第６０話
城の外にいた子供達は、「なんだか眠いね」「寝よう」と急に眠気を覚えて、城の中に戻った。ジュノーとへびっちに挟まれて寝転んでいたクロスは今夜はすんなり眠っていたので、ジュノーとへびっちもそのまま寝ていた。
ゆりの部屋では、涙目のアマンザとラーズがゆりが無事でよかったと喜んでいた。ゆりは二人に微笑んで、「皆様こんばんは」と言いながらも、なぜサラディンがここにいるのか、誰か早く説明してください、と心で訴えている。サラディンは困惑ぎみの表情である。
「サラディンは私が誘ったんだ。あなたのことをかなり心配していたから、今なら怒らないだろうと思って、秘密を話した」
オルガが言った。
（ということはつまり、サラディン様にはばれたってことでしょうか？）
「全く相談もなしに勝手に」
ハロルドはぶつくさ言っていた。
「オルガに王妃が時々ガーベラになっていた、とかいう話は聞いたが、私とはあまり会っていないのではないだろうか？ まさか気がつかないはずはないだろうし」
とサラディン。ゆりはこころなしかラーズの影に隠れていた。ラーズはゆりの頭をなでなでしている。
「それとも何度か私の神殿に来たことがあるのか？」
サラディンはラーズに隠れているゆりに聞いた。
「えーとその……」
ゆりがどう返答しようか困っていると、「温泉好きはこの女の方だぞ」とハロルドが暴露した。
「え？」
「お前のところの風呂に入ってたガーベラは、ほぼこっちだ」
「え？」
二度目の「え」はかなり大きな声だった。
「最初の方から会っていたということか？」
サラディンは結構ショックを受けているようだ。
「じゃあジュリアンが産まれた時は？」
「実は、私です」
ゆりは小さい声で言っていた。サラディンはショックのあまり口を開けている。ゆりは怖くてサラディンの顔を見ることができなかった。
「まあいいじゃないか。そういう細かいことは」
とラーズが言った。
「私にとっては結構重要なことだが」
サラディンの眉間にしわができていたが、オルガが「怒らない約束だからな」と小突いていた。
「別に怒っていない」
「ジンラに話すかどうか迷ったんだがなあ。今回はサラディンだけにした」
「本当に無事でよかった。心配したんだよ」
ラーズはゆりの頬にちゅっとしていた。
「ヒルデリアの神官に薬を処方してもらった。産後十日経ってから、朝と夜、食後に飲むといいらしい。出産で乱れた気の乱れやら、いろいろ整えてくれるんだと」
ハロルドがゆりに袋を一つ渡した。
「ありがとうございます」
ハロルドはゆりの頬をなでた。ジロウはハロルドの側によってきていたので、ハロルドはジロウもなでていた。ジロウは尻尾をふりまくっている。
「それは犬か？」
サラディンが聞いた。
「ああ。ちょっとここに貸してるんだ」
とハロルドが答えた。
「私はこれを。栄養があって体にいいらしい」
オルガがゆりに渡した袋の中には、丸いごつごつした実が十個ほど入っていたが、テニスボールくらいの大きさだった。
「見た目はくるみっぽいですね」
ゆりは一つ手にとってみた。
「くるみだ。ヤギの国での名産品なんだ」
「こんなに大きなくるみがあるんですね。ありがとうございます」
「ガーベラもすごく心配していたよ。あなたの異変を察したんだ。やっぱり心がつながってるんだろうね」
とラーズ。ラーズは三十センチほどの長さの麻袋をゆりの横においた。ずっしり重そうな物である。
「お米、少しだけどもらってきたよ」
「お米！？」
なんともうれしいプレゼントに、ゆりはつい米袋を抱きしめていた。
「うれしい。皆さんありがとうございます。また皆さんに会えて、本当にうれしいです」
ゆりは涙目になっていた。
「僕はもっとお母さんとお話がしたいよ。だから、知らないうちにいなくならないで」
アマンザはうるうるした瞳でゆりの手を握っていた。
「アマンザ様……」
（かわいすぎる）
神々の後ろの方にいたグレンは、部屋のはしに持って来た袋を置いていた。このメンバーの中ゆりに話しかけるのも結構大変そうだ。
「ふふ。世界一すごいお見舞いですね」
ゆりは涙目ながらも笑って言った。
「これだけすごいお見舞いは、あり得ないからねえ」
とラーズ。
「今日は長居しないようにって言われたから行こう」
ハロルドが言った。
「早く元気になって」
ラーズがゆりの頬にちゅっとキスして離れた。ハロルドはゆりの額にちゅっとキスして離れた。オルガが続いてゆりの頬にキスし、グレンはサラディンの様子を窺いながら、ゆりに近づいてゆりの手を握っていた。
「早く元気になってください」
「ありがとうございます」
サラディンはゆりに近づいて、「今度話そう」とゆりの手を握っていた。
「はい」
「じゃあ行こう」
ハロルドが促して、神々は消えてしまった。部屋の中が一気に薄暗くなった。まるで夢のような一時だった。
「すごい目の保養だったなあ。まさかサラディン様がいらっしゃるなんて思わなかったわ。今度会ったら詳しく話さなきゃだめだよね。うーん。とりあえず、明日考えよう」
ゆりは緊張していたので疲れて、そのまま寝転んで眠ったのだった。
神の国に帰ったサラディンは、オルガを自分の神殿に誘っていた。
「詳しく話してくれ」
「ああ」
オルガがサラディンに打ち明けたのは、お見舞いに行く直前のことだった。サラディンは考える暇もあまりなく、ゆりに会いに行ったわけである。オルガが故意に考える時間を与えなかったとも言えるが。
「つまり、お風呂に喜んで入ってたのは、彼女、というわけだ」
オルガはサラディンの神殿の中で言った。
「信じられん。それって……いいのか？ みんなよく怒らなかったな。イシュタールめ、だから彼女がガーベラに似てるだの言ってたのか」
サラディンはようやくそのことに気がついたのだった。
「彼女とのやりとりが楽しかったせいで、誰も怒ってない。サラディンも別に損してないからいいじゃないか」
「損してないとかいう問題なのか？ ラクアとサントスとジンラは知らないのか？」
「あの三人はまだ知らない。ジンラはアマンザがばらしそうだが」
「いきなりそんなことを言われても、どう考えたらいいのかわからんな。まあ彼女が元気でよかったが。もし彼女が死んだら、話もできないままになっていた所だぞ」
「人間の生には限りがある。怒るのも時間のむだだ」
「ってことは……もしやあのおまじないも何か関係しているのか？」
サラディンは恐る恐る聞いた。
「実は、神の国で彼女にひっついていると、彼女が人間界に戻る時に、一緒に来てしまうときがあるんだ。サラディンは彼女と神の国でひっついていて、一緒に人間界に来てしまったんだ」
「なにー？ おまじないじゃなかったのか」
「ガーベラのおまじないだ」
オルガはちょっと笑って言った。
「私はまたあそこに行ってしまったらどうしようとかなり心配したんだぞ。全く」
サラディンはオルガを睨んでいた。
「私はガーベラだと思って彼女と愛し合ってしまったんだが、それはどう思ったらいいんだ」
「私なんか、彼女とあまり接点がなかったから逆に寂しかった。ガーベラの一番目の恋人だというのに。サラディンは彼女と結構楽しんでるからうらやましいぞ」
「何がうらやましいだ。……うーん。どういう反応をしたらいいのかさっぱりわからん。アシュランは知ってるんだろう？」
「ああ、知ってる」
「じゃあ彼女が罰を受けることもないか」
（ガーベラと何度風呂に入ったっけ……しかしああもなりきるとは。いや、元々ガーベラと親しかったわけではないから、気がつかなくても無理はなかった）
「オルガはいつ知ったんだ？」
「最近だ。だからな、彼女は私とあまりふれあってなかったからわからなかった」
「一番古い恋人のくせに。一目で気がつかなきゃだめだろ」
「ラーズだって気がつかなかったんだから」
「ん？ もしかして、ジュリアン以外も、ってことあるのか？」
「あるかもな」
「こうなったらガーベラに文句を言ってやる」
サラディンは気持ちの持って行き場がなく、とりあえずゆりが弱っているのでゆりには怒る気にもなれず、翌日ガーベラに文句を言いに行ったのだった。
人間界では翌朝、ラギとシスがゆりの部屋にやってきてゆりを起こした。
「おかあさーん、起きて」
「うーん」
目を開けたのは蛇の目のゆりだった。
「母様、神様は何人いらしたの？」
「えーと三十人」
「は？」
「なんてねー」
「もー教えてよー」
ラギは布団をゆさゆさしている。ナナミもやってきた。
「母様、どうだった？ 神様泣いてた？」
「うんみんな私の無事をすごく喜んでた。そこの袋をとって」
ゆりは部屋の壁際においてある麻袋を指していた。ナナミが袋をゆりに渡した。
「グレンは何をくれたんだろう？」
袋には瓶が２本入っていた。そしてメモのような紙が一枚。
「滋養強壮に効果があります。朝と晩飲んでください」と書かれていた。
「みんなの贈り物で前より元気になっちゃうかもね」
「わーこれなに？ くるみみたい」
ラギが袋から大きなくるみを取り出していた。
「ヤギの国のくるみだって」
「それで母様、神様は何人？」
ナナミが聞いた。
「答えはジロウ君に言ってもらおう。ジロウ君、何人だった？」
ジロウは耳をぴくっと動かして、
「ワン、ワン、ワン、ワン、ワン、ワン！」
と吠えた。
「さすがお利口さん」
「えーと、六人？ ハロルド様、ラーズ様、オルガ様、グレン様あとは？ アマンザ様と、ガーベラ様？」
ラギが考えながら指折り数えた。
「ぶーサラディン様もいました。ついにサラディン様にもガーベラになってることがばれちゃった」
「えー！ イシュタールに教えてあげよう」
「喜ぶね」
「塔の部屋が使われるのも近いね」
子供達は喜んでいたのだった。
（元気になって神の国に行くのが怖い気もするけどね。昨日はすごい人のお見舞いが続いたなあ。クーガ様はどういう気持ちでスペードさんを連れてきてくれたんだろう。王様が頼んだってのもびっくりしたけど。それにしても神様のお見舞いは豪華だったなあ）
蛇の目のゆりは引っ込み、黒目のゆりが目覚めて、周りに子供達がいたので「わっ」と驚いていた。
「母様、イシュタールが喜んでるよ」
「え？ もうサラディン様のことを知ってるの？」
「いずれ塔に遊びに来てくれるといいね」
ゆりの心情は知らず、子供達は楽しそうだった。
「まあいいや。とりあえず、そうだ、お米を炊いてもらおう。ナナミ、厨房にお米を持って行って炊いてもらって。一カップだけでいいから炊いて全部おにぎりにしてもらって」
「わかった」
ナナミは米袋を持って消えた。
（ジンラ様の時のお米は全部食べちゃったから、ありがたいな、大事に食べよう）
ゆりは見てなかった袋を開けていた。
「これはグレンからかな？ 滋養強壮か。前にもらったやつと違うのかな？ 飲んでみよう。コップ取って」
「はーい」
ゆりはグレンからもらった苦い液体を飲んだり、おにぎりを食べたり。わりと元気に過ごしながらも、今度サラディンに会った時のことを想像したりもした。
そんなこんなで三の月が終わり、四の月になった。バートランドが再び蛇の国にやってきた。そのついでに、ハロルドがゆりの部屋にやってきた。まだ昼間だったので、城の中の侍女達の控え室では、侍女達の興奮した声があがっている。
「かなり元気になったな」
ハロルドはゆりの顔を見て言った。
「はい、皆さんのおかげで元気になってきました。今日からハロルド様にもらった薬も飲めますし。朝薬を飲んだらすごく眠くなって、さっきまでぐっすり寝てたんですよ」
ゆりの体もだいぶ楽になってきた。部屋の中を歩き回るくらいはできるようになった。
「そうか。今日はイシュタールを連れて帰るつもりなんだ。ザクロがようやく三個なったからこれも持って来た」
ハロルドはゆりにザクロを入った袋を渡した。
「ありがとうございます。何から何まで」
「王妃様、クロス様をお連れしました」
侍女の声がした。侍女の一人がクロスを抱っこしていたが、他に四人もいた。今日いるゆりの侍女が全員来たらしい。
侍女達はハロルドを見るなり感動して泣いていた。
「ハロルド様、約束通りクロスを抱っこしてください」
「ああ。ちゃんと覚えてる」
ハロルドは侍女からクロスを受け取って腕に抱いた。クロスは不思議そうにハロルドを見上げていたが、結構ご機嫌そうだった。
「あ、うれしそう」
ハロルドはゆりにクロスを返した。
「じゃあな」
「イシュタールにがんばってね、って伝えてください」
「ああ」
ハロルドは消えた。
「きゃああああ。す、すいません。感動してしまって」
「すごくかっこいい。かっこよすぎる」
「たくましい」
「感動しました」
「よかったね。休みの人達に自慢しないようにねー」
ゆりは笑っている。
「はい。王妃様、ありがとうございます」
ミラを残して他の侍女達は泣きながら去って行った。
「神様を見た人間って普通はあれくらい感動しちゃうんだろうな。クロス、よかったね」
ゆりは抱っこしているクロスに言った。ちなみにクロスはラクシュミがだっこすると露骨に嫌がって足をつっぱったりする。ラギの時ほど泣いたりはしないのだが。
「そのくらいご機嫌でお父様にも抱っこされてあげてよ」
ミラはにやにやしながらゆりを見ている。
「いやー悲鳴もあげちゃいますよ。ハロルド様、本当に素敵ですもの。あ、そうそう。イシュタール様の御子様が、さっき産まれたみたいですよ。男の子です。間に合ってよかったですよね」
「そうなんだ。男の子かあ。ギリギリ間に合ったねえ」
「イシュタール様のもう一人の彼女も妊娠されていたんですが、そちらは女の子なんですが、他の男性の子供だったみたいです。三日前に産まれたんですが、イシュタール様の子供ではなかったので、こちらに報告されなかったようで」
「そっか。イシュタールは全然気にしてないみたいだから、まあ彼女が全員子供ができて、よかったのかな」
「そうですね。イシュタール様の彼女達は皆いい年齢ですから、一度でも出産できてよかったですよ」
「イシュタールおめでとう。みんなの子供もどんどん増えてるから、子供の名前を覚えるのが大変じゃん。シャナーンの子供はカルロ君。ヴィラのとこの女の子はミアちゃん。あれ？ ジュノーのとこの女の子の名前なんだっけ？」
「ティナちゃんです」
「ティナちゃんか。記憶力やばい。やっぱりメモっておかなきゃ」
ゆりはクロスを抱っこしたままぶつぶつ言っていた。ちなみに、ゆりの部屋においてある水瓶の中に癒やしの水はもうない。ナナミに「母様がもらったんだから母様が全部飲みなさい」と言われて、残りの癒やしの水は全部ゆりが飲んでしまった。水瓶は記念に飾っている。
「ザクロは一個ユリウスにあげたいなあ。ユリウス、ザクロが大好きだから」
「王妃様、またナナミ様に怒られますよ。そういうことは、完全に元気になられてからにしてください。私達もナナミ様に怒られちゃいますから」
「はーい、ナナミ最近怖いんだから」
ゆりはザクロを半分に割って、種を口に入れた。
「すっぱおいしい！」
ゆりは目を細めていた。
イシュタールは思念で皆に別れを告げて、ハロルドに連れられて行った。シス、ラギ、ロイは闘技場でバートランドに会って喜んでいる。
バートランドは変わらず元気そうだった。
「また会えてうれしいです」
「俺もうれしいよ。何か変わったことはなかったかい？」
「うちの母様が出産しましたよ。八人目、男の子です」
ロイが報告した。シスとラギは準備運動をしている。
「へーあと二人で十人じゃん。すごいね」
「出産の時母様がすごく大変だったんですよ。それで僕らもしばらく何もする気になれなくて、さぼってたわけじゃないんですけど」
ロイは言い訳のように言っていたが、実際、毎朝のマラソンをする気にもなれなかったほどだった。
「そうだったんだ。大変だったんだね。王妃様は元気になったの？」
バートランドが聞いた。
「はい。今は結構元気になりましたよ。僕らもようやく勉強を再開してます」
シスが言った。
「あ、そうだ。スペードさんがお見舞いに来てくれましたよ」
ロイが言った。
「え？ ほんと？ どうやって知ったんだろう？ それにどうやってここに来たの？」
バートランドは驚いている。
「クーガ様がスペードさんを連れてきてくれたんですよ。クーガ様には、子供ができたら報告するってことになってたんです」
「スペードさん、戦う所をちょっと見せてくれたんですよ。やっぱり強かったです」
ラギが言った。
「そうなんだ。ハロルド様ももしかしたら王妃様に会いに行ったのかも」
「数日前にもう来てくれましたよ」
ロイがあっさり暴露した。
「そうなんだ。ラーズ様も？」
「神様はクーリーフン様も入れたら七人。僕の母様すごいですよね」
今日はシスではなく、ロイが自慢げに言っていた。
「さらにクーガ様って、王妃様はすごすぎるよ。師匠もこんなに遠くまで来るなんて。俺も王妃様に会ってみたいなあ」
神様がそんなに会いに来る女性とはどんな女性なのか、バートランドでなくても気になるところだろう。
「そうだ。雷獣の国でアシュラン様の手形は見ましたか？」
ラギが聞いた。
「ああ見たよ。国宝になってたよ。俺の両親も毎朝手を見て拝んでるんだって。月に一度一般公開してるんだと。ここの博物館を見たら驚くだろうなあ。見せたいくらいだよ」
子供達は「ははは」と笑っていた。
城では、ゆりはクロスと並んで昼寝をしていた。ベッドの側にはミラが座っている。すると、そろりと顔をのぞかせた者がいた。ムサカである。
ムサカはベッドに近づいて、「王妃様、だいぶ元気になられたようですね」とミラに言った。
「ムサカ様ったら、王妃様が起きている時に来てくださいな。王妃様は毎日ムサカ様のことを気にしてるんですから」
ミラの言葉にムサカは苦笑している。
ムサカは目尻が少し下がっているため、ラクシュミに比べるとだいぶ優しげな印象だった。
（まさかあのおじいちゃんがこうなるなんて、だれが予想したでしょう）
ミラはムサカの若い姿が慣れないので、いつみても不思議に思ってしまうのだった。
「まあいずれ。では」
ムサカは去って行った。
ムサカはその後、三階のシスの部屋のベッドの下をのぞいていた。
「見つけましたぞ」
「きゃー」
そこにいたのはミシェイラである。
「レーヌ様は、クローゼットの中ですね」
クローゼットが開いてレーヌが顔を見せた。二人はムサカとかくれんぼをして遊んでいたのだ。
「見つけるの早いよー」
「まだ隠れますかな？」
「うん。レーちゃんおいで」
ミシェイラはレーヌを連れて逃げた。
「幼い陛下を見ているようでかわいいな」
ムサカはつい、ヴィラルージュの幼い頃のことを思い出しながら、（陛下より若くなってしまって、この姿で過去に戻ったら大変なことになりそうなんだが）と過去に戻りたいような戻りたくないような、複雑な気持ちでいたのだった。
そして過去の時代では、女王ヴィラルージュが、「またムサカの夢を見た」とディランに話していた。
「またですか」
「ムサカがゆり殿とまたいちゃいちゃしておったのだが、今度は子供までおった。ゆり殿がムサカの子供を産んでしまったのだ。正夢になったらどうしようかのう」
あまりの夢の内容に、ディランは口を開けたまま何も話せなかった。女王の横に控えていた侍女達も、ぽかんとした様子である。
「未来の王にあまりに悪いような……」
「ムサカ様も、長い間一人でいらしたんですから、そういう元気もないのでは？」
ディランがようやく言った。
「世の中何があるやらわからないではないか。ああ、未来の様子がもっと分かればいいのにのう。なぜかムサカのことが気になる」
「大丈夫でしょう。ムサカ様が元気になられたとしても、まさか赤い月にゆり様と過ごせないでしょうし」
「それはそうかもしれんが。ディラン、ヴィラ殿とはよう会っておくれ。未来の様子が知りたい」
「はあ」
「ところで、ソラと赤い月を過ごしたという噂は本当か？」
ディランはぎくりとしていた。
「え……それは……」
「ソラがディランに猛アタックしたそうではないか。あの二人には一杯子供を産んで欲しい。カーライル殿の子孫を残してほしいからな。ソラは三十人もの若手から告白されたのに皆振ってディランを選んだとか。それで、本当にソラと過ごしたのか？」
女王はちょっと前のめりになっている。姫君の父親はディランだというのに嫉妬する様子もない。女王も相変わらずである。
「それはその……私のことよりも、陛下も最近ダンテと仲が良いようですが、いつの間に仲良くなられたのですか？」
ディランがお返しのように聞いた。
「え」
女王は実はこっそりとダンテと赤い月を三日も過ごしていた。ダンテは図書館で働いている男だが、中身はかつての鵺の国での大魔法使い、夢の世界で女王と戦ったソバートという男である。戦いは女王が勝ち、カードの中で、ソバートは女王の夫になったのだ。もし今もカードの世界があるのなら、二人は仲良くしているのかどうか気になるところである。
女王はそれとなくディランから目を離していた。女王が今まで赤い月を過ごした男は、騎士ばかりである。しかも、上位の騎士だけだ。
「ま、よいではないか。私ももう子供も関係ないし、好きにしても」
「ダンテが好きなんですか？」
「これには入り組んだ理由がある。私はディランやフークスのことも好きだぞ」
「はあ……」
「他のみんなのことも好きだし」
「ダンテの方から陛下にせまったんですか？」
「いや。私の方から。あやつはそう積極的ではない。実は、前世で、あやつは私の夫だった、ということが判明した」
「ええ！？」
「え？」
これには侍女達も驚いていた。
「前世の夫ですって？」
「そういう理由で、ダンテと過ごしてしまった。つい」
カードのことはあまり話したくなかったので、女王は前世を言い訳にした。我ながら最もらしい嘘である。
「そんなことがあるとは……いつ思い出したんですか？」
「ダンテの顔を見て思い出した。このように世の中不思議なことが起こるものだ。ムサカに何があっても不思議ではないな。うん」
女王は強引にムサカの話に戻していた。
「はあ……」
前世の恋人という言葉に度肝を抜かれて、ディランは王の間を後にした。
（それが本当のことならば、ダンテももっと早くに陛下と仲良くなりたかっただろうに。ダンテは病気がちだったし、それも難しかったか。今ようやくといった所なのかもな）
ダンテの心情もなかなか複雑なのかもしれない、とディランは推測していた。
「あ、ディラン様」
女王の間の前で、ソラに出会った。ソラは今日は長い髪をポニーテールにしている。
「こんにちは」
大人になったばかりの若さにも生命力にもあふれる女性である。ディランから見てもまぶしいほどだ。ソラの首には水色の宝石が瞳にはめこまれた銀の蛇がいた。ディランはその飾り物をちらりと見て通り過ぎて行った。赤い月後にディランがソラに贈った物だった。
（あんなに若い子の相手をすることになるとは思わなかった。確かに世の中、何が起こるかわからないな）
などと思ったディランだった。
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