第42話
12の月15日夜である。クーガは自分の寝室にいて、白いガウンを着てベッドに座っていた。今日は昼間ガーベラがやってきた。
クーガはねぼすけの家の中までガーベラを送っている。
（ちょうどねぼすけさんが家にいてよかった。喜んだだろうな）
クーガは眠っているねぼすけを見ただけだった。あの後、きっとねぼすけは大喜びしたに違いない。
「博物館か、また手が増えていたりして」
ベッドの上にどさっと女性が現われた。ガーベラ姿のゆりである。
「クーガ様こんばんは」
「こんばんは」
クーガが微笑んだ。
「クーガ様とここでこうなって一年が過ぎたんですよ。今日はお祝いいちゃいちゃですね」
ゆりはうれしそうだ。
「一年で飽きられなくてよかったです」
「この一年あっという間でしたね。あなたは城にいるのにいろんなことに巻き込まれたり、いろんなことをしでかしたり、しかも全く予想できないことばかり。ある意味、私の人生で一番ドキドキした一年でしたよ」
「それはよかったです」
「別にほめてないですが。これをどうぞ。あなたがフウガに頼んでいたものですよ」
クーガはスケッチブックをゆりに渡した。
「あ。もうできたんですね。うれしい。帰ったらじっくり眺めます」
ゆりはスケッチブックを受け取ったものの、開かなかった。が、中を見たそうだ。
「別に今見てもいいですよ」
クーガが横目で見て言った。
「いやー、そういうわけにも……」
「フウガがあなたの反応を知りたがってましたので」
「じゃあちょっとだけ。……うおっ！」
ゆりはスケッチブックを開いて声をあげていた。一枚目にあったのは、なんとスペード騎士の横顔アップである。二枚目は上半身までのスケッチで、三枚目は全身像だった。カードは腰までだったので、想像で描いてくれたようだ。これで終わりかと思ったら、四枚目には、違う角度からのスケッチもあった。そしてその次には正面からの顔アップ、さらに、斜めからの顔のスケッチである。
「うおお！ やっぱりフウガ君ってすごいですよ。画家も目指せますよ。すごい！」
ゆりは目を輝かせてスケッチを眺めている。これは感動するレベルである。
「ガーベラ様の顔でうおってのはやめてください」
「すいません。つい」
ゆりはスケッチブックを閉じた。
「すごく喜んでいたってフウガ君に伝えてください。あのカードを見ただけでここまで描けるなんて、フウガ君はやっぱり天才ですよ！」
「伝えますよ。それ、スペードさんにモデルを頼んだんですよ。フウガが会いたいと言ったので」
「え？ そ、そうなんですか？ だから顔アップも細かく描けたんですね。スペード様は何か言ってました？」
ゆりの頬はちょっと赤くなっていた。
「別に何も。あなたは変な人ですね。神とは平気で付き合えるのに、スペードさんだけは無理なんて。神と付き合う方が、普通は一〇〇〇〇倍は難しいんですがね」
クーガはゆり以外で神と恋仲の女性を知らなかった。神に熱烈にアピールしても、その想いは普通は届くことすらないのである。
「クーガ様もそのくらい難易度高いですよね。でも私の場合は、ガーベラ様がきっかけですもん。ガーベラ様がいなかったら、神様との縁はなかったですよ。クーガ様だってそうだし」
「まあ、きっかけはそうかもしれませんが、あなたは面白い人ですよ。自分がすごいってことに全く気がついていないんですからね。そうそう今日ガーベラ様が聖地に来ましたよ。蛇の国の博物館に行きたいとおっしゃっていました」
「知ってます。二人とも私の部屋に移動してきたんですよ。あの猫ちゃん、すっかりうちのジロウ君が気に入っちゃったみたいで。前回なんかサントス様を連れてきちゃったんですよ。サントス様、すごく動揺されてました。うふふ」
「あなたの部屋に行ったんですか？」
「はい。その後博物館にお連れしましたよ」
「なんと……それは彼も驚いたでしょうね。ガーベラ様と一緒にいた彼は妖精で……」
「知ってますよ。ねぼすけさん、今日はめかし込んでいたからおかしかったです」
クーガは目を見開いていた。
「あなたは彼を知ってるんですか？ いつ出会ったんです」
「えーと、最初は……そうそう、夢でスペード様と彼が一緒にいて、その時に会いました。すごく怖い人ですよね。ねぼすけさんは、絶対敵に回したくないです」
「……まさか、あなたがねぼすけさんとも知り合いとは……その内彼も恋人になっているんじゃないでしょうね」
「それはないでしょう。お友達ですよ」
ゆりは気楽に言っていた。
「お友達……あなたの恋人達はため息をついていないですか？」
「はい、今日もため息をつかれました。王妃の交友関係が把握できないって。でも、ねぼすけさんは本当にそういうんじゃないですし、あっちもそういう気はないですよ。今日はガーベラ様とデートだったからすごく喜んでいたんじゃないですか？」
「そうでしょうね。彼はガーベラ様のことがすごく好きみたいですから。そうだ、今日はあなたに贈り物があるんですよ。これから寒くなりますから、きっと役に立つでしょう」
クーガはベッドサイドにおいてあった小さい皮の袋をゆりに渡した。皮袋はずっしりと重みがあり、暖かい。
「あ、もしかして、太陽の石ですか？」
「そうです。ご存じだったんですか？」
「はい、前にいただいたことがあるので」
「なんだ、そうだったんですか」
「でもその石はもう手元にないので、うれしいです」
ゆりは両手で袋を持って喜んでいた。
「もうない？ 誰かにあげてしまったんですか？」
「はい、麒麟の長老様に差し上げました」
クーガは心臓が激しく脈打つほどの衝撃を受けていた。
「今なんと？」
「前にいただいた太陽の石は、麒麟の長老様に差し上げました。麒麟の国は冬は雪が大量に降ってすごく寒いらしいので」
「……おかしいでしょう。なぜ蛇の国に住んでいるあなたが、麒麟の長老のことを気にするのですか？」
クーガは平常心を装って聞いた。この世界は、自分の一族が一番大事である。神からの賜り物を他国に譲るなんて普通はあり得ない話である。
「あなたは、神からの賜り物を、あっさりと他の者に譲ってしまったのですか？」
クーガの表情がちょっと怖かったのか、ゆりの顔色がさっと変わっていた。
「あの、アリアス様をないがしろにしているとか、そういうわけじゃないですよ。元々アリアス様からいただいたものじゃないですし、いや、間接的にはそうですが……」
「詳しく話してください」
「最初は、私がガーベラ様になっているときに、虹の妖精の7人組を虹から解放したのがきっかけでした。その7人はアリアス様とダーナ様の御子様だったんですけど、長い間虹に閉じ込められていたんですよ。アリアス様は、もちろんガーベラ様に感謝して、ガーベラ様は、私がもらって喜ぶような物を、アリアス様からもらってくれたんです。その中に太陽の石があったんですよ。しばらく手元に置いていたんですけど、ある日ハザーク様が、麒麟の長老様の噂話を聞いたとかで、太陽の石をあげたいっておっしゃって。その時はハザーク様が他国の方を気にしたのが初めてだったので、驚いたんですけど、ハザーク様同様長生きされている方がいると知って、私も賛成したんです。ハザーク様は麒麟の長老様に親近感を抱いたんですよ。あちらもハザーク様のことを知っていたようで、その後お礼の品を一族の方が持って来てくださったんです。もし二人が出会ったら、きっととても仲良くなれると思うんですよ。出会えないのが残念ですが、遠く離れていても、同じように長生きされて、一族のことを見守ってきた者同士、きっと同じような悩みを抱えてこれらたんじゃないかなって思って……だから、神様をないがしろにはしていないです。怒らないでくださいね」
ゆりは最後にはクーガの顔色を窺うように聞いていた。クーガは自分の頬をなでた。
「別に怒ってないですよ」
「そうですか？ なんか怖かったんですが」
「すいません。ちょっと驚いてしまって。それっていつのことなんですか？」
「いつだったかなあ。石を差し上げたのは、ああ、麒麟と龍の戦の前ですよ。あちらでは太陽の石を儀式に使ったとかで、違う用途で使ってしまってすいませんって謝っていたようです」
「そうですか」
「すごくうれしかったみたいで、すごい水晶の蛇を持ってきてくださったんですよ。これはクーガ様からの贈り物だから、私が大事にもっておきますね」
「そうしてください。でも、驚きました。太陽の石は聖地でも売ってますが、純度によって値段が違います。きっとそれもとてもいい石だったと思います。それなのにあっさりと見たこともない者に贈ってしまうなんて。後悔しませんでした？」
「今はもう、麒麟の長老様はハザーク様のご友人ですから。ハザーク様に知り合いができたことの方がうれしいんです」
ゆりは心底そう思っているかのようだった。
「私があなたの王なら、止めましたよ。王様は止めなかったんですか？」
「王様は……そういえば全然相談しなかったかな」
クーガはずるっと肩を落としていた。
「神の国の物は、黄金と同じくらいの価値があるんですよ。国同士の取り引きに使えるくらいの」
「クーガ様ってば、私がそういうことを考える人間なら、ガーベラにはなれてないです」
ゆりは自分ではっきり言っていた。
「それは、そうかもしれませんが……」
「大丈夫ですよ。私はそこまで無邪気じゃないですから。うちにとっては、麒麟の国と友好関係を結ぶってのは良いことですよ。向こうが頑張って龍と張り合ってくれれば、龍の目がこっちに向かないですし」
「はあ……」
「麒麟の国では、真冬の夜にオーロラが見えるらしいですよ。クーガ様は見たことがありますか？」
「オーロラ……見たことがありますよ」
「きっととってもキレイなんでしょうね」
「…………」
クーガは幼い頃、城でオーロラを見た時の記憶を思い出していた。何も知らなかった無邪気な頃の記憶である。今はもう思い出すことさえ稀なほどだった。
「あなたは本当に予想外なことばかりする人ですね。無邪気な顔で、私の心にもぐさっと短剣を突き立てるんですから困ったものです」
「え？」
ゆりはクーガの胸を見ていた。
「何かクーガ様を傷つけるようなこと言いました？」
「いえ、逆に、すごく癒やされましたよ。そうだ。太陽の石ですが、暖まる以外に、面白い使い道があるんですよ。太陽の神殿では、石を使ってゆで卵を作ってるんです。祭りの時などにゆで卵が配られたりしてるんですよ」
「ゆで卵、水に浸けたら早めに効果が消えてしまったりしないでしょうか」
「大丈夫ですよ。この石は純度が高いですから」
「本当ですか？ なら私もゆで卵を作っちゃおうかな」
「石を出す時にやけどしないように気をつけてくださいね」
「はい」
「では、あなたとここで仲良くなって一年の記念でしたね。愛し合いましょう」
クーガは手を伸ばして、ゆりを抱き寄せた。
今夜は熱烈な愛しっぷりだったが終わった後には、ゆりは太陽の石とスケッチブックをしっかり抱えて去って行った。
「スペードに負けた気分だ。あんなに好きなのに会えないとは……本能で惹かれる相手か……」
自分とはそうではないから関係が続けられるとも言えるが。
（それにしてもまさか彼女の口から麒麟の長老の話が出るとは驚いたな。まるで接点はないと思っていたのに）
クーガは自分の胸をなでていた。青い花は今もキレイに咲き続けている。「あなたと息抜きがしたい」と最初にゆりに言ったが、今ではそれが、クーガにとっては重要なことになっていた。次に誰かに会うのが楽しみ、なんてことも、今まではそうなかった。
（性欲と一緒に心も満たされるような気がするんだから、確かに彼女はすごい。特に今日は、麒麟の長老の話を聞いたせいか、癒やされたな）
「次は２の月か……彼女との一時はあっという間だが、次まで長いな」
（ガーベラ様の体は素晴らしいが、時にはやはり彼女自身の体とそうなりたいと思ってしまう。霊体がうらやましいような……）
「愛とは不思議な感情ですね」
クーガは苦笑していた。
一方、自分の寝室で目覚めたゆりは、
（クーガ様、すごい熱烈だったなあ）と頬を真っ赤にしていた。
（すごく気持ちよかったです。そしてこれ！）
ゆりはしっかり腕に抱えていたスケッチブックを開いて、「うふふ」と笑っていた。
「スペード様、やっぱりかっこいい」
横で寝ていたシスが目を覚まして横からスケッチブックをのぞきこんだ。
「あれ？ スペードさん？」
「そう。カードのスペード様をフウガ君に描いてもらったの。すっごく上手でしょ？」
ゆりはうれしそうにシスに絵を見せている。
「そうなんだ？ どうやってこれをもらってきたの？」
「え？ ちょっとね。実はカードもフウガ君にあげたの」
「え？ カード、もうないの？ 思い切ったんだね」
「そう。ずっと私が持ってたら、スペード様がいつまでたっても活躍できないし」
あのカードはスペードが活躍するためのものではないのだが、ゆりの中ではそうなっていた。
「ふうん。母様はあと四回聖地に行けるんでしょう？ スペードさんに会いに行かないの？」
シスが聞いた。シスはゆりとスペードのやりとりのことは知らない。
「まあいずれね。今日は雨ね。梅雨入りかな」
激しい雨音が聞えてくる。
「となるとイシュタールは神の国かあ。あ、シス、イシュタールに神の国に行く前に寄ってって伝えてくれる？」
「うん。いいよ」
（スペード様に追加で手紙を描こうかな。あの後ジンラ様が恋人になった件もあったし。あ、そういえば、クーガ様にはジンラ様のこと聞かれなかったなあ。まだ知らないかも？ 知ってもなんとも思わないかも？）
「シス、みてー太陽の石、またもらっちゃったの」
ゆりはシスに皮袋を渡した。
「へーよかったね」
「後でゆで卵を作ろう」
「ゆで卵？」
イシュタールは今日にも神の国に行くというので、ゆりはスペードへの手紙と、クーガへの手紙も一緒に書いてイシュタールに持って行ってもらった。
その後ゆりは厨房を借りてゆで卵を作った。鍋に水を入れて太陽の石を入れると、すぐ水は沸騰した。
ゆりはその場で侍女とゆで卵を食べた。
「おいしいですね」
「うん。もっと一杯作ろう」
ゆりはゆで卵を作りまくり、城にいたみんなに卵を配ったのだった。
夕方、聖地のスペードの元に火の神官がやってきた。
「あなたにお手紙ですよ」
「ありがとうございます」
「手紙を頼まれる火の妖精様は半分人間で半分妖精なんですってね。私も今日聞いて驚きました。10日くらい神の国にいらっしゃるようですよ」
「そうなんですか」
手紙は2通あってどちらも差出人はゆりだったので、スペードは個室に行って手紙を読んだ。一つ目にはジンラの事件についての詳細が書かれていた。そして2通目には、「ジンラ様と私が恋人だという噂が聖地でも流れているかもしれませんが、それはジンラ様が私に気を遣ってくださっただけですから」というようなことが書かれていた。
「ジンラ様の恋人……そういえば神官達が何か言ってたな」
ジンラ様に人間の恋人ができたらしい、という噂を聞いただけで、それが誰かはスペードは聞かなかった。
「いろいろあったんだな。半妖精の彼はしばらく神の国にいるのか。会いに行ってみようかな」
スペードはイシュタールに会って話を聞いてみたいと思ったようだ。
そして火の神官はクーガにも手紙を届けていた。そちらの手紙には、
「昨晩は素敵な夜でした。ありがとうございます。ゆり」
と書かれ、名前の後ろにはハートが二つ並んでいた。
「……なぜ火の神殿経由できたんだろう？」
クーガには理由はさっぱりわからず、手紙を読み返して、まんざらでもない表情を浮かべていた。
蛇の国の城では、夕食の時間、食卓にゆで卵が盛られていた。
「母様、ゆで卵何個作ったの？」
シスが笑っている。
「つい。あまったら寮に持って行ってもらうから全部食べなくてもいいわよ。海の国からもらった塩をつけて食べるとめっちゃおいしいわよ」
ゆりは卵の殻をむいてレーヌとミシェイラにあげた。二人は喜んで食べている。
「うまいね」
「うん」
「僕も食べる」
ロイは自分で殻をむいて食べていた。
「ハザーク様にもあげたの。喜んでたわよ。ゆで卵が好きなんだって、今まで知らなかった」
食堂にラクシュミが現われた。
「ゆり、城で卵を配ってたんだって？ 番兵達が喜んで卵を持ってたぞ」
「そうなの。ゆで卵を配ったの」
「ミカエルとフリットも休憩室で食べてた」
「二人に出会ったからあげたの」
「私にもくれ」
ラクシュミが椅子に座って言ったので、「ええ！？」とゆりどころかナナミも驚いていた。
「父様ゆで卵とか食べるの？」
「ゆで卵くらい食べるぞ。ミカエル達がすごくうまそうに食ってたからなんだか食べたくなった」
「じゃあ殻をむいてあげるね」
ゆりはぬれタオルでキレイに手を拭いてから卵の殻をむいて塩をぱらっと振り、ラクシュミに渡した。
ラクシュミは卵を口に入れた。
「王様が……初めて私の料理を食べた……」
ゆりは結構感動していた。
「料理？ ゆで卵って料理かな？」
ラギは小声でぼそっと言っている。
「だって王様は私が作った物は一切食べたことなかったから。なんだかうれしいな」
「おいしかった」
ゆりはうれしそうな顔をしていたので、子供達も微笑んでいた。ロイは四個目の卵を食べようとしていたので、ゆりがさすがに「食べ過ぎはだめ」と止めていた。
「だってうまいもん」
「ゆり、今夜はこっちに来るか？」
「行きます」
「じゃあ後でな」
ラクシュミは卵を食べて去って行った。
夜、ゆりは喜んで王の寝室でラクシュミが来るのを待っていた。
（なんか、体がぞわぞわするような……昨日クーガ様として欲求不満ではないと思うけど……）
ラクシュミが来て、ゆりはすぐにラクシュミに抱きついていた。
「王様〜〜大好き」
「もうすごいピンクになってるが、そんなにしたかったのか？」
「うん。したかったです」
（なんか変だけど、このまま突撃しちゃえ）
ゆりは裸になってラクシュミにすがりついた。ゆりの匂いはすでに誘惑の匂いを発していたので、ラクシュミはすぐにゆりを抱いていた。
「王様……」
「ゆり……そんなに締め付けたらすぐに終わってしまうぞ」
「やだ」
「まったく、お前の体はどうなってるんだ？ すごく気持ちがいい」
「私も……」
ゆりの肌に水色の鱗の模様が浮かんでいた。明らかにどこかおかしい。
「女蛇が来てるんじゃないか？」
「ええ？ そうかも。でも今は、儀式より王様とこうしてたい」
「私だけで満足できるのか？」
「うん。ううん。うん！ ううーん」
「どっちなんだ？」
「もっといろんな男の人としたいです。こらっ」
―男好きなんだから、素直になりなさーい
という声が聞こえて来た。
(せっかく王様とラブラブしてるのに！）
ラクシュミはゆりの頬にキスした。
「儀式をすればいいじゃないか」
「実は、儀式にはならないの。今いい蛇がいなくて……」
「そうなのか？ でもまあいいじゃないか。男達も喜ぶし」
「ええー」
「たまには、ここの男達もかまってやらないと」
「う。うう……」
「ミカエルはすぐ来るって言ってるぞ」
「うーん！」
ラクシュミはゆりの頭をなでて、儀式部屋にゆりをつれて行った。
「せっかくのラブラブが」
「もうラブラブはしたからいいじゃないか」
ラクシュミは部屋のランプに灯りをつけている。
「もっとしたかったのにい」
ミカエルが部屋にやってきた。
「ああ、王妃、ものすごくピンクですね」
ゆりは頬を膨らませている。
「じゃあ頼んだぞ」
「はい」
ラクシュミは消えた。
「良い蛇はいないのにい」
「そうなんですか？ まあいいじゃないですか」
ミカエルがゆりに近づいてキスすると、ゆりはミカエルに抱きついた。
「雨が降ってるから水蛇さんですか？ フリットもすぐきますからね」
ミカエルはゆりの胸をなでている。
「うん」
その後イシュタール以外の男達がやってきた。ハインリヒは魔法で部屋を暖かくしている。すでに興奮状態だったゆりは、すぐ男達と愛撫しあっていた。
「王妃、匂いがすごくてすぐ興奮してしまいましたよ」
「王妃……」
（王様とラブラブしてたのに、なんでこうなったんだろう）
「王妃、愛してます」
「あ……」
「霊体ちゃん来るかな」
「霊体ちゃん、愛してる」
「王妃、愛してます」
「私も愛してます」
「こらー」
男達が愛してるを連発しだした。
（霊体ちゃん、昨日クーガ様とラブラブしたとこでしょ！ もー）
ゆりは自分の分身に呆れつつ、「霊体ちゃんが何をしてるかだれか教えて」と男達を見回していた。男達はちょっと頬を染めたまま、口をそろえて「それは言えません」と言っていた。
「なんで言えないのよ。もー」
「霊体ちゃんと我々の秘密ですもん」
「王妃も負けずに我々を愛してください」
ゆりは男達全員と仲良くしあったが、結局蛇は来なかった。
（蛇が来なかったら、キスマークとか消えないんだけど……）
「女蛇行っちゃった。本当に蛇いなかったんだ」
ゆりは残念そうだった。
「我々は楽しかったですよ」
ヴィラはゆりの頬にキスしていた。
「お風呂につれて行きましょうか？」
フリットがゆりに聞いた。
「うん。二人朝まで一緒にいて」
「私とフリットがいますよ」
他の男達は帰り、ゆりは体を洗った後、フリットとミカエルに挟まれて眠りについた。
翌朝、二人はゆりにキスして去って行き、ゆりは遅くに起きて部屋で朝食を食べた。
今日も外は大雨である。昨晩は儀式もどきで蛇が一匹も入らなかった。
（もうあらかた良い蛇霊神は入れちゃったかもね）
などとゆりは思っていた。
食後に紅茶を飲んでいたら、カールがやってきた。
「王妃様、体は大丈夫ですか？」
「大丈夫よ。カールは今日は休み？」
「はい」
「そうなんだ。じゃあ一緒にお茶を飲みましょう」
侍女がカールの分の紅茶も用意してくれた。
「カールはその、私と儀式みたいなことするの、楽しい？」
ゆりはおずおずと聞いてみた。
「はい。楽しいです」
「そ、そうなの。よかった」
「王妃様、実は……」
「ん？」
「その……」
カールの目元が細くなった。
「あれ？ カーライル様？」
「王妃、すまん。実は、昨晩見学してしまった」
「……はあ？」
「すまん」
カーライルは申し訳なさそうに謝っている。
（け、ん、が、く？ 昨晩ってまさかあれを？ 見学だとー！？）
ゆりはがばっと立ち上がり、信じられないといった表情でカーライルを見ていたのだった。
つづく
13部
目次