第４８話
１２月最終日聖地、空は白い雲に覆われて冷たい風が吹いていたが、神官達は草地で剣の稽古をしている。そんな昼間のこと、いきなり一人の男がぱっと現われた。男は草の上にどさっと落とされて「いてえ」と言っている。
神官達が手を止めて男を見た。
「あ！」
「久しぶりだな。バートランド」
その場にいたスペードが男を見下ろして声をかけた。男は肩までの金髪、エメラルドのような緑色の瞳、年は百歳前後に見えるが、この場にいる神官達と比べると、どことなく違う雰囲気だった。いうなれば、目立っていた。顔はまあ整った顔立ちであったが、美形すぎるとまではいかず、スペードほどたくましくもなく、背もここの神官達とそう変わらず、服装も地味だったのだが、内からに染み出る何かを持っていた。そのため、この場に誰かが通りかかったならば、まずこの男に目が引き寄せられる。とにかくそこらにいる男達とどこかが違うと感じさせられた。
「あ、バートランドさん」
「バートランドさんだ。お久しぶりですね」
神官達も男の素性に気がついて近づいて来た。
「久しぶりでーすって、ここ聖地ですか？ なんでいきなり聖地……あ、おれの荷物は」
どさどさっと剣とでかい布袋が近くに落ちてきた。
「……どうもありがとうございます。大神の仕業か。もーせっかくのんびり……いや、子供達に剣を教えていたのになあ」
男はスペードの視線を感じて笑いながら言い、立ち上がっていた。
「嘘つけ。のんびり釣り三昧の毎日でも送ってたんじゃないのか？」
スペードが腕を組んで言った。
「え？ もしかして見てたんですか？ 俺が恋しくなってこっそり会いに来てました？」
バートランドがにやっとして聞いた。
「行くか！ お前にしばらくある国に行ってもらいたいそうだ。その前に、なまってるお前の腕をたたき直してやる。とりあえずは、床屋に行ってこい」
スペードは男の髪を見て言った。
「えーせっかくのばしていたのにー」
「うるさい。行け。坊主にしてこい」
「ぶーぶー」
バートランドは口を尖らせて荷物を持って去って行った。
神官達がにやにやしながらスペードを見ている。
「なんだよ」
「バートランドさんがいると、スペード様はうれしそうですよね」
「本当に」
「うるさい。お前達にバートランドの才能の十分の一でもあったらなあ」
スペードはため息交じりに言っていた。
「それは言わない約束ですよ」
「俺達はただの一般人ですもん」
「持って生まれた素質ってのがないですもんね」
「努力すればなんとかなるってことを証明しようとは思わないのか？」
「努力はしますけど、そこそこ止まりですよ。俺達は」
「すいません」
スペードはもう一度ため息をついた。
スペードは人間の時、当時の剣聖に修行をつけてもらい、自らも「剣聖」の称号をもらっている。剣聖は人間のみに与えられた称号なので、スペードが妖精になる時、剣聖ではなくなった。
スペードは剣聖になってからも何人か弟子を取っていたが、一人は早死にし、１０人は途中で逃げている。バートランドはようやくものになった弟子だった。
バートランドが聖地にやってきたのは30歳の時である。それから4０年バートランドは聖地で修行をし、修行期間は終わった。「剣聖」の称号は、本人の希望で保留になっている。修行が終わってからは自由になったとばかりに旅に出てしまい、出先で盗賊団の退治などをして回ったりもしていた。聖地からの依頼をこなすこともあったので、バートランドの所在については本人に任せている。明るい性格で修行をやり遂げる根性もあるために、聖地でも好かれているし女性の受けもいい。
しばらくしてバートランドが戻ってきた。言われたとおり、髪はかなり短くなっている。髪が短くなると、先ほどよりもかなり若く見えた。
「ししょー髪を切ってきましたよーところで、俺に行かせたい国ってどこですか？」
バートランドは親しげにスペードに聞いた。他の神官達はもういなくなっていたので、スペードはバートランドに近づいて、「蛇の国だ」と言った。
「え？ 嘘でしょう？」
「蛇の国で、長くて２年くらい、剣術指南してこい」
「えー！ 俺、蛇はこの世で一番嫌いな生き物なんですよ！ 絶対行きたくないです」
「大神に言えよ」
「言いますよ。ずばっと言いますとも」
「ま、とりあえず、やろう。１０日ほど相手をしてやるから、勘を取り戻しておけ」
スペードはバートランドに木刀を渡した。
「釣りをしながらもちゃんと稽古はしてましたよ。でも久しぶりに相手をしてもらえるなんてうれしいなあ」
バートランドは無邪気な子供のように言って上着を脱いだ。４０年、スペードはこのバートランドと一緒にいた。最初に出会った時バートランドはまだ子供だった。かなり人なつっこい性格でスペードのことを慕ってきたので、スペードの方も、バートランドのことをかわいいやつだと思っている。
二人は木刀をかまえ、バートランドの方がスペードに向かって行った。二人でやりあう時に真剣は使わない。すぐだめになりもったいないからだ。隅には木刀が山のように置かれていた。
その日は日が暮れるまで、二人は木刀でやりあっていたのだった。
蛇の国では、ラクシュミがアシュランから手紙をもらった日の夕方には、ラクシュミはゆりにその話をした。
「えーイシュタールはしばらく帰ってこられないの？」
「行ったりきたりになるらしいぞ。もし神の国に行ったとしても、イシュタールに会いに行ったりしないようにな」
「はーい。イシュタールは火の神殿にいるのかなあ。サラディン様にも会いに行けないな。その用事っていつ終わるの？」
「さあ？ あまりアシュラン様にうっとおしがられることはしないようにな」
「はーい」
その夜、ゆりは神の国に行き、ガーベラの神殿でクーリーフンがいたので、クーリーフンにイシュタールのことを聞いてみた。
「彼ならみかけたよ。ハロルドのとこの妖精達と稽古をしていたよ」
クーリーフンがゆりに言った。
「そうなんだ。じゃあハロルドにも会いに行かない方がいいのかな？」
「ハロルドはあなたに会いたいと思うけどね。あ、そうだ。クロに会ってよ。まだ会ってないでしょ？ 驚くよ」
「クロ？」
ゆりはクーリーフンにだっこしてもらい飛んで行った。
「今日はどこにいるかなー？ あーいたいた」
ダーナの神殿の側に、黒いでかい動物がいるのが見えた。空から見てもかなりのでかさである。
「え？ 豹……じゃないな。ライオン？」
「猫だよ。しかも神器がついてるの」
「え？ 猫？」
でかい猫の側にはキュリアもいた。アリアスの神獣達もいるが、それと比べても、猫はすごく大きい。普通の豹よりもでかい。
地上に降りたゆりは、キュリアに手を振って、猫の顔を見た。
「ニャーゴ」
でかい猫は甘えるように仰向けになった。
「かわゆーい」
ゆりは猫のおなかをなでた。確かに猫の後ろ足には黒い輪っかに白い小さい翼がある神器がついていた。
「超かわゆい。この猫飛べるの？」
「飛ばないけどジャンプ力はすごいよ。走るのも速いし」
キュリアがクロをなでながら言った。ゆりの足元に何かが寄ってきた。見ると、子豹のレオである。
「すっかり猫ちゃんに先を越されちゃったわね。でもちょっとは大きくなってるかな」
ゆりはレオを抱っこした。クロは四つん這いになり、長い尻尾をゆらゆらさせていた。つやつやした黒い毛並み、ランランと輝く瞳、なんとも美しい獣である。
「神器を見るに、グレンに関係がありそうよね。グレンの神獣なの？」
ゆりがクーリーフンに聞いた。
「いや、グレンの神獣にしてはこの猫すごすぎるから、グレンとオルガの合わせ神獣かもね。とにかく、この猫は結構すごい神獣みたいだよ」
「へーハンターよりも？」
「いや、ハンターとリリーはクロの上だよ」
「あ、ハンターの蛇の能力がわかったんですよ。聞きました？」
キュリアが言った。
「え？ 何？ 何？」
「石化です。ハンターの尻尾の蛇には物体を石化する能力があるのがわかったんですって。バリアスが言ってましたよ」
「えーすごい、リリーの蛇にはどんな能力があるのかしら」
「そちらはまだ不明みたいですよ」
「石化かあ。すごいね」
ゆりはレオをだっこしながらもクロの頭をなでなでしていた。
「ニャーゴ」
（この猫かわいすぎる。連れて帰りたい！）
視界に緑色の丸い物がポンポンはねてくるのが見えた。それは一メートルほどの大きなものである。
「あ、あの子大きくなってない？」
以前ダーナの所でみかけたスライムのような生き物のようである。あれほど大きくはなかったはずだ。
「うん。成長してるよ。たまに僕の姿になってるんだよね。彼は神獣の仲間に入るのかは謎だけど、いろいろいて面白いよね」
「うん」
ゆりはレオをおろしてリーベに近づいてなでなでした。リーベの内側が金色に輝いていた。喜んでいるようだ。
「ニャーゴ」
黒ネコのクロは立ち上がり、たっとかけて行った。確かに速い。
「クロはどこで寝泊まりしているの？」
ゆりが聞いた。
「私と一緒の部屋にいるの。父様が外に小屋を建てりゃいいっていうんだけど、一緒がいいんだもん。私クロがかわいくってしかたないの」
キュリアはうれしそうだった。
「あ、そうだ。サントスが何か悩んでるみたい。お母さんサントスに会って悩みを聞いてあげてよ」
クーリーフンが言った。
「うん。わかったわ。じゃあ行ってくる。バイバイ」
ゆりは消えた。
（サントスが悩んでるなんて、ガーベラと何かあったのかしら？）
ゆりはカサンドラの神殿の近くに移動してきた。神殿の近くにある大木に寄り添ってサントスが座っていた。近くにリスが５匹ほど寄ってきている。
「サントス」
ゆりはサントスに近づいてサントスの横に座った。
「やあガーベラ」
サントスはにこやかに挨拶してくれた。リスがゆりの膝の上に一匹乗ってきたので、ゆりはリスの頭をなでなでした。
「はい」
サントスがゆりにどんぐりを渡してくれたので、ゆりはリスにどんぐりをあげた。リスは両手でつかんでどんぐりを食べている。
「ねえ、クーリーフンに、サントスが何か悩んでるみたいって聞いたんだけど」
ゆりはずばり聞いてみた。
「あー、うん、あのことでまだ悩んでるんだ」
「あのこと？」
「なかなかいいのができなくて」
「何のこと？」
「手形だよ。蛇の国の博物館に僕の手形も飾ろうよって言われて作ったけど、あまり良いできじゃなくてね」
なんと、サントスの悩みはゆりに関係することだった。
「せっかく作ったんならそれでいいと思うけど」
「うーん、第一私の手なんてたいして特徴もないし、だれも喜ばないと思うんだけど」
「そんなことないわよ」
ゆりはサントスの手を握っていた。
「みんな喜ぶと思う。あそこの王妃も喜ぶと思うわよ」
「前に、リーファのせいであの王妃の部屋に飛んじゃったんだけど、なんか私の絵を飾ってあったような気がする。ちらっとしか見なかったけど」
「そうなの？ あの王妃、サントスのことが好きなんじゃない？」
「絵は一杯あったんだ。なんで私の絵もあったんだろう」
サントスは首をかしげている。
「だから、あの王妃はきっとサントスのことが好きなのよ」
「そうなのかな。よくわからないけど」
サントスはゆりの手をぎゅっと握ってきた。
「ガーベラ、なんだか胸がドキドキしてきたよ」
サントスはちょっと照れたように言った。
「私も」
「ガーベラ……」
サントスは顔を近づけて、ゆりにちゅっとキスした。
「ねえ、サントスが作った手を見せて」
「見るの？ うーん」
「見せて、見せて」
「いいよ。部屋にあるんだ」
ゆりはカサンドラの神殿の中にあるサントスの一室に案内された。素朴な調度品が置かれた部屋である。丸いテーブルの上に、粘土か何かで作られた手が置いてあった。それは素晴らしいできだったが。
「……これ、誰の手？」
ゆりが聞いた。
「ん？ はは。ちょっと見栄を張っちゃった」
サントスの手に比べると、ちょっと大きいし、たくましげである。
「別に見栄を張らなくても」
「だって、貧相な手を飾られるのもやだし」
「貧相じゃないわよ。サントスってば、すごい神様だっていう自覚はないの？ 本当ならハロルド級の神殿に住んでもいいくらいだと思うけど？」
「そうかもしれないけど、私は地味で目立たない方が性に合ってるから。でも人間にはちょっと見栄を張りたい気になっちゃった。ハロルドの手とか飾られてるっていうし」
「サントスったら……でもまあいいか。これを飾ってもらいましょう」
「これでいいの？」
「サントスの理想の手ってことにしましょ。それにせっかく作ってくれたんだし」
「そう？」
「うん。じゃあ私がこれを渡すわね」
「うん」
ゆりは横からサントスに抱きついた。
（サントスの人間らしいところがなんかかわいい）
「ガーベラ……」
口づけをしていたらサントスの頬が赤くなっていた。
「ガーベラ、ベッドに行こう」
「う、うん」
サントスはゆりの手を握って横の部屋に連れて行った。
（どうしよう。サントスとするのは初めてなんだけど……でもここで逃げるのもおかしいし、うん。しよう。サントスとも仲良くなりたい）
「サントス、大好き」
「私の方がガーベラのこと好きだよ」
ベッドの上で裸になり、二人は抱き合った。
サントスは真っ赤な顔でゆりを抱きしめている。
（慣れてない感じがかわいい）
サントスは真っ赤な顔で女神の体を抱いていたが、そのいっぱいいっぱいの様子にゆりの心はきゅーんとなっていた。
「ああガーベラ、すごく気持ちよかったよ」
「サントス、もう一回ね」
ゆりはサントスの体に腕を回してぐるっと回転し、自分が上に乗っていた。
「ガ、ガーベラ」
「もー好き」
ゆりはサントスの下半身に手を伸ばし、興奮させて、自分でその上に腰を下ろしていた。
「ガ、ガーベラ……ああ……」
「サントス、ステキよ」
二人の神気が宙で渦を巻いていた。
（良い感じだわ。もしかして、誰か産まれちゃうかも？）
「あ……ああ……」
ゆりが腰を動かすごとにサントスはあえぎ声をあげて、ついには昇天していた。
「とっても気持ちよかったわよ」
ゆりはサントスにちゅっとキスして離れた。サントスはもうぐったりしている。
神気は渦まいていたが、何かが産まれる気配はなかった。
（まだがんばってみようかな。誰にしよう……）
ゆりは服を着ながら恋人達の顔を思い浮かべ、「それじゃ私行くわね」と寝室を去った。そしてサントスの粘土の手に触れて、はっと考え直した。
（この後別の人の元に行ったことを後でサントスが知ったら、傷ついてしまうかもしれない。私ったら、子供優先になるなんてだめじゃない）
ゆりは粘土の手を置いて、もう一度寝室に戻った。
「ガーベラ？」
「やっぱりもっとサントスといたい」
ゆりはサントスの横に寝転んだ。
「他の恋人のところに行ってもいいんだよ？」
「やだ」
ゆりはサントスの手を握りしめた。
サントスは照れくさそうに微笑んでいた。
（サントスは繊細なんだもの。今は、愛を深める方が重要だわ）
二人で手を握り合っていると、二人の手の間に神気がくるくる回り出した。
ゆりが珍しいことが起きてるな、と思いながらそれを眺めていると、神気がまとまり、長く伸びた。まるで弓のように。
「ん？」
「あ？」
そしてその神気は形を作り、ベッドに落ちたのだった。
「「え？」」
二人は体を起こしてそれを見た。そこにあったのは立派な弓である。
「黄金の弓だ」
サントスが言った。
「黄金の弓？」
「アシュランがもってる神器だけど、また生まれたってことかな？」
ゆりはちょんちょんと弓に触れてみた。ちゃんと感触があるし、弦の部分も金色に輝いている。弓を手に持ってみると、結構重かった。
「重いわ。サントスの神器ってことかしら？」
「私の？」
サントスは首をかしげながら弓に触れてみたが、サントスにも結構な重さである。
「僕にはこの弓が扱えるとは思えないけど」
「そうなの？ じゃあだれのかしらね」
『男と女、どっちがいい？ えらんで、えらんで』
その時子供の声が聞こえてきた。
「サントス、今の聞こえた？」
「うん。男と女どっちがいいって聞こえたよ」
「サントスはどっちがいい？」
「え？ 何が？」
「子供じゃない？ 男と女どっちが欲しい？」
「え？ え？」
『はやくはやく』
「サントス、早く決めなきゃ」
ゆりがせかすと、サントスは悩みながらも、「女の子かなあ」と言った。
「ネルが、妹が欲しいって言ってたし」
「女の子！」
ゆりも叫んだ。
弓矢が光り輝いて変化した。反り返った弓は細くなり、少し小さくなり、そして植物の蔓が巻き付いた。
「まあ！」
二人はドキドキしながら成り行きを見守っている。
「……？ 女の子は？」
「？？？」
二人は辺りを見回したが、女の子が現われる気配はなかった。
「わかったこの弓が、女の子に化けるんじゃない？」
「弓が？ そう、なのかな？」
「きっとそうよ！」
「わからないけど、アシュランに聞いてみようかな。ガーベラも行く？」
「私は下で待ってる。後でどうなったか教えてね」
「うん。わかったよ」
サントスは服を着て、弓を持って出ていった。ゆりはサントスが作った手を持ってきてベッドに座っていた。
「どんな女の子なんだろうなあ。今度来る時が楽しみだな」
ゆりはその後すぐに人間界に戻ったのだった。
サントスはアシュランの間に行き、アシュランに弓を見せた。そして先ほどのことを話したのだった。
「女の子なあ」
アシュランは弓を受け取り降ってみたりしたが、弓から女の子が出て来たりはしなかった。
「確かにこれは神器だぞ。だが、持ち主がこれから生まれるようには見えないが」
「不思議ですねえ」
二人で不思議がっていると、ヒルデリアがやってきた。ヒルデリアは腕に何かを抱いている。
「アシュラン、この子を見てください。突然現われたのですよ」
ヒルデリアが抱っこしているのは赤ちゃんだった。白い肌だが髪は茶色でくるくるっとカールがかかっている。
「「あ！」」
アシュランとサントスが同時に声をあげた。
「その子女の子ですか？ もしかして、私の子かも」
サントスが赤ちゃんを眺めながら言った。
「サントスの？」
アシュランは赤ちゃんに近づいて神器を側に寄せた。赤ん坊の目が開いた。茶色い瞳だった。
「きゃは」
赤ちゃんは喜んでいる。
「かわいい！ かわいすぎる！ ネルを呼ばなきゃ！」
サントスはあわてて部屋を出て行った。
「まさか親よりも先にヒルデリアに顔を見せにくるとは、おばあちゃん孝行だな」
アシュランは笑っている。
「本当にサントスの子供なのですか？」
「ああ、そうだろう。この弓は、植物の生育を促す効果があるようだ。名前をつけてやってくれ」
「植物の生育を促す女神……生育の女神。アイナではどうでしょう」
「アイナか、かわいい名前じゃないか。だっこさせてくれ」
ヒルデリアは赤ん坊をアシュランに渡した。赤ん坊は笑っている。
「本当に、なんてかわいいんでしょうね」
ヒルデリアもうれしそうだった。
その後、サントスはネルとカサンドラ、土雷の妖精ソルを連れてきた。ネルは大興奮である。
「なんてかわいい妹なんでしょう。感激だわ！」
「本当に、やったな。サントス」
カサンドラは喜んでいた。サントスは照れた様子である。
ソルはちょっと離れたところで赤ちゃんを見ていたので、ネルは赤ちゃんを抱っこしてソルの側に寄せた。
「お父さん、アイナは誰が育てるの？ 私がお世話してもいい？」
ネルがサントスに聞いた。
「しばらくヒルデリアに預けたらどうかな。ヒルデリアもお世話をしたいだろうし」
「じゃあ私、時々様子を見に来ますね」
「ああ、いつでもおいで」
「私、みんなに自慢してくるねー」
ネルはうれしそうに雲の上の神殿を去って行った。
「私に三人も子供ができるなんて、うれしいな」
とサントス。
「よかったな」
「本当に」
カサンドラもヒルデリアも微笑んでいた。
翌朝、ゆりはドキドキしながらアシュランからもらった箱を開けた。もし子供が生まれたならば、花の細工が増えているはずである。
ゆりは箱の中を見て「やったあ！」とガッツポーズした。花の細工は二個増えていた。
「神様が産まれたんだわ。やったね！ あー他の神様のところに行かなくてよかったあ」
結果的には行かなかったから子供ができたので、ゆりはほっと胸をなで下ろしていた。
（どこに産まれたんだろう。どんな女の子なのか、次が楽しみ〜〜）
「母様ー」
シスの声が聞こえてきた。昨晩はシスと一緒だったのだ。
「これはどなたの手？」
「ああ、それはね、サントス様が作った、理想の手」
ゆりは寝室に行き、言った。
「サントス様の手？」
「サントス様が作った理想の手。博物館には、サントス様の手ってことにしとくかなあ」
ゆりは悩んでいた。
「理想の手ってどういうこと？」
「サントス様は、自分では立派な手じゃないと思ってるから、ついちょっと大きめに作っちゃったみたい。すごい神様なんだから気にしなくていいと思うけどね、サントス様は自分の石像とか絵画とかあまり飾られたくない神様なのよね」
「博物館にはどうするの？ 神様って嘘ついちゃいけないんだろうし」
「そうよね。神様は嘘をついちゃいけないわよね。じゃあやっぱりこうしましょう」
翌日、博物館に神様の手のガラスケースが増えていた。題名には「サントス様作、理想の男の手」と書かれていた。
それを読んだ人間達は一様に首をかしげて、その意味を考えた。
「理想の手ってどういうことかしら？ 本人の手じゃないってこと？」
「もしかして、頼まれたけど自分の手を出すのがいやで違う手を作ってくださったとか？」
「確かに、俺だってマリナール様の立派な手の横に自分の手が飾られるのは嫌だぜ。自分で作るとしたら、ちょっと大きめに作るぜ」
「それを素直に言ってくださるなんて……誠実な神様なのね」
「そうね。誠実な神様よね」
サントスは神様の中では地味な存在であまり人間に噂されることもないだけに、この手を見た人々は、サントスのことを考えるいいきっかけになったようだ。
城にいたゆりは、一日遅れてあることに気がついていた。
（すっかり忘れてたけど、私、ついにガーベラの恋人全員と仲良くなったんだわ）
―パーティーよ！
蛇の目のゆりが言っていた。
「冗談でしょう。誰にも言わないわよ。でもミラにだけ打ち明けて、こっそりとケーキでお祝いでもしてもいいかもね。神様も産まれたことだし」
ゆりはミラと紅茶で乾杯したのだった。
その日の午後、なんとイシュタールが人間界に戻ってきた。イシュタールは長い間こちらでの仕事ができなくなるので、いろいろ挨拶するために戻ってきたらしい。
イシュタールは王の間でラクシュミと話をした後にゆりの部屋にやってきた。
「王妃、昨日神の国で御子様がお生まれになったんですよ。もしかして王妃が産んだんですか？」
「うん、そうよ」
「やはり」
イシュタールはゆりを抱きしめた。
「しばらく会えないの？」
「たまに戻ってきますが、仕事ができませんので、みんなには悪いですが」
「何言ってるのよ。そっちの仕事の方が重要なんでしょ？」
「はい」
「メリッサや彼女達にもちゃんと会ってね」
「はい。王妃、私もがんばりますから」
「無理しないでね」
「王妃、元気でいてくださいね」
イシュタールはちゅっとゆりにキスして、去って行った。
そして聖地にバートランドが戻ってきて八日目、バートランドの元にハロルドがやってきた。午後の稽古の途中のことである。
「バートランド、今から蛇の国につれて行くから、用意をしてこい」
ハロルドがバートランドに近づいて言った。
「そのことなんですがね、俺は、蛇が嫌いなんです」
バートランドはずばっと言った。
「だから？」
「だから蛇の国は難しいかと」
「蛇に頬擦りしたくなるような暗示でもかけてやろうか？」
ハロルドが上から目線で言った。
「蛇に頬擦り？ ううっ。わかりましたよう。準備してきますよう」
バートランドは口を尖らせて去って行った。
「すいません。生意気なやつでして」
スペードは代わりに謝っている。ハロルドはふっと鼻で笑っていた。三十分ほどでバートランドは戻ってきた。剣と布袋を下げている。
「じゃあ行くぞ」
「ししょーあいしてまーす」
バートランドは半泣きでスペードに言って、ハロルドに連れて行かれたのだった。
「バートランド、重要なことを言うからちゃんと覚えておけ。城には絶対に行くな」
ハロルドがバートランドに言った。
「はあ」
「絶対にな。それから……」
ハロルドはバートランドにあることを伝えて、蛇の国の、しかも闘技場の真ん中に放置して去って行ったのだった。
闘技場には３０人くらいの戦士達が稽古中で、皆一斉にバートランドを見た。
（おいおい、こんな所に放置しないでくださいよー）
「俺は、怪しい者ではありませーん」
近づいてくる戦士達にバートランドはあわてて言っていた。
「アシュラン様の命令でここに来たんです。嘘ではありません！」
バートランドは自分でも嘘っぽいと思いつつ言っていた。
（アシュラン様の書状もないし、困ったな）
と思っていると、戦士が一人この場にぱっとやってきてバートランドに近づいてきた。
「話は聞いてます。ようこそいらっしゃいました」
「え、あ、よかった。俺を信じてくださるんで？」
「はい、頭の上に金の鳥も止まってますし」
「え？」
バートランドは上を見た。金色の鳥は見えなかった。
「今消えましたよ。私はミカエルです。詳しい話は城で聞かせてください」
「あ、ちょっと待ってください。城には行けないんです。城に行ったら殺す、くらいの勢いでハロルド様に言われたもので」
「はあ？ ……はは」
ミカエルはその意味に気がついたのか、乾いた笑い声をあげていた。
「では、私の屋敷にどうぞ」
「どうもありがとうございます」
「瞬間移動でつれて行きますので触りますね」
ミカエルはバートランドを瞬間移動で自分の屋敷に連れて行き、ヴィクターとフリットも呼んだのだった。
ミカエルは客間にバートランドを案内した。
「あのー蛇が近づいてきたらどうしたらいいですか？ 殺すのはやばいですよね。ずっと逃げなきゃいけないです？」
「蛇よけの腕輪を差し上げますよ。ちょっと待っていてください」
ミカエルは細い腕輪を持って来てバートランドの腕にはめた。
「これがあれば蛇は近づいてこないですか？」
「はい、大体は」
フリットとヴィクターがやってきた。
ミカエルは自分達の説明をした。
「では、あなたのことを教えていただけますか？」
一同は席に座った。
「俺の名前はバートランドです。アシュラン様に、二年ほどこの国で剣術指南をするように頼まれました。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。あの、バートランドさんは、純粋な一族の方ではないですか？」
ヴィクターが聞いた。
「そうですよ。俺は雷獣の一族です。何を隠そう現国王の三男です」
「ええ？」
これには三人とも驚いていた。
「王族の方なんですか？」
フリットが信じられないとばかりに聞いた。バートランドは金色の瞳ではなかったので、そうとは分からなかった。
「はい」
「しかし、なぜ王族の方が他国でそんなことを……」
とヴィクター。
「俺の所属は半分聖地です。実は子供の頃から聖地で剣聖になるための修行をしてまして、聖地の仕事もたまにしてます。半分一族から出ている身なので問題ないです」
「はあ」
「国に帰るのは、大人になって三の月くらいですね。他は大体外に出てます。この国は初めてですが」
「では、あなたが今の剣聖なんですか？」
ヴィクターが聞いた。
「まだ剣聖候補ですよ。剣聖の称号は、150歳くらいでもらおうかと思ってます。それまで生きていたらですが」
「はあ……剣聖って噂だけかと思ってました。実際にいらっしゃるとは」
「しばらくいなかったですからね。元剣聖の俺の師匠は妖精になるときに剣聖を降りましたので。剣聖って人間にしかなれないという決まりなんです」
妖精になった元剣聖ってとこで、フリットとミカエルの脳裏に一人の名前が浮かんでいた。
「もしかして、あなたの師匠ってスペードさんですか？」
ミカエルが聞いた。
「あれ、ご存じなんですか？ 師匠有名だなあ」
「うちの王妃が聖地巡礼をする時に、スペードさんに付き添っていただいたんです」
「そうなんですか。それはそれは。ところで、黒髪の王子を重点的に指導するように言われました。王子は何歳ですか？」
その言葉に三人ははっと目を見開いた。以前神官ジーがやってきてロイを指名した。そのことを思い出したのだ。
（また何かあるのではないだろうか）
三人はそんな嫌な予感を抱きつつ、バートランドを見ていたのだった。
つづく
１３部
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