第５７話
ハインリヒ自身、限界までゆりに気を与えてまだ回復の途中だったため、遠い場所への瞬間移動はまだできないが、ムサカの部屋は隣にあるので、ムサカの部屋への瞬間移動は可能だった。
「ムサカ様！？」
ハインリヒは部屋の中を見回しながら、ムサカがいないので寝室の方に向かった。ムサカの気は感じるので部屋のどこかにはいるだろう。死んではいないようだったのでハインリヒはほっとした。
「ムサカ様！ あ、いた。ムサカ様ってば！」
ムサカは寝室にいた。しかも布団の中に完全に入り込んでいる。ハインリヒは布団に手をかけてはがそうとしたが、ムサカが中からしっかり引っ張っているのか、布団がはがせなかった。
「一体どうしたんです。死んだかと思って心配したじゃないですか」
「わしは大丈夫だ。気を感じるだろう」
ムサカは布団の中で言っていたが、よく声が聞こえない。
「出て来てください」
「いやだ」
ムサカはまるで怒られるのを恐れる子供のように布団に入り込んでいる。
「まさか、あれからさらに老いちゃったんですか？」
「違う。しばらくほっといてくれ。わしは元気だ」
布団をはがそうとするハインリヒ。そうはさせまいとするムサカの攻防が続いている。
「頼むから出て行ってくれ！」
「本当に大丈夫なんですか？」
「大丈夫だ」
「わかりました。部屋の鍵は外しておきますからね。ちゃんとご飯は食べてください」
「わかった。わかった」
ハインリヒは布団から手を離した。そして去って行こうとして、素早くベッドの側に戻り、ぱっと布団を取った。ムサカは手を離していたようだ。布団がはがれて、ようやくハインリヒはムサカの顔を見ることができた。
ムサカはすばやく顔を下に向けて隠した。
「……ん？ ちょ、ちょっとムサカ様、顔を見せてください」
「いやだ」
「ムサカ様ってば！」
ハインリヒがムサカの体を上に向けようとしたが、ムサカはふんばっているのか丸まって下を向いていた。
何かがおかしかった。
「ムサカ様の髪が、すっごくつやつやしてるんですけど」
「気のせいだろう」
「きのせいじゃないでしょ。すっごく輝いてますよ。なんかおかしい。顔を見せなさいって」
「いやだ」
「子供か！」
ムサカは枕で必死になって顔を隠している。しかし、ウエーブかかった銀髪はキラキラ輝いて見えるし、手の甲を見ても、中年のおじさんの手というよりは、若者の手のように、ハリがあってキレイである。
「もしかして、若くなってないです？」
「なってない」
「なってるでしょ。髪が、王の髪のようにつるつるキラーンとなってますよ。おかしいでしょ」
「なってない」
「観念しなさい」
ハインリヒはムサカの脇をくすぐった。
「や、やめろ！ やめんか！」
ムサカはこそばゆかったのか体をくねらせて、ようやく顔をあげたのだった。
「……どういうことですか？ 一体何があったんです！？」
ハインリヒの目がまん丸くなっていた。
昨晩のことである。ムサカは夢の中で、最も尊い存在に出会ったのだ。
一目でわかった。この世で最も尊き存在、すべての始まりであるアシュラン、そのアシュランがムサカの目の前に現われたのだ。
「おお……」
ムサカは感動のあまり膝を突いて涙ぐんでいた。
「よくやってくれたな。魔法使い。王妃がいなくなったら、私もいろいろと苦渋の選択をしなければならないところだった」
ムサカはあまりに恐れ多くてじっくりとアシュランを見上げることができなかった。
「あの時助けてくださったのは、アシュラン様なのですね」
ムサカが震えるような声で言った。本当ならば、あの時あの魔法を使う魔法力はなかったのだ。
「そうだ。あれが私があの時手伝えるギリギリだった。お前があそこにいなかったならば、王妃は助からなかったかもしれない。私にもいろいろ決まり事があってな。産褥で亡くなる女性には手が出せないし、死の運命を覆すことはできない」
「ありがとうございます。私も、王妃様を助けることができて、本当にうれしいです。本当にありがとうございます」
ムサカはうなだれたまま泣いていた。
「私にもいろいろルールがある。私が感動した魔法使いには褒美をやってもいいというルールだ。今までは大勢の人間を助けた魔法使いに褒美をやってきたが、お前もその中に入れることにした。なにせ私の悩みを減らしてくれたからな。よき人生を送れ」
「は、ありがとうございます」
（褒美？？）
と思ってる間にアシュランは消えてしまったので、ムサカは深く頭をさげた。
（アシュラン様に出会えただけで褒美のようなもの。本当にありがたいことだ）
「ムサカ様」
「え？」
女性の声に驚いてムサカは顔をあげた。
「システィーナ様！？」
そこにいたのは、女王の母親、システィーナである。青と銀が混じった腰までのストレート、背は高く、勝ち気な顔立ちの女性である。ムサカはシスティーナと幼なじみだった。システィーナは当時最も強い女性だったために、王妃になった。ムサカはシスティーナのことが好きだったが、王妃になるシスティーナを応援した。
「ムサカ様、ありがとう。ヴィラルージュを守ってくれて」
システィーナは膝を突いてムサカの手を取った。
「システィーナ様」
若いままのシスティーナがそこにいる。ムサカは再びシスティーナに会えたことがうれしかった。
「本当は、あなたも助けたかった。助けられなかったのが残念です」
システィーナが流感で倒れたあの時、ムサカはシスティーナを救いたかったが、ヴィラルージュも寝込んでしまったために、万が一のことを考えてシスティーナに大きな魔法を使うことができなかった。
「何をいうの。あなたがいなければ、ヴィラルージュも助からなかったかも知れない。あなたには幸せになってほしかったのにこんなことになって。ヴィラルージュはもう大丈夫なのだから、今後はあなたは自分の幸せを考えてちょうだい」
ムサカもぎゅっとシスティーナの手を握った。
「私は十分幸せですよ。ヴィラルージュ様の、子供の顔を見ることができたのですからね。しかも二人も」
「そうね」
システィーナが笑っていた。
「でも、まだまだいけるでしょ」
システィーナはムサカの手を引っ張り、立たせてから、なんとムサカのお尻をたたいていた。
「システィーナ様！」
「これからは新たな気持ちで生きてちょうだい。じゃあね」
システィーナは笑顔で消えた。勝ち気でさっぱりした性格はそのままのようだ、とムサカは思っていた。
「陛下の性格は、やはり母君譲りだな」
ムサカは苦笑していたのだった。
（ああ、良い夢だった。そうか。これが褒美。アシュラン様、ありがとうございます）
などと思いつつ目覚めたムサカだったが、何かがおかしかった。それは鏡を見て明らかになった。なぜか若くなっている。
「え……ええ！？」
ムサカは目を閉じたり開いたりを繰り返したが、どう見ても顔が若い。自分の手を見ても、明らかである。
「な……なっ……なんで！？」
ゆりに呪文を使って老いていたはずなのだが、今は呪文を使う前より若くなっているではないか。
（もしかしてこれが褒美！？ そんな、まさか。私は全然望んではいないのだが……）
戸惑いまくったムサカは部屋の鍵をかけて、とりあえず引きこもったというわけだった。
ムサカはざっとハインリヒに説明をした。
「アシュラン様も、ものすごく喜んでいるんでしょうねえ。まさかこんなことになるなんて……ひょっとして私より若くなってません？」
ムサカの頬がひきつっている。今のムサカは、120前後といった年齢だった。
「でもよかったですよ。過去に帰っても、もう一花咲かせられるじゃないですか」
「冗談じゃない」
「ヴィラルージュ様も喜びますよ。さっそくドルイドにも知らせよう」
「やめろ。誰にも言うんじゃない！」
「いいじゃないですか。ずっとこもってられないでしょ。ではまた」
ハインリヒは走って去って行った。
「まてー！」
ムサカは若くなったものの魔法力はまだ回復途中だったために追いかけられなかった。
「くそっまさかこんなことになるとは」
（若くなったからといって生殖機能が復活したわけではないのに……）
「ムサカ様、失礼しますね」
メイドの声が聞こえてきた。メイドは食事をテーブルにおいて、寝室の方にやってきた。
「具合はいかが……ええ！ え……ええ？！」
侍女はぽかんとした顔でムサカを見ている。
「あ、その、魔法で若くなってみました」
ムサカは苦しい言い訳をし、「はあ、そうなんですか？ ステキですね」と言って侍女は去って行ったが、ムサカが若くなっているという噂は一気に城の中に広がったのだった。
神の国である。
ゆりは死の危険はとりあえず回避したようだったので、アシュランはほっとしている。なにせゆりと関わっている神が多すぎるために、もしゆりがいなくなったならば、アシュランも困ったことになった。ゆりをクーガの恋人にしたのもアシュランである。
神にとって精神面の低下は結構問題である。たとえば大多数の神がもう飽きたと思えば、この世は終わる可能性だってある。アシュラン自身、ゆりを面白いと感じていた。ゆりがいなくなったなら、この世の楽しみが一つ減ってしまうのである。
ゆりは人間であるがゆえにいつかは死ぬことになるだろうが、それは今ではない。いずれ年老いて死ぬ、そんな感じでいなくなってほしいものだ。
「あのーアシュラン様」
後ろからおずおずと声をかけてきたのはグレンである。
「なんだ？」
「また癒やしの水を贈ってもよいですか？」
グレンはまたばかでかい水瓶を両手に持っていた。あの水瓶に水を満タンにいれて、よく飛べたものである。
「もう大丈夫だ。ラクアが行ってくれたおかげで、王妃は少し元気になっていた」
「そうですか。もうくんできちゃったんですが」
すでに水瓶は満タンらしい。相当重いだろうに、愛の力というものはすごい。
「……全くこっちにもってこい」
グレンがうれしそうな表情をして、アシュランの側に水瓶を持っていった。アシュランは水瓶に触れて、中の水だけ移動させた。
「ありがとうございます」
「お前は最近表情が豊かすぎるぞ。ラーズの様子を見てこい。王妃はもう大丈夫だからといってやれ」
「はい」
グレンは飛ぶように去って行った。
その頃ハロルドは、檻の中の熊のようにガーベラの神殿内を行ったり来たりしていて、ガーベラにうっとおしがられていた。
「なあガーベラ、その手鏡、私にくれ」
好きな場所を見ることができる手鏡はガーベラが持っている神器である。ハロルドは持っていないのだ。
「いや。彼女は少し元気になってるから大丈夫よ。ところでいつお見舞いに行くの？」
ガーベラがハロルドに聞いた。
「十日はだめって言われた。あまり弱っている所を我々に見られたくないだろうと、アシュランが」
「それはそうでしょう」
「お前も行くか？」
「私は別で」
オルガがガーベラの神殿にやってきた。
「あ、ハロルド、彼女が寝込んでいることを私に内緒にしていただろう。サラディンに聞いたんだぞ」
オルガはハロルドに怒っていた。
「勝手に会いに行くなよ。私だって我慢してるんだからな」
「もう行ったがいなかった」
「アシュランに止められているんだからな」
「しるか」
「みんなでまとめてお見舞いに行きなさいって。グレンも誘ってあげてよね」
ガーベラの言葉に、ハロルドは「えー」と難色を示していた。
「あいつはほっとく」
「かわいそうでしょ」
「ところで、ラクアにもばれそうなんだが。そっちはどうするんだ」
ハロルドは、ラクアがゆりの元に行ったいきさつをオルガに話した。
「そうか。ラクアが彼女を救いに行ったのか。よく行ってくれたな」
オルガも驚いている。
「うーん……ラクアとジンラに話した方がいいかしら。となると、全員に暴露したほうがいいわよね。この際」
がーベラは悩んでいるようだ。
「ガーベラ、彼女の気持ちを尊重した方がいいんじゃないのか？ もはやガーベラが謝れば良いとか言う問題じゃないぞ」
オルガがガーベラに言った。
「そうかしら」
「ラクアは彼女と何度か会っているのだしな」
「あの女が完全に回復するまで言わない方がいい。今はショックを与えないで欲しい。特にラクアの反応は予想できないからな。あいつ結構きついとこあるぞ」
とハロルド。
「それもそうね。オルガは全然怒らなかった？」
ガーベラがオルガに聞いた。オルガがゆりとガーベラの関係を知ったのは、ガーベラが男になっている間のことだった。
「私は彼女とはそんなに接触していなかったようだからな。ラクアも最初は怒るかもしれないが、すぐに許してくれるだろう。なにせ、二人の娘を溺愛しているんだからな。娘達がいない生活など、もはや考えられないだろう。娘達が産まれたのが彼女のおかげだといえば、許すに違いない」
「そうよね」
その頃グレンはラーズの神殿にやってきていた。ラーズの神殿の周りはわかりやすく寂しくなっていた。花々はしおれて、草木も元気がない。
「ラーズ様？」
部屋の中にはラーズにクーリーフンがいた。
「彼女はもう大丈夫ですよ。元気を出してください」
「元気さ。目は回復したし」
ラーズの目は元に戻っていたが、翼はへなっとなっていた。
「それで飛べます？」
グレンが聞いた。
「実はちょっとやばめだ。彼女のことがかなり精神的ショックだったらしい」
「あまり弱みを見せないでください。ラーズ様に害になるとわかれば、アシュラン様は何をするかわかりませんよ」
グレンが真面目な表情で言った。
「何って？」
「ラーズ様から彼女の記憶を消してしまうかも」
「まさか、そんなことすると思う？」
ラーズがクーリーフンに聞くと、クーリーフンはうなずいていた。
「それはいやだ。わかった。立ち直る。彼女の死ばかり考えても仕方ないもんな」
実際に、オルガの息子である星の神、ティカのことは大多数の神々の記憶から消えている。いざとなれば、アシュランはそういうこともする神である。そうクーリーフンも感じていた。
「彼女が元気になってまた会えるってことを考えよう。それから、ラクアが不審がってるんだが、大丈夫かな？」
ラクアはゆりの元を去った後、ジンラの元に報告に行き、ここにも来ていた。
「王妃は大丈夫だよ」と言いに来てくれたのだ。それでラーズはラクアに感謝したのだった。
「ラクアがこんなに彼女に接触するとは思わなかったからなあ。まあ、ばれるときが来ても大丈夫じゃない？ ハロルドだって、最初は怒っていたけれど、すぐに考えを変えたんだし」
とクーリーフン。
「ラクアは人間には結構エグいことしてるけどな」
「もしそうなったら、ハロルド様とオルガ様とラーズ様で阻止してくださいね」
グレンが言った。グレンはラクアに太刀打ちはできないからである。
「わかった、そうだな。ラクアの目もあるし、本調子に戻らなきゃな」
ラーズもようやくそういう気になったのだった。
人間界のゆりは、産後二日目である。ラクアが来てから目に見えて回復していたが、まだ歩くのはおぼつかないので、ずっとベッドで寝ている。今はイシュタールがゆりの手を握っていた。
そこにミシェイラがやってきた。
「マーあのね、おじーちゃんがおじちゃんになったでしょ？ 今度はおにいちゃんになったんだよ」
「？？」
ゆりもイシュタールもとっさにだれのことかわからなかった。
「びっくりだね」
「だれのこと？」
ゆりが聞いた。
「ムサカちゃま」
「ムサカさんが？ お兄ちゃんって？？」
ゆりがイシュタールを見ると、イシュタールも首をかしげている。
「ハインリヒ殿に聞いてみますね……王妃を救ったご褒美をアシュラン様にいただいたみたいですよ」
イシュタールの言葉にゆりは仰天していた。
「アシュラン様、粋だわー。あれ？ ムサカさんが助けてくれたの？」
ゆりはそのことも知らなかった。
「ムサカ様がすごい魔法を使ったみたいですよ」
イシュタールが言った。
「部屋がぱっと明るくなったんだよ」
とミシェイラ。
「そうなんだ。じゃああれが……」
あの光の帯はムサカの魔法だと、ゆりは今気がついたのだった。
ゆりの左目が蛇の目になった。
「ムサカさんに会いたい。来てくれないかしら」
「いってこよーか？」
とミシェイラ。
「いや、いいわよ。そのうちいくらでも会えるんだし。お兄ちゃんってどのくらいお兄ちゃんなの？」
「えーとね、トーくらいかな」
「まじで？ 超楽しみ！」
ゆりは病床での楽しみができたので大喜びだった。
「ところで、他の男達は？ カール以外はみんな落ち込んでるの？」
蛇の目のゆりがイシュタールに聞いた。
「王妃に限界まで気を与えたので、まだ瞬間移動もおぼつかないようですよ」
「それもあるんだ。早く元気になって、全員でクロスのお祝いをしたい」
「そうですね」
イシュタールは涙ぐんでいた。ちなみにイシュタールの髪は、もう赤く変わっている。ゆりは黒目のゆりに戻った。
「ねーマーミーもあのお水ちょっとだけ飲んでも良い？」
ミシェイラが水瓶を指して聞いた。
「あれ空じゃない？」
ミシェイラが宙に浮いて水瓶の中をのぞいてみた。
「お水あるよ」
「ほんと？ 誰かまた持って来てくれたのかな」
「ちょっとだけ飲んで良い？」
「いいよ」
イシュタールがコップに水を入れてミシェイラに渡した。
ミシェイラは水を飲んで、「うまい」と言った。
「よかったね。赤い実をとってくれる？」
「はい」
ゆりは体を起こして、クーリーフンが持って来てくれた実を口に入れた。
（そうだ。クーガ様にも生まれたことを知らせなきゃだけど、元気ですって書いてもいいものかどうか……）
「マーも飲んで」
「うん」
ゆりはコップを渡してもらって水を飲んだ。
「なんだかすごくゆで卵が食べたい。ミシェイラ、太陽の石でゆで卵を作ってもらってくれる？」
「わかったあ！」
ミシェイラは飛んで行った。
「食欲もちょっと出て来たし、もう大丈夫よ」
イシュタールは目をうるうるさせて、うなずいていた。
ムサカが若くなった。その噂は当然ラクシュミの耳にも届いていた。ラクシュミはシス、ラギ、ロイと一緒にムサカに会いに行った。少し前にはミシェイラとレーヌ、ナナミが会いに来ている。ムサカももう会わないわけにはいかなかった。
「ムサカさん、すごい！ ほんとうに若くなってるー！」
「おー！！」
子供達は喜んで手をたたいていた。ムサカは居心地が悪そうに頬をかいたりしている。
「よかった。ゆりのために無茶をしたのではないかと心配していました。本当によかった」
ラクシュミも喜んでいた。
「ムサカ殿、元気になったら、ちょっと王の間の椅子に座ってみませんか？」
ラクシュミは微笑んで言い出した。
「え。何をおっしゃっているのですか」
「ちょっとでいいですから。一年ほど」
「いやいやいや」
「じゃあ半年でも」
「いや、私はそんな……」
ムサカは逃げ腰である。
「父様ってば、諦めてください」
シスがラクシュミをなだめ、ラギとロイは笑っていた。ようやく城の中にも笑顔が戻ってきた。
その夜、ゆりは夢の中で、女神ガーベラに出会っていた。
「心配したのよ。よかった」
ガーベラは二人のゆりを抱きしめた。
「ガーベラ様、男のガーベラ様も助けようとしてくれたんですよ」
「まあ本当に？」
幻の男ガーベラが現われた。
「ガーベラ様！」
「よかった。無事で本当によかったよ」
男のガーベラも二人のゆりを抱きしめるようにしていた。
二人のガーベラに抱きしめられて、どちらのゆりも幸せな気分になった。
「世界一贅沢だわ」
「死ななくて良かった」
二人は泣きながら、しばらく二人のガーベラに抱きしめられていた。
「ハロルドもあなたたちに会いたがってるんだけど、もっと元気になるまで待てってアシュランに止められてるの。いずれ、神様ご一行がお見舞いにくるわよ」
女のガーベラが微笑んで言った。
「「神様ご一行？」」
「一人一人来るのもあなた達が大変でしょ。来るなら一気にきたほうがいいって」
「それは、そうかな」
「確かに一人一人よりもいいかも？」
「それまで元気になろうね」
男のガーベラが二人のゆりの頬にちゅっとキスしていた。
「私もしてあげる」
女のガーベラも二人のゆりの頬にキスしていた。
「贅沢すぎる」
「生きてて良かった」
二人のゆりは何度も感動し、夢は終わったのだった。
翌朝、ゆりは幸せな気分で目を覚ましていた。ゆりの横にはシスが眠っている。
（神様のお見舞い、何人くるんだろう？ ハロルドにラーズ、オルガ、グレン？ アマンザとクーリーフンも来てくれるのかも？ 一気に神様が来ちゃっていいのかな？ とにかく、元気にならなきゃ始まらないわね）
「母様おはよう」
シスが目を覚ました。
「おはよう。シス」
ゆりはシスを抱きしめて頬にちゅっとキスしていた。
シスはびっくりしている。
「私って幸せだな。みんなに助けてもらって」
「母様が今まで良いことを一杯したからだよ」
「ふふ、そうかな」
「僕の母様は世界一すごいもん」
黙っていられなかったゆりは、「そのうち神様達がお見舞いに来てくれるって」とぽろっと言ってしまった。
「わあ、楽しみだね」
「昼間には来ないだろうけど、楽しみだな。ジロウ君、ハロルド様が来てくれるよ」
「ワンワン！」
ジロウは寝床から起き上がり、うれしそうに尻尾を振っていた。
ゆりの部屋から出て行ったシスは、興奮した様子で、「僕の母様は世界一ぃぃぃ！」とつい叫んでいたのだった。
つづく
１３部
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