第57話
夢の中、ねぼすけの申し出に、二人のゆりはちょっと困った様子だった。一方ねぼすけの方は、意地悪をしてやろうという顔付きではない。むしろ、ゆりのことを信じているかのようである。
ねぼすけはゆりの前であぐらをかいて座っている。
黒目のゆりは、
（これ以上嘘を重ねるわけにもいかない。ここは……）
「ごめんなさい。半分嘘をついてました」
と頭を下げていた。
「え？ 半分嘘って？」
「へーんしん、と言ってガーベラ様に変身できるわけではないです」
「そうなの？ でも、ガーベラ様は本当に君達が変身できるって言ってたよ」
「私達の意思では変身できないんです。どちらかというと、ガーベラ様の意思なんです。ガーベラ様はなんというか、たまに息抜きをしたいって思ってたらしくて、私の体で遊んだりしていて、その時私達がガーベラ様の体を借りて遊んでるんです」
黒目のゆりは言葉を選ぶように言った。
「…………？」
ねぼすけはきょとんとしている。意味がよくわからなかったようだ。
「つまり、時々体を入れ替えているんですよ」
蛇の目のゆりが言った。
「入れ替わり？」
「たとえば……以前オルガ様の神殿の前で、ガーベラ様の時ねぼすけ君に会いましたよ」
蛇の目のゆりが言った。
「え？ ほんと？」
「その時オルガ様にコウモリのぬいぐるみをもらって、ねぼすけ君のことを聞いたんです」
「じゃあ、オルガ様も君達がガーベラ様の体を借りてること知ってるの？」
「はい」
「大神も当然知ってるんだよね？」
「はい」
「他には？」
「クーリーフン様は最初から知ってましたけど、しばらくして、まずハロルド様にばれて、ラーズ様にばれて、アシュラン様にばれて、グレン様にばれて、オルガ様にばれてって感じです」
「ハロルド様とかよく怒らなかったね。一体いつからそんなことをしてるの？」
「えーと、何年くらいになるっけ？」
黒目のゆりは、記憶を遡っている。
「うーん……十七年くらいは経ってるかな？」
蛇の目のゆりは指折り数えながら答えた。
「もうそんなになるんだ」
黒目のゆりは驚いていた。
「十七年……それで、君達はガーベラ様の体で何をしていたの？」
ねぼすけが聞いた。
（一番答えるのに難しい質問だわ）
黒目のゆりは思った。
（神様といちゃいちゃしてます、なんて言ったら、オルガ様大好きねぼすけ君に怒られそう）
蛇の目のゆりはそう思った。
「温泉に入ってます」
黒目のゆりははっきりとそう言った。
「温泉？ 神の国に温泉になんてあるの？」
「火の神殿にすばらしいお風呂があるんです。最近アシュラン様も温泉を作ってて、そこに入ったり……そのほかは、動物たちと遊んだり（これも嘘ではない）、神様と歓談したり（これも嘘ではない。多分）おいしい果物をもらって食べたり（これも嘘じゃない）、そのほかは、お酒を飲んだりと、私は普段城にこもりっきりなので、外の世界を楽しんでます。そうそう、水浴もしてます。湖で、裸で水浴、これも現実ではできませんから」
黒目のゆりは堂々と言った。蛇の目のゆりは、ちょっと引きつった笑いを浮かべている。
ねぼすけは沈黙していた。二人のゆりはねぼすけの反応を待っている。
「……そうなんだ。僕はてっきり、君達が魔法で姿を変えることができるとか、そっちかと思ってた。それをガーベラ様が面白がってるのかなあと。君らからはそんなにすごい魔力を感じないから、どうやって変身するのかと思ってたんだ。かなり前の話だけどさ、魔力の強い女がダーナ様に変身したことがあったんだ。ところがその女、神々の不興を買っちゃってね。特に風の神ウィル様は激怒しちゃったんだ。あの方は普段怒ったこともないくらい優しい神だから、あの時ばかりはみんな驚いたくらいだよ」
二人のゆりはウィルの顔を思い浮かべていた。いつでも笑っていて、確かに怒ったところが想像できない神である。
「ウィル様が怒ってその女に罰を与えたというわけじゃないけど、城の近くに生えていた大木をすぱっと両断しちゃったみたいだよ。だから、ガーベラ様は喜んでても他の神が怒るかもしれないって言っといた方がいいかとも思ったんだけど、君らの話じゃそういうことでもないみたいだね」
「ねぼすけ君って、優しい人ですね。そうやって忠告してくれようとするなんて」
「てっきり、ガーベラ様のおっぱいに触りたいのかと思ってました」
蛇の目のゆりはついぽろっと言っていた。
「僕は、本物のガーベラ様のおっぱいじゃないと触りたいと思わないよ。でも君達が体を借りてるってのなら、本物になるけど。しかし、他の神様達が怒らないってのが腑に落ちないなあ。ガーベラ様を愛してたら怒ると思うんだけど」
ねぼすけは不思議そうに首をかしげている。
「ハロルド様の性格ならば、身の程知らずの人間め、とか言って怒りそうだけど、それがないなんて……君達、神の国で何かした？」
二人のゆりはぎくりとしていた。
「しかも、かなりすごいことを何かしたろ」
「……ノーコメントでお願いします」
黒目のゆりは地面に手をついて頭を下げていた。
「オルガ様も君達に好意を持ってるようだし、神様が心の底から感謝しまくることと言ったら……子供？ 子供か！」
ねぼすけははっと思いついた。ハロルドの子供が最初に産まれたのもその頃なのだ。
「もしかしてガーベラ様で神様の子供を産んだとか！？」
「…………」
黒目のゆりはやばいと思ったのかちょっと後ろに下がっている。
「どの子？」
ねぼすけが蛇の目のゆりを見た。
「……ええと……その前に、ねぼすけ君が怒って私達に何もしないって約束してくれないと」
「なんで僕が怒るの？」
（それはオルガ様と仲良くなったから）
「神様が怒ってないのに僕が怒ることはないと思うけど？」
「……ティラ様と、ルティアナ様以外です」
黒目のゆりは、これ以上嘘はつけないと思ったのか、正直に言った。
「ティラ様とルティアナ様以外？ その他全員！？」
「はい」
「…………」
あんぐりと口を開けたねぼすけは、頬をかいていた。
「……そりゃ大神に気に入られるわけだ。君達の妊娠率、高すぎじゃない？ しかもそれだけ神様といたしておきながら、なんでスペードが好きなのかさっぱりわからん。あのメンツだよ？ 普通の女があのメンツを恋人にしたら、もう他の男はゴミにしか見えないはずだよ」
「神様はガーベラ様経由で知り合っただけですから。それに神様がステキなのは当然じゃないですか。スペード様もステキだったからアシュラン様が妖精にしたんじゃないですか」
黒目のゆりがそうに違いないとばかりに言った。
「違う違う。あいつはただ戦いバカだっただけだよ」
ねぼすけは手を横に振っている。
「でも、私には神様に劣っているようには見えないですけど」
ゆりは真面目だったので、ねぼすけの頬が引きつっていた。
「君はおかしいぞ」
「ただ好みの問題なんですよ。彼女は、スペードさんが好みってだけで。この話、スペードさんには内緒にしといてくださいね」
蛇の目のゆりが言った。
「もしかして、クーガ君とも何かある？」
「クーガ様は、アシュラン様からクーガ様を男にしてくれって頼まれました」
蛇の目のゆりがずばっと言った。
ねぼすけは顔に手をあてていた。
「人妻に頼まなくてもいいのに……」
「今まで散々女を紹介したけど無理だったみたいで、こうなったらしょうがない、みたいな感じです」
「あのー誤解がないように言っておきますけど、確かにスペード様のことも好きですけど、私の王様もすっごく素敵な人ですから。王様のことも愛してるし、他の恋人達のことだって好きです。みんなそれぞれステキな人達なんです」
黒目のゆりはそう力説していた。
「……そう……」
ねぼすけは気がぬけたように返事をしていた。
「それで……君達はどういうつもりで神様と付き合ってるわけ？」
「今は、みんな幸せにしたいって思ってますよ。神様にとっては私との出会いはほんの短い間ですけど、子供を産めるなら一杯産んで、一杯幸せになってほしいです」
黒目のゆりは本気の目をしている。
「君はすごい。神様と付き合って平常心でいられるってのもすごいけど」
「もしかして好きになっちゃいました？」
蛇の目のゆりが聞いてみた。
「僕は君達の相手になる気はないよ。応援するよ。ハロルド様なんて、キュリア様が産まれた時はすっごくうれしそうだったもんな。キュリア様を聖地にまで連れてきたくらいだよ。ルチアちゃんはかわいいし、ま、がんばって」
「はい」
『彼女に死なれたら、私はとても困る』
ねぼすけは、アシュランが以前ねぼすけに言った言葉を思い出してた。
（確かに困るだろうな。オルガ様と仲良くしたからどうのってレベルの話じゃなくなってきたな。しっかし変わった性格してるな。龍の国ならば、ハロルド様に一晩相手をされただけでも国中にあがめられるってのに。自分の価値に全く気がついていないかのようだ。だからいいんだろうけど。神様を幸せにしたいって……そりゃそんなこと言われたら神でさえころっといくさ）
「君達と友達になれてよかったよ」
「私達もねぼすけ君と友達になれてよかったです」
３人は最後には笑顔で別れた。
朝、聖地にいたスペードは目覚めて横にねぼすけがいたので「わっ」と驚いていた。
「いつ来たんだ？ 気配もなくいるんじゃない」
「……いつでも裸で寝てるんだな」
ねぼすけは呆れた様子だった。スペードは上半身裸だった。今聖地の季節は冬である。雪は降っていないが、冷たい風が吹いている。妖精は風邪を引くことはないが、季節感くらいもってほしいものだ。
「いいだろ。別に、どうしたんだ？」
スペードは起き上がってシャツを着ながら聞いた。
「さっきゆりちゃんに会ったんだ」
「毎回何をしに行ってるんだ？」
「話だよ。友達だから」
スペードは嫌そうに横目で見ている。
「お前って運がなかったなあ。もしゆりちゃんが550年程前に聖地にいてスペードと知り合っていたら、きっとお前と結婚して、子供が一杯できて、孫に見送られて幸せに人生を閉じるっていう道があったかもなあ。なんて思っちゃったよ」
「なんだそりゃ」
蛇の一族は特殊な恋愛観を持っている。ゆりが蛇の国に行かなかったならば、一人だけを愛することもあっただろうとねぼすけは思った。
（こいつと結婚していたら、浮気する間もないだろうし、となると、ガーベラ様の入れ替わりも起こらないかも）
「だって、彼女スペードのことハロルド様並みにハンサムだと思ってんだもん。そんな女世界中で彼女だけだよ。もしそうなったら他の運命はいろいろ変わっちゃっただろうけどなあ。蛇の国ってちょっと前まで明るさなんて皆無だったのに最近じゃ、街の様子も明るくなってた。面白いよな。いろいろと」
（ガーベラ様の入れ替わりがなかったら、ハロルド様の子供もできなかったのかな？ なぜ彼女なら子供ができるんだ？ そこが謎だな）
「彼女に手を出すなよ」
スペードが言った。
「出さないよ。オトモダチだもん」
ガンガンと扉のノッカーをたたく音が聞えてきた。
「誰か来たな」
スペードが入り口の扉を開けると、神官が一人立っていた。
「おはようございます。大神様が、スペード様に用があるようです。今日中に神の国に来てくれとのことです」
「わかりました」
スペードが寝室に行くと、ねぼすけはもういなかった。
「結局何をしにきたんだか？」
スペードは着替えて神の国に行く支度を始めた。
「そうだ、半妖精の彼は……もういないかな？ もしいたら話をしてみよう」
スペードはイシュタールのことを思い出していた。
一方蛇の国で目覚めたゆりは、（ねぼすけ君にオルガ様とのことを突っ込まれなくてよかった）とほっとしていた。
（ねぼすけ君って、癖があるけどいい人だよね。ちゃんと羊の国にも行ってくれたみたいだし）
「母様、今日は晴れるみたいよ」
一緒に寝ていたナナミは先に起きて窓の近くに立っていた。朝日が差し込んでいる。
「梅雨もそろそろ上がるかな？ イシュタールに早く会いたいなあ」
「アーねえは何してるかなあ」
ナナミが寂しそうに言った。
「きっとみんなにかわいがられてるんじゃない？」
アナスターシャが過去に行って一年半が過ぎた。
「元気でがんばっているといいけど」
そのアナスターシャは、過去の世界では、「騎士殺し」の異名をつけられていた。教官を剣で負かせたとかそういうことではない。
アナスターシャのかわいさに教官達がメロメロになってしまい、そういう異名がつけられたのだった。
「なんとかして姫様の魔力をあげてあげたい」
アナスターシャの教官達は皆そう思っていた。けなげに頑張っている未来の王族に、何かしてあげたいと思うのも当然だろう。魔力の総量はアナスターシャと王子アゼルではかなり違う。それも仕方がないことなのだ。アナスターシャのせいではない。遠い未来、一族の数は激減し、強い者も少なくなり、王族でさえ力が衰えている。それでも頑張っているアナスターシャに、年が上の者ほど同情し、なんとかしてあげたいと思ってしまうようだった。
「シス様の時はそれほどではなかったのに、まあシス様の時は、現騎士達が相手をしていたせいもあるかもしれないですが」
ディランは首をかしげている。
「元騎士の皆さんは、みんな姫にメロメロみたいですよ。私が子供の頃恐れていた教官達があんなになるなんて……」
「私がねらったわけじゃないからね」
ディランの向かい側でクッキーを食べていたアナスターシャが言った。今は休憩時間、ディランが訪ねてきている。
「でも正直に言うと、ちょっとは私に同情してくれるといいなあと思ったけどね。ここの教官はみんな優しいよね」
「アナスターシャ様の笑顔を見ていると、私もうれしくなりますよ。その魅力は、やはり母親譲りなんでしょうね」
「母様はすごくなさそうに見えてすごいからね。人の魅力って、外見じゃないんだよね。内側が重要なの。母様を見てて、私はすごくそのことに気がついたの」
ディランは、「ゆり様だってかわいいですよ」と言っていた。
「そうだけど、母様は美女ってわけではないでしょ。顔はいいだけの女はすぐ飽きられるけど、内面がすごい女は飽きられないのよ。ハロルド様は、母様のすごい内面にベタ惚れしてるんだもん」
今アナスターシャの部屋には、ガーベラの絵画とは別に、ハロルドの絵画も飾られていた。アナスターシャが街で見てかっこよかったので買ってもらったのだ。剣をかまえているハロルドは勇ましい。ちなみに今部屋に侍女がいるが、神様の話などは聞こえないふりをしている。
「女王様に強さを学んで、母様に内面を学べば、私は未来では最強になれる気がする」
「確かにそうですね」
ディランは笑っていた。ノックの音がして、侍女が出た。
「フークス様でございます」
部屋に入ってきたフークスはディランを見てむくれていた。
「あーずるい。私より先に姫様と話してるなんて」
「まあまあ」
とディラン。
「姫様、今度の休みに街に行きましょうよ。何か買ってあげたいんです」
フークスがアナスターシャの横に座りながら言った。
「欲しい物なんてないよ。だって、なんでもあるし、そうだ。あの遺跡に行こうよ。面白い蛇がまたみたいし。アゼル君も、もし休めたら一緒に行けるといいな」
「喜びますよ」
「私も一緒に行ってもいいか？」
ディランがフークスに聞いた。
「来なくていいよ」
フークスはつれなく答えていた。
女王がいる城にも貴重な本がある図書館があるが、国の中央部にある、先代の王が住んでいた大きな城にも図書館があった。その図書館は騎士達が結構利用していて普通の本ならば貸し出しもしている。ダンテはそこで司書として働いていた。ダンテは前世は鵺の一族の魔法使いで、ソバートという名前だった。魔法で大勢の命を助けたためにアシュランに気に入られて、蛇の国で一度死んだ男ダンテの体に生まれ変わったのである。死んだ後、カードの世界でしばしすごし、そこで女王ヴィラルージュと決闘したこともあった。決闘でヴィラルージュはソバートに勝ち、女王はカードの世界ではソバートの夫、キングの女王になった。それはカードの世界の話なのだが、ヴィラルージュは何かとソバートのことを気にかけてくれ、今年の赤い月も、こっそりと二人で過ごしてしまった。しかも二晩も。ソバートはそのことを考えるだけで今も赤面している。
ちなみに、今のソバートは青い短髪の結構ハンサムな男なのだが、病み上がりのため、赤い月に誘ってきた女はいなかった。ソバートは今の体をいろいろ研究し、いろいろな魔法が使えるようになった。瞬間移動も今ではできる。炎を出すことも。だが、騎士トーナメントで上位に入れるほどではない。今は司書の傍ら、魔法書などを読んで楽しんでいる。女王に許可をもらって、王族以外見ることができない魔法書なども読むことができた。一族特有の文字の違いなどもあって最初は困難だったが、今はなんとか読むことができている。だが、古代語はまだまだ勉強中である。
「魔力を譲る魔法ってないのか？」
「ないですねえ」
中年の騎士が先輩司書に話しかけて聞いていた。
（またあの話題か）
ソバートは本の整理をしながら聞き耳を立てていた。最近、そういう問い合わせが多いのだ。気になるので先輩に話を聞いたところ、未来から来ているという姫様が魔力が少ないので、どうにかしたいと騎士達が思っているとのことだった。
（未来から来るってのも驚いたがなあ。女王様はすごい魔法を使えるんだな。魔力を分ける魔法、実は私の国にはある。引退や死ぬ前に自分の子供に魔力を分けることは自然に行われていた。しかしそれも自分の魔力の一割程度で、人生で一回きりと決まってる。この国はそういう魔法はないようだ）
ソバートは自分の国でのことを思い出していた。
魔力の譲渡は大体が親子間で行われ、自分の血筋の者でないとうまくいかないと言われている。そのため、子供が双子だったりすると、親はどちらに魔力を譲渡するか、かなり迷うことになるのだった。もし両親ともに魔力が強いのならば母と父がそれぞれに魔力を分けることもできるが、両親で魔力の差が大きい場合は、子供同士でもめることもある。それが王族ならばなおさらだった。鵺の国は北部にあり、西にある麒麟の国とは敵対はしていないために戦争で魔力を使うことはないが、格下だと思われれば侮られ、攻め込まれる可能性もあるために、戦いの訓練などはされていた。国外れの森には普通の森にはいない大きな獣がいて、その獣たちから国を守る必要もあった。他の国と同様に一族の優劣は魔力の差で決められていた。当時魔力が高かったソバートも、当然地位は高かった。
（私の国の魔法の話をいろいろしたいが、話せる人がいないもんなあ。魔力の譲渡なんて争いの元になりかねないし、現に鵺の国でも何度かそういう争いが起きてたしな）
「……さん、ダンテさん、交代の時間ですよ」
同僚から声をかけられて、ソバートははっと我に返った。
「ありがとうございます」
（ああ、女王様と話がしたい。いつでも思念を送っていいと言われたが、そんな恥ずかしいことできない）
ソバートの頬が赤くなっていた。いまだに赤い月の余韻が続いているかのようである。
未来のゆりがいる世界では、ゆりが夢でねぼすけと出会った翌朝、城の上空を金色の鳥が旋回して飛んでいた。門番達がその鳥に注目すると、鳥は姿を変えて下に落ちてきた。それは金色に縁取られた書簡だった。
「アシュラン様の書簡だ！」
門番は急いでラクシュミにその書簡を手渡した。
ラクシュミはその時、朝食を食べていた。アシュランからの書簡に驚いて、すぐに書簡を読んでいる。書簡には次のようなことが書いてあった。
「親愛なる蛇の国の王へ 今神の国にいるイシュタールだが、こちらでやってもらいたいことができた。イシュタールはしばらくそちらとこちらを行ったり来たりの生活になると思う。その埋め合わせに人間を一人派遣する。剣技にすぐれた者を送るので、剣の指南役として使ってほしい。 ところで王妃だが、こちらに来てもあまりイシュタールの邪魔をしないように言っといてくれ。今は王妃にもわけは言えない。サラディンの調子が悪いので、妖精をなるべく神の国においておきたい、とでも言っといてほしい。アシュラン」
ラクシュミが読むと、書簡の文字は消えてしまった。
「埋め合わせまで考えてくださるとはこちらとしてはありがたいが……イシュタールは何をやらされているんだろう？」
ラクシュミにはさっぱりわからなかったが、火の妖精がらみのことだろうとそう思った。
神の国では、スペードがアシュランの間にやってきていた。
「バートランドは今どこにいる？」
アシュランがスペードに聞いた。
「バートランドですか？ 手紙が来たのは……いつだったかな。一年くらい前には獏の国にいましたかねえ。南部をうろちょろしてるみたいでしたが」
「バートランドに頼みたいことができたんだ。しばらく蛇の国に行かせたいんだが」
「蛇ですか？」
「今、自分が行きたいと思ったか？」
アシュランはちょっと意地悪げに聞いてみた。
「いえ思ってないです」
スペードはあわてて答えた。
「お前は行っちゃだめだぞ。行かせる前に、あいつの腕がなまってないか、聖地でお前が見てくれ。なんなら１０日ほど鍛え直してやってくれ。それから送る」
「わかりました。ところでなぜあいつを蛇の国に送るのか聞いてもいいですか？」
「イシュタールにこっちでの用事ができたんで、そのかわりだ。あの国は良い人材が不足してそうだからな」
「そうなんですか」
（あいつを蛇の国に……ゆり様があいつに会うなんてことは……ないよな？ 王妃様だもんな）
「大丈夫だ。王妃がバートランドに会うことはないだろう」
アシュランがスペードの思考を読んだかのように言ったので、スペードはどきっとしていた。
「お前わかりやすく顔に出てたぞ。とにかく、あいつを見つけたらすぐ聖地に帰すから、頼む」
「はい」
スペードは恥ずかしげにアシュランの間から去って行ったのだった。
つづく
１３部
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