第70話
「えー？ ソル雷の神様になったの？！ すごいね」
ソルの噂は神の国中を巡っていた。クーリーフンもびっくりしている。
妖精と神では扱いがまるで違う。まず神力が雲泥の差である。そして神の方がタフだ。妖精は何かの拍子に死ぬこともあるが、神の方はない。１００％死なないと決まっているわけではないが、死ににくい。サントスはこの神の世が続く限りは、ソルと一緒に過ごすことができるのだ。しかも雷魔法が得意な人間達にとっては、ソルは信仰の対象になるに違いない。
「そうじゃ。いずれ落ち着いたら、聖地にソルの神殿を建てるのも良いかもしれんな」
などとヒルデリアは雲の上の神殿で上機嫌で言っていた。
「神の国にも神殿を建ててもよいと思うが。いっそのことカサンドラの神殿から出ればよいのにのう」
サントスの神殿が神の国にはないのが不思議なくらいだが、当初サントスが神殿はいらないと言ったので建てられなかった。その頃は、カサンドラの神殿の近くに農園が広がっていたので、サントスはそのままカサンドラの神殿を間借りすることになったのだった。サントスとカサンドラはまるで姉と弟のような関係で、長いこと仲良くしているようだ。
「そういえば、昔、サントスはカサンドラが好きなのだ、と思って二人がくっつくことを想像していたが……結局くっつかなかったな」
ヒルデリアからしたら、二人は不思議な関係である。それほど気が合うということなのだろう。
雷の神が産まれて、雷獣トルメンタもうれしそうだった。
「まさかこんなことがあるなんて面白いですね」
「そうだな。面白い」
雷の神誕生が今後どのような変化をもたらすのか、想像もつかないヒルデリアとトルメンタだった。
「アマンザ、聞いたか？ ソルが雷の神になったそうだぞ」
ジンラの神殿の前にいたアマンザの元に、ジンラがやってきた。アマンザの前では、リリーの尻尾の蛇がお酒をぺろぺろなめている。
「雷の神様？」
「ああ、今日はお祝いだ。お酒の出番だ」
「ソル、雷の神様になったんだ。すごいですね」
アマンザはソルに口止めをしたわけではないが、ドキドキして答えていた。人間界に昨日降りたことはジンラには話していない。リリーを連れて行ったことがばれたら怒られるに違いない。
ジンラは酒の準備のためにアマンザから早々に離れて行った。
「リリー、ソルは雷の神様になったんだって。あの時はびっくりしたよね。ソルに何もなくてよかった」
ソルに雷が落ちたときはアマンザも唖然としたものだった。大事にならなくてよかったと心底ほっとしている。
リリーはお酒を飲み終わった後、くるくる回っていた。
（人間界で一つ気がついたことがある、それはリリーの能力！）
アマンザはリリーをなでなでした。リリーについてはまだ謎は多い。首輪のような神器にはどんな効果があるのか。
「リリー、君は本当にかわいくておもしろいね」
リリーはたっと走ってどこかに行ってしまった。
「僕も宴会のお手伝いをしよう」
アマンザもジンラを手伝いに行ったのだった。
雷獣の国には再びグレンにより吉事が届けられた。
「雷の神様が誕生された！？なんと！」
「おお！」
「やったー！」
「すごい！」
「さっそく神殿を建立しますぞ！ どのような神様なのでしょう。この国にも来ていただきたいです！」
国王もかなり興奮している。
「まだ子供で、ちょっと人見知りなので、すぐには無理かもしれないですが、いずれ」
グレンは曖昧に答えて去って行った。
「今日から五日間、雷の神誕生を祝って祭りを開くことにしよう！」
国王はそう宣言した。
「陛下、雷の神様がお生まれになったとなれば、雷神剣の所有者が決まるかもしれませんな」
部下達も気にするのはそこである。
「おお、そうよ。息子達よ、雷神剣をここにもってこい！」
「はい！」
王子達が城の地下にある宝物庫を開けた。
「俺達の代で雷の神がお生まれになるとは、運がいいな」
「本当だよ。伝説を目の当たりにすることができるなんて！」
二人は宝物庫を探したが、雷神剣の台座には剣はなかった。
「あれ？」
「ない？」
宝物庫のどこを探しても、伝説の剣は見つからなかった。
蛇の国では、興奮したバートランドがミカエルに雷神剣のことを話し、面白そうだったのでミカエルはフリットも呼んで二人でその話を聞いたのだった。
「そんなにすごい剣があるとは！」
二人も驚いている。試しにミカエルが雷神剣を抜こうとしてみたが、抜けなかった。
「俺達にとってはおとぎ話ですから、ほんと感動ですよ！」
バートランドは涙ぐんでいる。
「しかも目の前で雷の神様が誕生したんですよ！ 信じられない！」
「確かにすごいですね」
とフリット。
「このことを知ったら、お国でも大騒ぎじゃないですか？」
ミカエルが言った。
「そうですね。すぐにでも知らせたいけど、風の妖精でも見つかればいいんですけど」
手紙を出すには時間がかかりすぎるため、妖精かだれかに言付けを頼みたいとバートランドは思った。
「ところで、その剣、雷神剣なだけに振ると雷が出たりするんですかね？」
ミカエルが聞いた。
「さーどうでしょう。なにせさっき手にしたばかりなので、闘技場でちょっと振るってみようかな」
「面白そうですね」
話を聞いた子供達も闘技場に行くことにした。シス、ラギ、ロイ、ナナミは闘技場で雷神剣を見せてもらい、
「すごい！」
「すごい剣だね！」
と感動している。
「先生、剣を振るってみてよ。ミカエル、先生の相手をして」
「いやです」
ミカエルは速攻で答えていた。
バートランドは剣をかまえて、上から下に剣を振り下ろし、次に横に払った。
剣からバリバリと雷のようなものが起こっている。
「おおー！」
「すごい！」
子供達は手をたたいて拍手していた。
「さすが雷神剣だね」
とロイ。
「それにしても、昨日の彼が雷の神様なんてね。僕ら神様誕生に立ち会ったんだよ。すごいよ」
シスはそこにも感動していた。
「すごい剣だ。感動する。師匠にもみせてえ」
バートランドは剣を鞘にしまい、泣いていた。
「でも、朝起きたら先生の側に剣があったなんて。剣が飛んできたのかな。それとも瞬間移動かな？」
ナナミはそこが気になっていた。剣が空をぴゅーんと飛んできた所をナナミは想像している。
「瞬間移動じゃない？」
とロイ。
「ってことは剣には意思があるってこと？ すごい！」
「こんなにキレイに保存されていたのもすごいよね。絶対魔法がかけられてるよね」
とラギ。ザクートの宝箱のように、雷神剣にも保護の魔法でもかけられていたに違いない。
ナナミは宙を飛んで近づいてくる人に気がついた。
「あ」
ナナミが空を指差すと、皆が一斉に空に注目した。飛んでいる者はわずかに光り輝いている。一族の者でもないが、敵ではない。
「グレン様じゃない？」
ラギが言った。
「ほんとだ！」
空を飛んできたのはグレンである。地上に降りたグレンはバートランドが持っている剣を見て、「もしかして、それ雷神剣ですか？」と聞いた。
「そうです。雷神剣です」
「やはりあなたが所有者なんですか。アシュラン様は多分あなただろうとおっしゃってましたよ」
「本当ですか？ うれしいなあ」
バートランドの頬が緩んでいる。
「雷の神様のことを知らせに来てくださったんですか？」
「そうです」
「母様に会いにきたんでしょ？」
ナナミがずばりと聞いていた。
グレンはナナミの頭をなでて、「しっ」と自分の口元に指をあてていた。
「やっぱりそうなんだ」
とロイ。
「それじゃ私はこれで」
「あーまって」
ナナミは飛んで行こうとしたグレンの手を握っていた。
「良いこと教えてあげます。耳を貸してください」
ナナミはグレンの耳元で何やらささやいた。
「え！？」
グレンは驚いている。
グレンは驚いたまま飛んで行った。
「何を言ったの？」
シスが聞いた。
「城の食堂にグレン様の絵が飾られていて、母様はご飯を食べながら、毎日グレン様の絵を見てるよって教えてあげた」
ナナミがにっこり微笑んで言った。
「……まあほんとのことだからいいか」
ラギは頬をかいている。グレンの絵を食堂に飾ることになったのは、グレンが特別だとゆりが思ったわけではないが、言うのも野暮である。
「僕なんか毎朝グレン様の絵に挨拶してるけどね」
ロイが言った。
「バートランドさんも、うちの王妃の不思議に巻き込まれましたね」
ミカエルがバートランドに言った。
「え？」
「うちの王妃に関わると、運命が不思議な方向に行っちゃうんですよ」
「はあ」
「確かに、アマンザ様は王妃に会いにここにいらしたんだもんな。今回のことはその副産物のようなものだし。雷神剣のこと、グレン様がお国に伝えてくださるといいですね」
フリットが言った。
「そうですね。そうしてくださるとありがたいですが」
グレンはさっさと行ってしまったので、そのことを頼む時間がなかった。
グレンはその後城のゆりの部屋に直行していた。ゆりはその時部屋で竪琴の練習をしていた。グレンに出会えて驚きつつも喜んでいる。
「すっかり元気になってよかった」
「いろいろありがとうございました。みんなのおかげですよ」
とゆり。
「あのー……私の絵があるって本当ですか？」
グレンは壁にある神々の絵を眺めつつ、聞いていた。子供の冗談かもしれない、と半分はそう思っていた。
「ありますよ。そうだ。一緒に見に行きましょう」
ゆりはグレンを二階の食堂に連れて行った。
子供の冗談ではなく、確かにグレンの絵画が壁に飾られている。しかも、ゆりの部屋にあった絵画よりも大きめだった。
「私のこんな絵があるなんて驚きました」
グレンは自分の絵画や石像なども見たことはなかった。
「聖地の職人さんに頼んだんですよ。ガーベラの恋人は全員飾りたかったから。このグレン様、ステキでしょ？ 私すっごくこの絵が好きなんです。もちろん実物の方が何倍もステキですけど」
グレンはゆりの言葉にハートを打ち抜かれて神の国に戻った。
（ああ、彼女は本当になんてかわいいんだ！！ 一万数千年生きている神でさえこんなにドキドキさせるとは）
グレンはすっかり舞い上がっていたので、アシュランの間の裏で余韻に浸っていた。
「グレン、戻ったのか？ どうだった？」
するとアシュランがグレンに気がついて聞いた。グレンはアシュランの側に行き、「何がですか？」と聞いていた。
「何がって、お前一体何しに人間界に行ったんだ？」
「……ああそうでした。やはりバートランドが雷神剣の所有者になってましたよ。彼はもう剣を持ってました」
「やはりそうか。剣が移動するとは……バートランドが国に戻ったときにわかるかと思ったが。じゃあ雷獣の国では、剣が消えて慌ててるんじゃないか？」
「そうですね」
グレンは雷獣の国に知らせなければ、とは全く思わなかったようだ。
（喜んで人間界に行ったと思ったら、目的は全く別か。しょうがないやつだ）
アシュランはやれやれとそう思いつつ、グレンの密かな幸せにチャチャを入れるのも大人げないので、グレンを下がらせてライサを呼んだ。
「ライサ、ウィルに伝言を頼んでくれ」
「わかりました」
こうして風の神ウィルにより、雷獣の国に雷神剣の行方が伝えられた。
「おお、バートランドが！ すごい！」
「ってことは、我々が刀身を拝めるのは、来年の２の月か！」
「ガーン」
「仕方がない。とりあえず、バートランドに乾杯しよう！」
「乾杯！」
雷獣の国の城では夜通し宴会が行われたのだった。
バートランドと雷神剣の話は、蛇の国の城にももたらされた。休憩室でミカエルから話を聞いたラクシュミとムサカは、興味津々である。
「他の国にも伝説の剣の話とかあるんだな。しかし神様誕生に立ち会ったなんて、いいな。すごくうらやましい」
ラクシュミはミカエルをうらやましがっていた。
「本当ですよね。あの時は神様だって全然思わなかったんですけど、知ってたら感動したんでしょうね。かわいい神様でしたよ」
目の前にいたのがハロルドのような立派な神だったならば一目で神だ、と気がついただろうが、そうではなかったので、一同「神が誕生した！」とはさっぱり思わなかった。
「雷の神誕生に立ち会ったから、バートランド殿が雷神剣の主になったのか？」
「さあ、そもそも彼がいなかったら、雷の神が産まれてないのかもしれないですし、偶然が重なった感じですかね」
二人が雷遊びをしなければ、ああはならなかった。ミカエル達に雷魔法は使えないのである。
「面白いですね。これだけいろいろなことが起こると、退屈しないでしょう」
ムサカが言った。
「ムサカ様に起きたことも結構すごいですが。ところで、ベツベツマーの正体は聞いたんですか？」
ミカエルが聞いた。
「ハインリヒは教えてくれないんです」
ラクシュミは壁にかかってあるガーベラの絵画を指していた。
「あそこにいますよ」
「？」
「あそこにいるのがベツベツマーです」
とミカエル。
「え？？？」
「知ってるのはシスとラギだけですから。子供達には内緒にしといてください」
ムサカは口を開いてぽかんとしていた。
「ゆりの声であれだけ歌えるんだからやはりすごいな」
「本当に。それからハインリヒはあの時のことが全く記憶にないって言うんですけどね。ハインリヒにも誰か降りていらっしゃったんですかね？」
ミカエル達もそこまで予想していたが、それがだれかとは全く想像できなかった。
「あのー、今の冗談ではないです？」
ムサカが聞いた。
「冗談ではないですよ。我らにとってはすっかり身近な女神になってしまったが、ムサカ殿は驚きますよね。ゆりとガーベラは性格がよく似てるようで、たまに入れ替わって遊んでるんです」
「はあ」
「でも、ラメーン様まで登場されるとは驚きましたよね。うちの子供達なんて、何日経ってもまだ興奮してますよ。子供達は神様に会うことないですからね」
「そうだろうな。本当に幸運だったな。私も楽しかった」
「本当に、楽しかったですね」
ミカエルとラクシュミはしみじみと話していたが、ムサカは、あの晩いたのがガーベラだと聞いてから二人の話を聞いていない。
あの時歌ったのがガーベラ、そう言われれば納得する部分もあるが、まさか女神が人間を楽しませるために歌を歌ってくれた、など、なかなか信じられないムサカだった。
人は生涯に一度でも神に会えれば幸運だと言われている。ムサカはゆりが過去の時代にいる間、ガーベラが降りて来て、その時ガーベラの竪琴を聴くことができた。
（あの時の女神があの晩も？）
休憩室を出たムサカは、ついふらふらと城の階段を上り、ゆりの部屋にやってきていた。どうしてもゆり本人の口から聞いてみたいと思ったようである。
ゆりの部屋を訪ねると、フリットもいた。フリットは、ムサカと入れ違いに出て行った。
「ムサカさん、聞きました？ バートランドさんのこと」
ゆりがムサカに聞いた。先ほどまでゆりはフリットにその話を聞いていたのだ。
「先ほど聞きました。どの国にも不思議なことはいろいろあるようですね」
「本当ですよね。どうぞ座ってください。お茶の準備を」
ゆりは部屋にいた侍女に頼んだ。
「羊の国ではダーナ様をじっくり見ることができました？ キレイだったでしょう。前にダーナ様が城に来たときなんて、王様もみんなも大変だったんですよ」
「それはもうキレイでした。みんなうっとりと眺めて、しまいにはダーナ様と一緒に楽しく踊ってましたよ。皆さん幸せそうでした」
「ムサカさんも踊ったんですか？」
「少しだけ踊りました」
「そうなんですか。楽しそうですよね。この国にもそういうお祭りがあればいいのに」
「私の時代では酒祭りの時に街の人々は踊ってましたよ」
「こっちじゃ街の人が少し踊るだけみたいで、もっと大々的に踊る祭りがあってもいいと思うんですがね。あっても私は参加できないですけど」
「羊が遠巻きに一杯いましたよ。曲に誘われて集まったみたいで」
「へー見てみたかったなあ。想像するだけで楽しそう。羊の国の王様、ずっとダーナ様にひっついていたんですって？ うふふ」
侍女がお茶の用意をして去って行った。
「あの王様は、以前からダーナ様のことを慕っていたようですから」
「でもわかりますよ。うちの王様だってその場にいたらずっとひっついてるかもしれません。ダーナ様ってすっごく素敵な神様ですもん。私的にはガーベラ様を応援しますけど、ガーベラ様はなかなか人前には出て来ないので、差がついちゃうんですよね。ガーベラ様は人間達がすぐむらむら来ちゃうから出られないみたいで」
（今だ聞こう）
とムサカは思ったが、ゆりは話を続けていた。
「ガーベラ様って本当に綺麗な胸をしてるんですよ。ムサカさんにも見せたいくらいです。胸は世界一だと言っていい」
「はあ」
「もちろん顔も綺麗ですけど。でも、この世界での異性を選ぶ基準は、胸や顔ではないですよね。魔力が高くて、強い女性が魅力的になりますよね」
「まあそうですね」
「女神様に対する感情は、別ってことなんでしょうね。まあ赤い月は関係ないからかもしれないですが」
「ところで、その……あの演奏会での王妃様は……」
ムサカがついに聞こうと思っていると、ゆりは立ち上がり、ムサカの横の椅子に座って、椅子をムサカの真横にずらしていた。
そしてムサカの手にそっと手をのせている。
「あの、王妃様？」
「はい」
ムサカがもしや、と思ってついちらりとゆりの肌を見ると、やはり、蛇が２匹うっすらと背中にでてきていた。
「あのー……」
ゆりはムサカの手をにぎにぎしている。ゆりではなく蛇の意思のような気もする。
「…………」
（つい見てしまう）
ムサカもいつもはぱっとしか他人の肌の蛇は見ないのだが、ゆりの背中にいる２匹の蛇はムサカの視線に気がついたのか恥ずかしげに体をくねらせていた。
「ムー様の蛇は……２匹？」
「え？」
「あたった？」
「内緒です」
「王族だから、変化したらいろいろな色の鱗が体にでますね」
「そうですね」
「蛇も２匹いるかも」
「いるかもしれないですが」
「いますよきっと」
ゆりはムサカの手を離した。その次の瞬間、ゆりはムサカが真横にいたので、かなり驚いていた。
「え？？ 私いつの間にここにいました？」
ゆりは元の場所に戻っていた。
「蛇の目の私でした？」
「いえ」
「じゃあだれだろう？」
「蛇ちゃんです」
「蛇ちゃん？ 私の金蛇ですか？」
ゆりは目を丸くしている。
「多分」
「恥ずかしい。ムサカさんの蛇に会いたくて興奮してるのかも。ところでムサカさんって肌に蛇はいるんですか？」
「え、えーと……」
ムサカはちょっと返答に困っていた。
「いやらしい意味はないので」
そういう会話自体、いやらしい意味がありまくりである。
「ムサカさんも王様のように普段は肌に蛇はいないのかと思ってました」
「普段はいませんよ」
「じゃあ、へ、へ、変化すると？」
ゆりはドキドキしながら聞いていた。
「王妃様は、生粋の一族ではないのに、王の変化は平気だったんですね」
ムサカはそこを疑問に思ったようだ。
「王様が変化する時は、大体真っ暗闇なので。後は愛の力ですかね」
「愛の力は偉大ですね」
「そうですね」
「私はこの辺で失礼します」
「はい。また来てくださいね」
ムサカは変化のことをずばり言わずに去って行った。
「……こら、何考えてるの？」
ゆりは自分の体に言ったが、返答はなかったのだった。
「金蛇たちったら、ムサカさんの蛇の子供が欲しいとか思ってたりして。次は死ぬわよ、とか言ってたくせに。ムサカさんの蛇の子供ならレーヌがもらった子蛇くらいすごい子ができそうだけど……いろいろ無理だろうなあ」
二人で過去の時代に行ってから子蛇を作るのなら簡単そうだが、それは無理だろう。この時代で単独の子蛇を作るのは難しそうだ。
「私が過去にいる間に若いムサカさんに会っていたらなあ。残念」
侍女がティーセットの片付けに来た。
「ヴィラが来たらまた準備をしてちょうだい」
「かしこまりました」
今日はヴィラを部屋に呼んでいたのである。
しばらくしてヴィラがやってきた。
「結構早くに元に戻ってきましたね」
ヴィラはゆりの全身を眺めて言った。
「そうでしょ？ カーライル様様よ。最近すっかり辛い料理にはまってるの」
「それで、話って何ですか？」
「大きい話は二つあるの。お茶の準備ができたら話すわ」
「はあ」
侍女がお茶の準備をして去って行った。今日は三回目のお茶である。
「実は……スペードさんのことなんだけど……」
ゆりは言いにくそうに話を進めた。
ヴィラは驚いてはいなかった。
「前に会わないって約束しちゃったんだけど、会って話をするだけしたい。だめかな」
「……私にだめとかいう権利はないですよ」
「そうだけど、前に約束しちゃったし」
「どうやって会うんですか？ また夢で会うんですか？」
「うん。夢でしかないね。ガーベラ様に頼んで夢で会わせてもらう。でも、会うのは野外だし、そういうことにはもうならないと思う。本当に話しかしないよ」
「いいんじゃないですか？ 我慢して悩んでるのも王妃がかわいそうですし」
（悪いのは王だしなあ）
とヴィラは思っていた。スペードに一度会えばこういうことになるだろうと予想はついていた。ラクシュミは、またゆりがスペードと会ってもかまわないと言っていたのだ。王がそういうのであれば、ヴィラが反対することもない。
「もう一つの話はなんですか？」
「実は、私が死にかけた時の話なんだけど」
ヴィラは心臓が跳ね上がるのを感じた。あの時の事を考えるだけで、胸が苦しくなる。
「みんなとしておけばよかったなあと後悔したの。ミカエルとは約束してたし」
「死にかけて考えることがそれだったんですか？」
「うん。だって約束を反故にするのも後味悪いじゃない」
「王妃ったら、我々はそれどころじゃなかったですよ。我々は王妃が生きてさえいてくれればってずっと願っていたんですから」
「まあそういうわけで、みんなとしちゃおうかどうしようか考えてる。するなら避妊もしなきゃいけないし」
「しなくていいですよ」
ヴィラはあっさり言っていた。
「え？ 何を？ 避妊？ それとも行為？」
「とりあえず、そういう話はイシュタール殿が帰ってきてからにしません？」
「それもそうね。ところで、この国には本当に避妊する道具はないのかな。猫の国には避妊草ってのがあるんだって。行為の後に食べると避妊できるとか」
「少なくとも私にとっては、そういうことじゃないんです。一生しないままでもかまわない。あなたが我々の王妃で、ずっとここで幸せでいてくれるなら、それでいいんです。あなたが他の方とそうなったから自分も、とは考えてません。まあ、ミカエル殿やハインリヒ殿の意見は違うでしょうけど。今はクロス様の背中にいる子蛇をみるだけで幸せな気分ですよ。王妃が、我々とのつながりを望んでくれた証ですから」
「うん」
「王妃は十分、我々のためにいろいろしてくれましたよ。気を遣わなくていいんです」
「うん。ありがとう」
扉が開いてミシェイラがやってきた。ミシェイラはゆりの側にやってきて、「ベツマー」と呼んだ。ゆりの左目が変化した。
「王妃に頼みがあります」
ヴィラが言った。
今日は１５日である。クーガに会う日だ。
その夜、鈴の音と共に、ゆりはいつものようにクーガの元に移動していた。クーガはバスローブ姿である。
「クーガ様〜」
ガーベラ姿のゆりはクーガに抱きついていた。
「こんばんは。雷の神様が誕生したようですが、あなたは関係してます？」
「関係してないですけど、うちの国で誕生したんですよ」
「え？」
ゆりはそのいきさつをクーガに話した。
「そんなことがあったとは。バートランド、知ってますよ。子供の頃、よく聖地を走り回っていた。妖精が神になることなんてあるんですね」
「ネルもそうですよ。最初はモモの妖精だったんですよ。土の神に変わったんです」
「へえ、それも知りませんでしたよ。ところで、バートランドはスペードさんの弟子ですよ」
「知ってます。うちのロイは、スペードさんの、孫弟子ですよね。まごでし〜♪」
「すごくうれしそうですね」
「はい。ロイはすっごくバートランドさんのことを慕ってます」
「どうして彼がそちらにいるんですか？」
「今うちにいるイシュタールが神の国にいきっぱなしになっていて、その穴埋めみたいですよ。イシュタールが何をしているかは知りませんが」
「そうなんですか。実は私も昔、剣聖に修行をつけてもらったことがあるんですよ」
「えークーガ様は剣の達人だったりもするんですか？」
「達人ってほどではないですが」
「すごーい。クーガ様って細そうに見えて、脱いだら結構すごいですもんね」
「そんなにすごくはないと思いますが……」
「いやもう、良い具合にすごいですよ」
ゆりは横から抱きつきながら言った。口づけを交わして良い雰囲気になってきたところで、クーガは「愛してます」と言った。ゆりの霊体がでてきた。
「あ、やせましたね」
とクーガ。
「やっぱり前回も見えてたんですね」
「あなたが傷つくと思って言わなかったんです。元に戻ってよかったですね」
「はい！ やせたお祝いにいちゃいちゃしましょう！」
こうして結構盛り上がり、ゆりは満足して帰って行った。
「よし、次はスペード様だわ。ガーベラ様、お願いします。またスペード様に会わせてください。わがままでごめんなさい」
ゆりは男ガーベラに頼み込んだ。男ガーベラから返答はなかったが、その夜、夢を見た。
「草原、遠巻きにいる豹！ やったスペード様の夢だ！」
ゆりは大きな木を目指して走って行った。
「スペード様！」
スペードの後ろ姿が見えて喜んだゆりだったが、スペードの前によく知っている女がいた。
「え、なんでいるの？」
そこにいたのはもう一人の自分である。左目が蛇の目のゆりは、黒目のゆりに手を振っていた。スペードはちょっと戸惑っている顔付きである。
「どうしてか、私もきちゃった」
「なんで私より先に来てるのよ」
「まあいいじゃない」
「いいじゃないって……もしかして、ヴィラに頼まれたとか？」
「さあね、まあ、あなたもスペードさんも、会って話ができればいいんだし、私がいてもいいじゃない。スペードさんの手大きいね」
蛇の目のゆりがスペードの手を触っていたので、黒目のゆりは、「触っちゃだめ」と蛇の目のゆりの手をぺしっとたたいていた。
「触るくらいいいじゃない」
「だめだったら」
「けちねー」
「ケチで結構」
「ぷっ」
スペードはついには笑っていた。
「おかしい。これはこれで、和む」
「え？ 和むの？」
「ある意味贅沢なような気も」
「私達二人と同時に会える人はめったにいないもんね。あ、そうだ。面白い話があってね、バ」
「あーだめだめ。私が言おうと思ってたんだから」
黒目のゆりはあわてて言葉を遮っていた。
「バー」
「だめ」
黒目のゆりは蛇の目のゆりの口に手を当てている。
蛇の目のゆりは黒目のゆりの手を離して、「スペードさん、大好き〜」と言っていた。
「ちょっ！」
黒目のゆりは真っ赤になっている。
「ぷぷ、あー面白かった。じゃあ私は黒豹のスペードクンと遊んでるから、後は二人でお話しなさい」
蛇の目のゆりは離れて行った。
「あ、私も黒豹のスペードさんに会いたい」
黒目のゆりも行こうとしたので、スペードはゆりの手を握っていた。
「せっかくなので話をしましょう。時間も限られていますし」
「それもそうですね」
二人は大木の側に座り、ゆりは得意げにバートランドの話をしだした。バートランドが雷神剣の所有者になった話は、スペードも知らなかったようだ。
「雷神剣ですか。話は聞いたことがありますよ。私も見てみたいですね」
「子供達が見せてもらったんですが、雷がばりっと出たりしてすごかったみたいですよ」
「そうですか。すごいな。ところで、最近体調はどうですか？」
「すっかり元気ですよ。一時期太っていたんですが、だいぶ痩せました」
「元気そうでよかったです」
（生のスペード様、やっぱりかっこいい）
ゆりは再びスペードに会えて感無量だった。
「彼女何してるのかな？」
ゆりが草原の方に目を向けると、蛇の目のゆりは草原で寝転んでいた。
「黒豹クンはいなかったのかなあ。まさか入れ違いになってたりして」
いつ黒豹の正体をばらすか、スペードも悩む所である。
大木の側に青い花が一輪咲いていた。スペードははっとその花を見つめた。
「あ……」
あの時、もう少しで咲くというところで花は摘まれてしまったのだ。丸っこい花弁が重なり合っている。かわいい花だ。
「あ、あの時の、お花ですかね？」
ゆりも気がついた。
「そうですよ。ようやく花が咲くところが見られました」
「そうなんですか。咲くのに随分かかったんですね」
「本当に、随分かかりましたよ」
「キレイですね」
「本当に、キレイですね」
二人で花を眺めつつ、その夜は和やかに終わったのだった。
つづく
十三部
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