とフリット、ミカエルである。５人は突然近くにラーズが現われたので驚いた。
「ラーズ様！？」
「う、うわっ！」
門番達は驚きのあまり後ずさっている。
「今城に神が来てない？」
ラーズは挨拶もなく聞いた。
「ラクア様がいらしてます」
ミカエルが答えた。
「え？ ラクア！？ ほんと？」
ラーズはすごく驚いていた。
「何しにきたの？」
「わかりません。ちょうどよかったです。王妃がピンチになったら、どうか王妃を助けてください」
「ラーズ様、お願いします」
ミカエルとフリットは、これ幸いとラーズに頼んでいた。
「ラクアは怒ってる様子だった？」
「怒っている様子はなかったんですが、なにせラクア様がいらした理由がさっぱりわからず、王妃もびびりまくって今ラクア様に会っている所です」
ミカエルが言った。ラーズに会えたので、ミカエルは心底ほっとしていた。ミカエルやフリットがゆりを助けに入ることはできないが、ラーズならば可能である。
（ラクアが通りすがりでここに来るなんてあり得ない。一体何が目的で彼女に会いに来たんだ？ 彼女がガーベラになっていたってばれたのか？ それとも違う用件か？）
「離してよう」
サーラが足をばたつかせている。
「あ、良いこと考えた」
ラーズはサーラを見て閃いた。
その少し前、ゆりは心底びびってラクアが通されたという客間の前にミカエルとやってきた。客間の前にはラクシュミがいた。
「王様」
「ゆり、私も同席しようか？」
「え？ あ……大丈夫。王様大丈夫よ」
ゆりは笑顔を向けた。
「しかし……」
「大丈夫。行ってきます」
話の内容がさっぱりわからないので、とりあえず二人きりで話を聞いた方がいいだろうとゆりは思った。
「ゆり……」
「案外いい話かもよ。ただの通りすがりとか。それじゃ」
ゆりはノックをして、「失礼します」と言いながら中に入っていった。
ラクシュミは不安そうな顔でゆりを見送った。
「あのジンラの後だけに心配だ」
「王妃が言う通り、ただの通りすがりかもしれませんから、あまり心配しないでおきましょう」
ミカエルはその後城の外でラーズに会ったのだった。
「失礼します」
ゆりは言いながら客間に入った。別人かもしれないと思っていたが、客間にいたのはやはりラクアである。
青系のローブ状の衣装に身を包んだラクアは金色の光に包まれている。額には青い帯。やはり、凄まじい存在感である。ガーベラで会う時よりも、人間で会う時の方が圧倒される。
（さすが神格が高い神、すごい）
ラクアは優しげな綺麗な顔立ちではあるが、性格的にはまるっきり優しいというわけでもない、ということは、ゆりはよくわかっていた。ラーズもラクアには絶対ガーベラのことはばれないようにしようとゆりに言っていたほどである。
ラクアは立ち上がり、「こんにちは」と言った。ゆりは頭を下げて、「こ、こ、ここ、、、こんにちは」と返していた。どうにも緊張して舌が動かない。
（やばい、もう汗かいてきた）
「何か怖がってる？ そんなに脅えなくていいよ。今日はただ通りすがりで来ただけだから」
ラクアは優しげにそう言ってソファに座っていた。
「え？ 通りすがり？？？」
（嘘じゃん！）
まさか神様には言えないので、ゆりは心の中で叫んでいた。
（通りすがりで私を指名って、そんなわけないでしょ！）
「どうぞ座って。本当に怖い話をしに来たわけじゃないんだ」
「は、はい。では失礼します」
ゆりはおずおずとソファに座った。
「ジンラの件は災難だったね。話を聞いて驚いたよ。あなたはいろんなことに巻き込まれてるから、ちょっと心配になってね」
（ラクアが私を心配？ とりあえず、ガーベラのことはばれてないっぽい？ それはよかった）
「あ！」
ゆりは何かに気がついて突然立ち上がっていた。
「そうだ。私巡礼の時のお礼がまだでした。貴重な物をありがとうございます）
ゆりは頭を下げてお礼を言った。
「ああ、ちゃんと渡って良かったよ」
「すごくうれしかったです」
ゆりは再び腰を下ろした。
「それでさっきの話なんだけど、あれから少し間が空いて、今はジンラのことをどう思ってる？」
ラクアは足を組んで聞いた。
「え、どうとは」
「怒ってる？」
「いいえ、お詫びの品もいただきましたから、怒ってないですよ」
「今回のことは、結構な大事だと私は思ってるよ。王妃の評判に傷をつけてしまったんだからね。この国はともかく、外の国では、あなたの噂も違う風に伝わってしまうかもしれない。あなたはジンラと取引きをした方がよかった」
「え？ と、取引き……ですか？ お詫びに欲しい物はもういただきましたけど」
「それだけじゃだめだよ。取引きってのは……」
部屋の中にぬっとサーラが現われたので、ラクアは話を止めた。
「サーラ」
「え？」
ゆりは驚いて後ろを見た。確かにサーラが部屋の中にいる。サーラはゆりの横を通り過ぎてラクアの膝の上に乗った。
「サーラ、どうしてここにいるんだい？」
ラクアが聞いた。サーラはラクアの顔をじっと見上げて、「ラクア怒ってる？」と聞いた。
「怒ってないよ」
「ほんと？」
「うん」
「よかった」
サーラは今度はゆりの方に飛んできてゆりの膝に乗った。ゆりは「ガーベラ」と呼ばれないかドキドキしていたが、サーラは「おねーちゃん」とゆりに言った。
「おねーちゃん泣いてない？」
「泣いてないわよ」
「わかった」
サーラは飛んで行った。
ラクアもゆりも不思議そうな顔でサーラを見送っている。
（あ、もしかして、ラーズがラクアに気がついて、サーラに様子を見るように頼んだのかも？）
ゆりはそう気がついたのだった。ラーズが近くにいる、と思うと、ゆりはかなり気が楽になった。
「さっきの話だけどね、あなたは王妃なんだから、悪い評判が流れた責任をジンラに取ってもらう必要がある。一番いいのは、ジンラに恋人になってもらうことだよ」
ゆりは口をちょっと開けて、ぽかんとしていた。
「……今なんとおっしゃいました？」
「ジンラに恋人になってもらうんだよ。あなたはそれをジンラに要求する権利がある」
（権利？ さっぱりわからん）
話がゆりの想像の遙か上に行ってしまい、ゆりはさっぱりわけがわからなかった。
「あのー。私はもう、あのことはいいんですけど、今更もう、なにもしていただかなくても」
「あなたが一般人ならば物を贈れば済むかもしれないが、そうじゃない。王妃なんだよ。王妃の悪評は、国益を損じることにもつながるだろう？ 噂には噂の上書きをするしかない。そうでなければ、王妃が疑われたのは、疑われるだけの理由があったからだ、と世間の人は思うかもしれないだろう？」
「はあ……」
「あの事件があって、ジンラは一応あなたに話を聞きに来たのだが、まったくの濡れ衣だった。さらにジンラはあなたの高潔さに心を打たれて、あなたを恋人に望み、実際恋人にした。そういう噂を流す。世界的に」
「世界的に？！」
「そう。あなたの評判を守るにはそれしかない」
「いやー……でも……」
ゆりはかなり戸惑っている。
「私も人間には結構罰を与えているけれど、その際には細心の注意を払っている。相手を間違えるなんてシャレにならないからね。もし間違えたのなら、相手の評判を前よりも上げるくらいのことをしてあげなければ。ジンラはそこがわかっていない。あなたはそれだけの要求をジンラにするべきだよ」
「……私にはできませんし、あの、ラクア様はどうしてそこまで気にしてくださるんですか？」
「このままですますのは、ジンラにとってもよくないと思ってね。こういうことはきちんとしておかないと、神への不信につながるんだよ。不信は信仰の対極にあるもの。あなたも今は本当にジンラに怒りもわいていないかもしれないが、数年後にはわからない。もし、似たような事件がどこかで起こってあなたが疑われたら？ もしかしたら、前回もあなたの仕業だったのでは、ということになってしまうかもしれない。あの時ジンラに疑われたせいだ、とあなたも思うだろう。王族の神に対する不信感など、極力ない方がいい。ジンラもきっともやもやしているだろうから、私が先ほどの話をすれば、逆に喜ぶかもしれない」
「喜ぶとは思えませんが……ジンラ様が気の毒すぎると思うんですけど」
「神は、自分がしたことには責任を取らないといけないよ。私がジンラと、ガーベラにも言っておくよ。別にジンラと本当に親密にならなくてもいい。世間的にそう思われるってのが重要なことだから」
「はあ……でも……ジンラ様が恋人なんて恐れ多すぎて。ジンラ様じゃなきゃだめでしょうか。ハロルド様では？ 実はハロルド様には気に入られてるんですが」
「ハロルドがあなたのことを気に入ってるのは知っているよ。ハロルドは龍の国ですごく信仰されているから、あなたを恋人だと公表することはできないだろう」
「なるほど」
神の恋人だと、世界的に公表することに意義があるということらしい。
「でも、ガーベラ様の評判に傷がつくのではないでしょうか。それは困ります」
「あなたが亡くなるまで、我らにとっては一時のことだから、ガーベラもわかってくれるだろう。話はそれだけだよ。帰ったらジンラに話をするよ」
「あの……ラクア様は、あの事件の犯人が私ではないと、完全に信じてくださっているんですね」
だからこそ、こちらが有利になるようなことを言ってくれたのだろうとゆりは思った。
「犯人は君ではないよ。君は、たとえ敵でも殺したいなどと思わない性格だろう。人間にしては珍しい。だから、ガーベラは君が好きだし、サーラも君の膝に乗ったんだよ。私は最初から、君ではないと思っていたよ」
「……うれしいです。とても」
ゆりの目はうるっとしていた。ラクアはゆりのことをよく知らないはずだが、それでも信じてくれたことがゆりはうれしかった。
「少し考えればわかると思うが、ジンラも酒のことになると周りが見えなくなるようだ。それじゃ行くよ」
ラクアは立ち上がったので、ゆりも立ち上がった。
「いろいろありがとうございます」
「それじゃ」
ラクアはその場で姿を消した。ゆりは「はー」と大きなため息をつき、ソファにどっと腰を降ろしたのだった。
ラクアが城からいなくなったので、ラーズが城の中に入り、ミカエルとフリットも瞬間移動でゆりがいる部屋に移動した。
「王妃、大丈夫でしたか？」
ぐったりしていたゆりは、「大丈夫だったけど、緊張したー」と手足を投げ出していた。ミカエルとフリットの次にラーズの姿を見て、ゆりはしゃきんと座っていた。
「ラーズ様、やっぱり近くにいらしたんですね？」
「心配したよ。何の話だったの？」
ラーズはゆりのすぐ側に来た。
「ガーベラー」
サーラがゆりの膝に乗って両手を挙げたので、ゆりはサーラの体をくすぐった。
「きゃははは」
サーラは身をよじって笑っている。
「ラクア様の話はジンラ様のことでした」
「ジンラ？」
ラーズはきょとんとしている。
「神の国でラクア様に話を聞いた方がいいですよ。ちょっと混乱していてうまく説明する自信がないです」
「そう。わかった。ところで、今夜あの部屋を使おうよ。せっかくだから」
ラーズはついでに部屋のことを言っていたので、ゆりの頬が赤くなっていた。
「悪いね。君達の王妃様が魅力的すぎて」
ラーズはミカエルとフリットに言っていた。
「いえ、光栄ですよ」
「光栄です」
二人はむしろ喜んでいる風に返した。
「それじゃその時に、サーラ行こう」
「ガーベラばいばーい」
「さようならー」
二人は去って行った。
「王妃、王の休憩室に行きましょう。王も待ってますから」
「うん。まさかあんな話をされるなんてなあ」
ゆりは王の休憩室で、３人にラクアにされた話をしたのだった。３人はかなり驚いていた。
「まさかラクア様がうちの国益まで気にしてくださるとは……」
フリットが言った。
「確かに、他国で王妃の評判が落ちているとしたら、別の噂で持ち上げていただくってのもいいですね」
とミカエル。
「そうかなあ」
ゆりは首をかしげている。
「ラクアってすごく良い神様だな」
ラクシュミはラクアに感心した様子である。
「ジンラ様、またここに来るのかな？ 世界的に恋人だって言われるなんて、恥ずかしすぎるんですけど……」
「ジンラ様もラクア様も、ハロルド様に続いて、ラーズ様とオルガ様がすでに王妃の恋人だとは思ってないでしょうねえ」
ミカエルが苦笑しながら言った。
（それを言うならラクア様だって、まさか、ニイニを産んだ時のガーベラが私だとは思わないだろうなあ。もし知られたらどうなるだろう。やっぱりむちゃくちゃ怒られるかな。でも、今日のラクアはステキだったな。私のことを気にして来てくれたんだもんね）
ゆりはラクアのことを見直して、（やっぱりガーベラの恋人は全員ステキだわ）などと思っていたのだった。
夜が更けて、ゆりは犬のジロウに、「ジロウ君、ごめん、今晩は見逃して」などと頼んでいた。
「くうーん」
ジロウはそんなあ、とでも言いたげである。
「本当にごめんね。ジロウ君。朝までここにいてくれる？」
「クウン、ワン」
ジロウはしょうがないなあ、とでも言いたげである。ゆりとジロウのやりとりを、シスが笑っていた。
「じゃあ、行きましょ」
「うん」
ゆりは夜のためにミカエルとフリットから気をもらいまくっていた。
シスに塔の上から２番目の部屋に飛ばしてもらい布団の中に入って待っていると、ラーズがやってきた。暗い部屋が一気に明るくなった。
「ラーズ」
「こんばんは。はい、これ贈り物だよ」
ラーズはふわふわした大きな白い布のようなものを抱えてきていた。
「毛布？」
「私が上にいると布団がかけられないだろう？ 風邪を引かないように作ってもらったんだ。裸の上から着るんだよ」
よく見ると、ウールのような毛で編まれた服のようで、前は空いている。ゆりは裸になってそれを着てみた。裾は膝までの長さである。デザインはシンプルだが、ゆりは裸で着て驚いた。セーターなどは裸で着ると、絶対チクチクしたりするものだが、それがまるでないのである。
「あったかいし、ちくちくしない。すごく気持ちいいです」
「よかった」
ラーズは服ごとゆりを抱きしめた。
「今日は怖かったろう」
「途中からラーズが近くにいるって気がついたから、心強かったです。サーラがガーベラって言わないかドキドキしましたよ」
「サーラに状況を見に行ってもらったんだ。ラクアの前ではおねえちゃんって呼んでって頼んだ。ラクアが怒っていたり、君が泣いていたら、行くつもりだった。大丈夫そうだったから待ってた。あっちでラクアに会ったよ。ジンラはその話に乗り気だったようだよ。やっぱり物を贈るだけじゃ悪いと思っていたようだ」
「そうなんですか。じゃあ、世界的に私はジンラ様の恋人って公表されちゃうんだ？」
「うん。そうみたいだね」
ラーズも笑っていた。
「しかし、ラクアがそんなことを言いにここに来るとは驚いたよ。その前に私はジンラの件も知らなかった。クーリーフンに聞いてびっくりだよ」
ラーズはクーリーフンからジンラの話を聞いた後、水の神殿でラクアが帰って来るのを待っていた。神の国では夕方、ラクアが神殿に戻ってきた。
「やあ、今日は妙なところにいただろう」
まずはラーズが聞いた。
「ラーズもいた？ サーラもいたから君も側にいるのかと思ったけど、やっぱりいたんだ」
「何の用だったんだ？」
ラクアはラーズにその話をした。ラーズは心底驚いていた。
「ジンラに恋人になってもらうなんて、人間ごときが、とかラクアなら言うと思ったが」
「彼女は一般市民じゃない。王妃だ。王妃をおとしめるようなことをしてしまったんだから、それなりの償いはしなければいけないだろう。物を贈るだけでは生ぬるいよ。それに噂ってのは尾ひれがついて広まるものだ。完全に消すには、別の強烈な噂で上書きするしかない」
「そんなもんかね。ラクアが人間社会のことをそれほど気にするとは。王妃が神の恋人になるなんて反則のような気もするけど、いいのかな？」
「他に良い方法なんて思いつかない。どっちみち、あの事件は龍側の罠だと私は思ってる。だから龍側に気を遣う必要はない。蛇が争っているのはあの国だけだからね。他の国は、王妃がジンラを恋人にしたって何も困ることはない」
「へーなるほど」
「ジンラの事件だから私は犯人を調べたりはしないがね。ところで、ラーズはどうして蛇の国にいたんだい？」
「私は通りすがりだよ。あ、そうだ。あの王妃、神の手形をコレクションしてるんだよ。ラクア、彼女に好意を持ったんなら、手形をあげてくれよ」
「手形？ どんな手形？」
「私とハロルド、ウィル、オルガは手の形をジェラルドに作ってもらってあげたんだ。あれからもっと増えてるかな。知らんけど」
「手形を集めてどうするんだい？」
「どこかに飾ってるんじゃないかな。手ってそれぞれ個性があって面白いみたいだよ」
「へー」
ラクアが手形をくれるかはわからなかったので、ラーズはその話はゆりには言わなかった。
「ジンラに疑われた時は悲しかったろう。よしよし、いっぱい慰めてあげるよ」
ラーズはゆりの頬をなでながら言った。
「ラーズ好き！」
「んー」
ラーズはゆりの上に覆い被さり、ゆりは暖かい服を着たままラーズに愛されたのだった。
「私もお願いします」
蛇の目も表に出て来た。
「もちろんだよ」
「ラーズ様最高に好き！」
愛撫に力を入れてくれる神は他にいないので、どちらも大満足な夜を過ごしたのだった。
（こんなに優しくされちゃうと、もっとラーズを幸せにしたくなっちゃう。神の国でもっとラーズの子供を産みたい！！）
翌朝、ゆりはにやにやしっぱなしだったので、ミラに、「お顔がゆるんでますよ〜」などと言われてしまった。
「つい。昨晩はラーズがステキすぎて」
「うふふ、よかったですね」
「ところで、ジンラ様がまたいらっしゃるかも。世界的に私が恋人ってことになるなんて、いいのかしらん」
「そうなったら、さすがにアヤコ様の耳にも届きますね」
ミラが言った。
「アヤコさんには手紙を出せばいいけど、聖地にも届いちゃうのかあ」
「神の国ではハロルド様が騒ぎそうですねえ。うふふ」
ミラはニヤニヤしながら言っていた。
「神の国でのハロルド様を想像するだけで楽しいですわ」
「まあ事情を聞けば、私は何も言われないでしょう」
その日の夕方、ジンラが再び城にやってきた。ジンラはまずラクシュミと話をし、途中でゆりが呼ばれた。ジンラのおつきの妖精も一緒である。
（夢のツーショット再び！）
２回目だったので、ゆりは控えめに興奮していた。
「王妃、すまない。あなたの噂を消す為に私があなたに懸想して恋人にしたという噂を流したいと思う」
ジンラはゆりに申し訳なさそうに言った。
「は、はあ……本当にいいんですか？」
「ああ、かまわない。恋人の印にこれを」
ジンラはアメジストのような紫色の宝石がついた銀の髪留めゆりに渡した。宝石は花ビラのようになっていて、花は３つついていた。
「キレイですね。ありがとうございます」
「もし、誰かに私が恋人にしたと証明しなければならないことでもあったら、聖地の私の神殿あてに手紙を飛ばして欲しい」
「そういうことにはならないと思いますが、ありがとうございます」
ゆりとラクシュミは礼を言って、ジンラは今日はその場で姿を消した。
「とんだことになったな」
ラクシュミはぷっと笑っていた。
「噂だけだから、もう城にはいらっしゃらないんじゃない？」
「さーどうだろうな」
『ジンラ様が蛇の国の王妃様を好きになって、国王に頼んで恋人にしたらしい』
この噂は、気合いを入れた風の妖精達によって、瞬く間に広がった。
噂は聖地にまで広がり、噂を聞いたクーガは、（王妃様は今度は何をしたんだろう？）と首をかしげていた。
聖地にあるジンラの神殿の神官達は、
「ジンラ様が人間に懸想しているという変な噂が出ておりますが、訂正した方がよろしいですよね？」
とジンラにおうかがいをたてた。するとジンラは、
「その噂は本当だ。王妃を恋人にした」
とはっきりきっぱりと神官達に告げていた。
「ええ！？ でも、ジンラ様にはガーベラ様が！」
ジンラが今まで人間を恋人にしたという話はまるっきりなかったので、神官達は驚いた。
「もちろんガーベラのことも愛しているが、王妃につい手を出してしまった。かわいらしすぎて」
「はあ……」
「だから、噂は訂正しなくていい」
「そ、そうですか……」
神官達は、だれかにそのことを聞かれたら、「本当です」と答えることにした。ジンラがそう言っているのだから、そう言うしかないだろう。
「神様が恋人にしたがるなんて、きっととても綺麗な人なんだろうね」
「優しくて心もキレイなんだわ」
「会ってみたいな」
こうしてゆりの評判は世界的に結構あがった。
虎の国でもその噂が流れたらしく、アヤコが魔法の鏡で「ゆりちゃん、すごいじゃない！」と言ってきた。後ろにガット達もいたので、ゆりは「ははは、そう？」などと半笑いで返している。
人間界でばらまかれた噂は、逆に神の国にも入って来た。
アシュランにその話を聞いたハロルドは、「なんだそりゃ」と目を丸くしている。
「ジンラを呼んだからわけを聞いてみよう」
ジンラはアシュランの間にやってきて、わけを説明した。
「何も恋人にしなくても……恋人の振りなんだよな？」
ハロルドはそこを確認していた。
「ああ」
「もう王妃に会いに行かないんだよな？」
「呼ばれたら行く」
「呼ばれたら……」
（あの女、この状況を喜んでるに違いない）
ハロルドの頬はひきつっている。
「ジンラ、ハロルドはあの王妃のことを、かなり気に入っているんだぞ」
アシュランは面白そうな顔でジンラに言っていた。
「そうだったか。悪いな。まあ実際に王妃をどうこうするわけではないから」
「本当だろうな」
「ああ」
ジンラは去って行き、アシュランは、「ジンラがあの王妃を本当に恋人にするかどうか賭けよう」などとハロルドに提案していた。
ハロルドはアシュランをじろりと睨んでいる。
「絶対楽しんでるだろう」
「ああ、楽しくて仕方がない。どうしてあの王妃はこんなにも面白いんだろうなあ」
アシュランは腹を抱えて笑っていた。
人間界ではそれから十日が過ぎて、王族御用達の商人達からゆりにお祝いの品が届いた。
「さすが我らが王妃様でございます。もうどこに行っても王妃様のことを聞かれるくらいで、我らも鼻が高いです」
商人達もうれしそうである。
ゆりの侍女達も、
「みんなにジンラ様がいつ忍んでいらしてるの、なんて聞かれるんですよ。本当に忍んでいらしてるのは別の神様ですけど。うふふ」
などとずっとにやにやしていた。
「みんな、外では余計なことは言わないようにね」
ゆりはやれやれといった感じである。
「はい、ですが、塔の四番目の部屋が使われるのも時間の問題ですよ」
「王妃様、こうなったらジンラ様を本気でくどいちゃってください」
侍女達はさらに期待に満ちた瞳をゆりに向けている。
「くどかない。くどかない。あまり浮かれすぎないように。なんか他の女神に怒られたりしないのかしら。そっちが心配だわ」
ゆりはガーベラの評判に傷がついたりしないのだろうかという心配もしていた。
その夜、ゆりは部屋でナナミと一緒に寝ていたのだが、クーリーフンがやってきた。
「あ、よかった。会いたかったの。ガーベラは怒ってない？」
ゆりは起きるなりクーリーフンに聞いた。クーリーフンは大きな布を抱えてやってきていた。同じように目を覚ましたナナミは、「クーだ。ミシェイラを連れてきていい？」と聞いている。
「もう遅いから僕が来たのは内緒にしておいて。お母さんは怒ってないよ。お母さんも事前にジンラに話を聞いていたし」
「でもガーベラの評判に傷がつかないのかしらねえ」
「今回はジンラの落ち度だからね。しょうがないよ」
「落ち度って……そこまでじゃないと思うけど。ところで何をもってるの？」
ゆりもナナミもクーリーフンがかついでいる物が気になっていた。
「気になる？ すごいものを持って来たんだ」
クーリーフンはそれをベッドの上において、布から出した。
「！？」
それはガラスのケースだが、中に真っ白い手首までの手の塊が入っていた。ハロルド並みに大きな手である。
「え？ これは誰の手？」
「マリナール」
「はあ！？」
「ラクアが頼んでもらってきたんだよ。あなたが神様の手を集めてるってラーズに聞いたみたいでさ」
「え……ええー！ すごい。超大物の手が来た！ すごっ！」
「マリナールって海の神様？ 大きな手だねえ」
ナナミも目をまん丸くしていた。
「この手は何でできてるんだろう？」
「塩だよ。塩が固まってできてるんだってさ」
「塩。すごい。海の神様らしい！ すごーい。感激！」
「ラクア様の手はないの？」
ナナミが聞いた。
「ラクアの手は博物館に直接行くみたいだよ。楽しみにしてて」
「えーほんと？ すごい！ 超すごい！！！」
クーリーフンが去った後も、ゆりは布団の中で興奮していた。
「まさかマリナール様の手が来るなんて。予想外。うれしい。いよいよこの蛇の国でも海の神様が信仰されちゃうかも」
「私はラクア様の手が楽しみーいつ来るんだろう？」
ナナミもわくわくしている。
翌朝、博物館の館長が館内にやってきて、すぐに何かに気がついて「うおっ！」と声をあげていた。手首の陳列が一つ増えている。
「うおっこれは！ すごい！」
細長いガラスの台の上に、縦に長い四角い水槽が乗っていた。その中は水が満ちて、水槽の真ん中には手形があった。水は右の手形をかたどるように満ちていたのだった。
つづく
十三部
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