第41話
12の月15日、聖地の空は快晴であるが、肌寒い風が吹いている。今日は朝から聖地にあるアシュラン神殿は賑わっていた。クーガの説教の日だったのだ。
9時ごろにクーガが聖堂にやってきてお話が始まった。7割方は女性である。
「朝は冷えますね。風邪など引かないようにしてくださいね。それでは今日は新たに誕生された神々のお話をいたします。ディアメラ様にはつい最近御子様がお生まれになりました。皆さん御子様方の名前は覚えられましたか？」
ディアメラの子供は最近産まれたばかりなので名前はまだ広まっていないようだ。ちょっとざわついていた。ちなみにフウガも2番目の端っこに座っている。
「二人のお名前は……」
クーガは聖堂の中の人々を見回しながら話していたが、その視線が一番後ろにいる女性で止まっていた。席の一番後ろに青い髪、濃い緑色のワンピースを着た女性が座っていたが、ただの人間ではない。しかもその顔は、クーガもよく知っている顔である。
話が一区切りついたところで一番前の女性が手を挙げていた。
「クーガ様、お二人のお父様がガーベラ様だという噂は本当ですか？」
「本当のようですよ。ガーベラ様は一時男性になられていたようです」
「ガーベラ様が男性に？ 一体どんなお姿なんでしょう」
「ディアメラ様が恋に落ちるなんて、きっととっても素敵な方なんでしょうね」
「美男子なんでしょうねえ」
皆息子のクーリーフンの顔を思い浮かべていた。
「絵画もないんですよね。お顔が見てみたいです」
女性達がわいわい話しだした。
「そうですね。男のガーベラ様の絵画がないのは寂しいですね。クーリーフン様よりも迫力がある方なんでしょうね」
とクーガは答えていた。聖堂に猫のリーファがやってきた。リーファはいつも一番前の机の上に乗るのだが、今日は何を思ったのか一番後ろの机に乗っていた。
クーガはルチアやランスロット、ヴァルの話をして、一時間ほどで話は終わった。
「すいません、今日は用事があるのでこれで失礼します」
お話の後のふれあいはなしだったので、女性達は特にがっかりしていた。
「そこのあなた、ちょっとこっちに来てください」
クーガは一番後ろにいた青い髪の女性に話しかけて、聖堂を出て行った。その女性はリーファを抱っこしてクーガを追いかけた。
聖堂の横の個室にクーガは女性を入れて中に入った。
「もしかして私に用ですか？」
クーガが女性に聞いた。
「うん。そうなの。この後遊びましょ」
女性はかわいらしい声をしていた。青い肩にかかるストレートの髪、背はそんなに高くはない。顔は、瞳は青いがゆりそっくりである。
クーガはやれやれといった感じで、「私は忙しいので無理です」と断っていた。
「たまにはさぼって。働いてばかりじゃつまらないわよ」
「何をして遊ぶんですか？」
クーガは一応聞いてみた。
「行きたい所があるの。蛇の国の博物館、神様の手がいっぱい増えたみたいだからみたいなって思って」
「その顔で蛇の国に行く気なんですか？」
「うん。瞬間移動で連れてってよ」
「リーファにつれて行ってもらってください」
リーファはクーガの方に手を出していたので、クーガはリーファと握手していた。
「にゃん」
「せっかくのお遊びなのに女二人なんてやーよー。もーいじわる」
ゆりによく似た女性は頬をぷっと膨らませていた。
「そうだ。ねぼすけさんをつれて行ってあげたらどうですか？ 喜びますよ」
「ねぼすけ？ リアン君か……誘ってみようかなあ」
「そうしてください」
「じゃあリアン君のおうちまで送って」
「しょうがないですね」
「何がしょうがないのよ。クーガが私に冷たいって告げ口しちゃうからねー」
クーガは女性と一緒に飛んだのだった。
家のベッドで睡眠中だったねぼすけは、顔の上に何か柔らかくてあったかい物が乗ってきて目を覚ましていた。
手をもぞもぞ動かしていると暖かい毛並みの生き物は顔の上からどいた。
「リアン君起きた？」
「？」
ねぼすけはきょろきょろと周りを見て、女性の姿を発見して飛び起きていた。
「え？ ガーベラ様！？」
「そうでーす。リアン君、これから遊びましょーよ」
「え、ええ！？ 遊びます。遊びますとも。ちょ、ちょっと待っててください」
ねぼすけはあわててベッドから降りて、寝間着を脱いでいた。ベッドの上には金色の毛並みの猫が乗っていたが、そちらを気にする余裕はないようだ。
「あせらなくてもいいわよー」
ゆりの顔をしたガーベラはベッドに座っていた。ねぼすけのベッドの横には、かわいいぬいぐるみが5個ほど並べてあった。ガーベラはこうもりのぬいぐるみを手にとっている。
「あーどうしよう。何着よう、スーツ？ あったっけ」
ねぼすけは大慌てでうろうろしている。足がもつれてつまずいている。
「いつものでいいわよー」
「さすがにそういうわけには、ちゃんとした上着にズボンに、あーそうだ。髪！」
肝心な髪は壮絶に寝癖がついている。
「ワックスで固めるしかない」
ねぼすけは顔を洗い、髪をといてオールバックにしていた。奥にしまいこんでいた紺色の上着とズボン、青いシャツを引っ張り出し、靴下をはいて靴を履き、なんとか身支度は終わった。
「ガーベラ様、前もって言ってくだされば、ばしっと決めて待っていたんですが……」
ねぼすけはすでに疲れた様子である。
「ごめんね。実はクーガを先に誘ったんだけど断られたの」
「え？ クーガ君？ ガーベラ様はクーガ君とも仲が良いんですか？」
「全然よくないわよ。クーガがリアン君を誘ったらっていうから来てみたの。いてよかったわ」
「クーガ君が僕を？ おお、友よ！」
ねぼすけは感動するように言っていた。この前のお礼ですよ、とクーガの声が聞えたような気がした。
「それで何をして遊ぶんですか？」
「蛇の国の博物館に行きましょう」
「博物館？」
「リーファ、出番よ。蛇の国の博物館に連れて行って」
ガーベラはリーファを抱っこして立ち上がり、ねぼすけに寄り添った。
「私にひっついて」
「はい！」
ねぼすけは真っ赤な顔でガーベラを抱きしめている。
ガーベラはリーファは賢いので、言葉はなんでもわかるのかと思っていたのだが、リーファが「博物館」の意味を知っているのかどうかは不明である。
リーファは蛇の国に飛んだのだが、城のゆりの部屋に直行していた。
「！？」
ゆりはその時部屋にいて、ヴィラと寄り添って気をもらっていた。
「な！？」
ヴィラも目を丸くしている。
「あらやだ。リーファったらもー」
ゆりに似た女性がうふふと笑っていた。
「あーガーベラ様！？」
ゆりが驚きの声をあげた。
「そうなの。ごめんなさい。城に来るつもりじゃなかったんだけど」
ヴィラはゆりによく似たガーベラを見て口を半開きにしている。リーファはガーベラの腕から降りて、部屋にいたジロウの側にかけて行った。
「ニャーン」
「ワンワン」
ジロウも尻尾を振りまくっている。
ゆりはガーベラの横にいた男を見た。見覚えがある、というか、左右の色が違う印象的な瞳はねぼすけである。
「ぷっ……ぷぷぷ……ねぼすけさん、こんにちは」
いつもと違うねぼすけに、ゆりは笑いをこらえながら言っていた。ねぼすけの方はゆりを見て驚いた様子である。
「お二人でどこに行く所だったんですか？」
ゆりが聞いた。
「博物館に行きたかったの」
ガーベラが答えた。
「ヴィラ、二人を博物館に連れて行ってくれない？ 特別待遇でね」
「は、はあ……」
ヴィラは戸惑ったまま二人に近づき、二人を瞬間移動させた。
「ぷ……ぷぷぷ……あの頭……うける！！」
ゆりは3人が去った後、げらげら笑っていた。
「ねぼすけさんてばー……ガーベラ様とデートなんでおめかししたのかしら。ふふふ。猫ちゃんってば連日神様を連れてきちゃうなんて、おもしろーい」
リーファはジロウの体に頬をすりすりしていた。よっぽどジロウが気に入ったらしい。
「犬と猫の間で愛が芽生えることはあるのかしら」
ゆりは2匹を眺めながらそんなことを考えていた。
「それにしても、自分の顔を眺めるなんて変な感じ。ガーベラ様ってば、ああいう所も好き」
わざわざゆりの顔になっているところが、ゆりにとっては恥ずかしいがうれしい気分だった。
博物館に連れてきてもらったねぼすけとガーベラは、特別待遇ですぐに中に入れてもらえた。
ガーベラはヴィラにこそっと耳打ちして離れている。
「あのーゆりちゃんは……」
ねぼすけはおずおずと言っていた。
「ゆりちゃんは王妃様なのよ」
ガーベラが笑顔で言った。
「王妃様？」
「うん。王妃様」
「まさか王妃様だとは、うーん、すごい偶然」
ねぼすけは、以前自分が王妃の暗殺を阻止したことを思い出していた。
（ゆりちゃんは大神のお気に入り。もしかしてガーベラ様に変身できるからお気に入りになったとか？ 変身するところが見てみたいなあ）
ガーベラは展示物に近づいていたので、ねぼすけも展示物に目を向けた。アリアスの胸像やらダーナの全身像もあったが、二人が一番に近づいたのは手だった。
「おおー？ 手だ。ハロルド様の手？ 想像して作ったのかな？」
ねぼすけは白い手を眺めながら首をかしげている。
「男らしい手だわ！」
横で若い女性が感激してる。
「これは本人が手形を取ったのよ。全部本人の手なのよ」
ガーベラが説明した。
「えー？ 本当ですか？」
ねぼすけはさすがに驚いていた。
「神様の手がこんなにいっぱい？ これはすごいな。あ、オルガ様の手だ。なぜに色つき」
ねぼすけはつい笑っていた。
（色付きの手、怖いですよ。オルガ様）
ねぼすけは、壁にかかっているガーベラの手を眺めた。
「どうしてグレン様と一緒なんですか？」
「たまたまいたから一緒に押したの」
一緒に押したのはゆりの方だが、ガーベラはそう説明した。
「サラディン様の手、面白い」
サラディンの手はくりぬかれているので、そこでは行列ができていた。皆そこに自分の手を入れてみたいらしい。
「あーラクアの手まであるわ」
ガーベラはラクアの手に近づいた。
「ラクア様、すごく気合いが入ってますね」
本人の気合いが伝わる手である。
「ほんとね。ずっとあのまま維持するなんてすごいわねえ」
「マリナール様の手……マリナール様ってたくましい神様なんですね。僕会ったことがなくて」
手を見ただけで本人の体格が分かるのだから面白いものである。
「すごいなあ」
「面白いわね」
「面白いです」
「ああダーナ様」
「だめだめ。離れて」
ダーナ像に近づこうとして、止められている男がいた。
「ちょっとだけ抱きつきたいんですー」
「だめ」
（ダーナ様よりも、ガーベラ様だろ！ ここに、ここにガーベラ様が！！）
ねぼすけは言いたいのを我慢していた。
「私、大変なことに気がついたわ」
ガーベラが口元に手をあてていた。
「どうしたんですか？」
「サントスの手がないわ。せっかくだからサントスの手も飾ってもらいましょう」
「確かにないですね。アリアス様は手じゃなくて胸像なんですね。どうしてだろう」
「アリアスが、私は手よりも顔だって言うのよ」
「言いそうですね。でもどうせなら手が見たかったですが。しかし、神々がこんなに協力してくれるなんて……」
「信仰にもつながるじゃない」
「それはそうですが、誰が頼んだんだろう。やっぱりゆりちゃん？」
「最初はそうなんだけど、途中から勝手に増えてるの。面白いでしょ？」
「勝手に。面白いですね」
奥にはゆりの石像もあった。
（そういえば、ラーズ様はゆりちゃんの恋人らしいもんな。それについてはガーベラ様はどう思ってるんだろう。怒っていないのは確かだが。怒っていたら本人をまねるわけないし。ガーベラ様は相当彼女のことが好きらしいな）
「こんにちは」
二人に声をかけてきた者がいた。イシュタールである。
イシュタールはヴィラから聞いてきたのだった。
「あら、こんにちは」
ガーベラが答えた。
「あの、こちらの方は……」
「リアン君、すごく強いのよ」
ガーベラがそう紹介したものだから、イシュタールは目を輝かせていた。
「強いんですか。あのーちょっと手合わせしてください」
「無理です」
ねぼすけは速攻で答えていた。
「そうですか。残念です」
イシュタールはあっさりあきらめた。
「私、リアン君が戦う所がみたいな」
ガーベラがかわいい声で言った。
「やっぱりやります」
ねぼすけはすぐに意見を変えていた。
「本当ですか？ うれしいです」
イシュタールはすごく喜んでいる。
「では、博物館の見学が終わったらご案内します」
「もう見たい物はみたからいいわよー」
「そうですか？ それではすぐに」
イシュタールは二人に触れて移動した。移動先は闘技場である。闘技場は今日は戦士が10人ほど稽古してるだけだった。
「リアン様は武器は何を使われますか？」
「うーん、そうですねえ。あの棒がいいかな」
闘技場の壁に立てかけてある1メートルほどの木の棒を見つけてねぼすけが指差していた。
「そうですか。なら私も」
（相手に大けがでもさせたらガーベラ様に嫌われる可能性もあるからな。刃物なしにしよう。手加減手加減）
ねぼすけは上着を脱いだ。
「持っててあげる。がんばってね」
「はあい」
ガーベラが見守る中、イシュタールとねぼすけの棒を使っての立ち会いが始まった。
一方、博物館に二人を送ったヴィラは、またゆりの部屋に戻ってきていた。
「あの男はだれなんですか？」
男のことが気になったようである。
「ねぼすけさん。寝るのが好きだからそういうあだ名なんだって。妖精なのよ」
「王妃はどこで知り合ったんですか？」
「神の国でガーベラの時会ったの。その後夢でちょっとやりとりした。色っぽいやりとりじゃないわよ。お友達になった。彼は私が王妃って知らなかったんじゃないかな」
「お友達……夢で誰かと会っちゃうなんて、王妃の交友関係は把握できなくてほんと困りますね」
ヴィラはため息交じりである。
「彼とは変なことにならないって。ところでさ、リーファがもし、別の一族の人間とかここに連れてきたらどうなるのかな？ ねぼすけ君は妖精だから王様の結界は関係ないんでしょ？」
「まあそうですね。人間なら結界ではじかれますよ。相手が妖精なら関係ないようですね。ガーベラ様が、王様やハザーク様には内緒にしといてって言ってましたよ」
「男連れって聞いたらショックを受けるかもしれないから、内緒にしといてあげて」
「あ……イシュタールがそのねぼすけさんに稽古をつけてもらうみたいですよ」
ヴィラは思念を受けて言った。ガーベラがいたことはすでに男達には回っている。
「え？ そうなの？ イシュタールらしいわね。ヴィラ、見学してきて。早く早く」
ゆりにせかされて、ヴィラは闘技場に向かった。
ヴィラが闘技場に行くと、すでに立ち会いは始まっていた。戦士達は自分の稽古はやめて、二人を見学している。闘技場には他に、ミルキダスがやってきていたので、ヴィラはミルキダスの横に移動した。
「棒か」
「さっき始まった所だよ」
「すごい！」
「速い！」
戦士達から感嘆の声が飛んでいる。
ヴィラがちらりとガーベラを見ると、ガーベラはヴィラに気がついて手でちょいちょいと呼んでいた。
「ヴィラ、呼んでるよ」
「ミルキダス、行ったら」
二人はお互いに小突きあっている。
「あのー彼女は誰なんですか？ 王妃様に似てますね」
戦士の一人が代表してミルキダスに聞いていた。
「あ、その……妖精さんだよ。王妃に似て、かわいいだろう？」
「妖精さん？ へー？ じゃああの方も妖精さんなんですか？」
戦士は今度はねぼすけを見て聞いていた。
「そうだよ。彼も妖精だよ」
ヴィラが答えた。
ガーベラが何度も呼んでいたので、二人はそろってガーベラの側に移動していた。
「こ、こんにちは」
ミルキダスは真っ赤な顔で挨拶している。
「もーなんですぐにこないのよ」
ガーベラはヴィラの腕を軽くつねっていた。
「彼、すごく強そうですね。まだ全然本気じゃないみたいだ」
二人はかなりのスピードで木の棒を打ち合っている。
「リアン君はハロルドの加護がついてるから本気は出さないわよ」
ハインリヒがやってきた。
「はーい」
ガーベラが手を振っている。
「こんにちは、今日は彼氏を連れてきたんですか？」
ハインリヒが聞いた。
「彼氏じゃないけど、私は彼が小さい時から知ってるの。リアン君」
二人の激しい打ち合いが続いていたが、やがてねぼすけはちょっとペースをあげて、イシュタールを負かしていた。
「ありがとうございます」
イシュタールは負けてもうれしそうだった。
「ガーベラ様、僕どうでした？」
ねぼすけがガーベラに近づいて聞いた。
「すっごくかっこよかったわよ」
「そーですかあ？」
ねぼすけはデレデレで上着を着ていた。ねぼすけはまったく息が乱れていなかった。打ち合いなどしていなかったのように。それだけでもたいしたものだと3人は感じていた。
「一番得意な武器はなんですか？」
ハインリヒがねぼすけに聞いた。
「槍ですよ。槍をぶん回すのが好きですね。でも傷つけたら困るので、刃物は使いません。ガーベラ様、そろそろ違う所に行きましょうよ」
「そうね。他にどこか良いところはあるかしら？」
ガーベラが3人に聞いた。
「季節的に景色がいい所と言ったら今はあまりないですが……そうだ。クーガ様が関わってくださった教会に行きませんか？ とても素敵な教会なんですよ」
ヴィラが提案した。
「へー行ってみましょう」
ヴィラは二人を連れて移動した。
ミルキダスはぼんやりしているイシュタールに近づいた。
「どうかしたんですか？ 怪我でもしました？」
「いいや。あの方、力の2割程度しか出していなかった。世の中にはすごい方がいらっしゃるなあと思って」
「ハロルド様の加護がついてるようなので、そのせいもあるでしょう」
ミルキダスが慰めるように言った。
「加護がなくても、結構強いんじゃないのかな。見た目あんなに強そうには見えないのに。だからこそすごいな」
「あの人、今度戦があったら飛び入りで参加してくれないかな」
ハインリヒはそんなことを言っていた。
ガーベラとねぼすけの二人は最後に教会を見学した。ちょうど牧師が教会の中を掃除中だった。ヴィラは女性の正体を牧師に言いたくてたまらなかった。
「素敵な教会ですね」
ガーベラが牧師に告げた。
「ありがとうございます。あのー王妃様によく似ていらっしゃいますね」
牧師が言った。
「よく言われるんですよ」
ヴィラは口元をむずむずさせている。
ねぼすけは天井画を見上げていた。
「ガーベラ様、かわいい」
「うふふ、それじゃそろそろ帰りましょうか」
「猫を迎えに行くんですか？」
「リーファは勝手に帰るからいいわよ。じゃあまたね」
ガーベラはヴィラと牧師に手を振って、ねぼすけを連れて瞬間移動した。
ガーベラが移動したのは神の国だった。ガーベラは元の姿に戻っていた。
「ガーベラ様、今日はとっても楽しかったです」
ねぼすけは心底うれしそうに言った。
「私もよ。付き合ってくれてありがとう」
「こちらこそ！ またいつでも誘ってください」
「おい、こいつと何やってんだ？」
二人に近づいてきたのはハロルドだった。ガーベラはハロルドの元に移動したのだった。場所は草原で、離れた所には剣の打ち合いをしている妖精達がいる。
「別に、ちょっと私に付き合ってもらってただけよ」
「なんだ。その髪」
ハロルドはねぼすけの髪を眺めている。
「じゃあまたねー」
ガーベラは軽やかに去って行き、ねぼすけはガーベラに投げキッスしまくっていた。
「いやーほんとガーベラ様ってかわいいですよね。おっぱいもいいですが、あの声がかわいすぎる」
「ねぼすけ、せっかくだからちょっとやっていけ」
「遠慮します。僕は今日一日、幸せの余韻に浸りたい♪ それでは」
ねぼすけもスキップするように去って行った。
「ニャーゴ」
低い獣の鳴き声が聞こえて振り向くと、真っ黒い猫がハロルドの後ろにいた。
「はあい、お父様」
しかもその猫の背中にはキュリアが乗っている。
「……絶対パティウスが何か食べさせただろ」
ハロルドは猫を指さしていた。これはもはや猫と呼べるのかどうかもわからない。体は豹よりも大きく、エメラルドのような色の瞳はランランと輝いている。顔も体も猫っぽいが、でかすぎる。背中にキュリアが乗れるほどなのだ。ちょっと前生まれた時は、確かに小さい猫だったのだが、数日でこれほどまでに大きくなるなんて、どう考えてもおかしい。
ガーベラはオルガの神殿で見つけた猫を、キュリアに預けて世話を頼んでいた。キュリアは「クロ」と名付けてお世話していたのだ。
「それが、パティウスは何もしてないって言うんです」
「本当か？ 突然こんなにでかくなるなんておかしいぞ」
でかい猫はハロルドに頬をすりよせている。
「ニャーゴ」
でも鳴き声はかわいくない。
「突然じゃないです。ちょっとずつ大きくなってこうなったんです」
「ちょっとずつ……」
「朝と晩で2倍とか3倍になってましたけど、バリアスみたいに私の神気をあげたらこんなになっちゃった。でもすごくかわいいでしょう？ 私もう、クロがかわいくてしょうがなくて」
キュリアはクロの背中に乗ったまま、クロをなでなでしている。そのクロは、ハロルドが好きなのかハロルドにすり寄っていたが、いつの間にかぐいぐい押しまくり、ハロルドは後ろに下がっていた。
「しかも力がすごい。そろそろ飛ぶんじゃないか？」
クロの足には神器がついている。グレンのような白い翼が後ろ足についているのだ。
「今のところはまだ飛ばないですけど、でも跳躍力はすごいですよ。それじゃクロ、散歩にいきましょう」
キュリアが言うと、クロはたっと走って行った。走るというよりも、疾風のように駆けて行った。妖精達はそれを見て、「すごい」と言っている。
「絶対猫じゃないと思うが……最近の神獣はどうなってるんだか。だがあの猫、戦に使えるかも」
ハロルドは密かにそう思っていたが、戦いに出してもしクロに何かあれば、キュリアが大泣きすることは間違いない。
（あまり欲張らないでおこう）
前回、トルメンタを亡くしてがっくりきていたヒルデリアを間近で見ていただけに、キュリアにあんな思いをさせたくはなかった。
「リリーの力も気になるがなあ」
そのリリーは、今日もジンラの神殿でお酒をペロペロなめていた。お酒をなめていたのは、リリーの尻尾の蛇達である。
「リリーってほんとかわいい♪ ねえジュリアン」
「うん」
今日はジュリアンも一緒だった。アマンザはお酒を飲むリリーを見るだけでうれしそうだ。
「ジュリアン、リリーの尻尾について何かわかった？」
アマンザが聞いた。
「まだ確信はもてないけど、もしかしたら、リリーにとって重要なのはしっぽなのかも」
ジュリアンはリリーの尻尾の蛇の頭をなでなでしていた。
「重要なのはしっぽってどういうことかな？」
「つまり、尻尾が主体ってこと。この2匹の蛇は、この体につくことによって、機動力を手にいれたのかもしれない」
「はあ」
「蛇だけじゃ、移動するにも限度があるだろう？」
「それはそうだけど、おまけの方がすごくない？ じゃあハンターは？」
「ハンターはどうだろう。まだわからない。成長するのが楽しみだな」
「そうだね。尻尾が主体か。まあ確かに、リリーは尻尾がお酒を飲みたいって思ったらここに来るんだもんね。尻尾に操られてるともいえるかも？ そう考えたら面白いね」
「うん。面白い」
金色の蛇の鱗の色が、紫色に徐々に変化していた。
「あ……」
尻尾だけが全体的に紫色になると、また金色に戻って行った。
リリーはたっと走って行った。
「リリーのためにもおいしいお酒を作らなきゃね」
二人は微笑んで、リリーを見送っていたのだった。
つづく
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