第68話
（ごめんね、もう少し、ベツベツマーでいたいの）
ガーベラはそんなことを二人のゆりに言ってから去って行った。
（ガーベラ様……）
そう言ってくれたガーベラの気持ちがゆりにはうれしかった。子供達に「ベツベツマー」と言われることを、ガーベラは喜んでいるのだろう。
「ガーベラがステキだってのは知ってたけど、ラメーン様もすごい神様なんだね。何度か名前を間違えてごめんなさい」
ゆりは今更ラメーンの凄さを認識していた。たった五人しかいないのに、フルオーケストラの音楽でも聴いたかのような満足感である。
「しかもラメーン様の歌を聴けたなんて。グレンは聴いたことないって言ってたのに。すごくレアな体験だわ。さすがすごく通る声だったなあ」
ゆりが城の外でつぶやいていると、ヴィラがやってきた。
「王妃、みんな待ってますよ」
「ばっくれたい」
「え？ バックレ？」
「このまま逃げたい」
「ははは」
ヴィラは笑いながらゆりに触れて瞬間移動していた。
広間の中はむちゃくちゃざわめいていた。人々はようやく料理を食べたり飲み物を飲んだりしていた。広間に来たゆりは蛇の目のゆりだった。黒目のゆりは面倒だったので逃げたようだ。
「王妃様、本当に素敵な歓迎会でした。ありがとうございます」
「本当に皆感動しました」
「今も余韻に浸ってます」
羊の一団はみなゆりの周りに来て口々に喜びの声をあげていた。
「ほほほ、喜んでいただいてよかったです」
蛇の目のゆりは微笑んで答えていた。
「わしは前にもラメーン様にお会いしたことがあるんですよ。またお会いできるとは、そしてまたあの歌を歌ってくださるとは……」
涙ながらに喜んでいたのは羊の長老である。
「ラメーン様と演奏できたなんて夢のようです！！！」
サンデリカ王女が興奮して言っていた。サンデリカの竪琴にラメーン達は伴奏をつけてくれたのである。ゆりの周りに人だかりができ、ハインリヒの周りには子供達が囲んでいた。
「ハインリヒ様すごいよ！ むちゃくちゃ練習したんでしょ？」
「すごくかっこよかったよ！」
「みんなうっとりしてたよ！」
大人も子供もハインリヒを褒め称えていた。全く記憶にないハインリヒは、頭をかきながらちょっと困った様子である。
「音楽って、すごいな。魂に響くってまさにこのことだな……」
ユリウスやジュメは、座ったまま余韻に浸っていた。
「本当ですね。イシュタール様がいないのが残念です」
「本当だな。お前まだ泣いてるの？」
ユリウスは自分の横でずっと泣いているジェナサイトを見た。
「だってよ……こんな経験ができるなんて、奇跡だ。よかったよ。俺、今日まで生きててよかったよ……フランツ、本当に産まれてくれてありがとう」
ラメーンとガーベラの歌にいろいろ触発されたのか、ジェナサイトは息子のフランツを抱きしめに行っていた。
羊の一団の一人が、バートランドに気がついて挨拶をしていた。
それを見たフリットが、「彼をご存じなんですか？」と聞いていた。
「ええ。以前、国の南に盗賊団が現われたことがあって、その時バートランド様が来てくださったんですよ。その後一月ほど滞在してくださったことがあるんです」
「そうなんですか」
「盗られた荷が聖地への貢ぎ物だったので、俺に声がかかったんですよ」
バートランドが説明するように言った。
「クマール殿下もバートランド様に会いたがってますよ。また来てください」
「はい。機会があったらまた行きますね」
「顔が広いんですね」
フリットがバートランドに言った。
「聖地の依頼であちこち飛ばされているんですよ。それにしても、王妃様ってすごいですね。いろいろ納得しました」
「はは、そうですか？」
フリットは微笑んでいた。
「ミルキダス、そろそろ子供達と女性達を帰そう」
フリットは近くにいたミルキダスに言った。
「そうですね。皆さん王妃に挨拶したいそうなので、それが終わったらですね」
今ゆりの周りには子供達や女性達が囲んで口々に「すごかったです」と言っていた。ハザークとディーン、侍女達はすでに広間から消えている。ゆりの子供達は座って食べ物を食べていた。
羊の一団が去ることになり、ラギとロイとシスは、「バイバイ」「おやすみ」と手を振っていた。サンは小さく手を振り返して去って行った。
「サンって無口だね」
ロイがシスに言っていた。
「うん。でもだいぶ変わった気がするな」
「あと十日ほどここにいたら、普通にロイと遊んでるかもよ」
ラギが言った。
「はは、そうかもね」
「先生、こっちに来て！」
ロイはバートランドを連れてきて食事を促していた。するとラクシュミが、「お世話になっています」とバートランドに挨拶をしていた。
「あ、こちらこそ、初めまして、バートランドです」
バートランドはあわてて国王に挨拶をしていた。
「あ、バートランドさんだ、いつも子供達がお世話になっています」
蛇の目のゆりがバートランドに挨拶をしていた。
「あれ？ 目が？」
バートランドはゆりの目が違うのに気がついた。
「ベツマーだよ」
とミシェイラが言った。
「ベツマー？」
「いつものマー、ベツマー、歌ってたのがベツベツマー」
「？？？」
「うちのお母さんは三重人格なんです。あまり気にしないでください」
ラギが笑って言っていた。
「三重人格？」
広間の中の人の数が減り、ハインリヒがゆりに近づいてきた。
「王妃、さっき私に誰か来ましたよね？ だれだったんですか？」
「ラメーン様の力じゃない？ ハインリヒの隠れた力を引き出してくれたのよ。きっと」
「ええ！？」
「ハインリヒ、普通に演奏に加わってたよ。まるで何度も練習したかのように」
ラギが言った。
「だから、それもラメーン様の御力よ。神様ってすごいね」
「ええーほんとですかあ？」
「ラメーン様の手もこないかな？」
ナナミが言っていた。
皆が広間から去り、ゆりはお風呂に入って自分のベッドの上にいた。ジロウが珍しく、部屋で遠吠えをしていた。
「ジロウ君も感動した？ 今日はすごかったね。だって、ガーベラ様が二人とラメーン様、なんと神が三人もいたんだよ。みなに言いまくりたいけど、言わない方がいいかなあ。残念！」
男ガーベラの歌は、男達の心に触れたらしい。ものすごく感動したと言っていた。
その頃ラギとシスはベッドで並んで寝ていた。今日のことを二人でいろいろ話している。今夜は興奮して眠れそうになかった。
「母様って、幸せの魔法使いだね。歌を聴いて、ああそうかって思ったんだ」
シスが言った。
「幸せの魔法使いか。そうかもね。お母さんに会うと、みんな人生が変わっちゃうんだ。しかも良い方に。今日のことだって、お母さんがいなかったらなかったんだもんね」
「もちろんガーベラ様もすごいけど、うちの母様も負けてないんだからすごい」
「本当だね」
二人は笑っていた。
翌日、「おはよう」と食堂に来たゆりの声は、むちゃくちゃしわがれていた。
「どうしたの？」
ナナミが聞いた。
「声がかれた」
「昨日一杯歌ったから？ ベツベツマーすっごく張り切ってたよね」
「ベツベツマーは最高だよね」
「うん。サイコーね。クロスもよろこんでたね」
ミシェイラとレーヌが言った。
声はしわがれてしまったが、今日歌ってと言われないですむから、これはこれでよかったかも、とゆりは思っていた。
羊の一団は、今日も博物館に行っていた。昨日はアシュランの足ばかりに気を取られていたので今日は他の神の作品をじっくり見るようだ。初日サンは博物館の外にずっといたが、今日はみんなと一緒に博物館にいた。サンは神様の手形を見ながら何かを探していたが、残念ながら探している物はなかった。
サンは一団と離れた所にいたヴィラの側に行き、ぼそぼそと何かを聞いていた。ヴィラはサンが話しかけてきたので驚いている。
「ラメーン様の手はないんですか？」
「ラメーン様の手はないんです。残念ながら」
そう聞くと、サンは残念そうにヴィラから離れていた。
その後一団は街を少しぶらついて、城に戻り、食事をして、ゆりとラクシュミに別れを言って去って行った。
「また来てね」
ラギとシスはサンを見送った。ロイはすでに今日から稽古で城にはいなかった。ゆりの他の一族への王妃様としての初接待はこうして終わった。
「王様は昨晩眠れた？」
皆が去った後、王の間でゆりがラクシュミに聞いた。
「いや、全く。でも、良い気分だ。昨晩はとってもいい経験ができた。ありがとう」
「ベツベツマーの神脈のおかげね」
「まさかラメーン様に来ていただけるなんてな。一体何人の神様がこの城にきたんだか」
「えーと、ガーベラ様、ダーナ様、ハロルド様、ラーズ様、クーリーフン様、オルガ様、ジンラ様、ラクア様、サントス様、サラディン様、ウィル様、グレン様、アシュラン様、そうそう、アマンザ様も。そしてラメーン様、十五人ね。すごい。あ、男ガーベラ様もいれて十六人」
ゆりは神様の数を指折り数えている。
「……え？ アシュラン様？」
ラクシュミはその名を聞いてぎょっとしていた。
「ほら、ムサカ様を若くするためにいらしたんじゃない？」
「あ、そうか。そうかもな。十六人もか。すごいな」
「すごいね」
「ところで、すごい声だな。話して大丈夫か？」
ゆりの声はまだしわがれている。
「大丈夫です。私は今日は部屋でのんびりします」
「そうしろ」
ゆりは自分の部屋に戻った。ゆりの侍女達も今日はうきうきといった様子である。
「王妃様の侍女になってよかった。本当によかったです」
と皆言ってくれた。
（みんな喜んでくれてよかった。あの子も、これから良い方向に変わればいいな）
ゆりはサン王子のことを思った。
羊の一団が自分達の城に戻ったのは午後四時くらいのことだった。皆で城に行き国王にご報告、と思っていたら、城の中がなにやら賑やかである。ものすごい拍手の音が聞こえてくる。
「なんでしょうね？」
一団が王の間に行くと、大勢が広間の中に詰めかけていた。
「これは？」
「あ、お帰りなさい」
「お帰りなさい」
広間の中にいた者達が一団に気がついた。
「おお、無事戻ってきたか。驚くがいい。なんとラメーン様が城に来てくださったのだ！」
国王が興奮気味に一団に言い、「ええ？」と一団から声があがった。
ラメーンと言えば、先日蛇の国で出会った神であるが、その神は今姿が違っていた。
神々しい金色の細かいウェーブがかった髪、額には金の帯、高貴な顔立ちの男が大きな椅子に座っていた。服装は襟と裾に金の模様が入った白いローブ姿で、腰には金の帯を巻いていた。
「やあ」
ラメーンは立ち上がって一団に顔を向けた。
「昨晩、お前達はラメーン様の演奏を聴いたそうじゃないか。本当に幸運だったのう」
「その姿が本当のお姿なんですね」
「どうして人間に化けてらっしゃったんですか？」
「どうして昨晩いらっしゃったんですか？」
一団からいろいろな質問が飛んでいた。
「私はよく人間に化けてますよ。今日は神として用事があったからこの姿で来たんです。すいませんが、王家の一族の方以外はここから去っていただけますか？」
「わかりました」
国王は皆を下がらせた。広間には、国王に三人の王妃、王子が三人にサンデリカだけになった。王子は長男が三十五歳、次男は二十七歳である。
「実は、昨日私はサン王子と話をしました。それで彼の事情を知り、国王に話をすべきだと思ってここに来たんです」
ラメーンがサンに近づきながら言った。
「え？ サンは口がきけないのですが……」
国王は驚いている。
「私は神なので、心の中で対話ができます。彼は、長い間心を閉ざしていましたね。幼い頃に、彼の身近な者が亡くなった。彼はそのことに大変ショックを受けて、話ができなくなってしまった。彼は、その者の死が、自分のせいではないかと思っていたようなのです」
「え？ 乳母の死は病死です。以前から具合もよくなかった。まさか誰かがサンに何か言ったのではないだろうな？」
国王は王妃と子供達を見回した。皆横に首を振っている。
「彼はきっと人一倍繊細なのでしょう。彼は長い間心の病にかかっていた。彼のような心の病を治すには、音楽が一番いいのです。音楽の神である私がなぜここに来たかというと、彼に音楽を知ってもらい、心を開いてほしいと思ったからなのですよ」
「は……はあ……」
「実は、彼には音楽の才能があります」
「ええ！？」
「私は神なので、そういうことはわかるのです。とりあえず、横笛が良いでしょう。笛が得意な者がここにはいるでしょうから、一人彼につけてください。私のところの妖精にも、たまにここに来させますから」
「はあ……」
国王は、ラメーンの申し出にかなり戸惑っているようである。
「お父様、ラメーン様の言う通りにして、お願い」
サンデリカが国王に言っていた。
「いや、反対するわけではないですが、サンが素直に笛を習いますでしょうか。今まで散々いろいろなことをしてきましたが、サンは、何もしようとしなかったんです」
「大丈夫です。ね、王子」
ラメーンがサンに問うと、サンはうなずいていた。
「幸い、この国には王子が三人いらっしゃいますから、末の王子にはとりあえず、剣や勉学よりも、音楽重視で育てて欲しい。私にもわかってます。王子を楽士にするわけにはいかない。そう国王も思っているでしょう。ですが、サン王子が音楽の才能を開花させれば、それはこの国にとってもとてつもない力になるはずです。彼には、魔法楽士の才能があるのです」
「ま、魔法楽士？」
皆きょとんとした顔付きだった。
「そうです。魔法楽士、その多くは一角の国で産まれるのですが、サン王子にもその才能があります。魔法楽士は、楽器を演奏することで、人々の心を穏やかにしたり、眠らせたり、癒やしたりすることもできます。敵の戦意を欠くこともできます。この国の平和を守るために、王子は大きな力になるでしょう。もし、魔法楽士になれればですが」
「……サンにそんな才能が？」
「私を信じてください」
「信じないわけではないです。ただ、驚いてまして」
「もちろん、一朝一夕で楽士になれるわけではないです。努力は必要です。何十年もかかるかもしれません。とりあえず、王子はその気になっているようなので、私に任せてくれませんか」
「は、はい、よろしくお願いします」
とにかく相手は神なので、国王も逆らう気にはならなかった。
「では、少々王子と二人きりにしてください。話もありますので」
ラメーンはサンと一緒に、サンの部屋に行くことになった。
広間では、「魔法楽士って、本当かな？」と王子がぼそぼそ話していた。
「あいつがまさか……」
「ラメーン様が言ってくださるんだもの。きっとサンには才能があるんだわ」
サンデリカは喜んでいる。
「でも、よかったですね。陛下」
「心の荷が一つ下りるではないですか」
王妃二人は喜んでいる。サンのことは、国王の長年の悩みの種だったのだ。サンの母親である三番目の王妃は、神がサンを気にかけたことがうれしく、涙を流すばかりだった。
「しかしサンにそんな才能があるとは信じられないが……」
神の言葉とはいえ、サンが楽器を触った所すら見たことがなかった国王は、首をかしげるばかりだった。
サンの部屋で二人きりになると、ラメーンは「では封印しよう」と言って、サンののどに手を当てた。
「じゃあ、死ねと言ってみてくれないか？」
「××」
サンは言うことができなかった。
「成功だ。封印と同時に、その言葉は言えないようにしたよ。つい喧嘩をして、その言葉を言ってしまうこともあるかもしれないからね。これからは、自分の言葉に脅える必要はないよ。君が大人になって望んだときに、私は君にかけた封印をとこう。さっき私が国王に言ったことは本当だよ。君には魔法楽士の才能もある。人を傷つけることができるのなら、人を癒やすことだってできるはずだ。だが、直接口で言うというのも、あまり良い方法ではない。君の声が特殊だとばれてしまう。それよりも、音楽を通して人を癒やす。例えば歌でね。君の奏でる音にも、そういう力があるのではないかと私は思っている。もう、後ろを振り返るのはやめなさい。前を向いて。君はせっかくこの世に生を受けて生きているのだから。その力を、良い方向に使って欲しい」
ラメーンはサンの肩に手をあてていた。
「……また会ってくれますか？」
「ああ、たまに妖精をこさせるから、何でも相談しなさい。君が死ぬまで、私は君のことを気にかけると約束しよう」
サンの瞳からぽろぽろと涙がこぼれた。ラメーンは竹で作った笛をサンに渡した。
「では、演奏の続きをしよう。国王に音楽の素晴らしさを心の底からわかってもらわねばならないからな」
ラメーンがそういと、サンは微笑んでいた。
ラメーンが城の外で楽器を演奏してくれるというので、一族の者達がわんさか集まり、サンデリカは王太后を外に連れてきた。
「あのーラメーン様、お願いがあります」
昨日蛇の国に行った一団の中にいた者がラメーンに近づいて言った。
「六の月十日に風の大祭があるのですが、その時演奏していただけないでしょうか。昨晩の感動を、みんなに味わって欲しいんです」
「風の大祭ですか。いいですよ」
ラメーンはあっさり了承していた。
「本当ですか？ おお、これは楽しみだ。ありがとうございます」
国王は喜んでいる。
ラメーンの竪琴の演奏が始まると、人々は静まりかえった。その音色は風に乗り、羊たちもその音色に吸い寄せられるように城の周りに集まってきたのだった。
ラメーンが神の国に戻ると、ラメーンの神殿にダーナがいた。
「あ、ちょうどよかった。弦が切れたの。直してちょうだいな」
ダーナは弦が切れた竪琴を持って来ていた。
「ああ、いいぞ。そうだ。私は来月、羊の国の風の祭りで楽器の演奏をすることになった。ダーナ、歌い手として来ないか？」
「羊の国？ もちろんいいわよ」
ダーナはあっさり了承していた。人間界に共に誘われるというのはかなり珍しいことである。
「ところで、ダーナは人間の言葉は話せるようになったのか？」
「ううん。話さないわよ」
「君は神官とどうやって会話をしてるんだ？」
「心の声で会話してるの。だって神の言葉の方が、神秘的でしょ？」
「ガーベラはもうペラペラだったぞ。今回は人間の言葉で歌って欲しいんだ。君の所の三姉妹の一人を借りようかな」
「えー？ わかった。わかったわよ。歌は、人間の言葉で歌えばいいでしょ？ 歌を覚えるわよ」
娘といえども、ダーナにとってはライバルのようなものである。せっかくの舞台を譲るわけにはいかなかった。
「じゃあ決まりだな。明日から練習してくれ。祭りは六の月十日だ」
「はーい」
ダーナは神殿から出て行った。
「ええーダーナ様が一緒に行くんですか？ うわー僕も行きます！」
「ちょっと、今回は私が行きたいです」
「私だって行きたい！」
話を聞いた音楽の妖精達は、皆羊の国行きを志願していた。妖精達は普段、交代で聖地のラメーンの神殿で信者達に楽器を演奏している。なので全員羊の国に行くわけにはいかない。
みんなが行きたがったので、クジで決めることになった。
「シャリィも一緒に来るかい？」
神殿にやってきたシャリィにラメーンが聞いた。シャリィはうなずいている。
蛇の国では、羊の一団が去って数日後、サンデリカから手紙が届いた。
その手紙には、サンが王子達とジロウに会いたがってるので祭りに来て欲しいというものだった。
「風の祭り？ 行く！」
ラギは大はしゃぎで、シスとロイも喜んでいた。
「そうだ。先生も連れて行こうかな。ジロウ君はどうする？」
「くーん」
ジロウはゆりのそばにくっついている。
「子供のお守りについていってくれない？」
ゆりがジロウに頼んだ。
「くーんくーん」
「神様の心配はしなくて大丈夫。まだそっちの元気ないから」
「ワン」
「風の祭りか。楽しそう。よかったね」
ラメーンが来ることは手紙には書いていなかった。サンデリカの手紙と一緒に、ラクシュミにも国王からの手紙が届けられていた。先日のお礼と、魔方陣の模写が添えられていた。これにはムサカはとても喜んだ。
「ありがたい」
「あちらさん、よっぽど楽しかったんでしょうね」
ハインリヒが言った。
「羊の国へのお目付役、ハインリヒ行くか？」
ラクシュミが聞いた。
「行きません。歌ってと言われたら困りますよ。みんなに言われてるんですから」
と言うと、ラクシュミは笑っていた。
「本当に記憶がないのか？」
ムサカが聞いた。
「ないんです。ドルイドにもしつこく聞かれるんですけどねえ。覚えていたかったですよ」
ハインリヒが残念そうに言った。
六の月十日早朝、シス、ラギ、ロイは早起きして支度をしていた。今日は風の祭りの見学に羊の国に行く日である。日帰りの予定なので荷物は少ない。
「おはようございます。僕まで誘っていただいて、ありがとうございます」
王の間の外に来ていたのはドルイドである。ドルイドはロイのお目付役にゆりが抜擢したのだった。
「ロイをよろしくね。ドルイド」
ゆりが言うと、ドルイドはうれしそうに「はい」と言っていた。大人のメンバーは、ムサカ、フリット、そしてバートランドである。ムサカ以外は南の国境で会うことになっている。
「先生がいるのなら、僕はいなくてもよかったんじゃないのかな？」
ドルイドが首をかしげている。
「まあいいじゃない。ジロウ君のお世話も誰かいるし」
ドルイドはシスの横に座っているジロウを見た。どう見てもお世話が必要な犬ではないが。
ムサカがやってきた。
「ではいきますよ。王妃、行ってきます」
「行ってらっしゃい。楽しんできてね」
「はい！」
「ワン」
ムサカは子供達と犬を連れて消えた。
（ムサカさんと一緒に羊の国に行くドルイド。いいじゃん。いいじゃん〜二人とも過去の時代より若返ってるのが面白いよね）
ゆりはにやにやして自分の部屋に戻ったのだった。
南の国境で合流した一同は、羊の国に入り、国境の魔方陣から一気に城にある魔方陣へと飛んだのだった。魔方陣の近くにサンとサンデリカが待ち構えていた。
「ようこそいらっしゃいました」
「おはようございます」
一同は挨拶をした。
「呼んでくれてありがとう」
子供達がお礼を言うと、サンはちょっと照れた様子で、ジロウをなでなでしていた。ジロウは尻尾をふっている。
「陛下に挨拶に行きましょう」
フリットが皆に促した。
一同が王の間に行くと、そこには他の王子もいて、二人はバートランドを見て驚いていた。
「バートランド様じゃないですか！」
「殿下元気でしたー？」
「どうして一緒に？」
「今蛇の国にいるんですよ」
「そうなんですか。会えてうれしいなあ」
王子はバートランドと気安く話をしている。
「陛下このたびはお招きくださりありがとうございます。貴重な物もいただきまして」
フリットが国王に礼を言った。
「いやいや、こちらこそ、大変世話になった。皆本当に喜んでいたぞ。王子方も仲良くしてくれたそうだな。ありがとう。ジロウというのはどなたのことかな？ サンがどうしても会いたいとサンデリカに伝えていたらしいが」
「ジロウは、王の間の外にいます。ジロウは犬です」
「犬？」
国王がきょとんとした顔をしていると、慌てた様子で一人の男が王の間に入って来た。
「陛下、た、た、大変です。大変なんです！」
「なんだ。どうした。客人の前で。一体何があったのだ」
「ダダ、ダ……ダ……ダーナ様が！ ダーナ様がいらしてます！」
「え？ ダーナ様！？」
国王はがばっと立ち上がった。
「ど、どこに？ 本当なのか！？」
「ダーナ様が草原にいらっしゃいます！」
国王はだっと王の間を走って行き、くるりと後ろを向いて、「客人すまぬ！ 今日は楽しんでくれ」とそう言ってまた走って行った。
「ダーナ様って言った？」
「ダーナ様！？ 僕たちも行こう」
王子達も走って行き、シスやラギ達も、「行こう行こう」と大人を促した。
今日の祭り会場である広い草原には、高い櫓がくまれている。その周りで人々が踊りまくる。それが風の祭りである。
草原にラメーンと五人の妖精達、そしてダーナがやってきていた。
「ねえ、祭りはまだじゃない？」
ダーナが聞いた。人はまばらだし、どう見てもまだ始まってない雰囲気である。
「ここで練習したい」
とラメーン。
「あれだけしたのにまだするの？」
子供達が側に寄ってきた。
「キレイ」
「きれーい！」
子供達はダーナを見て目を輝かせている。
「まあ、かわいいわねえ」
ダーナは子供達の頭をなでなでした。
「いいにおい！ おねえちゃんだあれ？」
女の妖精が、「この御方は慈愛の女神ダーナ様ですよ」と説明すると、子供達は「すごい！」「ママに教えなきゃ！」と走って去って行った。
「ダーナ、これをつけてくれ」
ラメーンが宝石がついたネックレスを見せた。女の妖精がダーナの首にかけた。
ラメーン達もそろって同じ物をつけている。
「あ〜〜〜♪」
とダーナが声を出すと、いつもの倍の声量が出た。これは音を増幅させる神器である。その声を聞いてわらわらと人が集まってきた。
皆ダーナを見て驚いている。
「あ、そうだわ。私の超が100つく信者のアレクセイをここに連れてきてくれない？」
ダーナの言葉は神の国の言葉なので、妖精が通訳していた。
「アレクセイ？」
「アレクセイって陛下の名前だよな？」
「陛下以外にいたかな？」
「陛下以外は聞いたことないな」
人々がぼそぼそと言っていた時、国王と王子達もその場にやってきた。
「ダ、ダーナ様！」
国王は涙目になっていた。妖精がぼそぼそダーナにつぶやいた。
「あなたがアレクセイ？ あなたの角をなでなでしてあげにきたわよ」
ダーナは国王に近づいて国王の角をなでなでした。国王はそれだけで「わしゃもう死んでもいい」とその場で失神しかけ、他の者に支えられていた。
「陛下ってダーナ様のすごい信者だったんだ？」
「知らなかった」
一族の者達はぼそぼそ言っていた。この世界に、ダーナの超信者は100人以上いる。ダーナの神殿には、毎日信者からの手紙にあふれ、毎年百通もの手紙を出している信者もいる。ダーナはその手紙を読むことはないが、神官達は一応目を通している。ダーナが最近神官と話して「今度羊の国に行くの」と話した際に、「それならアレクセイに会ってあげたら喜びますよ。なにせ彼はダーナ様の100がつくほどの超信者ですから」と言ったのだった。それほど羊の一族のアレクセイはダーナに手紙を送っていたようだ。神官達も、まさか国王だと思っていなかった。
「陛下、よかったですね」
「よかったですね」
国王のダーナ好きを知っていたおつきの者達は、涙を流して喜んでいる。
「きょ、今日はどうしてこちらに？」
国王が気力を振り絞って起き上がっていた。
「ラメーンに誘われたのよ。祭りで歌を歌ってって」
そこで人々は初めてラメーンに注目していた。一緒にいてもダーナがいるとラメーンの存在はかすむ。さすがダーナである。
「おお、ラメーン様、なんと、なんとお礼を言ったらいいか！ ありがとうございます！」
「いえいえ、この国の楽器のマリンバを五個ほど持って来て欲しいのですが。それから椅子を」
「わかりました。誰か用意を。椅子も早く！」
国王が他の者に頼み、王子達にロイ達もこの場にやってきた。
「すごい。ダーナ様！ 本物だあ！」
「すごいすごい！」
ダーナは金色の毛並の犬を見て、「見たことがある犬がいるわ」と言っていた。
「それに見たことがある子供もいるわね」
ラメーンは周りの人々にはお構いなしで、立ったまま楽器の演奏を始めていた。
「まさか祭りに神様が来るなんて思わなかった。サン王子は知ってたの？」
シスがサンに聞くと、サンはうなずいていた。
「すごいや。ダーナ様、キレイだな。ね、ドルイド」
ラギがドルイドに話をふると、「そうですね。キレイですね。でも僕は、ガーベラ様の方が好きですけどね」などと言っていた。
ムサカもバートランドもフリットもダーナを見てぼんやりしている。
「みんな、手を取り合っておどりましょ♪ 恥ずかしがらずに〜♪」
「ダーナ様が人間の言葉で歌ってる！」
「ほんとだ！」
シスとラギは驚いている。軽快な音楽が流れダーナが歌い出し、人々は体を動かし出した。こうして祭りはかなり早く始まったのだった。
国王はてこでもダーナの側から動かなかったため、国王のために椅子が用意されて、国王は近くで椅子に座ってダーナを眺めていた。まるで少年のような瞳である。ラメーン達にも椅子が用意されたのでラメーン達は座って演奏していた。
（国王がこれほどダーナ好きとは参ったな……）
ラメーンの思惑とはずれてしまったが、国王はとても幸せそうだったので、（まあいいか）と思っていた。
この国の祭りでよく使う小さい太鼓も用意された。妖精達がそれをたたき、ラメーンが横笛を演奏した。ダーナが歌を歌い、人々は櫓の周りで踊っていた。音楽に惹かれて大勢が集まっていた。
櫓の上では、愛の妖精シャリィがいて地上を見下ろしていた。
「ああ、なんてキレイなんだ！」
魔法師長が側に来ていたので、ムサカは魔方陣の模写のお礼を言っていた。
「いえいえ、こちらこそ。それにしても、ダーナ様が来てくださるなんて……」
「感動ですな」
側に羊の長老もやってきて感動していた。
その頃聖地では、ダーナの神殿が光り輝いていた。そしてラメーンの神殿、風の神殿も。
「ダーナがなぜいるのかしら、私の存在がかすむじゃないのよ！」
その時櫓の近くに来ていた風の女神ブレッザは、文句を言っていた。
「しかもなぜここにウィルがいるのよ」
「だってダーナがいるからさー」
風の神ウィルもやってきていた。ここらはウィルの管轄ではない。ブレッザの管轄である。水色の、肩までのストレートの髪のブレッザには息子の風の妖精がいたが、その妖精は羊の一族の娘と恋に落ちてしまい、アシュランに頼んで人間になったのだった。その息子ももういない。人間として死んでしまい、彼の子孫に会うのが、今のブレッザの楽しみである。
櫓に少女が上がってきた。今は彼女が風の巫女である。
「ブレッザ様ー」
「ああ、私のかわいいメルローズ、元気にしてる？ やせたんじゃないの？ ちゃんとご飯は食べてるの？」
ブレッザは巫女に近づいて頬擦りしている。
「私は元気ですよ。今日もブレッザ様に会えてうれしいです」
「まあ、かわいいことを。それじゃ始めましょうか」
「はい」
櫓には、大量の花が用意されていた。ブレッザは花の籠を持って、花を地上へとばらまいた。花はくるくると回転しながら地上に落ちていった。
「わあきれいだ！」
「きれいだねえ！」
人々は両手を出して花を受け取っていた。
「ブレッザ様ー！」
と声が聞こえる。ちょうどダーナの歌も途切れたところだった。ダーナは櫓にいるブレッザに手を振っていた。ブレッザはべーと舌を出してる。
「あ、そうだわ。あなた、愛の妖精よね。ちょっと頼みがあるのよ。きて」
ブレッザはシャリィと共に姿を消して地上に降りた。
「彼を見て。ものすごく奥手で、大人になって１０年も経つのに恋人ができないの。なんとかしてちょうだい」
それは、ブレッザの息子の子孫の一人である。シャリィはうなずいて、彼に向かってハートを三つも投げていた。彼はそれをまともにくらっていた。彼はしばしぼんやりしていたが、やがて女の子に声をかけて花を渡していた。
「よし！ やったわ！」
ブレッザはシャリィと手をたたいていた。
ラギ達は誘われたがなかなか踊れず、体を揺らしてリズムを取るくらいだった。
「好きな人がいる時は、このお花を渡して告白するんですよ」
サンデリカが教えてくれた。
「へーそうなんだ」
そう言われれば、あちこちで花を異性に渡している人がいる。
「ワンワン」
ジロウが何かに気がついて走って行った。
「ニャーン」
そこにいたのは猫である。
「あ、猫にアマンザ様！？」
近くに紫の髪のアマンザもいた。
アマンザは周りをキョロキョロ見回して、知っている子供がいたので近づいてきた。
「ここどこ？」
「羊ですよ。羊の国」
「ひつじ？ へびちがう？」
「へびちがう。ひつじ」
ロイがいうとアマンザはぽかんとしていた。
「お母さんに会いに来たのかな？」
「羊の国に来ちゃったからびっくりしてるね」
「まあいいや。はい」
アマンザはシスに自分が持っていた麻袋を渡した。
「ありがとうございます。お酒かな？」
重かったので酒に違いない。
「うひょー飲もうよ！」
ロイが目を輝かせていた。
「だめだよ。そうだ。長老様に差し上げよう。母様がこの場にいたらきっとそうしただろうからね」
国王は話しかけるどころじゃないし、この前国王にはジンラのお酒をあげたので、シスは敷物を敷いて見学している長老達の所に行き、袋ごと渡してきた。長老はまさかジンラの酒とは思わずに喜び、杯をもらって横にいた魔法師長と酒を飲んでいた。
「いや、これはうまい酒ですな」
「そうですな。匂いもいい」
二人が酒を飲んだところで「ジンラ様のお酒ですよ」とシスがばらし、二人は酒を口から出しそうなほど驚いていた。
ダーナがアマンザに気がついて手で呼んでいた。アマンザがダーナに近づいて行った。
「誰と来たの？」
「猫と来ました」
「猫と？ そうなの。踊りましょう」
「僕はいいです。あの人と踊ってあげてください」
アマンザは、ダーナをずっと見つめている国王に気がついて言い、ダーナは本当に国王を踊りに誘っていた。
ラメーンと妖精達はずっと音楽を奏でている。
神器のおかげで野外でもよく音が通った。サンは少し離れた所でラメーン達の演奏にずっと耳を傾けていた。
（ラメーン様が僕にできるって言ってくれたんだ。がんばろう）
今まで自分の将来は悲観しかなかったが、今は、光が見えていた。
櫓の周りにいた人々は輪になって手をつないで踊っていた。ダーナも一緒に踊っている。ラギ達も誘われて一緒に手をつないでいた。シスがアマンザも誘い、アマンザも輪に入っていた。こうして、国王にとっても、羊の一族にとってもラギ達にとっても、忘れられない祭りになったのだった。
夜、子供達は城に戻ってきて、ゆりの部屋に来た。ジロウもいる。
「楽しかった？」
「うん。すごく。なんとダーナ様にラメーン様、それに風の神様とかいてすごかったよ！」
ロイが簡単に説明してくれた。
「何それ、祭りってそんなにすごい祭りなんだ！？」
ゆりは驚いている。
「いつもは風の神様だけって言ってたよ」
「これをどうぞ」
ドルイドがゆりにピンクの花を渡した。
「祭りのお花です」
「ありがとう」
「それじゃ僕は帰ります。今日はありがとうございました」
ドルイドは去って行った。
「その花、好きな人にあげる花だよ」
ラギが言った。
「え？ そうなの？ ドルイドったらかわいいんだから。ダーナを見たムサカさんの様子はどうだった？ メローンときてた？」
「うっとりはしてたよ。羊の王様がすごいダーナ様ファンだったみたいでね」
「そうそうアマンザ様がきてたよ。猫と一緒に」
「えー！」
ゆりはしばらく祭りの報告を聞いていたのだった。
つづく
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