第６９話
神の国である。○○の妖精という肩書きがなしに産まれた妖精達の中で、音楽の才能がある者は、ラメーンの下について楽器や歌の練習をしている。もちろん他の妖精達でも音楽が好きならば、好きに楽器をもらうこともできるし、音楽の妖精に教えてもらうことができるのだった。音楽とは、心の栄養のようなもの、人々を幸せにするものである。神々や妖精達にとってもそうである。音楽が悪用されることをラメーン達は嫌う。だが、この長い歴史では、音楽が悪用されたことも結構ある。呪いの楽器というものが存在し、それをもって人々に被害が与えられたこともあった。その楽器を作成したのは魔力が強い魔法使いである。
ある時、呪いの竪琴で五十人もの人間が殺害されるという事件が起こった。竪琴の音色を聞いた者達は深い眠りについてしまい、その後その者達は簡単に殺害されたのである
「ラメーン様、竪琴を悪用するとは卑怯だとは思われませんか？ どうか彼らに罰を与えてください」
そうラメーンに訴えた人間がいた。
話を聞いたラメーンは腹が立った。だが、竪琴を悪用した方にも言い分があり、普通に戦っても勝ち目がなかったのだから仕方がなかったというのである。
「向こう側が攻めてくるのだから仕方ないではないですか。それとも、潔く戦って死ねとそうおっしゃるんですか？」
そう言われてラメーンも悩んだ。
「国同士の争いには関与したくない。話がややこしくなる」
ラメーンはその件ではだれに罰を与えることもなかった。
その後、ラメーンは水の神ラクアに、「君ならどうした？」と聞いてみた。
「僕なら……何もしないかもね」
そうラクアは答えた。
「元々国同士の争いに神は関与しないという決まりだからね」
「まあ、それはそうなんだが……」
そういう決まりになってはいるが、神々にも自分のひいきしている国というものがある。裏でこっそり手を貸すこともよくあるようだ。
「なら、水が悪用されたらどうする？ 弱い方が強い方の井戸に毒を入れて殺したら？」
「それは許されない事件だから罰を与えるよ」
ラクアはあっさり言った。
「楽器を悪用するのと井戸に毒を入れるのと、どこか違うかね？ 似ていると思うが」
「いや、全然違う。どんな言い訳があったとしても、それを許すと今後も似たようなことが起きるだろう。水の汚染だけは許してはいけないのだ。通常井戸に毒が投げられれば、元の井戸に戻るために一年から長くて十年もかかってしまう。私がその井戸を瞬時に浄化することもできるが、その時私は神力を使わねばならない。すると私の力は低下してしまう。井戸を汚染するということは、私に対する攻撃とも取れる行為なんだよ。君のその事件は、遺族が亡くなった人達を悼むだろうけど、それだけだろう？」
「なるほど。確かに水の汚染はその場だけでは終わらないな」
「その竪琴は回収したのか？」
「いいや」
「君のその事件ならば、何もしないのが正解だろう。善も悪も、立場によって違うものだからね。その竪琴、楽士には何の影響もないの？」
「その時の楽士は、自分の太ももに短剣を刺して眠らないようにしていたらしい。私は何もしてはいないのだが、彼はその後楽器の演奏ができなくなったようだ」
「へえ？」
「音楽の才能は彼から離れてしまったのだろう。それとも、自分で自分に魔法をかけてしまったのかもしれないな」
音楽とは、本来ならば人の心を豊かにするものだから。
いつの世も、そうであってほしいとラメーンは願っている。
羊の国であった風の祭りから数日後、アマンザがラメーンの神殿にやってきた。神殿には、ラメーンと女の妖精が二人いる。
「ラメーン様、この前は楽しかったです。人間界でラメーン様の演奏が聴けるなんて驚きましたよ」
「アマンザはどうしてあそこにいたんだい？」
「僕は偶然ですよ。たまに猫と一緒に冒険してるんです。偶然あそこに行ったらダーナ様はいるし、ラメーン様はいるしで驚きました。僕初めて踊ったんですよ」
「はは、そうか」
「みんなすごく楽しそうでしたよ。それが言いたくて来たんです。それじゃ」
アマンザは言うだけ言って去って行った。
「アマンザ様ってかわいいですよね」
女の妖精の一人が言った。
「だってまだ産まれたばかりだもの。初々しいわ。ところでラメーン様、蛇の国で演奏した時、男の人に男版のガーベラ様が来てましたよね？」
妖精は初めてその話題を出した。
「やっぱりそうよね？ あれ、ガーベラ様よね？ 突然参加するからびっくりしちゃった」
「そのことはあまり話題に出さないように。女達が敏感に反応するかもしれないからな」
ラメーンが言った。
「そうですかね。しょっちゅう入れ替わってくれたらうれしいんですけど」
「女の恋人が増え過ぎちゃうからだめかもよ」
「そうかもね」
妖精達はそれっきりその話題を出さなかった。
さてその後アマンザは、カサンドラの神殿にやってきた。猫のリーファに会うためである。カサンドラは神殿にいなかったが、アマンザは壁に新しくかけてあったタペストリーに目を向けていた。竪琴を奏でている男の神がいる。
「ガーベラ様だ。結局飾ることにしたんだ」
カサンドラが織ったタペストリーをこっそり隠していたのがネルが見つけて、壁に飾ったのだった。カサンドラがそれを外したのだが、また飾られている。カサンドラは月の女神ディアメラにも男ガーベラのタペストリーを頼まれていた。
「お母さん、また男になることあるのかな。それはいいけど、クーリーフンが僕にいたずらをするからやめてほしい」
猫はいなかったのでアマンザは神殿を出た。
神殿の外でアマンザは土雷の妖精ソルに出会った。ソルは相変わらず前髪が長く、目元は見えない。
「ソル、リーファ知らない？」
ソルが木の上を指していた。見上げると、木の枝にリーファが乗っている。
「あ、いた。リーファ、来てよ」
「ニャーン」
リーファは木からアマンザめがけて飛び降りた。アマンザはリーファを受け止めようと両手を広げ、うまい具合にキャッチした。
「びっくりした。リーファ、驚かせないでよ」
「ニャン」
リーファはアマンザの腕からぴょんと飛び降りた。
「ねえリーファ、人間界に行こうよ。またあの犬に会いに行こうよ」
「ニャーン」
尻尾をあげて優雅に歩く猫をアマンザは追いかけていた。それをソルは眺めている。アマンザは誰かに聞かれてもいいように、「犬に会いに行こう」と言っていた。もし誰かに問われても、「あの犬が好きなんです」と言い訳できるからである。
「ねーリーファ、ね〜」
「にゃーん」
リーファはすまして歩いている。
「リーファ、今日もかわいいね。遊びに行こうよ」
「ニャン」
リーファはしょうがないわね、とでもいう風にアマンザを見た。
その時アマンザの姿を見つけてたっとかけてきた獣がいた。ソルがその獣に気がついた。リーファがアマンザに飛びつくのと、その獣がアマンザにダッシュして飛びつくのがほぼ同時だった。
「わっ」
獣を止めようとしたのか、ソルは獣に触れて、そのまま二人と二匹は移動してしまったのだった。
人間界では、今日も闘技場で、ロイはバートランドの指導を受けている。二人は木刀を持って打ち合っていたが、ロイがどんな攻撃をしようと、バートランドは簡単に受け流していた。そして犬のジロウは運動のために闘技場の中を走り回り、シスはジロウを捕まえるという訓練をしていた。シスが瞬間移動を使っても、ジロウは素早く逃げ回っている。これはムサカの発案である。他に十人ほどの戦士達が訓練中だったのだが、その場に突然見たこともない獣が現われた。
「リリー！」
闘技場に来たアマンザは、リリーがついてきたのでびっくりしていた。ソルも一緒である。
（あ、どうしよう。リリーが殺されちゃう！）
「殺さないで。リリーは良い子なんだ」
アマンザはとっさにリリーをかばうように抱きしめていた。
「アマンザ様じゃん。この獣何？ あ、そういえば、母様に聞いたことがあるっけ？」
ロイとシスが近づいて来た。
「そうだね。なんか聞いたことがあるよね」
アマンザは神の国の言葉でいろいろしゃべりまくっている。
「どうしたんだろう？」
「大丈夫ですよ。何もしないですよ」
シスが安心させるように言った。戦士達は近づいてきて、「かわいい！」「すげえかわいい獣がいる！」と喜んでいた。
なにせリリーには尻尾に蛇が２匹もいる。他の国ならいざ知らず、ここ蛇の国ならば、このような獣を殺す者はいないだろう。
「すごい。かわいいー！」
「かわいいなあ。ラギとナナミを呼んであげよう！」
シスは二人に思念を送った。リリーは周りをきょろきょろしていたが、犬を見るとだっと駆けて行き、ジロウは逃げていた。猫のリーファはあらあらとでも言う風にそれを眺めている。
豹のような体つき、背には翼、そして尻尾には蛇、このけったいな獣にバートランドも固まっている。
「かわいい！」
「すっげえかわいい！」
戦士達はとにかくリリーをかわいく思ったようだ。
「彼はだれかな？」
ロイがシスに聞いた。土色の肌と髪のソルは、ここはどこだろうと辺りを眺めている。
「サントス様関係かもね。ちょっとだけ金髪なんだ。面白いね」
ソルはバートランドを見つけると、彼に近づき、ちょんちょんと服を引っ張っていた。
「こんにちは。妖精様かな？」
ソルは右手を出した。そこにバリッと小さな雷のようなものが起こった。
バートランドも右手を出した。バートランドの右手の上に、バリバリと小さな雷が起こっていた。彼は雷獣の一族である。雷魔法はお手の物だ。ソルはもっと大きい雷を出していた。
「あなたは雷の妖精様かな？」
バートランドも同じように雷を出している。戦士達はそちらも珍しげに眺めている。やがて二人の雷が合わさって天に上がった。
「おおっ！」
「すげっ！」
天に上がった雷が今度は地上に落ちてきて、その雷はソルを直撃していた。これにはバートランドも戦士達もロイとシスも驚いた。なんとソルの髪も服も焼け焦げている。バートランドの顔色がさっと青くなっていた。
「え？ ソル？ ソル！」
アマンザは驚いてソルに駆け寄った。ソルの髪は焦げて頭から落ちていた。ソル自身驚いたのか突っ立ったままである。周りにいた連中はこの後この少年がどうなってしまうのだろうと不安そうに見ている。
ソルの髪の毛も眉毛もすべて抜け落ちてしまい、ソルは黄色い瞳でアマンザを見ていた。リリーとジロウもソルに近づいてきた。
「クーンクーン」
「ソル、大丈夫？」
アマンザが不安そうに聞くとソルはうなずいている。
「ほんと？ 髪がなくなっちゃったよ？ アシュラン様なら元に戻してくださるかな」
その時ソルの体がぐぐっと大きくなった。同時に頭から髪の毛がはえてきた。その髪は、綺麗な黄金色だった。肌の色も変化し、茶色っぽかった肌色は薄くなっていた。
「ええ！？」
アマンザはのけぞっている。
「すごい」
ソルの変貌にロイが声をあげた。ソルはアマンザと身長が変わらないくらいに成長していた。
「おっきくなった！」
しかもしゃべっている。
「ソル、話せるようになったの？」
「おっきくなった！」
「おっきくなったね。すごいよ！」
ウエーブかかった髪は肩くらいまでで止まった。前髪は目元を覆い、鼻のあたりまである。
ソルは裸だったので、戦士の一人がベルトを外して上着を脱いで、ソルの身体に背中からかけた。ソルに何事もなかったのでバートランドはほっとしていた。もしソルが死ねば、バートランドも危なかったかもしれない。
「あーよかったーびびったー心臓がバクバクだったわ」
ソルがバートランドの胸元に手を当てた。バートランドは胸が熱くなるのを感じた。バートランドの左胸には、雷獣の一族の印である雷のマークが生まれつきついている。そのマークが熱を帯びていた。
「なんだか知らないけど、すごい場面に出くわしたね」
ロイが言い、シスは「うん」とうなずいていた。そこにヴィラと一緒にナナミとラギ、ミシェイラとレーヌまでやってきた。
「わーかっわいい！！」
ナナミはリリーを見て大喜びである。
「ん？ 彼はどちら様でしょう？」
ヴィラがバートランドに聞いた。
「さっきまで妖精様だったんですけど、なんか今は違うかも？」
ソルの輝きは、明らかに先ほどよりも増している。
ヴィラはソルも気になったが、リリーも気にしていた。
「かわいいなあ」
「飼いたいよう。ジロウクンと一緒に飼おうよ」
ナナミが言っている。
「さんせー」
「かおうかおう！」
ミシェイラとレーヌまで手をたたいている。
「だめでしょう」
「だめえ？ シスにーアマンザ様、城に連れて行ってあげたら？」
ナナミが言った。
「アマンザ様、城行く？」
シスがアマンザに聞いたが、アマンザはソルやリリーが気になったのか躊躇しているようだ。
「大丈夫。僕らが見てるから」
ロイが言った。
アマンザがうなずいたので、シスはアマンザをゆりの元につれて行った。
ゆりはもちろんアマンザに会って喜んでいた。
「お母さん」
「アマンザ様」
「今日はリリーとソルを連れてきちゃったんだ。いろいろびっくりすることが起こっちゃった」
「ええー？」
アマンザはソルが成長したことをざっとゆりに話した。
「神の国じゃなくてここで成長するなんて、面白いわね」
「そうだよね。これ、お母さんにあげたくて今日は来たんだ」
アマンザはズボンのポケットから何かを取り出してゆりに渡していた。それはいろいろな色でキレイに編まれたブレスレットで、端っこには綺麗なピンクの石が二つついていた。
「かわいい。ありがとう」
ゆりがうれしそうな顔をすると、アマンザもうれしそうだった。
部屋から出て行ったシスが戻ってきた。シスは自分の服を持って来ていた。
「彼に着せてあげよう。あっちが心配だからもうアマンザ様は連れてくよ」
「うん。また会おうね」
ゆりはアマンザの手を握りしめた。
「うん」
シスとアマンザが闘技場に戻ると、またまた不可解なことが起きていた。戦士達が四人、地面に寝転んでいる。
「どうしたの？」
シスが聞いた。
「あの獣の蛇を見てたら寝転がっちゃったんですよ。命に別状はないみたいですけど」
ヴィラが説明した。男達は赤ら顔で、なにやら気持ちよさげである。シスはソルに服を渡して着替えを手伝っていた。
「酔っ払ってるようでもあるんですよね」
「酔っ払ってるの？」
「リーファ、そろそろ帰ろう。リリーおいで」
アマンザがリリーを呼んだ。リリーは素直にアマンザの側によってきた。アマンザはリリーの背中に手を回してリーファとソルを呼んだ。ソルはバートランドに手を振っていた。バートランドはお辞儀をして返した。
「さようなら」
「さようならー」
「ばいばーい」
子供達も手を振っていた。リーファはぴょんとリリーの背中に飛び乗り、二人と２匹は消えた。
「だいじょーぶ？」
ミシェイラが寝転んでいる戦士達をつついていた。
「大丈夫れす。ろれつが回らん」
「ひーっく……」
「ういー…」
「なんで酔ってるんだろう？」
ラギは首をかしげていた。
神の国にて、ソルを見たサントスやネルは驚いていた。
「ソル？ 何があったの？ 妖精から神に変わってるよ！？」
「ソルが成長した！」
ソルは照れた様子で大木の後ろに隠れてしまった。話を聞いたガーベラもソルを見に来た。
「ソル、かわいい♪ 変わった服を着てるわね。土色以外もいいかも」
「ガーベラ、ソル、神になってますよ」
サントスが言った。
「え？ あら、ほんとだわ。何があったの？」
ガーベラがソルに近づくと、ソルは恥ずかしがって逃げていた。
「じゃあ土雷の神ってこと？」
ガーベラがサントスに聞いた。
「そうなんですかねえ。なんかもうびっくりしすぎて……だって全体的に違うんだもの」
アマンザはさっさといなくなっていたしソルも話さなかったので、ガーベラもサントスも首をかしげるばかりだった。その後ソルは雲の上の神殿に連れて行かれた。ヒルデリアも驚いている。ヒルデリアはソルの前髪を上にあげた。その瞳は、金色の輝きを放っているではないか。
「金髪に金色の瞳とは……」
「ほんとだ。目の色も変わってる。ヒルデリアとアシュランの力を強く引いているのかもしれないですね」
サントスが言った。
（ソルがヒルデリアの孫でよかった）
サントスはほっとしていた。ソルがもしアシュランが浮気して作った子供だったならば、ヒルデリアも荒れたかもしれない。
「しかもなかなかハンサムだ」
とヒルデリア。ソルは目元を隠すのがもったいないほと綺麗な瞳をしていた。クーリーフンほど美男子というわけではないが、かわいい顔立ちである。
「なぜ目元を隠しているんでしょうか？」
サントスがヒルデリアに聞いた。
「さあ、目の力が強いせいとか？」
「おめでとうございます」
雷獣トルメンタがお祝いを言いに来た。ソルはトルメンタに近づいて、耳元で何か言っていた。
「？？ ソル、話してる？」
サントスはそれも驚いている。
「おっきくなってうれしいって」
「ソル、私にも話してよ。何か」
ソルは恥ずかしそうにサントスから離れてしまった。
「ソルってばー」
ソルはサントスやネル、ガーベラにはなかなか話をしてくれなかった。
その夜、雷獣の国の城では、異変が起こっていた。その異変は城の地下で起こり、王も王妃も、だれも気がつくことがなかった。
翌朝、ミカエルの屋敷で寝ていたバートランドは、（何か重いな……）と思いながら目を開けた。
「ん……んん？」
布団の上に乗っているのは、一振りの大きな剣である。剣は鞘に入っている。
「なんだ？ 俺が寝ぼけて？ いや、違うな」
バートランドは起き上がってその剣を手に取った。その柄と鞘は、どこかで見たことがあるような意匠である。銀色の鞘には雷獣の装飾がされている。
「まさか……」
バートランドは鞘から剣を抜いてみた。刀身が輝きを放っていた。
「これは……雷神剣！？ まさか……まじかよ……」
バートランドは興奮してうわずった声を出していた。
蛇の国に稀代の名工がいたように、雷獣の国にも昔、天才と呼ばれる職人がいた。それは雷獣の国ではおとぎ話になっているくらい有名な話である。
その職人は数々の有名な剣を作ったが、一本だけ、不思議な剣を作った。
だれにも鞘が抜けない剣を作ったのである。
「いずれ、この世界に雷の神がお生まれになるだろう。その神に選ばれた戦士がこの剣の持ち主になることができる。それまでこの剣は深い眠りにつくだろう」
職人は予言のような言葉を残してこの世を去った。
その剣は城の宝物庫で大切に保管され、バートランドも剣を見たことがあった。バートランドにも兄達にも、その剣を抜くことはできなかった。
「わしが生きている間に、この剣の剣身がみたいものじゃ」
父である国王は、その剣を見るたびに言っていた。代々の王が同じように思っていたことだろう。バートランドも同じように思っていた。
その剣が、なぜかここにある。
「まさか、本物じゃないよな。だってここは蛇の国だぜーここまで飛んできたってわけでもないだろう」
バートランドはそうも思ったが、剣の輝きは、並の物ではない。剣を持つだけで心が引き締まる感じがするのである。
「本物の雷神剣？ まさか、俺？ 俺が持ち主？ まじで？ 雷の神？ もしかして昨日の彼が？ まじかよ。やばい。手が震えてきた！」
バートランドは手が震えると同時に涙も流していた。まるでおとぎ話の主人公にでもなった気分である。
「やばい。やばいぞー！ ほんとにやばい！ おれが持ち主ってまじかよ！！」
バートランドは興奮した様子で叫んでいたので、屋敷の者達がミカエルに告げて、ミカエルが「一体どうしたんですか？」と様子を見に来た。
バートランドは剣を握りしめたまま泣いていた。
「一体何があったんですか？」
「俺、この国に来てよかったです」
バートランドは泣きながら言っていた。
「？？？」
「まさかこんなことがあるなんて。面白いじゃないか。チクショウ！」
ミカエルはさっぱりわけがわからなかったので、そっとその部屋から離れたのだった。
神の国では、早朝、カサンドラの神殿にアシュランがやってきていた。かなり珍しいことである。
驚いて起きたカサンドラが「一体どうしたんですか？」とアシュランに聞いた。
「ソルが神になったと聞いて来たんだ。昨日は上にいなかったから会ってないのだ。ソル、出てこ〜い」
その声でサントスとネルも起きてきた。
カサンドラはソルを呼びに行ったが、ソルはベッドにいなかった。
「もう起きたようだ」
一同が神殿の外に行くと、ちょうどソルが戻ってきた。
「おお、本当だ。立派な神になってるじゃないか。すごいな」
アシュランはソルをじろじろ眺めて驚いている。
「ネルに続いてソルまでとは……」
「私は運がいいですね」
サントスはうれしそうである。
「こうなった理由はなんだ？」
「さあ」
サントスもカサンドラも首をかしげている。
「ソル、記憶を探っても良いか？」
アシュランが聞いた。
「…………」
ソルはちょっと考えていたが、首を横に振っている。
「アシュラン、無理じいはやめてください」
カサンドラが言った。
「無理じいなんてしないさ。別に悪いことをしたわけじゃないんだから。ところでその服は、神の国の服か？」
ソルは気に入ったのか、まだシスにもらった服を着ていた。
「アシュラン、もういいじゃないですか」
サントスがアシュランを止めようとしている。
「か……雷の人と遊んだ。そしたら、雷が僕に落ちた。それで、おっきくなった。服、もらった。これすき」
ソルは話しだした。ソルの言葉を聞いたサントスは感動していた。
「雷の人？ 人って人間か？ 人間に会ったんだな」
アシュランが聞くと、ソルはうなずいていた。
「リーファといった」
「そうか。リーファの瞬間移動か。それはソルにとっては冒険だったな。何にせよ、こんなことがあるなんてなあ……」
「アシュラン、ソルは、土雷の神ですよね？」
サントスが聞いた。
「うーん、どっちかというと、雷の神だな。土の要素が消えてる」
「ええ！？ 雷の神なんですか？」
「ああ。ランスロットも雷の神っぽかったがなあ。ソルがそうだったとは。世の中何があるやらわからんな。だからこそ面白い。雷獣の連中に知らせたら喜ぶだろうな。あそこは長い間雷の神誕生を待っていたからな」
「雷神剣の話なら私も知ってますよ。おとぎ話の預言が本当だとしたら、ソルが雷神剣の持ち主を選ぶんですか？」
とカサンドラ。
「そうなのかもな」
「ソルすごい！」
ネルが誇らしげに言った。
今まさにこのとき、雷神剣を抱きしめてバートランドが喜んでいるとは、予想していない神々だった。
つづく
１３部
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