第４４話
二人のゆりは夢の中で話をしている。話題はやはりカーライルのことだった。
「まさか今頃こうなるとはー」
「ほんとにねーハザーク様にはいつ言うの？」
黒目のゆりはどきりとしていた。
「まさか内緒にしとかないんでしょ？」
「ちゃんと言うよ。明日……あなたから言って」
「え？ 私が言っちゃっていいの？ 私はまだカーライル様に何もされてないけど」
蛇の目のゆりはとぼけたように言っている。
「そのうちされるんじゃない？」
「私は今はまだウブなカールの方が。カーライル様はあなたに任せる」
「えーどうして？ 次代わってーってノリじゃないの？」
「私だってカーライル様のことは好きだけどね。まあおいおいでいいかな」
「ぐー、じゃあ私から言わないとだめかな。うーん、気が重い」
黒目のゆりは両手を頬にあてていた。
「まさか、カーライル様が霊体ちゃんを見ることができるなんて。まあ霊だから当然。あ、霊体ちゃんは素のカーライル様とひっつけるんだ？」
「そういうことよね。なんだかうらやましいわね」
二人は以前夢で少しだけカーライル本人に会ったことがあった。カーライルはハザークに雰囲気が似た見るからに大人の男だった。
「確かにうらやましいかも。しかし、こうして考えると、神様級の美形顔、多いなあ。私が神様相手に平然としてるのは、きっとそのせいだわ。もし王様とハザーク様があんなに美形じゃなかったら、もっと神様にメロメロになってるのかなあ」
黒目のゆりはそんなことを思った。
「でも、あなたの一番好み顔はスペードさんじゃん？」
蛇の目のゆりが言うと、黒目のゆりはどきっとしていた。
「美形と全然関係ないじゃん？」
「う……いや、まあそうなんだけど……一番好きなのはミカエルの顔だったんだけどなあ」
黒目のゆりは頬をかいている。
「ミカエルがもっと男らしい匂いだったらよかったね」
「ぐ……でもその場合、最初からミカエルを好きになって終わってるんじゃない？」
「そうかも」
蛇の目のゆりは笑っていた。
「あなたが王妃じゃなかったら、きっとこの国は終わってたよ。出産であんなに苦しんでも、一夜明けたらけろっとしてるんだもん。その精神力の強さ、すごいと思う。もし私だけが王妃なら、アナスターシャが産まれてから、しばらくは王様と赤い月は過ごさなかったかもしれない」
「なんで？」
「だって、出産の時は死ぬほど大変だったから。この一族の女性は、出産したら一〇年は赤い月を男と過ごさないって知ってるでしょ？」
「知ってるけど……もしかしたら、私の体がこの一族の女性達よりも丈夫なせいなのかもよ。出産で大変だからって理由はもちろんあるだろうけど、次の出産まで体が整うには、それくらいかかるってことなんじゃない？」
「……なるほど、それもあるのかしら。でもまあ、あなたってタフよね。王様だけじゃなく、神様の子供も産んであげたいって思っちゃうところ、すごく変わってる。普通の人間は、神様には何かしてほしいって思うものなの。してあげたいって思うのはあなただけよ。だからオルガ様もあなたのことが好きになっちゃってるじゃん」
「だって、神様が増えるってことは、この世界にとってはいいことじゃない。この国にとってもいいことだし、ガーベラは神様が産まれるサインに疎いみたいだから、私が生きてる間はガーベラを手伝いたい。あと五十年くらい、がんばって六十年？ 神様にすれば、私とのことは、ちょっとの間の出来事なんだろうなあ」
（そのちょっとの間が強烈すぎるんじゃん。この体が死ぬ時には、さすがにハロルドも泣くかも。グレンは泣きまくりそう。あれだけのことをしておいて自分はすごいと思ってないんだから逆にすごいわ。私だったら神様に頼んじゃうんだけど……）
「ねえ、アシュラン様に頼まない？ 不老」
蛇の目のゆりは膝を寄せて言った
「ふろう？」
「ずっと若いままでいたいって、アシュラン様ならかなえてくれると思うんだけど……」
ゆりがガーベラで居続けることは、アシュランにとっても悪い話ではないはずである。
「え？ いやーそれ不気味じゃない？ 別にいいよ」
黒目のゆりはあっさり拒否していた。
「なんでよ。それくらい頼んでもバチは当たらないわよ。年を取ったらクーガ様とだって終わっちゃうわよ？」
「それは、そうだろうけど……」
いくらガーベラになっているとしても、本体が中年の女性では、さすがにクーガもその気にならないかもしれない。最もそれまで付き合ってるかどうかはわからないが。
「私はやだよ。老いた姿をハロルドやラーズに見せたくない。ハザーク様にだってクーガ様にだって見せたくない」
蛇の目のゆりはせつなげな瞳で訴えていた。
「…………」
黒目のゆりは蛇の目のゆりの頭をなでなでした。
「乙女だねえ。でも、人間が老いるのは自然の流れなんだからしょうがないのよ。それに、アシュラン様に頼み事はやめたほうがいいよ。絶対大変な要求をされるから」
「あなたも願ってよ」
「私は、願えないよ。王様だって年を取るんだから。一緒に年を取ろうよ。ね」
蛇の目のゆりはしょんぼりしていた。
「そんなに落ち込まないで。私達って、大人になってまだ四〇年くらいのものじゃない。まだまだ若い時は続くんだから」
黒目のゆりは励ますように言った。
「うん」
蛇の目のゆりは納得したようにうなずいていたが、内心（私の時にハロルドに相談してみよう）と思っていた。
（なんで彼女はこんなに無欲なのよ！ まあそのせいでガーベラになれてるんだろうけど……私は、ハザーク様や神様との関係も続けたいけど、クーガ様との関係を終わらせるのは嫌よ）
蛇の目のゆりにとっては、クーガとの時々の逢瀬がかなり楽しみなものになっていた。この先何十年もこの関係が続けばいいと思っている。
（ガーベラだけで会えば続けられるかもしれないけど、このままの姿でもたまに会いたいしー……）
「ん？ なんだろう？」
黒目のゆりが声を出し、蛇の目のゆりも目を向けた。少し離れた所に大きなピンクの物体が見える。花柄のピンクのバクである。
「あ、えーと、エリザベスちゃんだっけ？ ってことは、ねぼすけさんもいるのかな？」
黒目のゆりはキョロキョロと周りを見た。やはりエリザベスの後ろからねぼすけもやってきた。いつものくだけた格好で頭はいつもよりさらにぼさぼさである。
「やあ」
ねぼすけが片手をあげた。
「こんばんは。エリザベスちゃん、おいでー」
黒目のゆりは両手を広げながらピンクのバクに近づいて行き、バクの胴体をなでなでした。エリザベスは鼻をひくひくさせている。
「こんばんは」
蛇の目のゆりも挨拶をしていた。
「博物館、どうでしたか？」
黒目のゆりが聞いた。
「面白かったよ。手に着目するなんて、センスがあるね」
「ガーベラ様とデート、よかったですね」
蛇の目のゆりがにやっとして言った。あの時のねぼすけの格好を思い出すだけで笑えてくる。
「うん。幸せだった。ガーベラ様、かわいくってさあ。しかし、よくあれだけ神様の手を集めたね。君達の人脈ならぬ神脈すごいじゃん」
「神脈」
黒目のゆりはその言葉にぷっと笑っていた。
「イシュタールの相手をしてくれたそうで、ありがとうございます」
「この前さ、ラーズ様に君達のことを聞いたんだよ。はっきり恋人だって言ってたよ。スペードの前で」
「え、ス……スペード様？」
黒目のゆりはその言葉にぎくりとしている。
「スペードといる時偶然ラーズ様がやってきてね。聞いたんだ。ガーベラ様公認なんだっておっしゃっていたよ、ガーベラ様と君達の関係も謎だな。ガーベラ様が君達のこと好きすぎるような気がするんだけど」
ねぼすけは首をかしげている。二人のゆりはちらりと目を合わせていた。
「好きっていうか、信頼？ そう、ガーベラ様は君達のことを信頼しているように感じる」
「ありがたいことです。ところで、エリザベスちゃんに恋人はいないんですか？」
黒目のゆりは話題をそらそうと聞いてみた。
「恋人はいないよ。エリザベスはいわば幻獣だからね。出そうと思えば出せるけど、こんな風に」
ねぼすけがぱっと右手をふると、違うバクが現われた。青地に青い花柄がついているバクだが、エリザベスはたいして反応しなかった。
「ねぼすけ君って人も出せる？ クーガ様出せる？」
蛇の目のゆりが聞いてみた。
「クーガ君？ 出せるよ」
ねぼすけが右手をぱっと払うと、ねぼすけの横にいつもの神官服のクーガが現われた。
「おおー」
二人のゆりは手をたたいている。
「じゃあ、スペード様も？ 騎士姿のスペード様お願いします！」
頼んだのはもちろん黒目のゆりの方だった。
「騎士……」
ねぼすけはやれやれといった感じで左手を払っていた。すると、白銀の鎧に身を包んだスペードがどんと現われた。
「……超かっこいい」
黒目のゆりは頬を染めて思わず言っていた。
「そんなに好きなら、なんで別れたの？」
ねぼすけが聞いた。
「スペード様は、私の心がもたないくらいステキ過ぎて、だめでした」
黒目のゆりは残念そうに言っていた。
「どう考えても、ラーズ様の方がステキだと思うけど」
「ラーズ様は別世界の人って感じなので、あまりひきずらないんです」
「普通は逆だよ、全く、君達ってほんと気が多いねえ。普通は軽蔑されるところだけど、そう思われないのは、やっぱりガーベラ様認定されてるからかな？」
ねぼすけは不思議でしょうがないといった感じである。
「スペード様、よおく聞いてください。１００人目が女性で助けるのはしょうがないですが、好きになられないように気をつけてくださいね」
黒目のゆりはスペードの手を握って言っていた。
「僕の言うこと全然聞いてないし」
「助けた後は、さっと離れてくださいね。わかりました？」
スペードがうんとうなずき、黒目のゆりは「わかってくださってよかった」と喜んでいた。
「やれやれ……」
ねそべっていたエリザベスが起き上がって後ろに顔を向けた。ねぼすけも何かに気がついて後ろを見た。近くにやってきたのは黒豹である。
「あ」
黒豹は、ねぼすけを見てちょっと躊躇していたが、そろそろと近づいて来て、鎧姿の自分を見て驚いたように後ずさっていた。
「スペードさん。久しぶりね」
黒目のゆりが黒豹に話しかけていた。
ねぼすけは目を丸くして黒目のゆりを見た。
「あれ、えーと……」
ねぼすけは蛇の目のゆりを見て、蛇の目のゆりはあわてたように小さく手を横に振っていた。
「あ、ねぼすけさん、この黒豹にスペードって名前をつけたこと、スペード様には内緒にしといてくださいね」
黒目のゆりはねぼすけに頼んでいた。ねぼすけは黒豹を眺めながら頬をかいている。
「あ、そうだ。良いこと教えてあげる。豹って、お腹をなでると喜ぶよ」
ねぼすけが笑顔で言った。
「お腹？ スペードさん、ごろんって横になって上を向いて」
「ぷっ」と蛇の目のゆりは横を向いて笑っている。
「ほら、黒豹君、ごろんってなってあげなさい」
ねぼすけもにやにやしながら言っている。黒豹は寝そべったが、上を向かなかった。
「お腹いっぱいなでなでしてあげるのに」
蛇の目のゆりは必死に笑いをこらえている。
「それじゃ僕はそろそろ行くよ。またね」
「さようなら」
幻の男達と青いバクは消えて、ねぼすけはエリザベスを連れて消えた。
「ぷぷ……」
蛇の目のゆりは笑いをこらえきれなかった。
黒豹はじろりと蛇の目のゆりを見ている。
「まあまあそんな睨まないで」
黒目のゆりは、黒豹がお腹を向けないので仕方なく黒豹の背中をなでなでしている。
黒豹はじーと蛇の目のゆりを見たままだった。どうやら何かを訴えているようだ、と蛇の目のゆりは気がついた。
さっき幻のスペードがいた理由を知りたいようだ。
「さっきのスペードさん、かっこよかったね」
「うん！」
今更理由を説明するのも不自然なので、さっきのスペードに対する会話はそれ以上続かなかった。
（まあねぼすけ君に聞くだろう）
「それにしても、騎士のスペードさんにも未練タラタラだねえ」
「だってー」
「フウガ君がスペードさんにモデルを頼んだって言ってたじゃない。スペードさんはどう思ったかなあ」
「騎士のスペード様のことがまだ好きってばれちゃったかも。でもまあ、今後はフウガ君の絵を眺めて楽しむだけだから」
（ほんとまどろっこしい〜〜！ いっそのことクーガ様みたいにつきあえればいいのにい。彼女には執着ってものが足りないのよ。もっと男に執着すれば、若いままでいたいって思ってくれるかもしれない）
そう思っても、一歩間違えれば赤い月でまた危険になってしまう。
（王様が一番ってのが大前提だからねえ）
「ねえ、もし、スペードさんがあなたに会いたがってたらどうするの？」
「え？」
「スペードさんだって、以前のようにあなたと話がしたいかもよ」
「……私が一線越えたくなっちゃいそうだからだめかも」
黒目のゆりは恥ずかしげに言っていた。蛇の目のゆりが黒豹を見ると、黒豹は下を向いている。
「いっそのこと、豹同士になってくっついちゃったら？」
「はあ？ 何言ってるの？ 変な趣味に目覚めちゃったらどうするのよ」
「いいじゃん。なんかあなた見てるとはがゆいのよ。それこそ年取ってから後悔したって遅いんだからね」
「うん。スペード様が、あそこまでステキじゃなかったらよかったんだけど……」
黒目のゆりは大真面目だった。
「私にしたらクーガ様の方がよっぽどステキなんですけど」
これ以上いくら話しても無駄のようである。
翌日、蛇の目のゆりは、朝食後ラギを自分の部屋に呼び、二人っきりで話をした。
「ねえ、神話にさ、神様が人間に罰を与えた話とかって載ってるじゃない？ 神様が人間に贈り物をした話も載ってる？ あまり読んだことないんだけど」
「贈り物？ ハロルド様が龍の巫女にサンダルを贈った話は載ってるよ。龍の国用の神話に」
「龍の国用の神話なんてあるの？」
「あるよ。商人に頼んで取り寄せているんだ」
「ふーん。そういう神話は誰が書いてるの？」
「書いてるのは、龍の国の神官か牧師じゃないかな」
「ハロルド以外は？ 他の国の話とか」
「それぞれの国の巫女には、神様がたまに贈り物とかしてるようだよ。昔は巫女と神様はもっと親密だったようだけど、今はさほどではないみたい。羊の国には風の神殿があってさ、昔風の妖精が巫女を愛してしまって、なんと人間になって巫女と結ばれたって話があるよ」
「えーそんなこともあるの」
「その子孫が今も風の神官をやってるとか聞いた事があるよ。それぞれの国で調べれば、いろんな神様が人間に贈り物をしてるんじゃない？ 聖地の神話には書かれてないだけで」
「実は私は、アシュラン様にお願いしようと思っていることがあるの」
蛇の目のゆりはじっとラギを見て言った。
「何を願うの？」
「不老」
「不老？ 老いたくないってこと？」
「そう」
「別にいいんじゃない？」
ラギはあっさりと言った。
「でもあっちの私は全然願ってないから、この話はここだけにしておいて」
「わかった」
「だから、他にそういう願いをかなえてもらった人がいるかどうか知りたかったわけ」
「そうなんだ。さあねえ、病気を治して、とか寿命を延ばしてってのは無理でも、若いままでいたいってくらいなら、聞いてくれるんじゃないかな？ お母さん達は、それだけのことをしてると思うし。お母さんが若いままの方が、ハザーク様だってうれしいだろうし」
「そうよね？ だいそれたお願いじゃないよね」
「うん。でもあっちのお母さんは望んでないんだ？」
「王様と一緒に年を取りたいって思ってるのよ。でも考えてみてよ。王様が中年になっても魅力が増すだけだけど、私が年を取ったら、魅力はどんどんなくなって行くのよ」
「そ、そんなことはないと思うけど……」
「そんなことあるの。今老化が止まらなくてもいいけど、１２０歳くらいで止まりたい。ハロルドに聞いてみようかな。不快には思わないわよね？」
「思わないんじゃない？ ようやく人間らしい願いを言ってきたかって思うかも」
「うーん……」
「絶世の美女にしてくれっていうんじゃないし、それくらいで怒らないんじゃない？ ハロルド様だって、お母さんと長い間付き合いたいと思ってるよ。きっと」
「そうよね。怒らないわよね」
「怒らないでしょ」
蛇の目のゆりはちょっとほっとしていた。
今日も雨である。激しい雨音が部屋の中まで聞こえてくる。
「……イシュタールは今頃何をしてるんだろう。剣の稽古とかしてるのかな」
イシュタールは今神の国にいる。子供達のお世話か、剣の稽古、このどちらかに違いないとゆりは思っていた。
「ねえお母さん、ジンラ様、たまに遊びに来ないかな」
ラギがぼそりと言った。
「さー来ないんじゃない？」
「ゆっくりお話がしたいなあ」
「そうね、いつもそういう暇はないもんね」
「お母さんに手紙がすごいらしいよ」
「何の手紙？」
「国民から、神様に会えるように頼んでほしいってってさ。一番は、クーリーフン様だよ」
「さすがね」
「あとクーガ様の説教を定期的に開いて欲しいって署名が来てた。なんと５００人分」
「私も署名したい」
蛇の目のゆりは思わず言っていた。
神の国にいるイシュタールは、子供達の世話をしたり、一人剣を振ったりして過ごしている。以前と違って火の神殿の外には小さな小屋ができていて、そこには真っ赤な鳥がいた。ジュリアンが来るとその鳥は喜んで出て来てジュリアンに甘えるのだが、火の妖精たちにはあまり寄ってこない。イシュタールも離れた所で見るくらいだった。最近ハロルドのところにいる妖精達は本格的に戦う稽古をしているらしかった。イシュタールもそれに加わりたい気はあったが、サラディンに「やめといた方がいい」と言われてしまった。彼らが稽古をするのは魔物と戦うためらしい。
「魔物」という言葉にイシュタールはどきっとした。
「あまり深みに入ると逃げられなくなるぞ。ハロルドに目をつけられる可能性があるからな」
サラディンはかなり不機嫌そうだった。
「それはどういうことでしょうか」
「魔物との戦いにかり出されるかもしれないということだ。戦いの人員が不足とかで、バロイとプータローまで連れて行かれたんだぞ」
どうやらそのせいでサラディンは不機嫌らしいとイシュタールは気がついた。
「そうなんですか。魔物ってどこに出るんですか？」
「神の国の外れにでる」
「神の国の外れ？ こんな神聖な場所の近くに出るんですか？」
「外れはたまにどこかとつながっているんだろう。しばらくハロルドには会うなよ」
「はい、でも、私はさほど強くはないので、誘っていただけないと思いますが」
イシュタールは恥ずかしそうに言った。
「ばかだな。あいつには裏技があるだろう」
「裏技？」
「あいつの加護があれば、お前でもすごい戦士になるだろう。必要なのはやる気だけだ。だから、やる気になるんじゃない」
「ハロルド様の加護……」
「国のためになるかもしれないなど、無駄な思考だぞ。もし加護がもらえたとしても、魔物と戦う時だけだぞ。しかも、下手したら死ぬ。せっかく助かった命なんだ。死に急ぐようなマネはするんじゃない」
「はい。わかりました」
このようなやりとりがあり、イシュタールは火の神殿の近くで過ごしていた。
（神の国の外れか……）
イシュタールは神の国を隅々まで回ったわけではないので、それがどこらなのか見当もつかなかった。
（バロイさん、プータローさん、がんばってください）
イシュタールは神殿の外で双子の火の妖精の一人、男の子のフラムを抱っこしていた。女の子のスカーレットはぴょんぴょん跳びはねて、バーナードとルティアナは火の鳥に火を投げて遊んでいた。火の鳥は投げられた炎をぱくっと口に入れている。土の地面の上を、ささっと何かが移動していたのでイシュタールが目を向けた。そこにいたのは真っ赤なトカゲである。
「あ、せーれーだ」
スカーレットが真っ赤なトカゲを指さしていた。
「せーれー？」
真っ赤なトカゲはイシュタールの足を登ってきたのでイシュタールは驚いていたが、そのまま立っていた。火とかげはフラムの体にひっつくといなくなってしまった。
「どこに行ったんだろう？」
フラムの目がらんらんと輝き、フラムはぼーと火を吹いていた。
「火の精霊はこの子達と仲が良いみたい」
ルティアナが言った。
「火の精霊。神獣とはまた違うんですか？」
イシュタールが聞いた。
「精霊はね、神様が産まれる前からこの地にいたらしいよ」
「そうなんですか」
フラムがイシュタールを見上げた。
「お前、何をぼんやりしているんだ？ 早く準備をしないと、戦いでは即死だぞ」
フラムの口から出た言葉に、イシュタールはぎょっとした。
「え？ 今なんと？」
「この世の行く末を決める戦名簿に、お前の名前が載っているはずだ。サラマンダーの剣を使え」
「サラマンダーの剣？」
フラムは目を閉じて、開いた。
「おろして」
「は、はい」
フラムはイシュタールの腕から降りて、たっと走って行った。
（今のは一体？）
「イシュタール、どうしたの？」
ルティアナが聞いた。
「いえ、あの、サラディン様に会ってきます」
イシュタールは奇妙に思いつつもサラディンに会いに行き、先ほどのことを話した。
「サラマンダーの剣だと？」
サラディンはとても驚いていた。
「はい、私の名前が戦名簿に載っていると言われたんですが……」
「どういうことだ。アシュランに聞いてみよう」
サラディンはイシュタールを伴って雲の上の神殿に行った。サラディンが先ほどの話をすると、アシュランは頭に手をあてていた。
「火の精霊がそんなことを言ったのか？」
「戦名簿って何のことだ？」
「次の名簿は、まだ来てない。気にしなくていい。前回だって、名簿の半分も集めることはできなかった」
「前回もあったのか？ 私は全然知らんぞ」
「当然だ。名簿のことを知っているのは私だけだったからな。名簿の全員が出なきゃ行けないってことはない。火の精霊はなぜもう知っているんだ。イシュタールがあれに耐えられるわけがない」
「サラマンダーの剣だ。火の精霊はイシュタールにサラマンダーの剣を使えと言ってきた」
「サラマンダーの剣？」
「私が所持する、火の精霊の力が宿った剣だ。あれは気難しい剣で、私にも使えない剣なのだ」
「火の精霊がそういうのなら、イシュタールには使えるということか？ うーん……」
アシュランは顎に指を当てていた。かなり悩んでいる様子である。
「あのー戦とは、どんな戦なんですか？」
イシュタールが遠慮がちに聞いた。
「大量の魔物と戦う大戦、精霊がそう言ってきたということは、戦はやはり来年か再来年にはあるかもな。お前がもし参加するとしても、命の保証は全くできない。それにこのことは、人間には秘密なんだ。気にするな、と言っても、きにするだろうな」
「はい、私が少しでもお役に立てるのなら、役に立ちたいです」
「はあ……なんでこうなるのだ。その名簿とやらにバロイとプータローも載ってるのか？ ３人だぞ。ふざけるな！」
「私に文句を言っても知らん。戦に出るのなら、ハロルドの所の稽古に参加するしかないな。今は人間界が梅雨で来てるんだっけか？ その後は、ずっといると怪しまれるから、３日おきとか、そんな感じにするか？ とりあえず」
「はい」
「あーもう！！」
サラディンはやり場のない怒りに髪の毛をかきむしっていた。
「その名簿は誰が持ってくるんだ？」
「さー前回は、気がついたら椅子の上に置いてあった」
「あーもう、まったく！」
今度はドンと足を踏みつけている。かなりご立腹らしい。
「イシュタール、無理に参加しなくていい。あれは、人間には恐怖でしかない。お前の参加が勝敗を分けるとか、そんなことは絶対にないのだから。お前が死ねば、お前の王妃だって悲しむ」
アシュランは優しく言った。
「はい」
「とりあえず、剣を持ってみるか」
サラディンはため息まじりに言った。
「はい」
サラディンとイシュタールは火の神殿に戻った。
神殿に戻ってからも、サラディンは何度もため息をついている。
広間にある火のつぼにサラディンは手をかざして、何かを念じた。すると、一本の立派な剣が姿を現した。赤い刀身の片手剣で、鍔の真ん中には赤い宝石がついていた。
サラディンはその剣を手に持って刀身を上に向けた。
「私が握るとこうだ。持ってみろ」
「はい」
イシュタールが剣を握ってみた。
すると刀身に赤いオーラが現われた。そのオーラはイシュタールの体の周りにも取り巻いている。サラディンのこめかみがぴくりと動いていた。
「おい、精霊、イシュタールを戦わせるなんて、何を考えているんだ！」
サラディンは火の精霊に文句を言っていたが、精霊からの返答はなかった。
そして所変わって聖地では、朝、スペードがねぼすけをたたき起こしていた。
「よくも仰向けになれなんて言ってくれたな」
「いいじゃん。豹なんだからさーあれを見られたってさ」
ねぼすけは寝転んだまま言っている。
「お前は一体何しに行ったんだ」
「ひみつー」
「なぜあんな状況になってたんだ」
「さあねえ」
「このやろう」
スペードはねぼすけのお尻を軽く蹴っていた。
そして蛇の国では、
「実は、カーライル様を恋人にしました」
とゆりがハザークに告白し、ハザークを驚かせていたのだった。
つづく
１３部
目次