第６７話
とうとう五の月二十日、羊の一団が蛇の国にやってくる日になった。城の中も、外も、今日はピカピカである。大蛇も子蛇達も客人が来ない場所に移動している。ゆりはダイエットの甲斐もあり、元の体型からは少し太った？ くらいまでは痩せていた。
「ねー母様、先生も歓迎会に呼んじゃだめかな？」
朝食の時間、ロイがゆりに頼んでいた。二日間の間、子供達はお勉強も稽古もなしである。バートランドは二日休みになったのだが、何かしてないと落ち着かないらしく、今回の警備に関係ない未成年に稽古をつけると言っていた。
「バートランドさんにはお世話になってるし、私としては来てほしいんだけどねえ」
「母様がムラムラしなきゃいんじゃない？」
とナナミ。
「大勢いるんだからムラムラしないわよ。思い切って呼びましょう。ハロルド様にばれなきゃいいわよ」
とゆり。
「ロイ、先生に伝えてみて」
「うん。わかった」
「とにかく、今夜はすごいことがあるから、できるだけ来てほしいわ」
「ベツベツマーがくるんだよね。楽しみだな」
ミシェイラはうれしそうだ。
「たのしみねー」
とレーヌ。
「ベツベツマーはどこから来ると思う？」
ナナミがシスに聞いた。
「え？ さー」
シスは首をひねっている。ナナミがラギをみると、ラギもわからないという仕草をした。
羊の一団は予定通り朝国境を越えてきたようだ。ムサカが一同を博物館に案内したという連絡がゆりの所に来た。
「わーとうとうね。みんな驚いているかしらねえ。わくわくするわね」
ゆりはクロスを抱っこしたままで部屋の中をうろうろしている。
「あー」
「あら、おしゃべりできるようになった？」
「あーあー」
「今日は楽しみね」
ミシェイラとレーヌがやってきた。
「マーきいてきいて。歓迎会でね。二人で歌を歌うのよ」
「そうなの。ここで歌ってみて」
「いいよー」
「あーかいへーび、あーおいへび〜♪」
二人はかわいらしい声で歌っている。歌うのは女の子達だけで男の子達は何もしないようである。
「ルーもお客さんが来る間は寝室にいてね」
ゆりはソファの上にいたルーに言っていた。
さて、博物館では、万全の体制で羊の一団を出迎えていた。一団の中、女性は王女サンデリカと母である王妃だけで、残りは男性である。羊の長老に、魔法師長、戦士団の副団長、今主に外交に来ている者、そして以前に外交に来ていたラーイ、王子サン、残りは抽選で当選した者達だということだった。博物館の前にいたフリットは、一団の中にラーイを見つけて、皆に挨拶をした後声をかけた。
「ラーイ殿、久しぶりですね」
ラーイは長い間蛇の国にやってきていた男で、アナスターシャが産まれたときには、自分の国のことのように喜んでくれたことを、フリットはよく覚えていた。
「フリット殿、久しぶりです。私もどうしても来たくて頼んだんですよ。今回の訪問を受け入れてくださり、ありがとうございます」
「いえいえ、どうか楽しんでください」
一同は博物館の中に入っていった。博物館は貸し切りで、周りも戦士達が護衛している。街の人達は遠巻きに集まって眺めていた。
「角だ……みんな角があったな」
「ここも有名になったな……」
人々はぼそぼそ噂しあっていた。羊の一族の者はたまに南の街に来ることはあるが、この北の街では珍しいのである。
「みんな城に泊まるらしい」
「大丈夫なのかな？」
街の人達がそのことを心配していた。
街の者の懸念も最もである。城に一団が泊まるということは、他の一族の者を大勢懐に入れてしまうということだ。もし羊の一族に邪な思いがあったとしたらどうなるか、そう心配しているのだろう。ラクシュミ達はそういう心配はしていないが、100％ないと安心しきってもいない。だが、アシュラン様の足を見に来て王子や王女に危害を加えれば、世間的に羊の一族は蔑まれることになるだろう。羊の王の性格では、そんなことを命じるとは考えにくい。
羊の王も、くどいくらいにラクシュミに「大勢行く事になって申し訳ない」と書面で謝っていた。
「そんなに謝らなくて良いのに」
とラクシュミは思ったくらいである。今はアシュランによる相互不可侵の命が下されている。羊の王がそれを破るとはラクシュミも思っていない。泊まったらどうか、と言ったのはこちら側である。
「それよりも、夕方のことを考えるとドキドキするな」
久しく派手な音楽も聴いていない。ガーベラが歌うというだけですごいのに、楽団まで来るというのだから、ラクシュミも祭りを楽しみにしている子供のような気持ちでいた。
「わしもドキドキしてきましたよ」
王の間に老人ザメハがやってきていた。
「最近足腰が弱ってきているそうだが、大丈夫か？」
「まだまだ大丈夫ですぞ。王妃の歌が楽しみですな」
今夜ゆりにガーベラが来るというのは一部だけが知っていることだった。ザメハやフレイ、カールとムサカもまだ知らない。
（知ったら驚くだろうなあ……嫌でも今夜気がつくかもしれないが）
ラクシュミは苦笑していた。
博物館の中では、羊の一族の者達はアシュランの足に大感動している。やはり皆土下座せずにはいられないようである。そんな中、王子サンはアシュランの足を見ても、ふいっと回れ道して博物館から出て行こうとした。
「サン」
王妃がサンを止めようとした。
「私が行きます」
ラーイはサンについて行った。
サンは博物館の裏に行き、草の上に座り込んでいた。
「ラーイ殿、私が王子を見てますから、博物館に行ってください」
それを見ていたヴィラが近づいた。
「ですが」
「大丈夫ですよ。せっかくですから」
「……ではお願いします」
ラーイはヴィラに任せて博物館に戻った。ヴィラはサンから少し離れた所にしゃがんでいた。
サンは十五歳、ヴィラからすればまだ幼い子供の内である。真っ白い短髪はウエーブかかっており、頭には角がある。子供なので角も小さいが、少し黄色がかってみえた。瞳は王族の金色である。魔力はありそうだ。
（アシュラン様の足にも興味を示さないなんてなあ……なかなか手強いようだ）
２時間ほど、サンはそこに座りっぱなしで、言葉を発することもなかった。
「サン、終わったわよ」
王女サンデリカがサンを迎えに来た。
「ありがとうございます」
王女はヴィラにお礼を言った。
「いえいえ」
一同はムサカに連れられて、城に行くことになった。すでに城の厨房には羊の国の料理人がやってきている。昼食は羊の一団は城の広間でまとめて食べてもらうことになった。昼食後にお互いに挨拶をするということになったようだ。
ゆりは子供達と食堂で昼食を食べたが、見たこともない野菜料理が並んでいた。
「やった、羊の国の料理、用意してくれたんだ」
「母様、僕たち王子の相手をした方が良いよね？」
シスがゆりに聞いた。
「王子はちょっと難しい子らしいのよ。感情の起伏が乏しいらしいの。でも、子供同士ならもしかしたら何か起こるかもしれないから、いろいろ話しかけてみてくれる？」
「わかったよ」
食事の後、ゆりは子供達と一緒に広間に行った。王妃様らしくかしこまったドレスを着ている。
「王妃のゆりです。ようこそいらっしゃいました」
「ああ、王妃様」
一同は立ち上がり、ゆりに礼をした。
「このたびは我々を受け入れてくださり、本当にありがとうございます」
王妃が挨拶を返した。ゆりが子供達を紹介し、王妃が羊の一団をゆりに紹介した。
王女サンデリカは予想通りかわいらしい少女だった。羊の一族は主に白い髪のようだ。ウエーブがかった髪も多い。王女も真っ白で細かいパーマをかけたような髪で腰まである。王子も一緒にいたが、やはり何も興味がない様子で、挨拶が終わると広間を出て行ってしまった。
「あ、サン、どこに行くの？」
サンデリカや他の者が一緒に行こうとしたが、ゆりがそれを制してシスに行かせた。
「王子はシスに任せましょう。この後王妃様と王女様は私の部屋にどうぞ」
「サンはちょっと気難しく、シス王子が気を悪くするのではないかと……」
王妃はそういう心配をしているようだ。
「大丈夫ですよ。何かあったら知らせてきますから」
「はあ」
「では移動しましょう。ナナミは長老様をハザーク様の部屋にご案内して」
「はい。長老様行きましょう」
「お願いします」
とやってきたのは老人ではなく、中年の男だった。白いローブ姿で一人だけ髪が金髪である。ウエーブがかった髪は腰まである。金色がかった角は内巻きに巻かれていたが、すごく立派である。瞳は金色だった。雰囲気がある男性である。
「長老様といってもお若いのですね」
ゆりが言った。
「初めまして王妃様、このたびは、本当にありがとうございます。我ら一同、アシュラン様の御足に感動いたしました。本当に来てよかったです」
「私も喜んでいただいてうれしいです」
「では後ほどまたお会いしましょう」
「はい」
ナナミは長老を連れて瞬間移動した。
広間を出て行った王子サンは、城の中をうろうろしている。
シスは、ヴィラから王子は博物館の外にずっといたということを思念で聞いていたので、「外に行く？」と王子を誘ってみた。
「外はこっちだよ。ついてきて」
「…………」
サンはシスについていき、ロイとラギ、他の戦士が手伝って、庭園にやってきた蛇達をどかせていた。
シスは東屋にサンを座らせた。
「僕はシスだよ。今年三十歳だよ。よろしくね」
サンはシスと目を合わせようとはしなかった。横を向いている。シスはあまりサンを刺激しないように、挨拶の後はただ向かい側に座っていた。
羊の一団の男達は会議室にいた。最初にラクシュミが挨拶にやってきて、去って行った。こちら側はムサカ、フリット、ミカエル、そして四人の将軍達にジェダンが参加している。羊の一団は隕石の石を3つも持ってきてくれた。
「3つもありがとうございます」
ムサカは喜んでいる。
「いえ、我が王も今回のことは大変感謝しておりますから。本当に感激しました。今日はアシュラン様の御足を見るだけで胸が一杯になりました」
魔法師長はあごひげが長い、老齢の男性である。
「生きててよかったですわい」
というと他の者達も笑っていた。こちらはその後、国の情勢やら今年の作物の状況やら、様々な話がなされた。
ゆりの部屋では、フリットの母ロアンナが手伝いにやってきてくれている。侍女達は歓迎会の準備に借り出されているのである。サンデリカも王妃も緑色のドレスを着ていた。緑は羊の国では最も好かれる色なのである。二人にも角があった。王妃の角は白いが、王女の角は黄色がかって見える。二人はゆりに綺麗な花束を渡してくれた。この国ではあまり見ないスズランのような形状の紫色の花だった。
「まあ、綺麗な花、ありがとうございます」
ゆりはロアンナに花束を渡した。ロアンナは花を持って部屋を出て行った。
「王妃様、おばあ様のこと、本当にありがとうございました。あれからおばあ様も持ち直しまして、皆喜んでいます」
サンデリカが言った。
「本当によかったわ」
「本当にありがとうございます」
王妃も頭をさげた。王妃は髪を一つにまとめて、緑の宝石がついた髪飾りをつけていた。瞳は深い緑色、年齢は百歳をちょっと超えたほどだろう。落ち着いた雰囲気の美人である。三人は手を握りあい、椅子に座った。ロアンナがお茶とお菓子の準備をし、少し離れた所に座った。
「それからご出産おめでとうございます。王妃様は何人もの御子様をお産みになって、本当に素晴らしいですわ」
「ありがとうございます」
「あら？」
すたすたと獣が歩いて来たのでサンデリカがそちらに注目した。蛇の国なのに、蛇ではない生き物がいる。
「犬のジロウです。珍しいでしょう？」
「犬？」
ジロウは部屋の中で寝そべっていた。
「犬……綺麗な犬ですね」
「とても賢いんですよ。ところで、サン王子のことを聞かせてください」
「はい、実は陛下からは、サンのことをあまり話すなと言われたのですが……今回の旅も、サンはとても嫌がってました。私が半ば強引に連れてきたんです」
王妃が思いきったように言った。
「そうだったんですか」
「王妃様は、ラギ王子もシス王子と同じように育てられていると聞きました。王妃様ならば、私の心を分かってくださるのでは、と思ったのです。ですから、私は王妃様にサンのことを話したい。どうすればサンが心を開いてくれるのか、私にはもうわからないのです。サンは五歳くらいまでは普通の子供でした。上の王子とは腹違いですが、別に仲が悪いということはありませんでした。実はああなったきっかけが一つあるのです。ある日、サンの世話をしていた乳母が心臓麻痺で亡くなりまして、サンはそれがショックだったようで、それから心を閉ざしてしまったんです。何にたいしても無関心で、一切何も話しません。勉強もしようとしません。毎日部屋の中でぼんやりと過ごしているんです」
「本を読んだりもしないんですか？」
ゆりが聞いた。
「しません。最初の頃は、周りの者もサンを気にかけていろいろ話しかけていたんですが、今では、あまり気に留めなくなりました。話しかけても、サンは迷惑そうに顔を背けるだけですから」
「羊はどうなんですか？」
「羊のことは好きです。自分の部屋に入れるのは羊だけだといってもいいくらいです。侍女も、一緒にいることをサンが嫌がるので、用がある時しか部屋には入りません」
ロアンナが花瓶に花を生けて持って来てくれた。
「羊は大丈夫か。ジロウ君はどうだろう。ロアンナ、今王子がどこにいるかわかる？」
ゆりはロアンナに顔を向けて聞いた。
「庭園にシス様と一緒にいますよ」
ロアンナが答えた。思念で連絡を取り合っているようである。
「ジロウ君、庭園に行ってみてくれる？」
「ワン」
ジロウはたっと走って行った。
「まあ、なんて賢いのでしょう」
サンデリカが驚いている。
「そうだ。サンデリカ王女に贈り物があるんですよ」
ゆりは真珠の飾り物を王女に渡した。
「まあ、真珠だわ。ステキ」
「大きな真珠ですね。初めて見ました」
王妃も驚いている。
「すいません。王女様にしかなくて」
「いえいえとんでもないです。フリット殿から、王妃様が野菜が好きだとうかがいまして、様々な野菜や果物をを持って来ました」
「まあ、ありがとうございます。何よりですわ」
ゆりは本気で喜んでいた。
一方、ハザークは羊の長老と、昼間から酒を飲みながら歓談している。
長老はハザークの若さに驚いていた。長老も元は羊で、羊の国でも珍しい黄金の毛を持っているという。金色の毛並の羊は魔力が高く、その毛で服を作ると、服にも魔力が宿るという。
「ハザーク様は、我らがどうして長生きしているのか、おわかりですか？」
羊の長老が聞いた。
「さあ、我にもわかりません。羊殿はまだ２千ではないですか。私はもう、一万近くになりますから」
「そうですね。私などハザーク様に比べればまだまだですね」
「生きているのが辛い時期もありましたが、今は楽しいですよ。羊殿はどうですか？」
「私は、今はサンのことだけが気がかりでして。サンは三番目の王子なのですが、もう１０年ほど心を閉ざしています。どうしてなのか全くわからない。どうして笑わなくなってしまったのか」
「それは心配ですね」
「アシュラン様の御足にも興味を示そうとはしませんでした。私達は、期待しておったのですが……」
庭園にジロウがやってきた。シスはジロウが側に来たので、サンにジロウを紹介した。
「犬のジロウだよ。綺麗な犬でしょ」
「くーん」
ジロウはサンのすぐ側に来ている。サンはじーとジロウをみていた。
「頭をなでると喜ぶよ」
「…………」
ジロウはサンの手に頬を寄せていた。サンは少しだけ、ジロウの頭をなでていた。
（こっちの言うことはちゃんと理解してるみたいだけどなあ）
「ジロウは王子のことが好きみたいだよ」
ジロウは尻尾を振っている。サンはシスのことは無視していたが、ジロウのことが気に入ったのか、ジロウの方ばかり見ていた。
親睦会が２時間ほど過ぎた頃、ゆりの部屋に番兵がやってきた。
「王妃、楽団がやってきました」
「え？ もう？！」
まだ三時過ぎである。
ガーベラはまだ来てなかったのでゆりは戸惑ったが、早く出迎えるべきだろう。
「お二人も一緒に行きましょう。とにかくすごい楽団なんです」
「え？ そ、そうなんですか？」
「行きましょう！」
「は、はい！」
「あ、ロアンナ、今日の歓迎会は絶対に来てね」
「はい」
ゆりの剣幕につられて、王妃と王女もゆりについて行った。広間はまだ歓迎会の準備の最中であるが、そこに五人がいた。女性が三人、男性が二人いる。大きな袋に様々な楽器を持ってきていた。身なりは普通の街の人々が着るような楽な服装だった。
「王妃のゆりです。このたびは、来てくださってありがとうございます」
「ああ、あなたが王妃様か。夕方からと聞いていたが、会場が早く見たくてもう来てしまった。勝手に演奏していていいかな」
金髪の男が聞いた。髪は肩にかかるほどで軽くうねっている。中肉中背、顔立ちは整っているが、二度見するほどの美男というわけでもない。この男が楽団のリーダーのようだとゆりは感じた。他のメンバーの髪の色は青や緑、黒で、年齢はみな落ち着いた大人といった感じである。こちらもはっとするような美男美女はいない。親しみやすい感じである。
「どうぞどうぞ」
部屋の片方は楽団のためのスペースにとってある。
「椅子をお持ちして」
ゆりが広間にいた侍女に言い、侍女達が楽団のために椅子を五個用意した。
「では、勝手にさせてもらう」
「あの、見学しても良いですか？」
「ああ、いいとも」
「王女は竪琴がお好きなんですよね。彼らは竪琴も上手ですよ」
ゆりは絶対そうだろうと思っていたので勝手に言っていた。
「そうなのですか？ 私も見学したいです」
王女は喜んでいる。
「私は子供達を呼んできます」
王女と王妃は楽団の近くに座り、五人は楽器の準備をして、真ん中に座った金髪の男の合図で演奏を始めた。
城の中に楽器の音色が響き渡った。その音は庭園にまで聞こえて来た。
「ん？ なんだろう。楽器の音が聞こえるね。もう楽団が来たのかな。王子も行ってみましょう。今はまだ、人が少ないはずですから」
シスは自分が行きたかったため、王子を誘った。
「ワンワン」
ジロウも行こうと言っているかのようである。だが、王子は動きそうにない。
「そうだ。広間に入らずに、広間の外から聞いてみましょう。それならどうですか？」
軽快な音楽が聞こえてくる。近くに行って聞いてみたくて仕方がない。
サン王子もちょっとそういう気になったのか、席を立った。
「それじゃ移動しますよ。ジロウ、広間の外だよ」
「ワン」
シスはサンを連れて移動した。その頃には子供達が全員広間にやってきて、楽団の近くでしゃがんでいた。子供達もサンデリカもすごく楽しそうに体を揺らしてリズムをとっている。ゆりも子供達の近くで椅子に座って曲を聴いていた。
（さっすが音楽の妖精さんだわ。すごいわ。真ん中の人、ラメーン様に似てる気がするけど、まさかね）
真ん中の金髪の男は、髪はちぢれていないが、顔立ちに品はあるし、どこかラメーンを思い出させる。曲が終わるたびに王女達も子供達も手をたたいていた。
「すごいですわ。すごい楽団ですわ！」
「すごい上手だね」
「すごいすごい！」
なんといっても音量がものすごい。五人だけなのに二十人は演奏しているかのような錯覚が起きるほどである。楽器も笛に竪琴にリュート、太鼓、トランペットのような物もあった。
「そうだ。あなたたち後で歌を歌うじゃない。今のうちに演奏を頼んだら？」
ゆりが提案した。
「えーいいのかな？」
ナナミはちょっと遠慮している。
「せっかくじゃない。すいません。子供達が歌を歌うので、演奏をお願いできますか？」
「いいですよ。合わせますから歌ってみてください」
一人が言ってくれた。
「ほら、ナナミ」
ゆりがせかした。
「ええーミシェイラ、先にどうぞ」
「いいよーあーかいへーび〜♪」
ミシェイラとレーヌが歌を歌い、楽団はそれに合わせて控えめに音色をのせていた。
ラギは、シスが来ないので気にして広間の外をのぞいた。すると廊下にシスとサン王子が座っている。
「中に入らないの？」
「うん。ここでもよく聞こえるから」
シスは王子を気にして言った。広間で準備をしていた者達の手が止まっていた。皆演奏が気になって仕方ないようだ。
「みんな、後で聞かせてあげるから、今はがんばって」
ゆりが声をかけて、皆再び手を動かした。
続いてナナミの賛美歌が始まった。ナナミは緊張していたが、途中からうまく歌っていた。綺麗な演奏が加わると、ナナミの歌もすごくよく聞こえる。
（すごいわ！）
「王女も何か歌ったらどうですか？」
ゆりがサンデリカに提案した。
「私は歌なんて……それに竪琴も、この方達の前では下手で恥ずかしくて……」
「なにをおっしゃいますやら。王女はまだ若いのですから、未熟なのは当たり前じゃないですか。そうだわ。演奏を彼らに聴いてもらって、コツを教えてもらったらどうでしょう」
「ええ！？ いえ、そんな……」
「どうか。お願いします。少し先生になっていただけません？」
ゆりは気軽に無茶な要求をし、楽団の者達は「いいですよ」と言ってくれた。
「えー！」
「さ、王女様、がんばって」
ゆりは王女の肩に手を乗せている。
「じゃあ、お願いします。竪琴を持って来ますね」
王女は国から竪琴を持参していた。ゆりが侍女に頼み、王女と王妃は荷物を置いてある部屋に行った。
「これ何？ 触ってもいい？」
ロイが楽器の中からカスタネットのようなものを見つけて聞いていた。
「いいよ。これは手につけるんだよ」
楽団の者がロイの手につけて、鳴らし方を教えている。
「あ、オカリナだ！」
ミシェイラはオカリナを見つけていた。オカリナは五個もあった。
「いっぱいあるね」
とレーヌ。
「オカリナふいて、ふいて」
「いいですよ」
女の妖精が二人でオカリナを吹いてくれた。いい音色である。
金髪の男は広間の外に出て、シスとサンの前にやってきた。
「こんにちは。君達はなぜここにいるの？ 中に入ったらどうだい？」
「こんにちは。僕はシスです。こちらはサン王子です。今日はありがとうございます」
シスは立ち上がり、男にお礼を言った。
サンはしゃがんだままでそっぽを向いている。その横に犬のジロウがいたが、男はジロウをチラリと見ただけで、サンを見下ろしていた。
「君は口がきけないのか？ 挨拶くらいしたらどうだい？」
「彼はしゃべらないんです。僕たちはここで聴いてますから」
「……耳は聞こえるんだろう？ 君、楽器を演奏したことはあるかい？ 口がきけなくても、楽器の演奏はできるはずだ。教えてあげるからおいで」
サンはそっぽを向いたままである。男はしゃがんでサンの手に触れた。サンは手を引っ込めようとしたが男がその手を握りしめた。
（君は何を怖がっている？ 本当に話せないのかね？ 私にはそうは見えないが。君の体にどこも異常は感じない）
サンははっと男を見上げた。
声は、サンの脳裏に響いてきた。
（君は本当に口がきけないのか？）
「僕が話すと、人が死ぬ」
震えるような小さな声が聞こえて来た
「え？」
声はサンの口から聞こえてきたのでシスは驚いた。
「どうやら君と話をした方がよさそうだ。どこか二人きりになれる部屋に案内してほしい」
男が顔色も変えずにシスに頼んだ。
「は、はい、あの、でも……」
「私のことは信頼しなさい。さ、早く」
「は、はい」
シスはそうしなければならない気がして、二人を小部屋に案内した。
男は椅子に座って足を組み、サンも座るように促した。
「さっきのことはどういうことかな？ 君が話すと人が死ぬ、そう君は言ったね」
「…………」
「私は普通の人間ではない。君がたとえすごい魔法使いだったとしても、私は殺せない。安心しなさい」
「どうして僕にかまう。僕と何のかかわりもないのに」
「君が気になったからだ。話したくないなら話さなくても良いが、君は誰かに聞いてほしいんじゃないのかな？ だからああ言ったんだろう？」
「…………」
「事情を知らないと君を助けられないぞ」
サンは表情をゆがめていたが、やがて思い切ったように口を開いた。
「……はじめは……はじめは虫だった。気持ちが悪い、死んじゃえ、そう言ったら虫が死んだ。その時は、なんとも思わなかったけど、ある日兄と喧嘩をした。その時は兄が憎くて、階段から落ちてしまえってこっそり言ったんだ。そしたら兄は階段から落ちた。その後乳母と喧嘩した。あまりにうるさかったから、うるさいあっちに行けって言ってしまったんだ。乳母は死んでしまった。そんなつもりじゃなかったのに」
サンの瞳から涙があふれてきた。
「同族を殺してしまった。僕は話をしない方がいいんだ。誰とも、関わらない方がいい」
「乳母には死ねと言ったわけじゃないんだろう？ 偶然じゃないのかね？ 試しに私に死ねと言ってみてくれないか？」
サンは不安そうに男を見ている。
「大丈夫。私は人間ではないから」
「死ね」
言葉と同時に男に魔法が飛んでいた。
「なるほど、君は声の魔法使いだ。しかも強力な。声の魔法使いは稀な存在だ。親の能力を引き継ぐわけではなく、偶然産まれる。私も、以前に聞いたのは千年も前の話だ。すごい魔法だが、子供には酷だ。のろいといってもいいくらいだ。周りの大人はこのことを知っているのか？」
サンは横に首を振った。
「そうか。辛かっただろう。私が君の力を封印してあげよう」
「え？」
「ただし今日は無理だ。近いうちに君の所に行く。その時封印しよう。国王はどんな性格かね？ 野望に満ちたタイプか？ 君の力を知ったら、悪用したいと思うだろうか？」
「わかりませんが、そこまで悪くは……」
「私は君の力をある程度は封印できるが、全部封印すると、君は魔法が使えなくなってしまう。王族だけにそれは困るだろう。君は、感情の制御の仕方を覚えればいい。何も、口がきけない振りをする必要はない。悪い言葉を言わなければいいのだから」
「でも、つい言ってしまうかもしれないから。それに、僕は同族殺しだし」
「君は乳母にはあっちに行けと言っただけだろう。乳母は偶然死んでしまったのかもしれない。君に罪はない。君の声の秘密を知られたくないのなら、それでもいい。知れば、周りは気味悪がるし、君と距離を取るだろうからね。とりあえず、次に会ったとき、私は君の声の魔法をある程度封印しよう。その後は兄弟喧嘩をしても大丈夫なはずだ」
「本当にできるんですか？ あなたは、だれ？」
「私は音楽の神ラメーンだよ。音に関して、私より詳しい者はこの世にはいない」
「え……音楽の、神？」
サンはかなり困惑していた。どうして神様がここにやってきたのかさっぱりわけがわからない。
「今日は君に会う運命だったんだな。さて、今後のことを話そう」
ラメーンはサンと打ち合わせをして、そろって小部屋を出た。
広間では、シスがこっそりゆりにサンのことを話し、ゆりは、「そう。まあ大丈夫よ」と気楽に答えていた。
「二人っきりにしていいのかな」
「いいわよ。信頼できる人だから」
その後サンデリカが竪琴を持って来て、楽団の者の前で奏でていた。
（やだ、サンデリカちゃん、私よりもうまいかもしれない）
サンデリカの竪琴はかなり上手だったので、ゆりは逆にショックを受けていた。
「上手、マーより上手」
ミシェイラはサンデリカの竪琴に手をたたいている。
「やっぱり私よりうまいかー。王女すごいわ。将来楽士になれるほどだわ」
ゆりも手をたたいていた。
そんな頃、ラメーンとサンが戻ってきた。ジロウは部屋の隅っこで寝そべっている。
「ねえ、君もこれ、一緒にたたこうよ」
ロイがサンをさそっていた。ロイ、ミシェイラ、ナナミ、レーヌはそれぞれ簡単な楽器を借りて楽団の者の合図でたたいたりふったりしている。
「シスにーも！」
ミシェイラがシスを誘った。
「う、うん」
シスはサンがどうするが気にしていたが、サンはロイの横に座って素直に手に楽器をつけてもらっていた。
王妃も王女もそんなサンに注目し、二人は目を合わせていた。
「では、私の合図で、順番に楽器を鳴らしてくださいね」
楽団の者が指した順に子供達がそれぞれの楽器を鳴らしていた。それが音楽になっているから面白い。子供達は楽しそうに見える。
「サン……」
王子も心なしか楽しそうにカスタネットを鳴らしていたので、王妃は涙を流していた。
広間に大量の椅子が運び込まれ、料理も運ばれてきた。おいしそうな匂いが漂ってくる。
「王妃様、楽団の方への料理はどうしましょう？ 別室に用意しますか？」
侍女がこっそりとゆりに聞いた。
「えーと……あの、夕飯はどうされますか？ 用意できますが」
ゆりは妖精だから何も食べないだろうと思ったが、一応聞いてみた。
「持参しているので大丈夫です」
「そうですか。いらないみたいよ」
ゆりは侍女に言った。
「でも、何もしないわけには……」
「大丈夫大丈夫」
「は、はあ……」
「じゃああなたたちは楽しんでいて。私はお化粧直しにいってきまーす」
ゆりは広間を出て行った。
（妖精さんと王子はどんな話をしたんだろう。明らかに王子の様子が変わったような？）
ゆりが自分の部屋に戻ると、軽食が用意されていた。
「先に食べた方がよいかと思って用意しました」
侍女が言った。
「ありがとう。食べておくわ。クロスは元気にしてるかしら？」
「歓迎会が始まる頃にお連れします」
「お願いね」
ゆりはサンドイッチを食べて、服を着替えた。一杯歌いそうなので、お腹周りと胸元が楽なドレスを用意していた。侍女に化粧してもらい、髪を整えてもらった。
「レイアスにもらったサークレットをつけよう」
ゆりは頭に緑の宝石がついたサークレットを乗せた。
そしてガーベラが来るまで部屋で待機した。
椅子に座ってうつらうつらとしていると、「おーい」と声が聞こえてゆりははっと目を開けた。
「こっちよー鏡」
ゆりが壁にかけてある丸鏡を見た。そこにガーベラがいる。
「ガーベラ様！」
「今からいくわよ。楽団は来た？」
「昼間から来てますよ」
「そうなの。よかった」
「お願いします。私も今回の歌が聴きたいです」
ゆりは手を合わせてお願いした。
「いいわよ。じゃあ中にいてね」
「はーい」
ガーベラがゆりの中に入った。
「さあ行きますか♪」
ガーベラは部屋を出て行ったのだった。
会議をしていた羊の一団が広間に移動している。
「今日は大勢入るのでちょっと窮屈かも知れませんが、すいません。楽団が来ることもめったにないので、我々も楽しみなんですよ」
フリットが皆に言った。
「王妃様は今日歌ってくださるでしょうか。わしは王妃様の歌が楽しみで」
魔法師長はものすごく期待している様子である。
「王妃の歌、我々もあまり聞いたことがないな」
ロナウドが言った。
「そうだな。王妃といえば竪琴だが。歌もお上手なのかな」
とナザニエル。ミカエルとフリットはそろって微妙な笑みをうかべている。
広間からはなにやら楽しそうな音楽が聞こえて来た。一団が中に入ると、子供達が並んで何かをしているのが見えた。
「あ」
「お」
「王子」
サンが他の子供達と一緒にいたので、皆驚きながら席に座っていた。
子供達はそれぞれ簡単な楽器を持って、楽団員の合図で楽器を鳴らしている。
「一体、一体何があったのですか？」
魔法師長が少し離れた所で立っていた王妃に近づいて聞いた。
「私にもわかりません」
「王子……」
「うう……」
蛇の一族の者達は事情をさっぱり知らなかったので、何があったんだろうと思いながら部屋に入ってきていた。女性達が入って来た。男達の彼女達である。部屋の中の椅子がうまり、ラリー達もやってきた。子供達も皆かしこまった服を着ている。
「やっぱり僕たちは外かな」
「かなあ」
「立ち見でいいなら部屋の端にいてもいいぞ。もし椅子が余ってたら順番に座れ」
ミカエルがそう子供達に告げて、子供達は喜んで広間の端っこに移動した。
軽快な音楽で子供達が歌っていた。
「羊がメイメイメイメイメイ♪ 羊がメイメ〜イ♪ メイメイ♪」
ひたすらメイメイいう歌なので、ナナミ達もすっかり覚えて一緒に歌っている。サンは歌いはしなかったが、カスタネットをカンカン鳴らしていた。
ラクシュミがやってきた時には、軽快な音楽とは逆に羊の一団は皆涙目だったので、ラクシュミは「どうかしましたか？」と聞いていた。
「いえ、感動して」
「？」
子供達がメイメイ歌っていたのでラクシュミは（この歌で感動？）と首をかしげつつ、席に着いていた。ハザークと羊の長老、ディーンに侍女達もやってきた。
テーブル席は、羊の一団用に二つ、ラクシュミと子供達用が一つ。ハザーク用のが一つ、ムサカやザメハ、将軍達用に一つである。部屋の北と南の壁沿いにも椅子が並べられている。西側には楽団が、東の壁沿いは三列椅子が並べられ、男達の彼女達やゆりが誘った者達が座り、その後ろに侍女達が立ち見できるようになっていた。そこに子供達もいた。招待された者達がほぼ広間に集まった。へびっちはクロスをだっこしてきている。ゆりの恋人達は壁添いの椅子に座っていた。ユリウスやジェナサイト、ジュメ、セリアとカーラ、エルバート、セルジュ達は南側の壁沿いの椅子に座っていた。犬のジロウは楽団がいる方の端っこに座っていたが、邪魔にならないので誰も何も言わなかった。
「ありがとうございます。御子様方に拍手をお願いします」
楽団の一人が言って、皆が拍手をした。
子供達は一度自分達の席に着いた。
「君こっち来れば？」
ロイがサンを自分のテーブルに誘っていた。
「僕たちもう、友達じゃん」
ロイは気楽に言っている。
「そうだ。先生はどうしたんだろう。いないや」
ロイが部屋の中を見回したが、バートランドの姿は見えない。
ロイがミカエルに思念で聞いた所、「バートランドさんは広間の外で椅子に座って聞くことになりました。本人の希望です」との答えが返ってきた。
「そうなんだ。後で僕もあっちいこうっと」
サンはどうしようかと思っていたが、羊の皆は涙目で、向こうに行くのも気まずい感じだったので、ロイの横に椅子を持って来て座っていた。
楽団の演奏が始まった。大音量の音楽が広間に響き渡り、皆圧倒されていた。
（すごい）
（ベツベツマーくる？）
（本当に来る？）
子供達は三人目のゆりが本当に来るのかを気にしていた。
「どこの楽団なんだろうな」
「さあ。羊の国の楽団とか」
「でも角はないぞ」
ユリウス達は楽団のことを気にしていた。どこの国にも一つはすごい楽団があるものだが、この蛇の国には、すごい楽団はいない。たまに流れの楽団が来たりもするが、祭りなどでは、街の人々で結成された楽団が演奏していたりするのだ。
「酒祭りの楽団と明らかに違うよな」
「そうだね」
ヴィンセントとクリスが小声で話していた。
ガーベラは広間の前までやってきて、広間の外にいるバートランドに出会っていた。広間の外にも椅子がずらっと並べられている。そこに座っている女性達は王の侍女達である。
バートランドは王妃に気がつくと立ち上がった。
「初めまして。バートランドです」
「こんばんは。中に入らないの？」
「私はここでいいんです」
「そうなの？」
ガーベラは広間の中に入っていった。ちょうど演奏が一曲終わって拍手が起こった所だった。ガーベラはラメーンに軽く片手を挙げて、子供達がいるテーブルに行った。
「ベツベツマー？」
ミシェイラが聞いた。
「そうよ。すでになんか、感動することでもあった？」
羊の一団の方を見てガーベラが聞いた。
「さあ」
シスは頬をかいている。
「王、挨拶をお願いします」
ミカエルの言葉でラクシュミが立ち上がり、「二つの一族の友好のために乾杯しましょう」と杯を掲げていた。
「かんぱーい！」
全員が杯を掲げて酒を飲んだ。王子と王女は葡萄ジュースである。ガーベラは飲む振りをしていた。
ガーベラはサンを見て、「かわいい」と言っていた。
「ねえ、外にいるバートランドさんって、どこの人？」
ガーベラがこっそり横にいたラクシュミに聞いた。
「雷獣の一族の王子だ。今だけロイの先生をやってくれている」
「へーそうなんだ。ねえ、あの方、なんか若くなってない？」
ガーベラはめざとく違うテーブルにいるムサカを見つけていた。
「そうなんだ。ゆりを助けたことで上の御方に感謝されたらしい」
ラクシュミは小声でガーベラに言っていた。
「へー」
「では、サンデリカ王女様、演奏をお願いします」
ミカエルが司会のようなことをしていた。王女は楽団の方に竪琴を持って行き、竪琴の演奏を始めた。その竪琴に寄り添うように、二人の妖精がリュートを奏でた。
「上手だな」
ラクシュミは王女の竪琴を褒めている。
違うテーブルにいたハザークも、「上手だ」と言っていた。
演奏が終わると盛大な拍手が起こった。
「つづきまして、ナナミ様が賛美歌を歌います」
竪琴の演奏でナナミが賛美歌を熱唱した。大拍手が起こった。
「次はミシェイラ様とレーヌ様が歌を歌います」
二人が楽団の側に行き、楽団の軽快な音楽に乗って二人は蛇の歌を歌った。
「あ〜かいへ〜び、あ〜おいへーび、きいろい〜へび〜♪」
「かわいい」
ガーベラは喜んでいる。
二人がリズムを取りながらかわいらしく歌を歌い、終わった。
大拍手が起こった。
「なんてかわいいんだ」
感動していたのはハザークである。
「では、王妃、準備はよろしいですか？」
ミカエルが聞いた。
「もちろんよ」
ガーベラが席を立った。
「王妃様待ってました！」
拍手が起こった。
「みんな、急いで。厨房の方も手を止めていいから広間に行きましょう」
「でも全員行っちゃっていいんですか？」
「王妃様の命令だからいいのよ」
準備をしていた裏方達が広間に入ってきた。入りきれない者達は廊下にいる。
二人の楽団員のリュートで軽快な音楽が始まった。
「ズンチャズンチャズンチャズンチャ♪」
「きょ〜うも毛刈りだ♪」
「ワッショイワッショイ♪」
「きょ〜うも毛刈りだ♪」
「ワッショイワッショイ♪」
「毛刈りだ〜」
「ワッショイ♪」
楽団達が途中合いの手を入れながらガーベラが歌っていたのは、羊の国で毛刈りの時に歌われる毛刈りの歌である。まさか毛刈りの歌を歌われると思ってなかった羊の一団は、「おおっ」という表情である。
「さあさあ羊を集めましょ♪ どの子を最初に刈ろうかな？」
「毛刈りだ〜ワッショイ♪」
楽しい毛刈りソングは場を明るくするのに最適な曲だった。ついついみんな笑ってしまう歌である。曲が終わると大拍手が起こった。
「さて、これからは本気で行くぞ」
ラメーンがガーベラに言った。
「わかったわ」
リュートと横笛でしっとりとした曲が流れた。
「今日は、いつもと違う、何かがかわ〜る予感がするわ〜♪ 胸がドキドキするの♪ 一体何が起きるのかしら♪ 一目見て、わかったの。あなたに会う予感がしていたのね♪」
ガーベラの声が広間に響き渡った。ゆりの声だったが、美しいといえる歌声である。
「風に乗りいつもと同じように飛んでいた〜♪ そして君に出会った♪ 美しい〜白い巻き毛〜草原のような瞳〜♪」
ガーベラとラメーンのデュエットは、二人ともものすごい声量で、人々を圧倒した。
「「風よ〜我が思いを、届けておくれ〜風よ〜♪」」
（すげえじゃん。さすが神様が恋人になるだけあるわ）
外で聞いていたバートランドは感嘆していた。足元に何かがあたり、下を見るとピンクの生き物がいた。
（なんだなんだ？ ま、いいか）
「風よ〜」
「風よ〜運んでおくれ〜我が愛を〜〜♪」
広間の中にいた人々は、目の前に並んでいたたくさんの料理に誰も手をつけることなく、歌と音楽を聴いていた。
ゆりの恋人達の中でカール以外は（やはりガーベラ様はすごいな）と思っていたが、カールやムサカ達、将軍達は、皆狐にでもつままれたような顔付きである。
羊の一団も、自分達の国の歌が歌われていることに驚いたが、声量に感動し、曲に感動し、もう感動しまくって涙目のまま皆固まってしまっている。
ディーンは「これって……」とこっそりハザークに聞き、ハザークはうなずいていた。
「二人で〜ともに生きよう〜♪」
「二人で〜♪」
二人の歌が終わり、曲の演奏が終わった。
広間はしーんと静まりかえっている。
やがて拍手と共に、「ベツベツマーすごい！」とミシェイラが声をあげた。
「うん。すごい。さすがベツベツマーだよ」
とロイ。
つられてみなが拍手し、大きな拍手になった。
ムサカはちらりとハインリヒを見て、ハインリヒはその視線に気がついたが、気づかないふりをしていた。
「王妃様すごい」
「すごすぎる」
侍女達や使用人達は号泣している。
「感動して涙が止まらない！」
セリアは大号泣し、エルバートが自分も泣きながらハンカチを渡していた。
「王妃様がこんなに歌がお上手なんて、ロアンナさんはご存じでした？」
カーラは横にいたロアンナに聞いた。ロアンナは「私も知らなかったわ」と答えた。
そしてガーベラの中にいた二人のゆりも、感動していた。
（ガーベラ様が去った後に号泣しよう）
（そうね。これは感動するわ。私の声でこんなに歌えるなんて）
またもや軽快な音楽が流れた。
「へ〜びのしっぽはどこにある？ あそこ？ あそこ？ あそこかな〜♪」
今度は蛇の国の歌が始まった。優秀な妖精は蛇の国の歌も仕入れてきていた。妖精達は途中楽器を変え、様々な音色で人々を楽しませた。
（僕も参加したくなってきた。いいかな？）
ガーベラは男の声を聞いた。
（参加しなさいよ。ハインリヒの体を借りたら？）
（そうだね）
席にいたハインリヒがすっと立ち上がり、歩いて行った。楽団の近くの壁沿いに座っていたミルキダスに、「席替わって」と言って椅子をもらうと、楽団の方に椅子を持って行った。
ハインリヒはリュートを手に取り椅子に座った。ラメーンはちらりとハインリヒを見たが、何も言わなかった。妖精達も気にしない。この場で最高の音楽を演奏できるのなら、彼らは細かいことなど一切気にしないのである。
蛇の歌が終わり、ハインリヒが、いや、ハインリヒに入った男ガーベラがリュートの演奏を始めた。テンポの速い曲を演奏すると、ラメーンは横笛を取り、演奏に加わった。続いて妖精達も。まるで打ち合わせでもしていたかのように、六人の演奏はぴったり合っていた。やがて曲のテンポがゆっくりになり、男ガーベラが歌を歌い出した。
「微笑んでおくれ、愛しい人〜よ〜あなたの笑み以上のご褒美などない。
あなたの微笑みは、この世で最も美しい光、あなたの光は大地を明るく照らす。
あなたに出会うまで、愛を知らなかった。こんなに胸が痛く、素晴らしいものだとは。
世界が変わってみえる。美しく輝いて見える。
もうあの頃には戻れない。あなたを知らなかった頃には」
（これは王妃への歌だ）
シャナーンはそれに気がついて、目を潤ませていた。
（まさしくそうだ。王妃に出会うまで、私は愛なんて知らなかった）
ミルキダスも目をうるうるさせている。
（イシュタール殿にも来てほしかったなあ）
とミルキダスは思っていた。
「ありがとう。でも勘違いしないで。あなたがいたからこそ、私はがんばれたの」
今度はガーベラが歌っていた。
「あなたがいるこの国を守りたかった。あなたを幸せにしたかった。
私の微笑みが見たいのなら、あなたも微笑んで。
いつでも前を向いて歩いて行きましょう。手をつないで」
「「二人で、微笑んで、歩いて行きましょう〜♪」」
演奏が終わると大拍手が起こった。
「ハインリヒ殿もすごいなあ」
ジュノーが泣きながら言っている。
今クロスはジュノーが抱っこしていたが、クロスは手をたたくような仕草をしていた。
「音楽には疎いが、この楽団、すごくないか？」
ヴィラが小声で言っていた。
「うん。すごいな。すごい……」
ジュノーはまだ泣いている。
「鳥肌が……」
横に並んでいたカールが言っていた。曲が終わると次々に曲が始まり、人々は食べ物を食べるどころじゃなかった。ただこの夢のような瞬間を楽しみ、感動していた。
「楽しいね」
ロイが横にいたサン王子に言った。
王子はうなずいていたので、シスは微笑んだ。
（ガーベラ様はやっぱりすごいや）
「あなたが現われて、僕の世界は変わったんだ
あなたの微笑みが、僕らに勇気をくれるんだ
気がついているかい？
あなたの微笑みはまるで朝の光のようにこの国を照らしてくれた
その明るさがあなたの武器。魔法のように僕らを幸せにしてくれるんだ
ありがとう。この国に来てくれて。
ありがとう。僕らを愛してくれて。
ありがとう〜」
どうやら王妃に捧げる歌のようだ、と気がついた男達は皆じーんと心にきていた。
「ハインリヒ様すごい！」
「すごい！」
割れんばかりの拍手が起こった。
（ガーベラ）
ラメーンが小声でガーベラを呼んで、ガーベラが側に行った。ラメーンはひそひそと ガーベラの耳元でささやいた。
ラメーンはリュートを持ち、妖精三人は横笛を持った。そして穏やかな演奏が始まった。
ガーベラが語りかけるように歌い出した。
「あなたが、産まれた時のこと、覚えてる？
あの夜は星がとてもキレイだったわ。
私にはとっても特別な日だったわ。
人生で一番素敵な日だったわ。
あなたが初めて笑ってくれた。
澄んだ瞳で私を見上げて
私も一緒に、笑ったの。
あなたが、泣いていた。悲しいことでもあったのかしら？
忘れないでね。私はいつでもあなたの味方なのよ
寂しいときは一緒にいるわ
悲しい時は、抱きしめてあげる
怖い夢を見たときは一緒に寝てあげるから」
男ガーベラは途中からリュートで参加していた。
「あなたは、私にとって、特別なのよ。
いつでも、幸せでいてほしい。
時には、辛いこともあるかもしれないけど、
あなたは一人じゃないの。私がいるのよ。
あなたのつらさを、わけてほしい。
頼ってほしい。
あなたは私の特別なのだから」
これも羊の国の歌だったが、皆の心にじんわりと暖かい気持ちが広がっていた。
ラメーンはこの曲をサンに聞いて欲しかったのだ。サンはその気持ちがなんとなく分かったのか、下を向いていた。
穏やかな演奏が終わり、今度は賑やかな曲が始まった。妖精はトランペットを演奏している。ガーベラは体を揺らしてリズムを取っていた。子供達も楽しげにリズムをとっている。
（お願いします。暴露してください）
中に隠れていた黒目のゆりがそう頼んでいた。
（暴露しちゃうの？）
と蛇の目のゆりが聞いた。
（だって、また頼まれたら困るし、それに私の声でこれはどう考えてもおかしいし、この際暴露お願いします！）
（何も大勢の前で言わなくても）
（いいのよ。みんなが感動している間に言っちゃった方がいいわよ）
「わかったわ。暴露するわ」
ガーベラがそう決心した。二人のゆりは覚悟を決めた。
曲が終わった後、
「皆さん、今日の演奏会どこかおかしいと思いませんでした？」
とガーベラが言い出した。
「実は皆さんに黙っていたことがあります」
その言葉にシスとラギとラクシュミにミカエル達は、（何を言うんだろう？）とドキドキした。
「この御方は人間に変装していますが、音楽の神様ラメーン様です」
ガーベラはラメーンの横に並んで言った。
「え……」
「ええ！？」
人々の口から大きな「え？」という声が起こった。
「そして彼らは、音楽の妖精達です。今回特別に来てくださったんですよ。皆さん拍手」
ガーベラが拍手したが、人々は驚いていたので拍手するどころではなかった。
「私の歌もラメーン様が一緒に歌ってくださったおかげで、数倍よくなりました。ラメーン様ありがとうございます」
ガーベラはさも人間らしく礼を言っていた。
「ラ、ラメ……ラメーン様？ 王妃様、本当ですか？」
羊の国の王妃がうわずった声をあげている。
「本当ですとも。こんな嘘をついたら神様に罰を受けてしまいますわ。ラメーン様は、先ほど歌った愛の歌の、作曲をしてくださった方でもありますよ。羊の国が好きで何度かお忍びで行ったこともあるそうです」
「ラメーン様にお会いできるなんて。なんてことでしょう！」
「本当に！」
「感動だ。どうか、先ほどの愛の歌をもう一度歌ってください！」
「わしからもお願いします！」
「お願いします！」
「どうりですごいと思ったよ！」
「神様なんてすごい！」
ラリー達もびっくり仰天である。
「アンコールですよ。ラメーン様」
ガーベラがにやにやしながら言った。
「ではもう一度」
ラメーンの合図で、再び演奏が始まった。その時ハインリヒは正気に戻り、なぜ自分がここにいるのかさっぱりわからずに、そろそろと楽団から離れていた。
「ハインリヒ殿、素晴らしかったですよ」
ジュノーがハインリヒに声をかけた。
「？？？」
ハインリヒには歌っていた間の記憶がさっぱりなかったのだった。
（……あれ？ 私の暴露は？）
（ないんじゃない？ ガーベラ様ってほんと、面白いよねえ）
（えー）
結局ゆりの暴露はなく、何度も羊の一団からアンコールが起こり、妖精達は気が済むまで演奏していた。
こうして歓迎会という名の演奏会は終わった。すっかり夜更けである。
「最高でした」
「ありがとうございます！」
「握手してください！」
ゼッドがラメーンに近づいて手を出していたので、ミルキダスが慌てていた。
そんなゼッドを見て、他の子供達もラメーンと妖精達に握手してもらっていた。
「では我々はこれで」
「今日は本当にありがとうございます」
ラクシュミもお礼を言っていた。ラメーンは最後にサンの側に行って手を握っていた。
（じゃあ近いうちに）
サンはうなずいていた。
「私見送ってくるね」
ガーベラはラメーンについていった。
「ガーベラ、今日来てよかったよ」
ラメーンがガーベラに小声で言った。
「ほんと？ よかった。楽しかったわね」
「楽しかったです」
「ほんとうに楽しかった」
妖精達も笑顔である。
城の外に出たところで、ラメーンと妖精達の姿は消えたのだった。
つづく
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